月姫 零刻   作:マジカル赤褐色

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1日目 茶飯時劇
プロローグ


 

 

1995年《乙黒町》

 

 

この夜、路地裏では少年が八人組の男に暴行を加えられていた。

 

「おら、おら、立てよ」

 

「はは、財布寄越せよガキ」

 

そう言いながら、八人の男子高校生が中学生ぐらいの少年を殴り蹴りしている。

 

「痛い、やめてください………」

 

少年は既に怪我をしている。八人の数の暴力に、抵抗する術もなく、彼らのやりたいように袋叩きにされている。

 

「ほら、立てよ」

 

一人の男が少年の頭を蹴っ飛ばす。サッカーボールを蹴るような、危険度の高い蹴りだった。

 

「ぐぁ……!」

 

少年から漏れる苦悶。その様子を彼らは楽しんでいる。自分たちが強いということを証明して、好き勝手にするのを心から愉しんでいる。

 

「おい、」

 

その時、路地裏の入り口から、声がした。暴行を加えられていた少年を含んだ、この場にいた男たち全員が、その方向を向く。

その場に居たのは、彼らと年齢の差もなさそうな、若い青年だった。白いシャツに、ベージュのコートを羽織った、朱毛(あかげ)の青年だった。

 

「なんだよ、オレたちに何か用か?」

 

中学生(そいつ)放しなよ、つまんねぇことしてないで」

 

青年の声は透き通っていて、聞き取りやすい。だが、そんな穏やかな声帯とは裏腹に、その口調は激しく、角のある言い方だった。

 

「………んだとテメェ、舐めやがって。テメェには関係ねぇだろ!」

 

そう言って、男は真っ正面から青年に殴り掛かる。

しかし、男が青年に手を出すことはできなかった。男が突き出した拳は、青年が迎え打った拳とぶつかり、拳の骨が折れた。

 

「がぁぁぁぁ………づ!!!」

 

男が骨の折れた拳を押さえて倒れこむ。

 

「て、てめぇ………!」

 

その男とはまた別の男が、青年に食って掛かる。

………が、それも青年の鮮やかな回し蹴りによって、一撃で昏倒させられた。

 

「あ………アイツ!」

 

「ブッ殺してやる!」

 

「おらぁぁ!!!!」

 

八人のうちのリーダー格と見える高校生と既に倒された二人を除いた五人が一斉に青年を取り囲む。如何に朱毛の青年といえども、五人相手では、まるで敵わな…………

 

「はぁ………」

 

青年はため息をついて、一番近い男に向かって走り出し、胸ぐらを掴んで顔面に頭突きを繰り出した後、髪の毛を掴んで無理やり頭を下げさせ、膝で鼻頭を蹴りあげた。

 

「グワァァァ…………!!」

 

青年に蹴られた男は体の筋肉が抜き取られたかのように、ふにゃりと崩れるように倒れた。

 

「この………ブッ飛ばす!」

 

青年の右からさらに別の男が殴りかかってくる。だが、それも青年はその男の攻撃を横に躱して、そのまま勢い余って建物の外壁の前まで前進した男の後頭部を掴んで、顔面を壁に叩きつけた。

 

「ひぁ…ぁぁぁぁ!!!!」

 

またもや一人が戦闘不能になる。その様子を見て、彼らは怖じ気づく。

青年は先程まで、自分にかかってきた相手を確実に迎撃していただけだった。だが、これは、青年からの一方的な暴力だ。自分たちが、あそこの中学生に与えた暴行は、単なる脅しか、抵抗するから暴力で言うことを聞かせる程度のものだった。しかし、今見ている惨状はおかしい。これはどちらかと言うと、極道とでも言うのだろうか、人を殺してしまいかねない勢いの暴力だった。

 

「す…………すいません、すいません、すいません………!!!」

 

残った三人がその恐怖に狂ったかのように土下座をする。だが、

 

「謝る相手が違うだろ、阿呆(アホ)

 

青年には全く受け入れられない。

青年は一人の髪を掴み、地面に叩きつける。

さらに二人目の顔を持ち上げ、蹴り飛ばす。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

逃げ出した最後の一人もまた、背中を捕まれる。

 

「どこ行くんだよ、まだ話が終わってねぇよ」

 

そのまま引き寄せて、顔面に頭突きをしてから空いた右手で殴り付けて気絶させる。

七人全員の気絶を確認して、青年はリーダー格の男へと歩み寄る。

 

「好き勝手やってくれるじゃねぇか~そんなことして、タダで済むとでも思ってんのかな~?」

 

「人の振り見て我が振り直せ、呆け。その中学生に何をしようとしていたのかは知らないけど、やめろって言ってるのが聴こえないのか」

 

「へぇん、生意気だね、そういうの、スッゲー腹立つな!!」

 

男はポケットナイフらしきものを服の内側から出して、中学生の体に腕を巻き付けて捕らえ、ポケットナイフを首筋に当てる。

 

「人質ってやつか、卑劣な野郎だな。今すぐここで彼を放すなら、お前も痛い目は見ずに済むぞ。主犯はお前だからな、他のみたいに手加減はできないんだ」

 

「ふん、じゃあ来いよ、コイツがどうなっても知らねぇけどな」

 

「よし来た、今すぐそっち行ってやるから待ってろ」

 

そう言うと、青年は上着の内側からナイフを取り出す。男のポケットナイフよりもずっと大きい、ナイフというより、短剣に近い。それを構えて、全力で男に投擲した。

 

「なに!?」

 

男の真横に、青年の短刀が突き刺さる。男がもたれていた壁には短刀がざっくりとダーツの矢のように刺さっている。

 

「は……はは………」

 

男は自身の真横にある剣に恐れをなして、動きを止めた。あまりにも自分の真横すぎて、本当は当てるぐらい余裕だったのではないかと思ったからだ。

ほっとして男が正面に向き直った瞬間、彼の視界には、靴裏が映っていた。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

顔面を勢いよく蹴られた拍子に、後頭部が勢いよく壁に叩きつけられ、最後の男も気を失った。

青年は中学生の手を取って無理やり立ち上がらせる。

 

「ぁあ、あの……!」

 

中学生はどぎまぎしている。

「無事か、立てるんなら問題ないな。夜道には気をつけろよ、じゃあな」

そう言って、青年は壁に刺さった短剣を抜いて背を向け、去っていった。

 

 

 

次の日

11月16日

 

 

「なんだ、中村、お前またギャングハンティングしてきたのか?」

 

俺の友人はそう言って、黒い眼鏡を押し上げながら俺をたしなめるように呆れている。

 

「なんだよ、別にいいじゃないか、これも俺の仕事みたいなもんだし」

 

あんまりにも今更すぎる彼の説法に俺は逆に呆れている。こんだけ付き合いが長いってのに、いまだに俺が町で暴れるのを解ってくれない。

 

「良くないだろう、自分の友人が街でヤクザを相手にしているなんて、たとえ正義感があった行動だとしても、見過ごせないだろう」

 

向こうは引き下がらない。

 

「あのなぁ、紀庵、今更過ぎるんだよ……ヤクザの一匹二匹、相手にしたって何にもないよ。お前が気に掛ける程のことでもないだろ。昨日も、八人まとめてぶっ飛ばして来たんだから」

 

「確かに、あの八人は、この街では一番始末に困る不良共だった。だけどな、そんなことしたところで、お前に何か起こるわけでもないだろうに」

 

「意味はあるさ、現に俺はこうして小遣い稼いでるんだから。借金取りもヤクザ狩りも立派な仕事だろ」

 

「いや、ヤクザ狩りは違うと思うのだが……兎に角、あまり無茶はしない方が身のためだぞ、友人としての忠告だ」

 

俺の中学時代からの腐れ縁、菊山紀庵(きくやま のりあ)はいつもこうして俺のことを気に掛けている。余計なお世話なのに。そんなことをしたって、俺が、うんわかった、って辞める筈など無いと解っているだろうに。

俺には混じり気のない人間たちのそのあたり、よく解らない。

俺こと中村白邪(なかむら はくや)は、普通の人間社会に紛れ込んではいるが、俺は人間ではない。いや、人間でないは少し語弊があるか。人間の血に、ヒトでないモノの血が混じっているというのか。いわゆるヒトとそうでないモノとの混血だ。

俺の一家は、代々、人間と鬼人の血の混じった血縁を継いでいっている一家で、ときどき、人間よりも鬼人の方に性質が偏ってしまっている人間が生まれることがある。

俺はその中では一番中途半端な類いで、カタチは鬼人で、中身は人の精神をもち、鬼人としての価値観を持っている。

鬼人のカタチと言っても、そのほとんどが人間だ。あくまでも鬼人だからだ。例えば、髪や瞳が生まれつきで朱色であるところや、その体質も、微妙に常人とは異なる。まぁ、親父みたいなことになるよりかはマシだったか。

親父は中村家の人間の体質の中では最悪のパターンだった。身体は純粋な人間で、中身は鬼人そのもの。あんなのが俺を設けることが良くできたものだ、と言えるほどに、人間の精神をしてなかった。これは親父への悪口ではなく、本当に、ただ、親父はそんなものだっただけの話だ。

俺たちも混血であることに間違いはないのだが、それに関しては、中村一門のルールとして、中村家の人間であろうと、鬼人としての精神面が強すぎて意志疎通が不能と判断された場合は殺害するようになっている。だから、この通り、俺は家訓通りに人殺しをした。今じゃ人殺し、寧ろ親殺しだ。

 

「はぁ……」

 

窓の外に目を向け、溜め息をつく。

人間とは、本当によくわからん生き物だ。

 

「────っ」

 

「どうした、いつもの貧血か?」

 

「っ……ぽいな、少し、休んでくる。担任が来たら言っておいておくれ」

 

「おうよ、気を付けろよ、なんなら、一緒にいくか?」

まったく、こういうとき俄然、紀庵の心配は心強い。

「いいよ、お前だって、色々やることあるだろ。それに、ちょっと外の空気吸ってから行く」

 

「わかった、気を付けろよ」

 

紀庵に背を向けて、ひとまず保健室に向かいながら外を歩くことにした。

 

 

 

 

 

うちの高校はなかなかに広く、保健室と俺たち二年生の教室は大きく離れており、そもそも建物が違う。最低でも二年生の校舎と本校舎の直線距離100メートルを歩かなければ、保健室にはたどり着けない。

だから、必然的に外を出歩くことになるのだが。外の空気を吸っていると、貧血は直らないものの、気分や吐き気は解消される。外では一時間目開始のチャイムが鳴っている。それが聞き取れて、なおかつそっちに意識を向けられるのなら、相当体力には余裕があるみたいだ。それでも、意識は朦朧としていて、目眩もするので、保健室に一度向かわないことには変わりないのだが。

これも、混血の一族に生まれた代償か。

 

「はぁ………」

 

退屈だ。どこまでも退屈だ。ここのところ、面白いことが何一つ起こらない。俺は確かに、娯楽には疎い人間だ。携帯電話は持ってはいるが連絡にしか使わないし、女遊びもしないし、ゲーセンに立ち寄るわけでもない。散歩はこんな弱い身体なのだからやってる場合ではない。本は読むが、うちの書庫は完全に制圧し、近所の図書館も攻略してしまった。学校に来たところで、授業は教科書どおり。楽しいことなんて、紀庵と話してるときぐらいか。

だから、こうして、今は毎日、同じような日々の繰り返し。

何か、俺を楽しませてくれるような、この苦痛の日々から解放してくれるような、面白い出来事はないのだろうか。

 

「─────ん、」

 

ふと、見ると、向こうに生徒がいる。女子生徒だ。髪色は蒼毛だ。蒼とは青、ブルーのことではなく、空のような、澄んだ上品な空色、水色のことだ。

木の前に立ち尽くして、ぽけーっとしている。なにをしているんだか。俺は保健室に行くから、チャイムが鳴ってもこうして正当な理由で校舎の外に出ているが、彼女は明らかに健康だ。血流の乱れがなく、呼吸の回数も一定の感覚を保っており、しっかりと真っ直ぐ直立している。

これは、俺が「直感」で察知した情報なのだが。俺の直感はビックリするくらいに的中する。山勘というより、判断技能、洞察力といったところか。

彼女は何をしているのか。彼女も俺のように、実は体調が悪いのか、それともこんなところで校則も守らずにうろうろしている不良さんか。だが、見たところ、後者のようには見えない。

 

「───あの、どうかしたか?」

 

声をかけてから俺は頭を押さえた。やっちゃったぁ。俺としたことが、間違えて声をかけてしまった。

 

「はい?」

 

女子生徒が反応して、顔を向けてきた。

そして、その瞬間が、早くも俺をこの退屈な時間の螺旋から引き剥がす引き金となった。

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