夢うつつ
「───────」
眠れない夜の夢をみるだなんて、これまた風変わりな。
この退屈な夢をみるのは嫌なものだ。夢では、もう少し、アクティブに動きたいところなんだが。
「中村くん」
「え?」
ベッド下から誰かの声がしたから、覗き込むように、ベッドの上から見下ろすと、そこにはなんと、
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
クロエ先輩がベッド下から出てきた。B級ホラーじゃねぇか。どうやってここに来たのか訊きたいところだが、それ以上に俺は何をしに来たのかが一番気になった。
「こ、こんな夜更けに何でここにいるんですか!明日も学校なんじゃ───」
言いかけて俺は口を閉じた。そうだった。ここは夢なんだった。ここにクロエ先輩が居るのは違和感だが、一応、理由にはなるかもしれない。
「な、何しに来たんですか」
俺は夢の中で、俺が勝手に思い描いた先輩に問いかける。
「さぁ?なんでしょうか?」
その人物はただニコニコしながら俺のベッドに上がってくる。しっかりベッドの横で靴を脱いだのは偉い。じゃなくって、勝手に上がらないでほしいのだけど。
「先輩────」
「ふふ………………」
先輩の姿をしたソレはニヤニヤし続けている。だめだ。これは、絶対にまずいやつな気がしてきた。
現にこの人がニヤニヤしているときはろくなことが起きない。
先輩は何かするわけでもなく、制服姿で俺のベッドに潜り込んでくる。かけ布団が膨らむと余計にふかふかして気持ちがいい。
俺はもこもこしたものやふかふかしたもの、それからふわふわしたものが大好きで、最近はあそこにある炬燵に脚を入れながらクッションの上でゴロゴロするのが趣味だ。この部屋は俺の個室なのだが、俺の部屋は俺の拘りで満たされている。枕も布団も極限まで柔らかい感触のものを選んでおり、炬燵にかけている毛布も、柔らかさと肌触りだけを意識している。敏感肌の俺にとって、肌触りというものは大切なことであり、そして一番気にしていることでもある。
先輩の肌も柔らかいものだ。ぷにぷにしているし、ふわふわしてもいる。
「っづ………!!」
突然、くすぐったい感触がした。肌が擦れてくすぐったいのは有るが、これは違う。脚がねっとりした感触に包まれる。足湯ならいいんだが、なんて物理的に不可能だ。脚がくすぐったい。
「ちょ、まっ、先輩、まてまてまて、くすぐったい…………っ!!」
敏感肌の俺が脚を舐められて、くすぐったさに踠かないわけがない。ちょ、危ない危ない、脚を必死に動かしてこの危機的状況か抜け出そうとする。
「ちょっと、先輩あっ、ひゃぁぁ!!くすぐったいからやめて!!」
掛け布団を剥がして先輩に声を掛ける。
「なっ!?」
瞬間、俺は終わりに近い感情を感じた。
目の前にいるのは、先輩、なのか。
目の前にいるのは、名前は出せるのか、どこにでもいる裸の少女。
さて、ここで問題。俺はこういう時、どういう反応をするのか。
なんて言ってる場合かコノヤロー!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そら叫ぶわ!!偶然、裸の少女見つけて叫ばない野郎居ねぇだろ!?ラッキー助平とか、そんなの後の祭りだよボケェ。
「ちょっと待てぇぇ、何してんすか!?」
「気付いちゃいました?」
言いながら先輩は俺の脚をぷにぷにするのを止めない。待て待て、状況変わる。突然そんなあられもない姿で暴れられたら、俺の理性が焼ききれる。俺は一般の日本男児の中でもとりわけ健全に成長してきている。
やっべぇ。夢とはいえ、先輩の身体すっげぇ。何がどうとは言わないけどとにかく先輩の身体はすごい。
俺を檻から解放しかねないそのカタチを直視して、俺の肉体が昂らないわけがない。
血の流れが激しくなる。心音の回数も増えて、血管に流れる血の量と速度が上がる。血流が改善されて、熱を発し始める。
まずい、このままだと、とんでもないことになる。
無論、助けを求めるのは不可能だ。悲鳴を聞いて駆けつけた皆がこの状況を見てなんて言うか。ベッドの上で、一つ上の裸の少女と一緒に居る中村白邪を見て、彼女らはどう思うだろう?
林檎は主の情けなさに泣き叫び、
葡萄は俺の恥知らずに呆れ果て、
蜜柑さんは俺の卒業を褒め称え、
檸檬はいつものように叫び出し、
甜瓜さんが乱入したら三人対戦、
姉さんが来たら俺は勘当される。
「俺は────」
夢の中で、おっ始めるっていうのか?
「………………………」
そんな、恥知らずなこと出来ない。夢の中だから誰もみていない。だというのに俺はこの夢をみていること自体に罪悪感を抱いている。
「中村くん、我慢しなくていいんですよ、夢なんですから」
そうやってさ、俺の欲を助長するような発言がさ、俺を終わらせるんだよ…………!!
「─────っ……!!」
俺は観念して、いや、便乗して、目の前にある秀麗なカタチを自身の腕で優しく抱き寄せた。
「白邪さま、お目覚めください」
待ってくれ。昨日夜遅くまでうろうろしてたんだから。カーラと闘って、その後クロエ先輩と色々あって、それからアスナたちとロアの話聞いて、一日中外だったから疲れてしょうがない。
「白邪さま、お目覚めにならないと、まもなく絢世さまがお怒りになります」
いや、それはまずい。姉さん怒らせたらこの世の終わりのお告げだ。
地球を守るために俺は起きなければならないけど俺は寝るわ。
「…………はいはい、起きますよ………」
俺は重たい身体をゆっくり起こして朝目覚めた。
「おはよう、林檎」
「おはようございます、白邪さま」
林檎はぺこりとお辞儀する。林檎は毎朝早いもんだ。俺が起きる何時間前に起きているのか。
今日は11月19日。カーラが消えたからか、朝の寒さはなくなって、外ではいつもの秋の風が吹いている。
「それじゃ、着替えを済ませたら行くから、先に行っててくれ」
「かしこまりました、それでは、失礼いたします」
林檎は一礼して退室していった。
「さて、さっさと着替えて出るか」
制服に着替えながら、部屋に置いてある鏡を見つめる。
「────朱いな」
俺の髪と瞳は、前よりも朱く染まっている。前までオレンジがかった朱色だったのに、今では血のような紅。とちおとめみたいな、鮮やかな臙脂色だ。
「嫌だなぁ、こんな変な色」
髪も瞳も茜色。いい加減、毛とはなんなのか分からなくなってきた。綺麗っちゃ綺麗だけど、外では浮いて仕方がない。これだけ髪の毛を綺麗に染めているような見た目、人間から恐れられたりすることも良くある。
深緑色の学ラン着ると絶望的に合わない色だ。反対色とかファッションセンス壊滅にも程がある。
「──────はぁ、」
溜め息をついてベッドに倒れこむ。昨日の晩はあまりにも夢見が悪すぎた。
身体じゅうから熱が放たれる。
せ、先輩とやってる夢だなんて…………!!
考えてみればめちゃくちゃ恥ずかしい夢みてるじゃねぇか俺………!!!
「─────」
これじゃあ、とてもじゃないが、先輩に合わせる顔がないじゃないか。
「おはよう、姉さん」
居間の扉を開けて、中に入ると、
「白邪────!!!!」
「どわぁぁぁぁぁ!!!」
目の前からチョークみたいに真っ白な脚が横向きに飛んで来た。
間一髪背中を反らして回避した。俺の鼻頭の真上をかすっていく長い刃。
俺を今朝迎えたのは使用人でも姉さんでもなく、西瓜を砕くように振り回された姉さんの上段回し蹴りだった。
「…………あぶなっ!?い、いきなり何すんだ姉さん!死んだかと思ったじゃないか」
「えぇ。死んでもらって結構よ。昨日はよく連絡も寄越さずに一日中外をうろうろして、門限も余裕で過ぎて、いつ帰って来たのよ」
姉さんは腕組みしながら説教。その拳が強く握られているのがどうも恐ろしい。いつその拳大の弾丸が炸裂するか知れたものじゃない。恐怖にすくむ。
「門も閉めた筈なのに、全く、どうやって帰って来たんでしょう…………ね!!」
姉さんは大声と共にやはりその拳をズドンと突き出してきた。
「うおっと!!」
直前でそれを右手で受け止める。思わず右手がじーんと痛む。
「いってぇ、相変わらずキレのいい打ち込みだな」
姉さんは格闘技やっているからめちゃくちゃパンチ力が強い。まぁ、パンチで済んでいるだけまだマシな方だ。姉さんはムエタイとテコンドーやってるわけだから、とりわけ足技と肘鉄が強い。食らったら大怪我案件。まだパンチは弱いので良いんだが、さっきの挨拶代わりのキックはマジで本気だった。いつか人を殺しかねない、姉さんは。俺も喧嘩では負け知らずだが、スポーツルールで姉さんとやり合ったら負けるかもしれない。
えーと、なんで俺が帰ってこれたというのかというと、門は裏の勝手口を使って侵入し、玄関は通らず、直接屋敷の建物の外壁を伝って俺の部屋の窓から帰宅したのだ。
俺はこういうことがあることを考慮して、部屋の窓は基本的に鍵を開けている。
「まぁ、落ち着くんだ、姉さん。そんな悪いことはしてないから」
「───────」
「ぶ────うっぐ、」
股間を勢いよく蹴られて床に転げる。どうして躊躇なく急所を蹴り上げることが出来るのか。それもその勢いで。
制服のセーラー、そしてその長い脚のルックスで攻撃してくるその悪魔のような姿は某美少女セーラーヒーローを思い浮かべるんだが、お世辞にもそうとは言えないくらいの凶行だ。
中村家長男の息子が実の叔母に蹴られるとかこの上ない大事件だろ。
「………………………」
なんて言ってる場合か、めちゃくちゃ痛い。今も俺の本体が悲鳴を上げており、俺の息子が父親に命の危機を訴えている。口から泡を吹いて卒倒することも出来そうな気がしてきた。鈍器で殴られるよりも姉さんに蹴られるほうが物理的に痛い。姉さんのキックは分かりやすく言うと、ゴルフにおける一発目の全力スイング。命中したら一般人だと死亡する恐れもある。それが急所に命中してみろ。ショックで心臓が止まっても文句は言えない。
「─────────」
姉さんは今の反動が影響しているのか、凍りついている。今さら我が弟の股間を蹴り穿ったところで何か問題があるわけでもない。だが、それは俺の状態とはまた別の話だろう。俺は残念なことに今朝ちょうど夢見が悪かったところだ。あの夢は俺に精神的ダメージを与えたが、どちらかというと俺は自身の肉体へのダメージのほうが大きかった。そのダメージの収束点、症状が発現しているそこを素足で蹴っ飛ばしていつもと違う状態になっていたらそりゃ引くだろう。
俺だって、今だけは蹴られたくなかったのに!!
「───────ふぅ…………」
姉さんはごほん、と大きく咳払いをして部屋を出ていった。
「はぁ……………」
なんだよ………それ。俺のせいって言うのか?俺だってさ、青年期は存在するんだから、必然的に精神的にも肉体的にも性的にも成熟していくじゃん。俺のせいじゃないでしょ。
「白邪さま、大丈夫ですか?」
朝食を持ってきた蜜柑さんが心配そうに問いかけてくる。
「─────────」
いや、さ。大丈夫だったらさ、声を殺しながら股間抑えながら床に倒れてるわけないじゃん。
鬼人の血を引く中村の令嬢
中村絢世
性別 女性
身長 169cm
体重 53㎏
誕生日 2月10日
血液型 AB型
好きなもの お茶、ストレス解消
嫌いなもの 小さい虫、騒音
苦手なもの 中村白邪
武装 不明
鬼人と人の混血、中村の当主。白邪の一つ上の実姉であり、幼い頃から微妙な仲を持つ。嫌い合っているわけではないが、特別強固な絆で結ばれた姉弟というわけでもない。
厳しすぎる姉とぶっきらぼうすぎる弟。使用人である蜜柑曰く、「地獄の姉弟」だそう。
当主とはいえ、恐ろしいくらいに自分を律しており、光陰の如し流行は悉く排除し、娯楽などとは縁を切った生活を送っており、年相応の少女らしさは当主の座に就いたとともに消え失せた。仕事と学校とその他レッスン系統と、寝る間と休む間はほとんどなく、実質休日は存在しないらしい。
過労死してもおかしくないほどに緻密かつ過密なスケジュールであるが、白邪が休日を削って自分でもできるような仕事を代理で行うことで絢世が休日を手に入れたり、意外と姉弟の連携は良いらしく、こうして一応お互いのことを思って時には姉弟らしく助け合っている。
学校と当主としての仕事に加えて、ピアノやヴァイオリン、その他を含むレッスンを五つほど受けており、四カ国語にも成通している脅威的な学習能力を持つ。………が、そのせいか通常の高等学習が上手いこと履修できておらず、時には年下である白邪に数学を教えられるという失態も晒している。
白邪曰く、「ただの人間」だそうだが、実際は鬼人の血は量こそ少ないものの、その質は白邪と変わりなく、戦闘の際は血を使った異能を繰り出して攻撃する。
白く長く細い脚から繰り出されるキックも、むやみに振り回してはいけないほどに危険。ヤクザ蹴りでも食らえば身体に孔が空きかねない。
テコンドーとムエタイと八卦掌を会得しており、それらを自在に振り回す、こう見えて白邪を越える武闘派である。
喧嘩では負け知らずな白邪ですらも、「姉さんとスポーツルールで殴り合ったら負ける」と言っている。白邪が正直一番ケンカしたくない相手ぶっちぎりの第一位。
格闘最強ではあるが、横暴な白邪とは対照的に、普段は穏やかでエレガントな心持ちである。短気で勝ち気で、扱いづらいが、慣れればどうと言うこともなく、普段の忙しさが災いしているだけのため、そこまで嫌気は持てない。
休憩中は上品に紅茶を飲んだりして、若者の遊びや娯楽には疎い。しかし、若者の流行に疎いのは朴念仁の白邪も同じなため、中村邸は想像以上に大人しい現代の貴族屋敷なのである。
白邪のことを気に掛けているが、それにはワケがあるらしく、白邪も知らない中村家の内情の鍵を握っている。
白邪が奮闘する裏で、中村家では一体何が起きているのか。中村の事情は他言無用。故にそれを知るのは当事者のみであり、それは果てしない、永遠の闇である。