月姫 零刻   作:マジカル赤褐色

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血刀

 

「折れ──────!!!!」

 

ナイフが…………折れた………!?

 

「ふっ────」

 

「ぐっ──────!!」

 

間一髪。身体の前を鉄の刃の先端が通っていった。危ない、今の回避は奇跡だ。日頃の行いが悪かったら腹を抉り取られていたかもしれない。

 

「未熟め。この期に及んで武器を折るとはな────」

 

カーラは俺を哀れに思って刀を降ろす。

 

「くっ………」

 

「全く、酷い者もあったものだ。足掻きでオレの家族(なかま)を虐殺していくとはな、久々の実力者故に、代行者か、埋葬者か、魔術師か、退魔族かと思ったが、貴様はいずれでもない一般人なのか。貴様、何の混血だ」

 

「俺か………?俺は、鬼人だ───」

 

「鬼人………か、成程、合点が行ったな、恐れ入ったぞ、これ程にまで純度の高い混血族など、オレは見たことがない」

 

そんなことを、ヤツは言っている。

 

「何が言いてぇ」

 

純度………?何だそれは。そんなものが、何だって言うんだ。

 

「貴様のその髪、その瞳、その血の位、希少性。何もかもが、混血の中でも群を抜いている。鬼人種は現在では数の少ない血統だ。鬼種は良く聞くが、鬼人は初めてだ。人間の範疇を超越した、魔族と言うより、超越種。魔族と幻想種の間に位置する種族、まさに神秘の獣だ。希少性においては、貴様を超える種族は存在しないだろう、鬼人は人の世に降りてきた鬼神とも言える。神にも等しいほどに、生命としてあらゆる存在を凌駕した超越幻想種など、オレの人生で見納めただけでも幸運だ」

 

「そんなに、俺らは珍しい類いなのか」

 

「無論。だが、待てよ、真(まこと)に驚くのはここからだ。つまり貴様はそのような濃度の高い血を持っているということだ。混血の血も、当然、その血統の内容によって大きく変わる。とりわけ鬼人はオレが言った通り、生き物として格が違う。そのような濃度の高い血を、貴様は何事もなく保有しているというのだ。生まれながらと見受けられるその朱い髪と瞳。間違いなく生粋の鬼人に限りなく近い。一族が如何なる近親での交配を行おうと、貴様のような存在は二度と現れまい。一門の寿命を懸けても生み出せない、正真正銘の、奇跡を奏した最高傑作と言って良い」

 

カーラはもはや喜んでいる。人生で初めて見る、純度の高い混血に興奮しているようだ。

 

「なんだそれ、そんな本物のUFO見たみてぇなリアクションされても困る。俺はどうでもいいんだ、こんな体。俺は普通に生きていたいだけなんだ。別に、特別である必要なんてどこにもねぇ。俺たちは、普通の人間と同じように過ごすことが、一番の夢なんだからな」

 

俺はきっぱりと言い捨てた。俺は、親父に教えられたことがある。「混血は、普通の人間と同じようには生きられない」と。それはそうだろう。混血は普通の人間と違って、俺やカーラみたいに、人間には出来ないようなことができたり、反転を起こしたり、けれど、本質的に解り合えない、なんてことはない筈だ。もっと、お互いがお互いのことを知れたら、きっと、どんな混血でも、人間の一緒に過ごせると思うんだ。俺は、それだけを夢見ていた。俺と紀庵が話しているように。俺とクロエ先輩が、仲良くつるんでいるように。

確かに、距離は近くても、俺は混血なんだから、いつかは離れないといけないってわかっている。俺はいつまでも彼女の隣に居られるわけではない。いつ壊れてしまうかわからないし、いつ壊してしまうかもわからないから。でも、きっと、不可能なんてことはないんだ。一時の夢でも、俺は確かに、夢は見たんだから。俺のように、人間社会に溶け込める混血はたくさんいるし、そうでない混血族も、きっとそうなるチャンスはあると思う。だから、

 

「そうか、哀れだな。それほどの才能を持っておきながら、その才能を棄てるとは」

 

「何とでも言え。俺には、こっちの方が幸せなんだ」

 

だから、

 

「ならば、その才能は勿体無い。オレが貰い受ける」

 

だから、

 

「知らねぇよ、お前には渡さねぇ。これ以上、お前に好き勝手できるようになってもらったんじゃ、面目ねぇだろ」

 

だから、コイツとは、本質的に解り合えない。同じ混血という生き物として解り合えても、その考え方が違うなら、対立は避けられない。

 

「オレがまだ【オレ】であるうちに、貴様の心臓を手に入れる、」

 

カーラの周囲に無数の氷の槍が現れる。俺を串刺しにする気か。

カーラの性格がよく現れている。ヤツは、自身と異なるモノを見たとき、初めてそれを敵、己の障害と認識する。

俺とカーラ。両者の考え方が食い違った今、生き残る為ではなく、己の信念を貫き通すために闘わなければならない。

 

俺は理解している。ヤツの考え方は正しい。人と並みに関わるのを辞めて、己の強さに磨きをかけて、超越種として生き永らえるのも、正解だ。それがヤツが俺だったら取った選択なんだから。

対して、ヤツも、俺が正しいことを理解している。自分の力を捨てたとしても、人並みの生活をすることが幸せならば、それは正しいと言える。

だからこそ、俺たちは闘う。互いが正しいのなら、どちらが真の正義かどうかは、自身の強さで証明しなければならない。強い方が正しいんじゃない。どちらも正しいから、どちらが正しいかは証明ができない。ただ、どちらが真の正義かどうかを決めたいのなら、自身の心の強さでそれを示さなければならないということだ。

 

ならば、そこに容赦はいらない。闘いに懸けるものが、命だけではなく、尊厳をも賭けるというのなら、己の全てを掛けて、相手を負かさなければならない。

結局、命よりも大切なものは、自分であること。自分の生きてきた誇りこそ、命を掛けてでも守らなければならないもの。それを守るためならば、その誇りすらも賭けるなら、どんな代償(ぎせい)を払ってでも、護らなければならない。

ヤツの視界の中には俺しかいない。同時に俺の中にもヤツしかいない。

これから俺たちは殺し合わなければならない。

 

だが、すでに闘いは手詰まり。俺にはそもそも武器がなかった。ナイフを折られ、俺には今何もない。素手でヤツを倒せる筈がない。それができるなら、ここまでこんなに苦労するものか。今だってかつてないほどに疲労している。気を抜いたら死んでしまいそうなほどに、消耗している。いつでも倒れてしまうほどに摩耗している。

 

「オレがカーラ・アウシェヴィッチで在ることに掛けて、貴様の心臓を打ち砕く!!」

 

カーラが求めているのは俺の心臓だった筈。だが、今、そんなものは後回しだ。俺の心臓を手に入れることよりも、ヤツは自分を護ることを優先した。自分を護るのは生きるためではない。自身の誇りを護るため。まさに騎士の鑑だ。ヤツは狼だなんて単純な獣ではない。立派な、一人の、「人間」だ。その心意気と覚悟には敬意を示す。

 

「行け─────」

 

一斉に放射される氷の槍。ここで対応を放棄した時点で俺は死ぬ。

だがどうする、武器がない。防ぐ術がない。回避なんて甘ったるいことを考えてられるか。今さらこれが避けられるわけがない。

ならばどうする。逃げられない、防げないというのに、どうやってこの攻撃から生き延びる?せめて、これを防げるほどの武器があれば、アイツの持っているような、長い武器が…………!!

 

「あ─────」

 

単純な事だ。そうだ、武器がないなら、作ればいい。けど、どうやって?俺は刀鍛冶ではない。ウィザードでもないんだから、魔術を使ったビームとか出せやしない。俺にできるのは近接攻撃のみ。

けれど、まさか手足で殴るというハラでもあるまい。まさかそんなことができるものか。武器がないとダメに決まっている。

だから作れ。素材なんてなんでもいい。金属がないなら木材でもかまわない。プラスチックでも我慢する。とにかく、何かを使って、武器を作れ。それさえできれば……!!!

 

「ふぅ─────」

 

思い出せ。俺はカーラの言った通り、超越した鬼人。血を使いこなせ。鬼人に生まれた力、それを最大限活かせ。武器を作るための材料なら、山ほどあるじゃないか。

 

「う────────おぉぉぉ……………」

 

頼む、頼むから焼き切れないでくれ。持ってくれ、俺の身体!せめて、この武器を作って、この絶体絶命のピンチを潜り抜けるまでは、保ってくれ!

 

「おおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

左腕に流れる負の電荷。馬鹿言え。自分の電気で自滅するナマズが居るものか。耐えろ、電荷が掛かるということは、動きが生まれている。エネルギーが発生しているんだ。武器を作るための、何かしらの工程が、今まさに進行しているところなんだ。ここを乗り越えれば、俺は、

 

「うおおぉぉぉォォォォォォォォ!!!」

 

左手の手の平に流れる稲妻。それを、武器にしろ。

血の流れを調節する。自身の血の全てを、この工程の進行に注ぐ。これ程の長い時間を過ごしているように思えるが、一秒後には俺はあの氷の槍に貫かれているんだ。もたもた作っている場合か。

左手の手の平から現れた稲妻を右手で掴む。右腕にも猛烈な電荷が流れ込む。構わない。このまま両腕が千切れそうな痛みが走っても、実際に両腕が壊れても、俺はこの工程を完成させる────!!!

 

「う───あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

稲妻を引き抜く。左手の手の平に現れた真っ赤な空間から紅の物体が姿を現す。物体はかなりの長さを誇る。引っ張れば、引っ張るほどに延びてゆく。130センチ位伸ばした時、その朱い物体は、俺の左手から、完全に離脱した。

 

「────てやああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

その瞬間、俺の身体は衝動的に、ソレを握りしめる右腕を振り下ろしていた。

捻り出す身体の動きから弾けるように繰り出される円を描いた一発の攻撃。1メートルを超えるリーチを持つその朱い攻撃は、俺に飛来したすべての氷塊を叩き割った。

 

「─────ッ!!」

 

カーラの驚愕。「ついにやったか」という表情。

 

「ふぅ───────」

 

息を一つ。俺の右手には朱い武器が握られていた。

全長130センチジャストの真っ赤な道具。真っ赤な刀身を持つ1本の刀。紅に染まる、赤黒い刀。

今の俺なら解る。これは血刀だ。俺の血から作り出される、鬼人としての能力のもと手に入れた、血を自由自在に扱う鬼人の力を利用した武器。鬼族にもできる力だそうだが、どっちでもいい。とにかく、俺の手に武器が握られていれば、それでいい。

 

「はぁ…………………」

 

これなら、闘える!!

俺の鬼人としての覚醒。自身の力を最大限に引き出した結果。

 

「はぁ、これが、鬼人(おれ)の、力か!!」

 

この身体に感謝するときが来るとは思わなかった。

俺は、この力を自分のために、役立て───

 

 

 

 

 

力尽きた中村白邪はふらふらと千鳥足で動き回ると、ガラスを突き破って、建物の外へと落下していった。

急いでカーラが窓に駆け寄る。その下に、

 

「───────」

 

法服を見に纏った金髪の女が、白邪を抱えて、離脱する様子がカーラの目に映った。

 

「────逃がすわけには───」

 

カーラは手を伸ばして、白邪目掛けて氷の槍を打ち出した。

 

「────なに!?」

 

ホテルの八階、カーラと白邪が対峙した階で、突如大爆発が起こる。蒼白い光を放ちながら、爆発がホテルの八階を襲った。爆風が止んだ後、カーラの姿は消えていた。爆発に巻き込まれたか、それとも、どこかへ消え去ったのか。

 

 

 

カーラを襲った大爆発、その正体は、ホテル外の上空に浮かんでいた、筒のような形をした何か。楽器程度の大きさをした、楽器のような形の何かは、ひとりでに、ホテル向かいのビルの屋上へと翔んで動いていく。その楽器を誰かが手に取った。恐らくは持ち主。

 

 

誰も気がつかなかったが、ホテルの屋上の塀に、誰かが座っていた。コートに身を纏っている。髪は、カーラにも良く似た色合いの、水色に近い青い毛並みの女性。

「それっ、アスナロは何してんのかなぁ、僕が帰ってこない間、新入りくんの相手をしているのかな?」

その背後から、アスナロと同じカソックに身を纏い、若草色のステラとマントを羽織った、25歳ほどの若い男がやって来た。

 

「そうでしょうね、彼はこの街では一番の危険人物ですからね」

 

女性は男の質問に答える。女性は男よりは年下に見える。まだ成人年齢にも達していないだろう。

 

「代行者ヨエル」

 

「なんだい?」

 

「もう少し、カーラ・アウシェヴィッチの捜索を続けてください」

 

「あれ、いいけど、今ので倒したんじゃないのかい?」

 

「カーラがあの程度の奇襲で倒れたとは思いません。現に、貴方が張った結界も今破られました」

 

「本当だ、まいったなぁ、僕の結界を破ってくるなんて。まぁ、結界張るの苦手なんだけどさ。はぁ…………おっけー、ちょっと探してくる。君はどうするつもりなんだい?」

 

去り際に、若い男、ヨエルと呼ばれた彼は問いかける。

 

「ホテルの惨状の後始末を着けてきます」

 

女性はそのまま、十階ぐらいあるビルの屋上から飛び降りた。そのまま、しゅたっ、と地面に着地し、事態が起きたホテルへと走って行った。

女性のコートのフードが風で捲れて、その素顔が明らかになる。

 

「はぁ…………だから夜は危険ですって言ったじゃないですか、中村くん」

 

蒼毛の女性は、そんな風に呆れながら、月が照らす夜道を走っていた。

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