アスナと大急ぎでホテルに入って、ロビーについた。その瞬間に、あり得ないものを見てしまった。
「な……なんなんだコイツら!?」
狼………?それも4頭?なんで狼の群れがこんなところに?
「嘘だろ、そんな、」
「白邪くん、先に行って!敵は上にいるわ!」
アスナが恐れもせずに狼の前に立ちふさがって、俺を奥へ逃がしてくれるそうだ。
「ちょ、おい待て、それじゃあお前は」
「早く!」
アスナに急かされて、俺は仕方なくアスナに背を向けて、奥へ進む。
エレベーターを発見。ボタンを押す。七階からゆっくりとエレベーターが降りてくる。えらく上品なエレベーターだ。ランプを見ているだけでも心が落ち着く。だけど、そんな暇はない。アスナは後ろで狼を引き付けている。アスナのことだ。多分戦う術はあるんだろうが、あまり放ったらかしにしておけない。さっさと上に登って………
「来た」
ランプが一階、このフロアに点灯した。
扉が開く。すると────
「■■■■■■ーーーー!!!!」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
エレベーターの中から狼が一頭飛び出てきた。突然の出来事だった。気がついたら目の前に牙と大きく開かれた口が見えて………
「ぐは……っ!!!」
肩口を引き裂かれて、床に転げる。なんだなんだとエレベーターの中を見る。そこには、
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
エレベーターの惨状には今の狼よりも驚いた。中で人が死んでいる。それも四人ぐらい。しかも、誰一人として原型を留めていなかった。上半身がなくなった死体が一つ。上半身の肉が完全に食いちぎられて骨だけになった死体が一つ。下半身がない死体が一つ。右足と頭部を喪失し、潰れた内臓がこぼれだしている死体が一つ。
「う………が……はっ…………」
吐いた。じゃないとおかしい。グロいものには慣れているはずだ。親父の首にナイフを刺し込んで殺したじゃないか。
あぁ。そうだ、この惨状はあんなのとは比べ物にならないほどに残酷だ。エレベーターはもともと普通のホテルのように、白く輝いていたのだろう。だが、今は濁った紅の小部屋。拷問部屋でもあり、食べ物を入れるケースでもある。干したばかりの肉が四つ。これは、人間の手で出来る惨状じゃない。人間の手でこんなことが出来るわけない。人間は綺麗好きなんだから、もっともっと丁寧に、そして上手に解体しているはずだ。食い散らかすか、体内にクラスター爆弾でも仕込まない限り、こんな死体ができやしない。
「くっ…………野郎………」
これは間違いなく、この狼が食い散らかしたやつだ。死人たちの慰めになるのなら、俺はこの狼を殺す。死者には敬意を、死人はに慰めを、古人には感謝を。
「人の命を奪った責任、とってもらうぞ、獣」
「■■■■■……………」
狼に人の言語は通じない。ただ、俺には解る、コイツが、今俺を食おうとしていることぐらいは。
「ちっ…………」
ナイフを取り出す。だめだ、こんなヤツを相手にしたことがない。どんなヤクザだろうが、どんなにガタイの良い不良も、俺の前には手も足も出ないが、獣は違うだろ。勝てるわけない。俺が人間としての側面を持つゆえに、生命体としての能力のレベルが明らかに届く自信がない。これが自分の相手だと思うと、後退せざるを得ない。
だが─────
「■■■■■!!!」
「ぐあっ……!!」
獣はそんな理性などない。見るもの全てが獲物。見たもの全ては自分の食糧(えもの)、それを奪う者は獣(けだもの)。そしてその眼に映る生き物全ては自分の獲物(たべもの)。
狼の空気をも凪ぐ突撃を受けて、床に押し倒される。だん、と強い衝撃を背中に感じる。
「うぐぅッ!!」
獣の爪が腕に食い込む。それらは小さな顎(あぎと)となってたちまちその爪(きば)で注射針のように、俺の腕を刺し穿つ。
「うぐっ………ぐぁぁぁぁぁぁ!!!」
激痛に踠く。だが、敵は俺達(ニンゲン)の領域を遥かに超越した獣。脳なき者、力持つ者。その眼に映り、飛び掛かられてはそう簡単には逃れられない。ましてこの状況に追い込まれては、誰一人として抜け出せない。
「くっ………!この……!離せ……!!」
力を籠めて踠く。だが、獣の前脚はびくともしない。
狼が顔を近づけてくる。
「あ………あ…………」
終わった。死ぬ。死ぬ。死ぬ。ここで、さっきのエレベーターにいた人間のように、俺はここで原型も留めないカタチにされる。運が悪ければ行方不明だ。だって、行方は腹の中なのだから。体全部を食らい付くされたらそりゃ行方不明だ。
──────だが。オマエは生き残ることを拒絶するのか?まだ、生きているべきなのに。殺せ。生きるためなら殺せ。相手は獣。殺す為に今の俺を襲う。ならば、こちらが殺すには十分な条件だ。殺しにきたから殺し返す。これ以上の条件、他にない。
生きるためなら、どんな犠牲を払ってでも殺せ。奴らも、自身を生かす糧として食糧(えもの)を食らう。俺も、明日を生きるために食料(えもの)を食らう。生き物としてのシステムは違っているが今のこれと全く同じだ。立場が違うだけだ。一方的に食らってくるのなら、こちらが食って掛かれば良いだけじゃないか────
「離せ……獣……ッ!!」
脚に力を籠める。力を籠めろ。ただ筋肉を緊張させるだけではない。血を流す。流れる血の量を調節し、脚に多くの血液を循環させる。鬼人として得た体を最大限使いこなせ。腕に流す血の量を減らして、出血量を低下させる。これで、あるのは痛みだけで、血が減ることによるダメージはなくなる。脚に流した大量の血で脚の筋肉を強化し、補強する。筋肉を膨張させて、熱を上げる。
「■■■■…………」
狼が頭を下げてくる。巨大な口に、人間の小顔が入り込む。ヘルメットよりも圧倒的に大きい生命のドーム。口(ふた)を閉じるだけで、目の前の肉は一気に干し肉に成り変わる。その前に。
「どけつってんだろ……………!!!クソボケが!!」
極限まで強化した脚で勢いよく、狼の腹部を蹴り飛ばす。人間のキックとは比べ物にならない一撃。鈍器で殴打されたような衝撃、それを血で強化したことによる倍異常の一撃必殺。頭が離れていく。それに伴って、狼の体も、遠くへ吹き飛ばされる。
「■■■■■!!!!!!!!」
雄叫びがロビーに響く。俺の苦悶とは比にならない大きさの野獣の咆哮。
狼の口の中からいろいろな物が出てくる。逆流した自身の血。喰らった獲物の肉。
まぁ、どのみち出てくるのは血肉ばかりだ。汚いのは同じだ。
「■■■…………」
狼は相当弱っている。今の一撃で肉を深く抉り取られ、さらに大々的に骨折したのだろう。折れた骨が内臓に刺さったら、それは痛いだろう。抵抗する余力も失せているようだが、
「どかねぇからそんなことになるんだよ、間抜け」
ナイフを持って、狼の頸を切り落とす。これで、間違いなく狼は絶命した。最期の抵抗とばかりに動いていた前脚と後脚がだらんと地面に落ちる。
「はぁ……って……あれ?」
もう傷が塞がっている?肩口の傷はもう塞がっているし、腕も血が止まっている。鬼人って傷を負った箇所の再生が早いんだな。痛みもほとんどない。傷口に障ることさえしなければ完全回復と見ていいだろう。
「ふぅ、階段、階段」
こんなエレベーターに乗れるかボケ。階段から昇るしかない。
扉を開く。さっきのエレベーターでトラウマになってたか、ゆっくり開けて、誰もいないことを確認してから昇る。と。
「………なんだ?」
上からだんだんだんだん、と音がする。何かが階段を駆け降りる音だ。
「まさか────」
そのまさかだ。階段の上から三頭の狼が降りてきた。
「何匹いるんだよお前ら………!!!」
階段を駆け上がる。
一体目。正面から頭をナイフで串刺しにして瞬殺、二体目は壁に張り付いて攻撃を回避し、そのまま三角飛びで背中から刈り取る。
「なんだ、この動き………」
自身でも驚く、卓逸した殺害技術。これは一体?
三体目。残った一匹が戸惑う俺に襲いかかってくる。
「こっち来るんじゃねぇっ!!」
ナイフを持っていない左手で獣の頭を正面から殴り付ける。腕に血を籠めた俺の一発のストレートは、獣の鼻を砕いて頭蓋を打ち砕き、牙を片っ端から折り曲げて脳漿を勢いよく圧潰した。体じゅうに獣の血が降りかかる。驚いた。まさかパンチ一発で狼の頭部を潰すなんて。見ろこれ。本当に潰れてる。ヒビの入った骨から脳が溢れだし、亀裂の入った頭部から眼球が飛び出てるし、何より顎が外れている。何の比喩でも慣用句でもない。ほんとうに顎が真っ二つになっている。こう、ばきって、折れ曲がってる。牙もほとんど折れたり砕けたりしているし。
「おえ………汚ねぇ………早く帰ってシャワー浴びてぇ………」
そうしたいが、今はできない。しかも、そうする必要もないみたいだ。返り血が蒸発するように消えていく。煙をあげながら。
「え………?なんで?蒸発するってどういうことだ……?」
気がつけば、体も服もすっかり返り血がとれている。しかも、なんか気持ちがいい。そりゃ、汚れが取れたら気持ちいいけど、なんだか体がすべすべするというか、血流がよくなったというか、
「まさか、狼の血を取り込んだのか?いや、寄せ付けていない……?勝手に落としてくれているのか?そっか、純粋な混血だから、他の血を寄せ付けようとしないのか。っていうか、階段明るくね?」
なんか、狼を片付けたら、さっきまで明かり一つない暗かった階段が明るくなっていた。光はどこから…………上を見上げる。
「え?」
え、俺の髪の毛でした。ほのかに光っている。赤色に。血がたくさんあるから、生き物として性能が上がっているのか?
確かに、自分でもなんだか、血に余裕がある気がする。なぜだから知らないけど、どこで血を使えばいいかも解っている。
「これが………混血の力…………!!」
うおーーー!!なんか厨二くせぇけどカッコいーーー!!!
けど、この光る髪の毛だけなんとかなりませんかねぇ───