「────ん」
俺は唐突な痛みに襲われて目覚めた。
「うわっ、寒っ………こりゃ寒い………」
カーラの活動が盛んになっているのか。空を見上げる。空には月が浮かんでいた。けれども、満月ってほどではない。満月がちょっと欠けたくらいの月だ。ついこの前満月だったから、ここからは月が欠けていくんだな。カーラは人狼だったな。ってことは、月齢や雲行きといった、その時その時での月の状態から影響を受ける筈だ。月が欠けていく今なら、カーラは日に日に弱くなる筈。寒いのは寒いが、昨日のホテルよりかはマシな寒さだ。しかし、これだけ寒いということは、カーラは今、比較的近くにいるのか。
「って、俺なにしてんだ」
何で公園のベンチで寝てんだ俺!?
さっき甜瓜さんの目の前で発狂したのがお昼………およそ八時間は眠っただろうな。
「ほぼ一晩分………か。昼夜逆転しちまうだろうが………」
早く、家に帰らないと。皆、心配しているだろう。気づけば辺り真っ暗だ。今、かなり夜遅いな。
ベンチから立ち上がって、うろうろした後、屋敷のある方向へ帰り始めた。
すると、真っ暗な夜の中に、光が閃いた。
「うわっ!?」
懐中電灯の光か………!?なんでこんなところに?
────瞬間、俺は頭部に衝撃を感じた。何かに殴打された衝撃………ではない。頭部というより、後頭部と首の間か。何かが触れている。この感触………何の機械だ!?
「─────づっ!?」
首を起点に、身体じゅうに電流が走った。人体の静電気、その定義を打ち破る、スタンガンから放たれた、推定110万ボルトの超高電圧の異常法則が身体の安全機能を片っ端から破壊する。
電源(しんぞう)活動は正常。だが、脳に響いたダメージが強すぎて、意識を強制的に切断(シャットダウン)された。異常電流を感知した肉体がブラックアウトを引き起こし、俺は倒れこんだ。
……………………………。
……………………………。
…………………何か、音がする。目は開かない。口も開かない。けれども、意識はなぜか残っている。音が聞こえるなら、耳も機能している。途切れ途切れだが、呼吸もしているようだ。とりあえず、俺は生きてはいるようだ。
助かった。鬼人の肉体と、俺の第六感が残っていたお陰で、盲目とはいえ、状況を察知できる。
俺は何か固いベッドのようなものに寝かされていて、真っ直ぐに移動している。車か?車の後部座席のシートで横になっている。誰かに連れられている。救急車………にしては運転が荒すぎる。まさか俺を誘拐しようだなんて輩もおるまい。
「なぁ、おい、場所は、ここらへんだったよな?」
話し声が聞こえる。聞いたことのない、赤の他人の声。
「あぁ。そこに運べば、俺たちは助かるらしいぜ。そこのガキには申し訳ねぇが、残念だったってコトで」
畜生、このクソガキが。ガキはお前らだろうが。首元にいきなりスタンガンなんかかます野郎まずいねぇだろ普通。しかも110万ボルトなんて、下手したら人間死ぬぞ。
話し声は明らかに若者だ。俺と年齢は変わらないのか、もうちょっと年上か。調子に乗った若者独特の耳障りな話し声から、20代前半と見受けられる。20代の若者なんて、槇久の旦那みてぇなやつばっかりだ。ろくな野郎がいない。
俺の意識が回復したのは幾らか前だが、いつ運ばれ出したのかはわからない。距離次第では、街を出た可能性もある。一体、俺はどこへ運ばれているのだろうか。
男二人組は、地図を確認しながら、用心深く車を進めていく。
道が平坦でない。ひょっとしたら結構人里離れた場所なんじゃないのかここらへん。
まずいな。帰れなくなる。とりあえず、身体の方が復活したらすぐにこいつらブン殴ってやる。腕の1本2本、いや、なんならサービスで鼻の骨砕く。目潰しでも構わないが、顎でも構わねぇ。とにかくこいつらクソむかつく。俺に喧嘩売るってそういうことだからな。
「ついたぞ」
どうやらついたようだ。車のエンジン音が止まる。扉が開いて、俺は二人の男に肩を支えられながら、真っ直ぐ進んでいく。正確には引きずられていく。
この匂い………なるほど、完全に察した。
ここは街に新しく出来る予定の病院だ。紀庵が言うには、この街最大の病院になる予定だそう。三階構造の巨大な建物なんだが、街の外れにあって、簡単に来れそうにはない。ホントにここに入院する奴現れるのかってぐらいに。
もう建物はほとんど完成していて、あとはその周囲の整備だというらしいが、こんな人里離れた山の奥に、病院なんか建てるわけない。もしもそれがホントなら、あからさまな税金の無駄遣いだ。中村(うち)が総力尽くして止めるぞ。
さて、そんな愚痴が叩けるほどに俺は回復している。あと数分以内に覚醒する。
今度は、ガタン、と大きな鉄音を立てて、何かに乗って俺は降りていく。昇降機か。地下に向かっているのか。風が涼しい。いや嘘だろ、丸裸の昇降機とか、絶対怖いじゃねぇか。謝って転落でもしたら大事だろうな。病院の地下つったら駐車場か。駐車場に降りる昇降機が揺れを伴って停止する。どうやらついたようだ。丸裸の昇降機だ。扉が開く音などない。そのまま俺はゆっくりと連れられる。
「─────────」
ここ、本当に駐車場か?そもそも、この空間、この気配、明らかに病院の地下とは思えない構造。まるで、中世の城における、隠し扉から出られる脱出口のような。
「よし、着いた。ここに寝かせとけばいいんだな?」
「おう、仕事も終わったんだし、さっさと帰ろうぜ」
二人の男は急に俺を支える手を離して俺を昇降機の外へと突き飛ばす。寝かせるっつってたよなボケ。
「やった………!!やっと、やっと、救われるぞ!!」
「─────────」
昇降機のボタンが押される音。昇降機のボタンを押してから動き出すまでの時間は約4秒。
1秒で目が覚めた。
2秒で視界が回復し、俺の身に怪我などがないことを確認する。
3秒で立ち上がって、
「お前ら覚悟しろよクソガキが!!」
4秒で走り出す。昇降機が唸りを上げて昇っていく中、そのまま扉のない昇降機に乗る男二人の脚を掴んで、勢いよく引き寄せる。
「うわぁぁぁぁ!!!」
「なんだぁぁ!?」
二人の男は俺のいる場所まで引き寄せられ、誰も乗っていないにも関わらず、既に動き出してしまった昇降機は上に消えていった。
「あー!昇降機が!!」
「昇降機が!!じゃねぇーよクソ野郎!!何、いきなり他人(ひと)の首にスタンガンかましてんだよボケナスが!!マジでお前ら生きて帰れると思うなよ!?」
人を半殺しにしたいと思ったのは初めてかもしれない。
「なんだよ!何余計なことしやがって、俺たちだって暇じゃねぇんだよ!!」
「コイツ一回黙らせようぜ」
二人の男は拳を振り上げ、
「ぐはぁぁぁぁぁ!!!」
早速一人俺のフックで左目をブチ抜かれる。
「いってぇぇぇぇ!!」
ついでにもう一人も鼻にストレートを受けて倒れる。
「お前らな、人のこと襲っといて、今度は地下に置き去りかよ。まるで品がねぇなボケ。お前らどうする、この地下は人目がねぇんだから、ブッ殺されても文句言えねぇよなぁ?俺を出口まで連れていくか、ここで死ぬか好きな方を選べ」
「何を偉そうに…………」
二人目が鼻を押さえて立ち上がる。
「───は?」
クソムカつくから拳を引いて殴るフリをする。弓の弦引きちぎるレベルで勢いよく拳を引いた。
「ひぃぃっ!!」
頭を押さえてうずくまるアホ一人。
「わかったわかった、案内するから!!命だけは!!」
「じゃあさっさとしろ!俺ぁ今かつてねぇほどに機嫌悪いんだよ!いつお前らに何するかわからんねぇから俺の機嫌これ以上損ねるんじゃねぇぞ?」
「わ、わかりました!!」
「喜んでご案内させていただきます!」
男二人はそう言いつつ顔を見合わせている。その顔が結構青い。俺に恐れを成しているというより、なんか、とんでもないミスを犯したかのような…………
「す、すみません………俺たちも出口は知らないんです…………すみません……!!」
「あっそ、別にいいけど。どうせ出口は最奥にあるんだろ、なら最後までついてこい。お前ら、ずっとこんなことしてんだろ?この先に何があるかぐらい知らねぇのか。ここ、明らかに病院の駐車場なんかじゃねぇぞ。どこだよここは。お前らは何してんだよ」
「俺たち………脅されているんです………」
一人が震えながら小声で言う。
「脅されている………?」
「青い髪の、背の高い男が、いきなり俺たちを捕まえてここに連れてきて………命惜しければ、い、生きてる人間をつ、ついてこい、って………」
青い髪の男…………カーラのことか。あいつ、こんなところで人間食っていたのか。通りでここら辺が寒いはずだ。すぐ近くにヤツがいる。そして、いるとしたら………
「この先か………!!」
奥へ向けて歩きだす。この先に何があるかなんて知ったことではない。とにかく先に進んで、カーラを倒す。
「それで、お前らはたくさんの人をここへ連れてきたってことか」
細い道に、たくさんの死体が転がっている。にしても、俺は天才か。よくこれをみて死体と分かったな。
後ろでは二人が吐いたり震えたりしている。
それくらい、死体は原型をとどめていなかった。昨日のホテルで見たような、身体の大半を喪った、いや、喰われた死体。表情も、内蔵も、心も、空っぽだ。
「くっ────」
これが、カーラの引き起こしているコトか。
「────来る」
奥から、何かの群れがやってくる。その正体は言うまでもなく、カーラの連れる狼の群れだ。
細い道の先、その奥から狼が四頭がやってくる。
「ひぃぃっ!?」
「なに……あれ………!!」
二人は初めてみる獰猛な狼に恐れている。
「ふぅ──────!!!」
でも、俺は引いている場合ではない。そんなことなら、俺はカーラとやりあったりなんかしない。
「お前らは離れてろ、こいつらは俺が倒す」
後ろの二人にそう告げて、左手に力を込める。その左手に右手を添えて、一気に血を流す。
「くっ……………」
心臓が悲鳴を上げる。ギアが軋む音。限界を越えた肉体の酷使に、器が耐えきれなくなり、極度の疼きを患う。
それでも。俺は生き延びるために───
「出ろ!!」
手の中から、赤い刀身の刀が出てくる。昨日も使った血刀。
「行くぞ!!」
俺は血刀片手に、一直線にこの俺へとやってくる狼たちに向かって走り出した。