その最期の隙間で、黄理が思い描いた、僅かな未練と後悔、そして、とある「誤り」を思い返す記憶。
それから、物語はあの日の7年前、遠野志貴の物語の25年も前にあった、一人の少年の物語に繋がる。
零時のお告げ
───こうして、紅赤主は、俺の身体を打ち砕いた。
何度も鉄棍を振るい、何度も相手の攻撃を防いだ。だが、俺は、相手には敵わなかった。ヤツは鬼の血を濃く持つ、軋間最高傑作とも呼ばれる程の混血。俺はかつて、彼と一度対峙して、右目を奪ってはいた。だが、俺の想像は甘かった。ヤツと対峙するのは今回で二度目か。ヤツと俺は1対1で、真剣勝負だった。実力はほぼ互角だった。だが、最後の一線を踏み誤り、俺は、鬼に、見事に敗北を期した。
「が…………ァヅ……………」
志貴は………無事なのだろうか。そんな、馬鹿な淡い希望などあるまい。志貴が助かる訳がないか。家に残っていれば襲われて死ぬだろう。外に出れば襲われて死ぬだろう。八方塞がりとはこの事か。
七夜は、此処で終わり………か。
全く持って、【あの時】の自分を後悔する。こうなった経緯は、俺が斉木を殺害した際、どさくさ紛れに遠野を刺したことによる報復だろう。俺は遠野を襲撃した。それは間違っていない。だが、それ自体、間違っていた。七夜黄理は、あの日、斉木と遠野を襲撃した時点で、こうなる運命(定め)だったのだ。
そもそも、俺が斉木と遠野を襲撃したのは…………【ヤツ】のせいだ。アレが罠だと解っていれば、手は出さなかった。
「……………中…………叢…………」
やられた。完全に、ヤツの勝ちだった。俺は、ヤツに勝ったように見えて、俺は、負けたのだ。
自分のことすら、みすぼらしくて、情けなくて、見ていられなくなって、空を見上げた。
空を覆う天蓋、星の合間を縫う閑静。その真ん中に、一人きりの月がある。地面は紅く、森は昏く。その中に、独り浮かぶ月は、まるで────
どすん、と、遠くで音がした。これは、俺がやられた音ではない。遠くで、俺ではない誰かが刺された音だ。
あぁ……これなら、もう、未練などない。志貴が無事かどうか、不安だったが、今の音で、その心配はかき消された。これで、正真正銘、七夜は壊滅した。
七夜を滅ぼしたのは、遠野ではない。軋間でもない。中村………あの男だ。
中村…………人と鬼人の混血、中叢家の末裔。
こうなることも、ヤツの掌の上の話だったのなら、俺の敗けだ。
しかし、負けた感覚はない。勝った感慨もない。俺は、七夜を、最期まで守り抜いた。だから、俺は、最後まで生き残った勝ち組だ。
─────はぁ……息子も今、同じ事を思っているだろう。今夜は、こんなにも月が綺麗だったことに気がつかなかった────
その日、遠野一門による、七夜の里襲撃計画が、当時の遠野当主、遠野槇久によって実行された。遠野一門は七夜の人間を虐殺していき、七夜当主、七夜黄理は遠野軍の軋間紅摩との戦闘の末、戦死した。
時を同じくして、黄理の息子、志貴もまた、遠野槇久に胸を穿たれるが、槇久が何を血迷ったか、気まぐれを起こし、養子として、遠野家に招き入れた。
このときに、正真正銘、七夜志貴は、完全に消滅し、代わりに、遠野志貴が誕生した。
その後、遠野志貴は、遠野槇久の実子、遠野四季に殺害され、次に目覚めたときには、その視界に映るものは全く、普通のモノと異なっていた。普通の者なら、見えざるモノを見据え、視る眼。
死を視る眼を持ったまま育った彼は、ある日、一人の少女とすれ違い、そして…………
────これは、死を視る少年と人ならざる少女の出会いが起こる、25年前の物語。
────それは、遠野志貴という、一人の少年の、誰かの為に誰かを殺す物語とは違う。
中村白邪という、一人の少年の、誰かの為に生き続ける物語。
夜空に輝くひとりきりの月。月世界に舞う月の姫。
輝きは今、零時のお告げを指し示す。
この先は、月の姫の物語の零刻。死を視る少年が、遠野志貴となった原因の根端となった少年の時代。
鬼人の血を引く少年は、相容れざる、退魔の少女に、恋をした。
此処から先が────────月の零刻。
此よりは、月の裏。光を帯びることのなく、忘れ去られる、鮮やかに光を放つ一つの物語の、麗しい、思い出の断片。その記憶の一端が、時を越えて、思い出される。
さぁ、むかし話をしよう。
月姫 零刻
マジカル赤褐色です。この作品は、月姫の世界線を中心としたいわゆる前日譚で、遠野志貴の物語よりも25年も前の物語となります。勝手な解釈や、原作崩壊、意味不明な展開が相次ぐことになり、わたしの不慣れさを象徴する感じが凄いですが、是非とも、お付き合いいただけたら、嬉しいです……今後とも、よろしくお願いいたします!