月姫 零刻   作:マジカル赤褐色

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分量がおそらくマジ赤最多です笑 寝させてください(土下座)


眠り月

 

吹き付ける寒い風。一刻も早く、俺は終わらせなければならない。けれど、その前に。

 

「先輩!!」

 

カーラに背を向けて先輩のいる方向へ走り出す。カーラがまだ人間のままだったら、ヤツは泡を吹いて卒倒しただろう。

こんな死の間際とも言える極限の戦闘で、敵に背中を見せびらかして走り去るなど、あり得ない、常識はずれ、そしてナンセンスだ。

けれど、相手は人間としての理性を失った獣。がら空きの背中を狙うことはなく、逃亡した俺を追い回すだけ。

ありがたい。逆にここでカーラが人間のままだったら、俺は瞬殺されていた。

 

「先輩!しっかりして!先輩!!」

 

倒れている先輩の元にたどり着いて、その肩を掴んでブンブン揺らす。

 

「…………か……むら、くん………?」

 

倒れていた先輩は起き上がり、ゆっくりと目を開いた。

 

「先輩、生きてますね?今、この寒波の外に出しますから、もう少しだけ頑張って!」

 

「はい……………ありがとうござ………って!?なんでここに居るんですか中村くん!?こんなところで何してるんですか!?きょ、教会に運ばれたはずじゃ!?」

 

「────細かいことは後だよ!先輩を助けに来たに決まってるでしょ!?いいですか、ここ、生命活動のレベルを越えているんです、長居したらマジで死にますよ!とにかく、駅の中に運びますから、先輩は電車の中か適当にどこかに隠れていて下さい!」

 

「ば、バカなんですか!?そんなことしたら、中村くんは……!!」

 

「知るかそんなこと!とにかく、あいつは俺一人でやっつけるから、だから先輩─────」

 

背後から物の気配を察知して血刀を振りかざす。バリィン、と音を立てて辺りに氷の破片が飛び散る。カーラはもう射程圏内まで近づいてきたようだ。

 

「は…………早く、あーもう!俺が担いで行けばいいんですね!?────ってづぁぁっ!!重っっ!!先輩、なんでこんなに重いんですか……!!」

 

「な、失敬な!?」

 

先輩の体重は失礼ながらとても一般高校生に持ち上げられるものではなかった。推定50キロ近く。凍えて力がでないとはいえ、やはり俺の細腕では持ち上がらない。

腕に血を流して筋力を補強。先輩を持ち上げることに成功。しかし、こんどは脚に血が必要になってくる。だぁぁぁ、使いづらい!!

 

「落ち着け、落ち着け、落ち着くんだ白邪。男を見せなきゃならない。姫抱っこもできねぇ非力な男なんか、女持つ資格ねぇっての………おりやぁぁぁ!!」

 

脚だけに大量の血を流して、腕の力で先輩を持ち上げる。力が出なくて出来ないなら根性でやればいい。それが男の強みだ。不可能という名のガード不能攻撃を、根性と言う名のスーパーアーマーで防ぎながらゴリ押す。それが格ゲーの真髄ってもんだろ。画面端から飛び道具投げまくって近付いてきた相手にサマーソルトなんて、そんな消極的な戦法許されねぇ、台パンが今の世の中の流行りなのも納得だ。男は近寄って昇龍拳だろ。

 

「■■■■■■!!!」

 

背後から人狼の肉薄。しかし、俺は一回火が着いたらそのまま燃え尽きるタイプだ。一度先輩を抱えたらこの腕が肩にくっついている限り離さない。まして、狼の奇襲など恐るるに足らない。

 

「うぉりゃぁ!!」

 

脚に流した大量の血を利用して、先輩を抱えたまま空高く跳躍。

カーラの突撃を回避し、そのままさっき飛び降りた大きな段差を乗り越えて、駅前広場の第一階層に着く。カーラとはかなり距離を引き離したはずだ。全速力で駅の構内に向かう。

 

「だ………め………中村くん………逃げて、下さい」

 

先輩はこの期に及んでそんなことを口走っている。その顔色が悪い。極寒に耐えられないのか、瀕死レベルで凍えている。顔色は真っ青で、手足はかじかんで真っ赤に腫れている。見ているだけで痛ましい。

この絶対零度による緊急事態というだけあって、駅の改札は開いていて、駅のホームには停車していた電車の中や喫煙室、待合室のなかでたくさんの人が暖をとっていた。おしくら饅頭とでも言うのか、中はパンパンで、もう十分暖かそうに見える。しかし、人が所狭しと並んでおり、小柄な先輩といえど、あまりにも電車は窮屈でとても入れそうにない。近くにある喫煙室に入り込み、先輩を押し込む。誰も煙草は吸っていないようで助かった。ここならまだ電車に比べたら狭くはないか。

 

「待っていてください、先輩。今からカーラを倒してきます」

 

凍えて満足に口も利けない先輩にそう言い伝えておき、俺は駅のホームを出ていった。改札を潜り抜けて、再び駅の外へ。

 

「こ、これは寒いな…………」

 

駅前広場に戻る。向こうから、狼の遠吠えが聴こえてくる。カーラはそこに居るワケだ。

血刀片手に、遠吠えの聴こえる方向へ向かう。先ほどと状況は変わっていないが、やはり寒波は強くなっている。カーラは混血として完全に反転してしまったが、まだまだ人狼としては能力の伸び代があるようだ。このままだと、何の比喩でもない、文字通りの絶対零度という名の極限現象、マイナス273. 15℃の臨界寒波に到達する可能性がある。そうなれば、俺たちの死はおろか、街全土が永久凍土と化す。すべての原子が動作を停止させる絶対死の極寒。

全ては、俺がどれだけ早くカーラを倒すかに懸けられている。

 

「■■■■■■───!!」

 

背後から雄叫びが聴こえた。狼が、3メートル近くあるその太刀を持って俺の背中を一閃しようとしてくる。

唐突な奇襲だが、俺の神経はすでに研ぎ澄まされている。研鑽された第六感のその先を行け。

背後に振り向く。狼と眼が合う。俺は迷うことなくこの右手に持った血刀を背後から襲いかかる狼に振りかざした。カーラの太刀と俺の血刀が激突する。勢いには抗えている。たいへん皮肉なことに、今はカーラよりも俺の方が強い。人間性を失った獣が振るう剣に、俺が見惚れたあの鋭さと素早さは見られない。ただ持っているものを振り回しただけの、ただの大振りは、如何なる筋力を持っていようと、業に負けるのは道理。剛と柔。在り方は違えど、それぞれに含まれた特徴と強みが、相対的に互いを強くする。あとはそこに意志があるかないかの違い。

勝負は鍔競り合いの様相を見せてくるが、構わない。

 

「うおぉぉぉッ!!」

 

人狼の胸ぐらを掴み持ち上げて投げ飛ばし、その腹部を蹴り飛ばした。

 

「■■■■!!!」

 

狼は苦悶を上げながら俺の渾身の一蹴に吹き飛ばされて地面に転げる。俺は長い間の経験を以て、遂にカーラに初めての一撃を与えた。

 

「やった───!」

 

だが、狼はすぐに立ち上がり、空中に氷の槍を作り、それを放ちながら猛スピードで接近してくる。

折り重なる氷の槍はそれこそ猛獣の顎(あぎと)のよう。狼の開いた口も相まってか、丸でひときわ大きな狼を見ているようで恐ろしい。ウサギから見た狼の印象がよくわかる。確かにこれは死の予感がして離れない。恐ろしいが関係ない。

 

「てやぁぁぁぁ!!」

 

飛来する氷の雨を剣で切り払っていく。俺の剣は刀身が光っていた。自身の血による血刀の重複強化。並大抵の一撃ならば耐えきることは容易だ。けれど、これも力を使っていることに変わりない。

一発の弾丸が俺の左肩を撃ち抜いた。構わない。このまま、俺は────!!

 

「げ、ぐぁぁづ…………」

 

過剰な能力行使は肉体に負担をかける。逆流した俺の血液が口から吐き出される。構わない。俺はそれでも闘う。その血反吐すら、武器とする。血刀に吐いた血を吸収させ、血刀の輝きが増していく。

 

しかし、負担が強い。身体が重い。こうなればやむを得ない。肉体が反動に耐えきれず、リミットがかかってしまっている。

カメハメハ大王はあのバカでかい岩を持ち上げた、脅威の怪力という伝承だが、実際のところ、人間でも可能らしい。

人間は、自身の肉体が自滅するのを防ぐために、身体機能にある程度のリミッターがついている。それを破れば当然、危うく自滅するが、人間には不可能といえる筋力を発揮することができる。俺は今、その線を越えている。自壊寸前にまで追い込まれてなお、身体を酷使するのをやめない。運が悪ければ死ぬだろう。いや、逆に相当な悪運がないと生き残れない。

 

「────はぁ………はぁ………」

 

呼吸を整えろ。向こうから走ってくる人狼の攻撃も躱さなければならない。速度が桁違いだ。避けろ。今すぐに身体を動かせ。諦めたり、妥協したりすることを許すな!

 

「───づっ!!」

 

突き出された太刀が俺の顔の真横を通り過ぎていく。なんとか間に合ったようだ。まだ俺は闘える。

二回目の突きを回避したその矢先、狼の突進を受けて弾き飛ばされる。

 

「───ぐはぁっ!!」

 

床に転げて咄嗟に受け身をとり、体勢を立て直す。剣を杖代わりにすれば立ち上がれる。

 

「………てて………いってぇな………おい………」

 

これはぶちギレ案件だ。手のひらを擦りむいた。向こうからは人狼が牛の重みで接近してくる。

 

「■■■■……………」

 

「もう、これ以上は…………」

 

これ以上、やられっぱなしは頭にくる。俺は一刻も早く、こいつを倒して、先輩を、助ける…………!!そのためにやってきたのに、なんの役にも立っていないじゃないか。ただ先輩をカーラから引き剥がして、カーラの寒波を促進させているだけだ。こんなの、ただの足手まといだ。俺は、先輩を助けたように見えて、今のところ何もなし得ていない。

 

「ふぅ──────!!」

 

眼を閉じて呼吸を整える。吹き付ける風が寒い。音は風の音だけ。向こうから何かやって来る音も聴こえてくる。

このままでは、八方塞がりだ。ろくに何もなし得ることなく、中村白邪は死亡する。そんなのは御免だ。ならばどうする。そのスペック自体を、ヤツに近付けるためには?

────そう。自分が、中村白邪ではなく、中叢白邪であることを意識(イメージ)する。それだけが、俺が今ここに在る理由であって、その起源であって。

もっと、奥。もっともっと、大源に迫れ。大元を掴み取れ。中叢の血を継ぐ者として、その起源を意識しろ。俺が鬼人(なかむら)であることを意識しろ。

 

「あぁ。俺はそうだったんだ」

 

落ち着いて一人で悟ればすぐにわかったことだ。俺は、【人間であろうと】したんだ。人間であること、それが、中村白邪である意味だと。俺はいつしかそう決めつけていた。

俺は、なぜか、鬼人であることを忘れていた。俺は、混血なんだから、俺は人間のフリをしてはいけないのに。なぜ、俺はそんなことをしていたのだろう。

 

(白邪さま────)

 

あぁ、そうだ。俺は、人間でありたかったんだ。

 

(相変わらず中村は苦労人ですなぁ)

 

そうだった。俺は、周りが騙されたように、中村白邪という人間に接してくれるのが、何よりも好きだった。それだけ、俺は嬉しかった。

 

(中村くん───)

 

そうだ。俺は、そんな日々を、いつまでも続けていたかったんだ。いつまでも、俺は中叢白邪ではなく、中村白邪として、生きていきたかった。カーラに一番最初に言った言葉。あれはそういうことだ。俺は、混血であることを忘れて、人間のままでありたかった。

けれど、それは、生まれながらに、叶わない。星を手に取るように、叶うはずのない願いだった。

人間とは別の存在として区分されてきた混血族が、人並みに生活することはできない。でも俺は、そうしたいと願い続けた。

そうでもしないと、俺は───

 

 

彼女の傍に、居られないから。

 

 

人間じゃないと、俺は、彼女と一緒に居ることはできない。あの人は、中村白邪という男しか知らない。けれど、あの人にとって、中村白邪と中叢白邪は全くの別モノ。混血というだけで、相手を殺さなければならない。

俺は、まだ、中村白邪で居たかった。

 

「ハハハ…………」

 

自分のおかしさに笑ってしまう。俺が、彼女を助けたいなら、彼女の傍に居てやれる理由である、中村白邪という存在を捨てなければならないのだから。

それは、俺の死を指す。生命としての死ではない、意味としての死だ。俺が、彼女のために、あの人への想い、その全てを投げ出すなんて。

 

「先輩─────」

 

けれど、構わない。彼女のために、なれるのなら、俺にとっては本望だ。下手をすると、俺は二度と帰ってこれなくなる。

考えるな。二度と帰ってこれなくなるものなのだから。助かるという前提で履き違えてはならない。

俺が帰ってこれなくなったら、姉さんは何ていうかな。怒るかな。林檎たちはどう思うだろう、帰ってこない家族のことを。

気付かなかった。案外、大切なことって、全てを失ったときに気付くんだ。俺が吐き捨てるように毎日何でもないように玄関のドアを開けて、「ただいま」ということが、どれだけ大切な、幸せなことなのか。なにでもない当たり前の日常、それが、一番幸せなんだって。大切な人が「逝(い)ってきます」と言ったきり帰ってこない、それが、どれ程寂しいことなのかなんて、考えたこともなかった。

 

「あーあ、そういえば俺、いってきますも言っていなかったな」

 

けれど、今、俺はマトモな幸せを知った。賑やかな家族がいて、帰れる場所があって、話せる友達がいて、ついでに気になる女性もいて。こんなにも、恵まれた人間がいたなんて。

なに、俺は別に人間になろうとしなくてもよかったんだ。俺ははじめから、文字通り、「人並み」の生活を送れていたんだ、

 

「なら、いいか」

 

ごめん、姉さん、それからみんな。お別れぐらいは言っておきたかったけど、それも叶わない。

でも、いずれこうなるのは仕方ない。カーラはああは言っていたが、やはり、俺だって親父のようにはなる。それが爺さんになってからか、今かで、そんなに差はない。

俺は今から鬼人として、はじめて反転する。そうすれば、俺は親父のようになるだろう。暴走して収拾がつかなくなるだろうけど、構わない。もう、誰に介錯を賜るかは決めている。

俺はもう気付いていた。先輩の目的も。先輩がこの街の人間じゃないことも。全ては、俺が蒔いた種だった。

けれど、神様に感謝したい。俺は、混血に生まれたから、彼女と逢うことができた。

凱逢黒依………か。今からちょっとした解説でもしようか。凱、というのは、穏やか、和やかといった意味合いがあるらしい。

逢、はそのまま、巡り逢いのことだろう。

依。これは寄り添うとかといった意味合いだ。

そして、黒。これはもう、会ったときからずっと思っていた。俺の名前の【白】邪と真逆の色だ。

出逢ったときから、穏やかな彼女に寄り添いたいと、俺は願っていた。白黒という、真逆の名を持つ青年。

さらに、クロエ先輩の所属する両儀一派。

どうやら両儀には対極とかそういう意味合いがあると誰かに聞いたことがある。

対極図こそまさに白と黒だ。

いろんな偶然があったからだろうか、俺が彼女に運命を感じていたのは。なんの意味もない、ただの、ほんの偶然。でも、それはそれで俺は良かった。向こうはどう思っていたかは知らない。けれど、少なくとも、俺にとっては、短くても、とても美しい恋路だったのだから。

 

「好き────か」

 

不思議な感情だ。中叢白邪には必要ない感情だが、中村白邪にとってはその全てだっただろう。

これほど、恵まれた最期があったものか。

俺は全てに満足して、なんの意味もなく、空を見上げた。

 

 

────今夜だけは、綺麗な月を見てもいいなと思って。

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