「よ、万里」
「おや、一夏。どうしましたか?」
「いや、こうして直に会って話すのは久し振りだなって」
「お互い、忙しくなりましたからね」
「本当だよな。学生の頃だと想像もしてなかった」
「と言っても、学生の頃から中々に忙しかったですけどね」
「あー、そういやそうだ。今が充実し過ぎてて、ついうっかり忘れちまうな」
「おや、充実してますか?」
「充実も充実よ。仕事にお前達との配信に、そして今こうしてる事にな」
二人が対峙するのは、晴天直下の宙。
本日吉日、騎士と武者の相対戦。
仏滅は遠く、人と怪異は互いに笑う。
ついにやってきた日本代表の選考会、その決戦はやはりこの二人となった。
「では、早速……。やあやあ、我こそは日ノ本が大怪異纏いしまつろわぬ者、
「応! 我こそは世界最強の血筋引きし者、
「これより始まる日ノ本一を決める大戦! さあさあ! 皆様拍手喝采後喝采!」
「今より始まる日ノ本一を決める
「「いざ尋常に勝負……!!」」
大見得の直後放たれるのは、日ノ本一の豪槍と大刀。
互いに鍔競り合う事無く、互いの身を削る寸前を交差する。
まったく、万里は思う。初めて会った時は、取るに足らないただの人間、そう思っていた。
しかし、いざ蓋を開けて見ればどうだ。ただの人間というにはあまりに真っ直ぐで、しかし英雄の器としてはあまりに歪んでいる。
「はっ、どうしたよ? 鈍ってるんじゃないか」
「では、少しだけ飛ばしましょうか。……〝さかばしら〟」
「げ!」
途端、一夏の感覚全てが逆転する。
上が下、右が左、前が後ろ。白式のセンサー系も全てが狂い、一瞬で自らの制御を失う。
だがそれも一瞬、一夏と白式は一瞬で狂った制御を取り戻し、万里に肉薄する。
──〝さかばしら〟を一瞬とか、本当に厄介ですね
〝さかばしら〟を食らえば、確実に感覚を失い、それだけで勝てるのに、一夏達は一瞬で立て直してくる。
この調子では、〝かげおんな〟も通じない。
であるなら、一気呵成に攻め立てるのが定石。
「〝がしゃどくろ〟!」
「出やがったな!」
万里の背後に姿を現したのは、骨面巨駆にして半身の鎧武者。
振り下ろすは無銘の斬馬刀、受けるは白無垢の剣士。
人よ、とくとご覧じろ。これが現世最高峰の剣士が舞い。
「おお……!」
「よもや、これ程か!」
白無垢の剣士の一刀、骨武者の大刀を断つ。
驚愕に歪む万里に迫り、雪片を振り下ろす一夏だったが、斬った筈の万里は霞の如く消え失せる。
「〝かげおんな〟か!?」
「ご名答! 〝ぬえ〟……!」
笛の様に鳴り響く独特の音が一夏の耳に届いた瞬間、視界が白一色に染められ、白式の警告が泣き叫ぶ。
〝かげおんな〟は対象の視覚に偽の自分を写し出す。
そして〝ぬえ〟は虎鶫の鳴き声と共に、雷を降らせる。
「……もう少しくらい、効いてもいいんですよ?」
「残念だな。俺に実体の無い一撃は通じない」
通常なら、〝ぬえ〟の雷で勝負は着いた。だが、相手は織斑一夏。エネルギーを対消滅させるアビリティ〝零落白夜〟は、〝ぬえ〟の雷すら斬り捨てる。
万里は〝ぬえ〟の翼を畳みながら、喜悦の中にいた。
──只人の身で、よくぞここまで……
万里には、嘗て〝空亡〟だった時の記憶がある。身に宿す他の怪異達も同様だ。
皆、歓喜に打ち震えている。
最早、今の時代には自分達を討ち祓える者は居ない。
そう思っていた。しかし、蓋を開けてみればどうだ。
「素晴らしい。やはり、人は素晴らしい」
嘗て存在していた怪異という理不尽に立ち向かい、真っ向から討ち祓える者が現れた。
嗚呼、時代が違えば間違いなく英雄の器。
故に万里は現代の、この世界の〝空亡〟として立ち塞がる。
「では只人よ、〝私〟を越えてみせろ」
一つ、音があった。
機体の腕部を解いた万里の柏手だ。
「来るか」
「〝八奇怪譚〟真名開帳、〝百鬼夜行忌譚回廊〟。さあ、もう一度〝私〟を越えろ。織斑一夏」
開演
その言葉を最後に、世界から万里と一夏が消えた。
否、展開された万里のワンオフアビリティに飲まれたのだ。
その証拠に、一夏は夏の夕暮れに染まる無人駅に立っていた。
「……久し振りだな」
「ええ、そうですね」
駅のホーム、そこにあるベンチに座る着物姿の万里が、一夏に頷く。二人共、機体は纏っていない。一夏は私服に一振りの刀を持っているだけだ。
八つの譚を巡る忌譚は始まった。後は、もう巡るだけだ。
「随分、素直ですね」
「今抵抗しても無意味だって知ってるからな」
万里のこれは、内からは破れない。破る方法はあるが、その為には譚を巡らねばならない。
譚を巡り、終の譚を乗り越える事だけで、〝百鬼夜行忌譚回廊〟は打破する事が可能となる。
「では、良き旅路を」
列車が来た。夏の夕暮れ、虫の声を掻き消すけたたましいブレーキ音は、どこかページを捲る音に似ていた。
「んじゃ、またな」
一夏は列車に乗った。僅かな揺れの後、列車は動き出す。
車窓から夕暮れを眺める万里が視界に映るが、すぐに見えなくなった。
何の変哲も無い四両編成の列車は、誰も乗っていなかった。
静かな車内、その中で一夏は刀を抜いた。
そして、背後に向けて横一文字に斬った。
「早いんだよ」
刀身に付着した血脂を払い、一夏は油断なく意識を全方位に集中させる。
斬った死体は、既に霞の如く消え失せている。
だが、敵はまだ絶えない。
これが、〝百鬼夜行忌譚回廊〟の第一譚〝如月〟が内包する閑話〝猿夢〟。
様々な凶器を持った日本猿と類人猿の合の子が、一夏に襲い掛かる。
「さあ、長い夜の始まりだ」
車窓の外は夕暮れから夜に変わっていた。