IS学園配信チャンネル交流板   作:ジト民逆脚屋

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大和冠者 蝦夷冠者

どれだけ在っただろうか。

この世界が出来て、終焉という概念が産まれてから、どれだけの月日を在っただろうか。

様々な終わりを見届け、しかし終わりに抗う人々を見届け、この身は気付けばそこに在った。

世界の終わり、終焉装置として姿形を得て、ただ静かにその時を待ち続け、何時しか怪異の王となっていた。

 

世界が終われば怪異も消える。しかし、それは世の習いと笑っていた。

あの日が来るまでは。

 

「やうやう、我が名は大和冠者〝   〟! 蝦夷冠者〝   〟よ、いざ相対を!」

 

当時の朝廷が遣わせた一人の猪武者、騙し討ちでも毒でも使えばいいのに、馬鹿正直に正面から突っ込んできた大馬鹿者。

しかし、その実力だけは本物だった。

三日三晩に続いた殺し合い、その男だけは終焉に抗い、そして四日目の朝に終焉の夜を討ち取った。

朝日の中で、男は言った。

 

「〝   〟よ、きっとこの世は怪異を忘れる。そなたが再び現れる世は終わりを迎える時だろう」

 

しかし

 

「約束しよう。必ずや、大和冠者はそなたの前に現れると。そして……」

 

一方的な約束だったが、終わり無き身にはそれも一興だった。

そして、永い月日が経ち、化野万里として再び世に現れた時、人の愚かさを思い知った。

怪異は消え去り、神話すら自身の思うままに書き換え、夜闇の恐怖すら忘れ去った。

愚かな話だ。例え、闇を消したとしても恐怖は消えない。

根元的な恐怖、終わりへの畏れは消えて無くならない。

 

「大和冠者……」

 

この世界はお前の言う通りとなった。

嗚呼、本当に言う通りとなった。

恐怖に抗うのは知識や科学ではない。それに呑まれまいとする心だ。

本当にお前の言う通りだ。

 

「織斑一夏」

 

大和冠者の血縁でもない男が、お前が持っていたものを手に、この身の前に現れた。

 

「……よう、化野万里」

「嗚呼、やはり大和冠者の名を与えて良かった」

「まったく、〝山怪〟と〝禁后〟、ついでに〝曖昧〟まで合わせてくるなよ。ちょっとビビったぞ」

「おや、一度乗り越えたものに恐怖を?」

「バカ言え、俺が今さら畏れるかよ」

 

黒髪の繭を斬り裂き、僅かだが息を切らした一夏が真新しい刀を肩に担い、不敵な笑みを浮かべる。

嗚呼、大和冠者よ。お前は約束を守った。

ならば、

 

「……次は私が約束を守る番」

「お? なんか約束してたか?」

「ええ、遠い遠い過去、遥か彼方の過去に大切な約束を一方的に」

「うわ、そりゃ大変だな」

「ええ、大変です。でも、それも漸く叶う」

 

万里は機体を展開していない。

一夏もそうだ。

辺りの山道や山村も消え失せ、在るのは真っ暗な世界を照らす月明かりのみ。

ただ、駅で会った時と違うのは、一夏も万里も鎧を身に付けている。

一夏の知識にある武者鎧よりも遥か過去、万里と会うまでは知らなかった人と神が入り交じる時代の代物。

 

「しかし、これも久々だ」

「あの日以来ですね」

 

一夏は鎧に似合わぬ刀を握り、万里は十字槍ではなく古い矛を手にする。

あの日、オペレーション・スカイフォールで見せた嘗ての姿。

 

「……表紙も目次も、見開きすら終わり、真章の開幕」

 

闇が一気に濃さを増す。

一夏は身構えた。あの日に見せた姿と闇は、いまだに記憶に焼き付いている。

 

始まった。一夏はそう感じた。

万里の宣言の後、世界は一瞬で姿を変える。夜闇から夕暮れへ、光から闇へ移り変わる間の世界。

ここからはただの試合ではない。世界の終焉〝空亡〟の名の通り、これより先は世界の存亡を賭ける戦いだ。

 

「……ルールは分かりますね?」

「ああ、あの夕陽が落ちて、月が昇りきるまでにお前を倒せ。だろう?」

 

今やこの世界は終焉に向かう。夕陽が落ち、月が天に昇りきり万里を照らせば、万里は〝空亡〟として世界を終焉に向かわせる。

あの日、オペレーション・スカイフォールでも一夏はこの万里と戦った。そこで、二人は一応の決着を得た。

終わりを望まぬ終焉装置が在ってもいいと。

 

「万里、お前はまだ終わりを望むのか?」

「一夏、私は〝空亡〟。世界の終焉です」

「万里、世界は終わりを望んでいるのか」

「一夏、世界の行き着く先が私です」

「万里、望むも望まないもお前次第だ」

「一夏、終わるか終わらないかは貴方次第です」

 

あの日と同じ問答。

人と妖、それぞれ立場も違えば存在も違う。しかし同じ事がある。

それは為すべき事を為す。

万里は世界を終わらせ、一夏はそれを否定する。

一夏は世界を続けさせ、万里はそれを否定する。

 

「……〝百鬼夜行忌譚回廊〟終譚〝空亡〟」

 

開演。

その言葉が幕開けとなった。

瞬間、一夏の視界を支配したのは矛の穂先。

尋常ならざる突きを、一夏は回避し柄を斬り捨てようとするが、既にそこに万里の矛は無い。

長柄の得物はそれだけで厄介極まりない。練達の者が振るえば距離を見誤り、刃だけでなく柄の一撃すら致命のものとなる。

夕暮れは既に頭の先しか残っていない。

万里の矛捌きはまさに練達のそれであり、一夏に焦りを産むには充分過ぎる。

しかし、一夏に焦りは見えない。

焦りは未熟を呼び、呼ばれた未熟は恐怖を産む。

まるで嵐のごとき矛を捌き、一夏はただ機会を待つ。

 

「一夏、守ってばかりでは終わりは避けられませんよ」

「万里、攻めてばかりじゃ終わるに終われないぜ」

 

肉薄、一瞬の隙を突いた一夏は万里の懐に入り込む。

長柄は懐に入り込まれると、途端にその威力を削がれる。

しかし、練達の者が振るえばそれは無い。だが、一夏とて練達の者。

万里の返しの石突きの振り上げを、顎を砕かれる直前にかわし、鎧の隙間である脇に刃を通す。

手応えはあった。しかし、万里からは血の一滴すら流れない。

 

「……随分とお優しい事で」

「いきなり首を斬れる程、緩んでねえだろ」

 

肉を断ち、骨を割った感触はあった。しかし、万里には傷一つ無い。

終焉の化身、終末の権化、故にその身を終わりへ導くものは、万里には通らない。

だが一つ、例外がある。

終焉とは回避出来る事象だ。だから、万里がもたらす終焉を回避する方法が〝二つ〟ある。

幕を引けばいい。世界の存亡を賭けた戦いとは言え、この世界は万里が決めた演目を廻って辿り着く最終演目。

演目という形を取っている以上、〝終演〟に辿り着けば万里は演目を続けられない。

そして、この〝終焉空亡〟の演目の幕引きは

 

「私の首を落とす。……それ以外にはありませんよ」

 

天に座す〝空亡〟を落とす。

それ以外無い。

〝空亡〟が討たれるか、それとも人が終焉を回避するか。

それが〝終焉空亡〟という演目だ。

 

「この世は終わりへ向かっています。それでも抗いますか?」

「決められた方法と答え、その通りに進めばさぞや楽だろうよ。だが、人を甘く見るなよ。終わりの怪異」

「……嗚呼、やはり人は素晴らしい。では、大和冠者よ。この蝦夷冠者の素っ首、見事落として魅せろ……!!」

 

月は出た。

残る時間は僅か、しかし一夏は焦らなかった。

焦りは恐怖を産む。恐怖に呑まれた時が、人の敗北だ。

人が何故、この永い永い月日を繁栄してきたか。

それは怪を否定する知識を得た事でも、神を掌握する科学を得た事でもない。

それらは付随するものに過ぎない。

人は恐怖に呑まれながらも、それを乗り越えてきたからここまで繁栄してきたのだ。

月明かりの反射を尾と引く矛の軌跡を追いながら、一夏は折れず刀を振るい続けた。

幾百、幾千、幾万の剣劇。絶えず散る火花と血潮、怪異に傷は無く、しかし人の身は紅に染まる。

 

人は弱い。腹に穴が空き、手足を失い血を流すだけでも死に至る。

怪異にしてみれば取るに足らない弱い存在、しかし万里は、〝空亡〟は知っている。

人は弱いからこそ、恐怖を克服する。

弱い人だからこそ、怪異を討ち果たす。

 

「さあ、人よ。私はここだ。怪異は立っている。終焉はもう間もなくだ。人よ、どうする?」

「舐めるな、舐めるなよ怪異。一度は人に討ち果たされた終焉の化身よ。人はまだ立っているぞ……!!」

 

嗚呼、やはり人は素晴らしい。

吹けば飛ぶ様な弱々しい存在に過ぎないのに、こうまで抗う。

だからこそ、手は抜けない。

 

「ならば越えろ。見事越えて、私を討ち果たせ」

「言われずとも……!」

 

満身創痍、息も絶え絶えの様子でも一夏の目に陰りは無い。

 

 

──大和冠者、貴方は本当に約束を守りました──

 

だから私も約束を守りましょう。

 

「〝百鬼夜行忌譚回廊〟助演、〝八奇怪譚〟第五譚〝曖昧〟第七譚〝禁后〟」

「万里……!!」

 

認識の境を曖昧にする怪異と、恐怖と狂気の箱庭の怪異。双方、恐怖に呑まれなければ脱せれる存在だが、それは正気と狂気の認識が確かであれば出来る事。

一夏の視界は歪みというには生易しい程に曖昧となり、自身を呑み込む髪と爪の繭に恐気が走る。

鏡面の万里は遥か遠く、歪みきった視界で捉えたのは、悲しい笑みの万里だった。

 

「……くそったれ」

 

その言葉と共に、一夏は髪の繭に呑まれた。

万里は一歩前に出る。

 

「……人よ、ここまでですか?」

 

一度は越えた恐怖、二度は越えられないのか。

 

「……人よ、終わりですか?」

 

一度越えた恐怖は、人に傷を刻むのか。

否、人は終わりに抗う者。

故に、終演の化身たる〝空亡〟を倒すのは

 

「私を越える人……」

 

万里は己の左胸を見た。

狂気の髪の繭を突き破り、確かに突き刺さる刃。

それは一夏が振るっていた日本刀ではなく、万里がよく知る両刃の剣。

嘗て八首の蛇神を討ち果たし、嘗ての己の首を落とした剣、それが確かに万里の心臓を貫いた。

 

「……届いたぞ」

「ええ……、人よ。いや、一夏。貴方は確かに終焉を止めました」

 

〝百鬼夜行忌譚回廊〟〝終焉空亡〟を終わらせる方法、それはこの世界の万里の首を落とすか、心臓を貫くか。

この二つに一つだ。

そして、一夏の刃は確かに万里の心臓を貫いた。

終わるのだ。

世界の終焉は幕を引き、昇っていた月は朝日へと姿を変える。

人は終焉の恐怖を乗り越えたのだ。

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