その女子生徒は、一言で簡潔に纏めると綺麗だった。
まず、真っ先に俺はその瞳に魅入られた。空のような、澄んだ上品な青色の髪、それと同じくらい蒼い、優しい瞳。そこには、俺のような、角のある眼球とは違い、丸々とした、この前偶然立ち寄ったジュエリーショップに売ってたトルコ石のような目だった。
次に魅入ったのは、その白い肌。頬はいかにも、もちもちしてそうな柔らかな輪郭で、ぷにぷにしてみたら止まらなくなるアレのよう。
全体的に朱毛で顔色の暗い俺に対して、彼女はその真逆、全体的に蒼毛で顔色が明るい。
舐め回すように視線を降ろしていけば、俺よりも15cmは背が低いが、しっかりと年齢らしい裕福な身体付きをしており、まさに、身体的成長期真っ盛りといったところだ。なんなら、もう既に十分熟しているようにも見受けられる。
「あの、わたしに何かご用でも?」
女子生徒はギクシャクしている俺に顔を近付けて話しかけてくる。
「いや、えっと、その、君は………」
メ、メ、メチャクチャ可愛いぞこの生徒ォ!?
ふと、雄を狂わせる程に膨らんだ彼女の胸元を見てみると、赤いネクタイがつけられていた。これはうちの学校の制服のネクタイだ。確か、一年生は黄色、二年生は緑、三年生は赤で色分けがされていたはず。───だとしたら、この生徒は、俺の上級生なのか……?
「あ、すみません、その、何をされているのかなって………」
相手が先輩となると話は変わる。俺よりも小さいし、見た目も子供っぽいから、さっきまで下級生だと思っていた。
「わたしですか?今ですね、そこの木の上にある鳥の巣がふっとんじゃったみたいでして、なんとかならないものかなぁ……って思っていたんです」
確かに、すぐそこの地面に、木切れや葉っぱ、それから羽毛が散乱している。誰がどう見ても鳥の巣材だ。
「………え、そんなことでここに立ち尽くしていたんですか。今は授業中だと思うんだけど……」
「うーん、鳥が可哀想だから見逃せないんですよ……」
どうやらこの先輩は何か特別な事情があるわけではないらしい。どっちかと言うと、彼女自身が勝手に立ち往生しているだけだった。彼女が何を考えているのかは分からないが、このまま、「はいそうですか」と放っておく訳にもいかない。何かしら、手を貸してやったほうが、俺の選択としては正しいだろう。
「手伝いましょうか?俺に何ができるか分からないけど……」
「いいんですか?それはすごく助かります!ありがとうございます!中村くん!」
先輩の顔がより一層明るくなる。なんだか、蛍光灯を正面から見ているかのような錯覚に陥った。
それはそうとして、なんでこの人は当たり前のように俺の名前を呼んだのだろうかね!?
「あれ、俺、前に先輩と会いましたっけ?」
「いいえ、噂に聞いただけです。どうやら二年生の朱毛の中村くんって子がすごい可愛いって、三年生の間では有名なんですよ」
────知らなかった。そんな噂、二年生である俺たちは聞いたことがない。まぁ、確かに、自分で言うのもなんだが、俺は顔だけは比較的人気があるらしい。紀庵から聞くところ、ちょっとした二年生向けのアンケートでの美貌ランキングでワンツーに毎回俺が含まれているんだとか。それで顔だけは人気があった俺だが、まさか三年生にまで人気があったとは。美人に美人と言われるときほど自分を美貌と思ってしまうことはない。
「あ、自己紹介がまだでしたね、わたしのことはクロエと呼んでください」
クロエ先輩は混じり気のない無邪気な笑みを浮かべると手を出してきた。
「中村白邪。生憎、一般人ですが」
その手を取って握手をする。
「それで、クロエ先輩、俺は何をすればいいんですか」
「そうですね~鳥の巣を直して、それから木の上にあげないといけませんね~わたしの身長では木に届かないでしょうし……鳥小屋は完成したんですが……」
見れば、クロエ先輩の足元には、いかにも即席と思わしき木製の鳥小屋がある。意外と器用なのかと思って見たら、失礼ながら見事なボロ小屋だった。本当にただ木の板を五寸釘で雑に繋げただけの箱で、屋根は屋根というより天井そのまま、いわゆる豆腐建築というやつだ。ところどころ、なぜか釘が隣あっていたり、釘の尖っている部分が飛び出ているし、しかも致命的なことに入り口がない。
「これが巣箱ですか……」
確かに俺は正直この人はこんなもんであってほしかった。この人はこういう不器用なキャラのほうがお似合いな気がする。
「俺、代わりに作ります。5分あればできますので、ちょっと待っててください」
「ホントですか!?お願いします!」
先輩が目を輝かせて頼み込んでくるものだから、いつもより気合い入れたほうがよさそうだ。
─────こうして、ひとまず鳥の巣箱が完成した。さっきの入り口もない雑な豆腐建築とは対照的に、今度はしっかりとした三角屋根と入り口がついた、丁寧なTHE巣箱になった。
「おおー流石ですね、こんな立派な」
「あとはこれを掛けるだけか……」
木を見上げてみる。一番低い枝であっても、俺の身長を優に上回っている。木を上って掛けるか?
「あ、肩車で掛けましょうか」
「肩車?」
それは、俺の上に先輩が乗っかるってことか?体重比の問題で逆のパターンは論外として。
「だって、そうでもしないと届かなさそうじゃないですか」
「いや、そうだけど……いいんですか、俺の上に乗っかるの」
「はい、もちろんです」
言うが早いか、先輩はできたばっかりの巣箱を手に持って、直立している俺の肩にまたがってきた。待った、立ってるぞ俺。俺身長170センチはぜんぜんあるからね?なんちゅう高さを跳躍したんだ?
ひとまずその件は後回しにして木に歩み寄る。
「えーっと、どこらへんにありましたっけ………」
先輩は俺の肩の上でぐらぐら動きながら掛ける場所を詮索する。
「ちょっと、動かれると………」
「あ、立ちにくいですか?」
「あぁ、いえ、何も」
こちらの精神状態が困る。健康な男子として成長してきた問題上、膝までしか丈がないスカートから伸びる脚に気を奪われるのは不可避でアル。さらに、動かれるとその白い脚が目の前で動くからより一層精神状態を乱されるし。
「やった、無事掛かりましたよ、中村くん」
なぁんだ、もうおしまいか。
とにかく、先輩の目的は達成できた。それでは、俺は保健室に向か………
きーんこーんかーんこーん─────
「一時限目終了のチャイム……?」
「はい、中村くん、巣箱作りに夢中になってて、40分ぐらいかかってました」
「え」
俺、凝り性だけどさ、そんなことは一回もなかったんですけど。なんだ、今日はたまたま張り切っちゃったんだ。
校舎の周囲にはチャイムがこだまする。
俺は、間違いなく、退屈から解放されていた。こんな、綺麗なモノが、この地球上にまだ存在していたなんて………!
これはこれで、俺にとってはこれ以上ないくらいの貴重な経験だった。