こうして、俺は暇をもて余して部屋を出た。
何せ元気なのに部屋から出ないなんて、キツすぎる。特に病気になったわけでもないし、身体も完治しているから、俺は屋敷を散策して時間を潰すことにした。
庭に出て、屋敷の西館からさらに離れた、小さな建物に入る。
この屋敷は何故か武道館がついている。
元遠野の別荘と聞いているが、遠野に武道など必要あったのか。まぁ、なんでもいいか。
昨日の戦いを思い出す。1メートル30センチの血刀でカーラと戦ったのを思い出す。
剣を極めておけば、次ヤツと対峙しても持ちこたえられるかもしれない。
考えてみれば、ヤツはとんでもない剣術の使い手だった。2メートル近くある長太刀を軽々と振り回し、ブレのない一直線の斬撃は、見ているだけでも相手を威圧する、そんな恐ろしい美しさと力強さがあった。
道場に入って、1メートル30センチの木刀を持ってくる。
一振して、自分のブレ具合を測り直す。
「叶うのなら、アイツのように、もっと早く剣が振れれば」
剣は定期的に振っているが、アイツのようなものにはならない。
まっすぐに剣を振るってのは、案外難しいことだ。
そもそも剣ってのは重いもんで、カーラのような長いものになってくると、素人では振ることすらできない。俺だって、アレをぶんまわすくらいならお手頃なナイフで戦っていた。
「ふっ────」
腕が痺れる。いつまでも振っていると、こう、集中力が…………
「くっ…………」
木刀を置いて座り込む。疲れてしょうがない。いつまでも振っていると、意識が飛びそうになる。
ふと遠くで、すたん、という軽快な音がした。
「なんだ?」
立ち上がって、音のする方へ向かう。
そこにあったのはまた別の道場。見た目的に………射場か?
射場に近づく。中に、一人の女性が、弓を引いている。さらに近づいて、入り口からひょいと顔を出してみる。
黄緑色の髪の女性が弓を引いていた。甜瓜さんだ。甜瓜さんの射法は美しかった。
静かに矢を弓につがえて、ゆっくりと引っ張る。弓の弦の間から覗かせる黄緑色の髪の横顔。
なんとも言えない、美しさがあった。
だけど────
すたん、と音がした。
斜方はほんとうに美しい。だけど、だけど、だけどエイムが酷すぎるのが惜しいなぁ……………普通それだけ射方整ってたら的に当たるよね?エイムはいいのに姿勢が悪くなるのはあるあるならしいけど、姿勢がいいのにエイムが悪い人は初めて見たぞ俺。
一発も当たってないじゃん。
だけど、それでも彼女の心は落ち着いている。た、確かに弓道のプロかもしれない。武道はスポーツとは違って、心を安静に保つのが目的だから。
「────────」
甜瓜さんが弓を引きながら、俺のいる入り口に目をやる。
「あ──────」
「───────」
目が合った。その何となく整っている気がするその顔つき絶望的にかわいい。
「白邪さま───!?」
どっきゅーん。びっくりした甜瓜さんは矢を持つ手を離してしまい、矢は的の真ん中を射った。嘘だろ、図星撃ち抜いたぞ今ので。どんなドラマだよ。どんな劇運だよ。
「ごめん、邪魔したかな、弓矢の音がしたもんで。甜瓜さん、弓道やってたんだね」
見つかったからには隠れることもない。靴を脱いで道場に上がる。
────すげぇ、マジで的の図星に矢刺さってる。
「いえ、邪魔だなんて決して。寧ろ来ていただいて嬉しいぐらいです。お身体の調子はいかがですか?」
「あぁ、それは問題ないよ。葡萄が精一杯看病してくれたからな。すぐに元気になった」
「それは良かったです。葡萄ちゃんに看病されれば、どんな病気も怪我も一晩で治っちゃいますからね」
甜瓜さんは嬉しそうに手を合わせて喜んでいる。
「あ、申し訳ございません、勝手に持ち場を離れてしまって………」
「いやいや、そんなこと全然思ってないよ。俺はそういうのあんまり気にしてないから、ゆっくりするのも大切なことだよ。それに、弓道やる甜瓜さんもレアで道着似合ってて気に入ったし。」
「えっ」
甜瓜さんがびっくりしながら照れている。
反応が面白すぎてもう少し色々言ってやりたくなるが一線を越えると俺がセクハラ扱いされかねないので、気力を振り絞っていじめたい気持ちを押さえつけた。
あー、フラストレーション溜まる溜まる。
「白邪さん、折角二人きりですから、昔ばなし、していいですか?」
「え?うん、いいけど」
珍しいな。甜瓜さんが昔の思い出話なんて。
「私、白邪さんに助けられたとき、すごく、嬉しかったんです。あのときは、もう、私たち姉妹は、全員死んでしまうんじゃないかって、思ったんです。こういう時に、お父さんやお母さんがまだ生きていたら、助かっていたのかもしれません。でも、私たちは親が亡くなってしまったから、遠野さんに引き取ってもらって、そこからここに来たんです。もう私たちが七歳ぐらいのときのはなしですよね」
「────────」
甜瓜さんが話しているのはあの日のことだろう。今日ちょうどその夢をみたばかりだ。親父を殺した瞬間の夢を。
「─────俺は、守ってなんて………いない」
俺は、誰も守れなかった。救った人間なんて、一人も居なかった。親父を殺してしまったし、甜瓜さんたちを助けたときにも、おなじ部屋で死んでいた彼女らの親。誰も、救えなかった。俺が救った人間なんて。一人も。
「────ん?」
いや、気のせいか。一瞬変な疑問が横切ったが無視した。
「なぁ、甜瓜さん───」
その時、俺は見てしまった。真っ赤な視界を。
「な……………」
「どうされましたか、白邪さま?」
居る。何かが。黄緑色の髪の、誰かが。
目の前に、ナニカが…………イル。
「──────づ」
何かが、ワカラナイ。この喪失感と、恐怖感と、罪悪感。
「どこか、体調でも?」
ソレは、俺に近寄ってくると、額に手を当ててくる。魚眼レンズのように歪む真っ赤な視界の中に、恐怖の化物がいる。俺を、どうしようとしているのか、目の前に真っ赤な死体が転がっている。なんど見ても、赤。血の赤。炎の赤。誰かの髪の赤。アカが一面に広がる。
屍体は転がる。二人の屍体が転がっている姿。誰かのクビが転がっている姿。アカ、チ、クビ、シタイ。
「はぁ………はぁ………」
「どうかしたんですか?顔色が悪いですよ?」
オンナはナニもないようにオレに触れてくる。オレのメに移るセカイは、まるで違っていて。
「うぅ………う、うぅぅぅ─────」
頭痛と眩暈と貧血が押し寄せる。何か、自分がとんでもないことになりそうな、予感がして、焼ききれるように、視界が燃え盛る。壊れた。自分の中のオレが、壊れた。防衛機構が、壊れた。壊れた、壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた………!!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「はぁ………はぁ………う、づうぁっ!!」
唐突な激痛に襲われて、爆発するように後ろに飛び退く。
床には、倒れている甜瓜さんが。
「俺……………」
俺は何をやってたんだ?記憶がない。突然、あの日のことを考えたら、頭痛がして………
「落ち着きましたか?白邪さま」
「甜瓜さん、俺は何して………」
「白邪さまは突然大声を上げてから私を押し倒して、そこで急に叫んで飛び退きましたけど………」
「な───────」
そんな。バカな。俺は、なにやってんだ。甜瓜さんに、襲い掛かったのか?
押し倒して、何をしようとしたのかはわからないけど………
「ごめん、甜瓜さん」
「いいえ。大丈夫ですよ」
甜瓜さんは俺に酷いことをされても、まだ笑っている。
「少し、外出してくる。今日の俺は、どうかしているみたいだ」
立ち上がって、甜瓜さんから離れる。
「あら、もうお帰りになるのですか?」
「ああ。また今みたいなことが起きたらいけないし、何より、甜瓜さんも俺が居たら嫌だろ。いきなり痛い思いをさせてすまかった」
甜瓜さんに頭を下げて謝ってから、そのまま背を向けて道場から出ていった。
屋敷の門を潜り抜ける。
「鬼人の力を使いすぎたからか………」
反転なんて、起こしたことなんかないのに。昨日の激闘で、俺は鬼人としてはかなり覚醒していた。身体の特徴も、大幅に変化して、回復力や身体能力が向上したし。
「俺が鬼人に近づくほど、反転しやすくなるのか」
だが、俺は暴れていたことは覚えている。何をしたのかは覚えていないけど、自分が堪らなく壊れてしまったのは覚えている。
これは、反転というより、トラウマによる発狂と言ったらいいのか。
「あぁ、そうだよな、罪ってのは消えねぇもんだよな」
この期に及んで、良かったなんて言いたくないけれど、それでも、俺は取り返しのつかないことにならなくて良かったと、心の底から安堵していた。