夢枕
──────。
気がついたら、俺はまた、こんなところにいた。
────また、この夢か。
この光景は、今でも鮮明に覚えている。当時俺たちの屋敷で療養していた親父。
俺たちの屋敷と言ったら、白を思い浮かべるだろう。壁の白。空の白。雲の白、日の白だから。明るくて清潔な俺たちの屋敷に、白はちょうどいい色だ。
だが、この日の屋敷は、赤く燃えていた。
屋敷が大炎上している。ベッドだのなんだの、色々と倒れた部屋の品々。逃げ惑う人々。バキバキに割れた窓ガラス。真っ赤に燃える床。床や壁、天井のところどころに穴が空いていて、ミスったら床が崩壊しそうだ。
────これは、あの日の夢だ。俺の直感で解る。夢だ、ここは。だけど、そうわかっているのに本物としか言いようがない。それだけ、この夢は懐かしくて、感慨深くて、そして、それくらいに恐ろしい出来事だった。
いまにもこわれそうなゆかをあるいて、みんなにおくれてひなんする。
まだまだおさないおねえちゃんについていく。
おねえちゃんも、とてもこわかったとおもう。
おねえちゃんは、ボクのてをにぎって、「だいじょうぶだよ、はくや」となんどもいっていた。
ボクはこわくなかったから、ぎゃくにおねえちゃんのてをつよくにぎって、「だいじょうぶだよ、おねえちゃん」といった。
うしろから、あついほのおがおしよせてくる。ボクたちをまきこんで、もやしたいみたい。
だから、こわくてにげた。ひは、あついからにげた。
そのほのおのなかから、ひとりのおとこのひとがあらわれた。
おとこのひとは、ボクたちをおいかけてくる。
けれど、はしるのがおそくてなかなかおいつけない。
ボクたちはせいいっぱいはしっているのに、そのひとはぜんぜんはしらない。
フラフラと、とてもくるしそうにあるいてくる。
なんだか、すごくかわいそうだった。ボクたちは、あのひとからにげているのに、すごく、あのひとがかわいそうだった。
その、「おとうさん」というひとは、ボクたちをおいかけるのをやめて、ちかくにあったへやのなかにはいっていく。
そこは、トモダチがねているへやだ。
リンゴちゃんが、ブドウちゃんが、ミカンちゃんが、レモンちゃんが、メロンちゃんが、ねているへやだ。
このままだと、みんながやられてしまう。おとうさんに、ペッチャンコにされてしまう。
おねえちゃんのてをはなして、おとうさんがはいっていったへやにはいる。
うしろから、ボクのなまえをよぶこえがするけど、きかなかった。
へやにはいったら、そこには、おとうさんとみんながいて、それから、もえているゆかには、ふたりのおとながたおれていた。
みんながなきながらさけんでいる。
それもまたかわいそうだった。
ボクの「おかあさん」も、さっきあかいほのおのなかにのみこまれて、あえなくなってしまった。
おとうさんは、こわいことになっている。
おとうさんはおこったりしない、やさしいひとだった。
なぜだかわからないけど、おとうさんはぼうそうしていた。
むかし、おとうさんには、こうおしえられた、「おとうさんがぼうそうしたらやっつけてほしい、みんなをまもってほしい」と。
ボクも、おとうさんのいうとおり、みんなをまもりたい。
だから、こわいけど──────
「オレ」は、おとうさんとたたかうことにした。
ちかくのたなから、ナイフをとりだす。これは、たなのなかにうんよくはいっていただけのこっとうひん。
ペーパーナイフをおおきくしたような、そんなきれいなナイフだった。
なにもかんがえないで、オレはナイフを持って、おとうさんにとっしんした。
おとうさんがオレのいるほうこうをふりむく。
そのかおは、なんだか、さみしそうで、うれしそうな、
おとうさんは、オレのあたまにむかってパンチをくりだしてきた。
ゆかやかべをこわした、あのとってもつよいパンチ。オレのあたまをつぶそうとしてくる。
「ハ──────」
─────でも、その前に。
俺は身体を傾けてお父さんのストレートを潜り込むように回避し、お父さんに、さらに接近する。
お父さんは右ストレートを外すと、左ストレートを繰り出し、ナイフを持つ俺の左手、その左腕が生えている肩を狙ってきた。
同時に俺も、左手に持っていたナイフを右手に持ちかえて、お父さんの首を狙った。
攻撃は同時だった。同時だったからか、どすん、という音は一回だけだった。
音が止んだ後、俺の左腕はお父さんのストレートによって粉砕され、お父さんの頭は、なくなっていた。
ずる、と、俺のお父さんの身体が落ちる。ばたり、と地面に倒れたそれには、頭がなかった。真っ赤な切断面にはなにもついていなくて、そこだけ切り取られたようになくなっていた。
あかい、どろどろとしたモノが、ソレからながれでる。
近くに、お父さんの顔が転がっていた。炎で真っ赤になっていた床は、さらに真っ赤な世界に閉ざされる。
みんなが俺の名前を叫びながら、俺に走り寄ってくる。林檎は泣きながら俺の腕の心配をして、葡萄は泣きながら無言で俺に抱きついてきて、蜜柑さんは泣きながら「よかった」と喜んでいて、檸檬は色々な恐怖に叫んでいて、甜瓜さんは、俺の身体を抱きしめながらただひたすらに「怖かった」と泣いていた。
泣きたいのは、俺も同じだった。けれど、泣けなかった。
………だって、俺は、親父(ひと)を殺してしまったんだから────
「う──────」
夢見が悪すぎて、俺は目覚めてしまった。
11月18日 午前7時05分。
寝坊助の俺にしてはいつもより早いお目覚めだ。
「あれっ」
昨日、俺は確か………ホテルでカーラに遭遇して…………
「アイツ、ここまで運んでくれたのか?」
シャツをめくって、昨日の怪我を確認する。怪我はやはりすべて完治している。
「おかしいなぁ、こんな治癒能力あったんだな。まぁ、ゆくゆく考えてみれば、それもそうか。夢であったように、親父に左腕を粉砕されているのに、左腕がこんなに元気なのもおかしいしな」
ベッドから降りて、着替えようとしたが、制服がない。そうだ、まだ林檎が部屋に来ていないんだった、今日は早起きだからな。
半纏を羽織って部屋を出る。
廊下に出て、部屋の外の空気を一つ吸う。
途端、
「づっ…………!!」
唐突な、眩暈と頭痛がした。立つことも許されない、強烈な頭痛。そのまま意識が断線して、電源コードをブチ抜くように、視界(がめん)が暗転した。
「───────」
振り出しに戻された。ここは俺の部屋。さっき倒れてから何分経った?
時計は午前9時00分を指していた。
お見事。大幅に学校遅刻だ。
「白邪」
「おわぁぁぁぁぁぁ!!!」
いい加減身を潜めて俺の隣に居るのやめてくれないか!?
「葡萄……?何しに来たん………そっか、俺の看病か」
葡萄は無言で頷く。
「白邪、今日、学校休んで」
「え?なん、そんな、だめだよ、学生は学校に行かなくちゃ」
「絢世、もう、連絡、入れた。白邪、学校、休むって」
じゃあ行けないじゃん学校。姉さんにも困ったもんだ。ちょっと貧血で倒れた程度で学校にお休みの連絡入れるんだから。
「参ったなぁ、動けるのに」
「白邪、わかってない、みんな、すごく心配してる」
「心配…………?」
「白邪、昨日、怪我して帰ってきてた。玄関で倒れてた」
葡萄は生気のない眼で心の底から心配そうな顔をする。
そうか、俺が昨日カーラと対峙した後、アスナが玄関まで運んできて、それを見た葡萄が俺をベッドまで運んできてくれたのか。そして今朝も貧血で倒れたとき、ここへ運んできたのか。
「ご、ごめん」
申し訳ないことをしてしまった。傷口は完治したけど、それでも服は血で汚れていただろうし、玄関で倒れている俺を運ばせてしまった、さらに昨日のとは関係ないとはいえ、今朝も仕事を増やしてしまった。
「白邪、今日は学校休んで」
「わかった」
「私、戻る」
葡萄は俺が元気なのを確認すると、救急箱を持って部屋を出ていった。
「あ、葡萄」
葡萄が無言で俺の方へ振り向く。
「昨日と今日は、ありがとう。迷惑かけてごめんな」
せめて、お礼はしておかないといけない。
「──────」
葡萄は耳の辺りを赤くして、無言で部屋を出ていった。
「──────えぇ…………」
素直じゃないなぁ……………
けれど、俺は馬鹿なやつだ。俺が勝手に痛い目を見るのは俺の勝手だが、俺は、それで誰が困るかとか、あんまり考えたことがなかった。
現にこうして、葡萄を困らせた。姉さんにも心配を掛けた。
「────素行の悪いヤツに、なっちまったな」
それでも俺は戦うのをやめない。このままだと、さらに犠牲が増える。だから、俺はまだ、終わらせるまで、俺は外に出るのをやめない。
けれど、みんなにも、迷惑は掛けられない。俺は葛藤を抱くまま、外の景色を眺めていた。
言われてみれば、こんな幸せな日々も、いつまで続けられるのか、と思いながら。