月姫 零刻   作:マジカル赤褐色

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若草

 

「う…………ん…………」

 

俺は唐突な吐き気に襲われて目が覚めた。

 

「ここは…………」

 

カーラと闘った地下はどこだ。固いベッドだと思えば、これは、ベンチのような木の椅子だ。

 

「……………!!」

 

れ、礼拝堂!?なんで…………ここ…………この気配……アスナの教会の礼拝堂だ。俺はさっきまでカーラと闘っていたはずなのだけど───

 

「やほ、居眠りイケメンくん」

 

真横から声がしたと思って、俺は椅子の上で仰向けに寝転がりながら、頭だけその方向に向ける。俺の前の椅子から、若い男が顔を除かせている。

男はアスナと同じ雰囲気を持つ神父……?だ。黒いカソックに身を包み、ライム色の綺麗な髪色。瞳は空色で、カソックの上に、髪と全く同じ色のフード付きマントを羽織っている。

 

「誰だお前」

 

俺は男………というよりかは青年か。………に警戒心丸出しで話しかける。

 

「おっと、ストップ ジャスト ア ミニッツプリーズ アーユー おっけー?僕は怪しいものではないからね。きちんとこの教会でお仕事をしている社会人だから」

 

「嘘つけ、そんなクソみたいな英語話す神父がいるかボケ」

 

初めて聞くわ今の英語。

 

「さてさて、自己紹介いっとく?僕はフィエルォレイン。聖堂教会の代行者。まぁ、世間さまでは、洗礼名の「ヨエル」で呼ばれているよ。君は?」

 

そう言って、いかにも怪しい者、ヨエルは俺に名前を尋ねてくる。

 

「中村白邪。一般人だ。それで?何で俺はこんなところにいるんだ」

 

「あー、それなんだけど、僕がここへ運ばさせて貰ったよ。クロエの指示だよ。クロエがね、「この少年を保護してください」って僕に渡してきたんだ。けれど、大丈夫だよ。こんなんだけど、僕は強いから。あとここアスナロの教会だし」

 

くっ、こいつなんかクロエ先輩の声マネめちゃくちゃ上手い………男があんな高い声出せるのか、声帯広いなコイツ。

 

「先輩とアスナのこと知ってるのか、お前」

 

「もちろん。クロエは僕のお仲間だし、僕はアスナロの代理みたいなもんだからね。それより、君の方こそ、アスナロのことを知っているんだね」

 

「あぁ。毎日仕事を押しつけられているぜ」

 

「なるほどなるほど、君が新入りくんか!夜路死苦ね、いつもお疲れ様だ、僕も彼女の代行者としての仕事を全部任されているんだよぉ。君は多分シスターとしての仕事を担当しているのかな?」

 

当然のように肩組むなよおい。アスナの野郎、いろんなやつに仕事押しつけてるんだな。ていうか、ヤツが言ってた「違うことしているアイツ」ってヨエルのことなんじゃねぇのか。

 

「おい、お前みたいな代行者ってのは、吸血鬼を倒すんだろ?吸血鬼について、何か知ってないのか?」

 

「知らないよー」

 

訊いた俺がバカだった。

 

「僕はね、この吸血鬼事件の犯人を追って、十何人かの仲間たちと一緒に探していてね、それで見つけて闘ったのさ」

 

どうやら、コイツは吸血鬼を見たそうだ。

 

「どんなヤツだった?」

 

「覚えてないね。何せ、あの時、僕は寝ていたからさ。戦闘が始まる直前かな。眠くなったものだからみんなと別行動を取って僕はこの教会に残って眠っていたんだ。そして、目覚めて現場に行ってみたらなかまたちは全員死んじゃってたさ」

 

「───────」

 

壮絶な過去に思えるが、マヌケすぎる。どこまでマイペースなんだこの男は。

 

「さて、お遊びはここまでにしてと。ちょっと茶番劇始めよっか」

 

いや、同じじゃねぇか。

 

「言い忘れてたんだけど、今ここヤバい状態でさぁ。アスナロが今頑張ってるんだよねぇ」

 

「は?何、どういうことだよ!?」

 

俺は勢いよく椅子から跳ね起きた。

 

「いやさぁ、どうもさぁ、この教会、包囲されちゃったんだよねー、死者に包囲されたんだよー、今外でアスナロが闘ってる。僕は君が目覚めるまで面倒見ておけって言われたから見てたんだけど、そろそろやばいかも」

 

それ先に言えよバカ野郎!!………と言おうとした瞬間、窓が割れて、外から何かが入ってきた。

 

「なんだ!?」

 

「死者だね、君は奥で自分の安全を守るんだ。まぁ、僕といれば、死ぬことはないさ!」

 

扉が開けられて、大量の死者が軍隊行進のように押し寄せてくる。その数、50体、60体近く。俺ですら震え上がるほどの量だ。俺もこの数を仕留めきれる気がしない。

 

「さぁーて!準備運動始めようか!」

 

そう言って、ヨエルはラジオ体操第二を一人で勝手にやり始めた。日常ならばなんで第二やるんだよと言いたくなるところだが、今は状況が違う。そもそもなんで体操してんだよと思ってしまわざるを得ない。

体操している余裕など一秒たりともない。王者の風格というヤツか?

 

「何やってんだよバカ!!死者がどんどん来るだろうが!!」

 

死者は変人を前にしてもプログラム通りまっすぐ進んでいく。

 

「あー、ちょっと。上から来るよ~気をつけて!」

 

ヨエルがそう告げた瞬間、死者60体は一斉に倒れた。

そのすべての背中に、金色の針のようなものが刺さっている。

 

「僕はヨエル!聖堂教会随一の天才剣士!この僕の黒鍵の前に切り伏せられたいものは、いつでもいくつでも来い!!」

 

ヨエルの手には、針かと見間違うほどに細い刀身を持つ絶望的なまでに細身の剣が握られていた。

どうやら、死者がやってきた瞬間、上からそれが降ってきたのだろう。

アイツ、投擲してたか?投げる動作なんかなかったぞ。先に設置してあったのなら、俺の第六感が嗅ぎ付ける。目に見えぬほどの、停止しているように見えるほどの速度で60本近くの剣を投擲していたようだ。

 

「さぁさぁ、白邪くーん、外出るよ!外に死者200体ぐらいいるからね!」

 

「はぁ!?ざけんなよ!?俺行きたくねぇよ!」

 

「どぅーのっと うぉーりー あばうと えくすきゅーずみー ふぉあ ゆー!200なんて敵じゃねぇぜやっふーい!!」

 

ヨエルは意味不明なカタコト英語を口にしてから我先にと礼拝堂を一人出ていった。

 

「ちょ、待てよ!」

 

俺もヨエルに続いて礼拝堂を出る。

外に出た瞬間、

 

「危ない白邪くん!!」

 

「なんだ?───って、どわぁぁぁぁ!!」

 

い、いま、爆発みたいなの起きなかったか!?気がつけば、そこらの地面は抉られていて、猛獣のような巨大な爪痕があった。

そして、そこには、アスナが素手で死者と闘っていた。ヨエルも大概化物だったが、アスナはそれ以上だ。爪で死者を片っ端からブチ殺している。それならまだしも、問題はその破壊力。攻撃は素手と爪だけのはずなのに、そこらじゅうのタイルなどが砲弾を受けたかのように粉砕されている。死者たちも体内で爆弾が爆発したように文字通りバラバラに吹き飛んでいく。

そして、その先に─────

 

「あ、アイツは…………!!!」

 

月光を背に一人の男が立っている。

 

「みーつけた!白邪くん!ヤツの顔を覚えておいてくれ!【アレが吸血鬼】だ!!」

 

「あ、アイツが………」

 

アイツが、この街を恐怖に陥れた吸血鬼なのか!?青毛の男だ。青さはクロエ先輩やカーラよりもずっと青い。群青色といったところか。カーラは言った。俺をあの病院地下に連れてきた青年たちは、自分が脅したわけではないと。青毛の男は、自分ではないと。だとしたら………コイツが………

白いシャツの上に紺のカーディガンを着ていて、その上に黒くて長いコートを羽織っている。コイツが………吸血鬼なのか?

 

「コイツを………」

 

「白邪くん、君、闘える?」

 

「おう、当たり前だ」

 

この期に及んで、逃げている場合か。意地でも俺は闘う。街の人々を救うために……!

 

「なら、君は駅前広場に行ってほしい。カーラはあそこにいるはずだ。吸血鬼は僕たちでとめる。君はクロエを、彼女を助けてほしい。大丈夫!君ならできる!若いうちはなんだってできるもんさ!さ、行った行った、頑張ってくれよ!!」

 

ヨエルは俺の背中を押し出して、町中に向かわせた。

 

「頑張って、白邪くん、貴方ならできるわよ!」

 

俺はヨエルとアスナを信じて死者の列の中を駆け抜ける。走りながら血を溜める。

 

「出ろ!」

 

血刀を作り出す。そのまま死者を片っ端から斬り倒し、教会の門につく。

男は俺には目もくれていない。俺が門の外に出るのを阻むつもりもないようだ。

 

「実に800年近く生き永らえてきたが、おまえのような男は初めてだ」

 

「──────────」

 

男はそんなことを言っていた。

 

「…………待ってろよ、俺の仕事が終わったら、すぐにお前を殺しにいくからな」

 

「────期待せずに待つとしよう」

 

男はそんな風に嗤っていた。

教会を出て、駅を目指す。一直線道なりに坂道を降りていくだけの簡単なルート。空模様が怪しい。空に浮かぶ灰色の雲。これは、雪雲か?カーラの活動においても、雪雲が出たことは一回もない。

さっきからずっと思っていた。何故月は今少しずつ欠けていっているというのに、カーラはどんどん強くなっているのか。

カーラも俺と同じように、力を行使すれば、血の性質に寄っていく。つまり、カーラはどんどん生粋の人狼に近づいているのだ。血の量や濃度は変わらなくても、器がその血の性質に適応するようになった場合、カーラはほぼ生粋の人狼になる。

俺の親父のように、精神が肉体に食い尽くされて、理性を保てなくなる。ヤツに狼のような耳と尻尾があったのはそういうことだ。精神はおろか、肉体そのものも人狼に変化している。俺の肉体は、人間のカタチを保ってはいるが、間違いなく運動能力などは変質している。

現に俺は、脚に血を流していないのに、乗用車と同じくらいの速度で走っている。時速およそ30~40キロ。一般車道を走行する乗用車ジャストスピードだ。それほどのイカれた速度で走っているにも関わらず、俺は息切れすら起こしていない。

ありがたい。これならすぐに、クロエ先輩のもとへたどり着ける。カーラと闘うことができる。

 

「待ってろよ、先輩。俺が今すぐ助けに行くから……!!」

 

不思議だ。知らぬ間に、俺は目的を見失った。

【俺】はなんのために走っているのか?

 

 

───それはカーラと闘うためだ。

 

 

では、【お前】はなぜ今カーラ・アウシェヴィッチと闘う必要がある?

 

 

───それはクロエ先輩を助けるためだ。

 

 

では、なぜ【俺】は凱逢黒依を助ける必要がある?

 

 

───それは…………

 

 

なぜだ。凱逢黒依は退魔の血族。カーラは言うまでもなく、そしてお前のことも狙う者。お前を狙い、お前を殺そうとする者だ。

 

 

───違う………!!

 

 

違わない。退魔の血族はすべての混血を殺す者だ。お前であろうと例外ではない。なぜなら、お前は【混血】なのだから。敵に塩を送って何になる。お前が凱逢黒依から逃げきれる可能性を下げるだけだというのに?

 

 

───それは………

 

 

 

自問自答の末に葛藤(エラー)を確認し、道の真ん中で立ち止まる。確かに、俺はなんでクロエ先輩を助けようとしているんだ?助けたところで、協力してカーラを倒したところで、俺もカーラと一緒に殺されるだけだ。

俺は自分を生かしておきたければ、クロエ先輩を見捨ててしまえばいい。運がよければ、カーラはクロエ先輩を殺し、俺はクロエ先輩から逃げきることができる。いずれカーラとやり合うとか、そんなものは後の話として。

けれど、なぜか俺はそれが許せない。自分にその妥協を許容できない。なぜか?

俺の、「クロエ先輩を助けたい」という意志は、存在の違いとか、そんなものの次元を越えている。もっともっと、根本的なことだ。

俺はただ、クロエ先輩の力になりたいだけなんだ。初めて会ったあの日。鳥小屋の一件の時。あの時に、俺に助けられたクロエ先輩が見せた笑顔。あれを見てしまった瞬間から、俺はとっくにイカれてたんだ。なるほど、暴走しているといえばそうかもしれない。俺はとっくのとうに、感情が暴走していた。

誰かを欲しいと思ったことは、今まで一度もなかったというのに───




若草色の剣士、その名は若草

ヨエル
性別 男性
身長 179cm
体重 59㎏
誕生日 12月24日
血液型 B型
好きなもの 寝ること
嫌いなもの せっかち屋
特技 剣術、ロングスリーピング、ショートスリーピング
武装 黒鍵(ヨエル専用仕様)


聖堂教会の代行者。本名はフィエルォレイン。黒いカソックに、ライム色の髪とストラ、フード付きマントが特徴で、その色合いから、一部の者からは「若草」と呼ばれている。
物語の舞台である乙黒町で起きている吸血鬼事件に関わった死徒を討伐するために十数名の仲間たちと共に出動したが、寝落ちしている間に仲間が全滅してしまい、現在は一人で街をうろついている。もともと乙黒町に住む代行者であり、ルージュ・アスナロの教会の付近で生活している。白邪はアスナロに【シスターとして】の仕事を押し付けられていたが、ヨエルはアスナロの【代行者として】の仕事を任されている。寝落ち中に仲間が全滅したと言う過去からわかるように、極度のマイペースと優柔不断、極楽蜻蛉であり、責任感に欠ける、最悪の社会人。

しかし、代行者としての腕は確かであり、武装はなんと黒鍵のみ。………にも関わらず、黒鍵のみで数えきれないほどの死徒を討伐している。二十七祖の討伐記録はゼロだが、やってみれば相性次第でソロ討伐も夢ではないらしい。現時点で、埋葬機関から最もスカウトされる可能性の高い代行者のうちの一人で、こと剣術に関しては教会で一位二位を争うとされている。
「剣の死徒なら、埋葬者よりも若草の方が手っ取り早い」と言われており、剣使いの死徒を相手にする際、埋葬機関よりも先にヨエルに出動要請が出るらしい。
ヨエルの黒鍵は特別仕様となっており、通常は赤い柄からレイピアのような刀身が現れるが、ヨエルの黒鍵は柄が通常の黒鍵よりもさらに細く、刀身が金色になっている。それを作るのも当然教会なのだが、ヨエルはそこまで入れ込まれている訳だ。

クロエの剣の師であり、教会屈指の剣豪として名を馳せており、その恐るべき実力を大司教に買われ、洗礼名として預言者の名である「ヨエル」を授かる(ちなみに教会において預言者の名を授かるなど、絶対にあり得ない話である)。
代行者ヨエルになってから、「黒鍵会」という、いかにも暴力団組織のような名前の機関を設立し、黒鍵を使用する代行者を任意かつ無料で招き入れて、剣の指導や黒鍵談義や黒鍵に関する性能や仕様の改善などについて話し合っている。予算はゼロ(全額ヨエルが負担)と言うこともあってか、会員数は数百人にまで上っている。
現在、黒鍵を使う代行者の多くが使用している赤い柄のモデルは古来から定められているものだが、扱いやすいようにヨエルの案とアイディアを元に改良したものを使っている代行者もいるらしい。

────これは全てが終わった後の話だが、後に埋葬機関七位となる代行者、シエルもこの黒鍵会に加入したらしく、同時にシエルの弟子兼相棒の代行者ノエルが使用する黒鍵こそ、ヨエルが改良した近代黒鍵である。
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