月姫 零刻   作:マジカル赤褐色

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深夜巡礼

 

「先輩、いつ来るんだろう」

 

午後10:50。俺は公園を訪れた。こんな夜中だ。人は誰もいない。乙黒町は夜の街と呼ばれているだけあって、駅の周辺は夜にも関わらずギラギラ光っていて、昼間よりも多い人の波が絶えることなく流れ続けている。

しかし、屋敷の辺りは川の堤防越えの住宅街なので、人通りはない。屋敷のある堤防から少し離れた坂を下った先にあるこの自然公園にいるのはせいぜい深夜に犬の散歩をする通行人ぐらいだが、今日も生憎と数は少ない。

いつまで経っても、何も起きないからこうして素振りを繰り返していたのだ。

 

「あ、お待たせしました、中村くん!」

 

「───先輩、その格好………」

 

先輩が向こうからやって来た。その服装は少し変わっていた。新撰組みたいな青い羽織、浅葱色というよりは群青色だが、所々群青の布地の袖元に白い紋様が縫われていたり、そして背中に群青と白の対極図が描かれていた。それから、その羽織の下に白い紬と黒袴。髪が空色である先輩にはよく似合っている。

 

「これですか?これはですね、両儀一派の正装なんです。両儀一派の人間は皆さんこれを着ているんですよ。どうですか?」

 

「いや、すごく似合ってますね。まるで新撰組みたいだ」

 

「そうでしょう、そうでしょう?これですね、今の総長が決めた正装なんです。みんな気に入っているんですよ~、青って格好いいじゃないですか、涼しげですし。さ、死者退治に行きましょう!」

 

言うが早いか、先輩は足取り早く街に駆け出していった。相変わらずとんでもない瞬発力だ。駆け足とは思えないその速度に俺はまだ慣れていない。

 

「ちょ、待ってください!」

 

俺は走りながら、元気よく駆けている先輩の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後はまぁ、色々あった。ここまで死者と数回対峙したが、その後は楽しく先輩と夜の街を巡回していた。

行く途中で色々なトラブルに巻き込まれた。夜の街といえば半グレ集団の集まり。その辺で(たむろ)している半グレたちによく絡まれたものだ。俺が元から目付きの悪い赤毛というヤバいやつなのと、それからクロエ先輩という一番の爆弾を持っているため、女狙いの輩がバンバン押し寄せてきた。彼氏のフリして追い払えた素直な奴もいれば、おとなしく引き下がることもせずに俺と勝負してくる命知らずもいた。

数的には後者のほうが多かった。金銭狙いだの女狙いだの、ただの喧嘩売りだのいろんな輩がやって来た。

 

 

そうして、今は街を出て川の畔までやって来て、俺は川の水で顔を洗っていた。

 

「それにしても、中村くん。意外と横暴なんですね………危ないですよ、喧嘩なんてしたら」

 

先輩は途中で20人以上の半グレと殴り合った時に顔についた返り血を洗っている俺を見て言う。

 

「関係ないでしょう。俺は別に好きで殴っているワケじゃないんですから」

 

顔をタオルで拭きながら先輩に返す。

 

「いや、それにしても、20人ぐらいと殴り合って全員失神させていたじゃないですか、全員血まみれでしたよ?どうしたらあんなにボコボコにできるんですか」

 

「まぁ、これでも加減はしているんですよ。俺、直感が冴えてるから、ギリギリ死なない程度に痛め付けてますから。それに、先輩、俺はこれが仕事だって知ってるでしょう?」

 

「ギリギリ死なない程度って……………乱暴は良くないですよ」

 

「大丈夫です、渡る世間では腕の一本よりも自分の命のほうが大切なんですよ紀庵も言ってました」

 

この街の人間ではない者にとって、確かにこれほど治安の悪い街は珍しいと思うが、俺たちにとっては、これが普通だ。

この街の住人はカタギという名のヤクザと言っても過言ではない。

 

欲しいものは奪い、邪魔な者は殴り倒す街だ。アスナからは住人からのお悩み相談として借金取りだの色々任されてはいるが、結局全部俺の仕事だ。押し付けられているのはほんの一部で、正確にはもともと俺たちが始末をつけなければならない仕事だ。この街の治安が悪いのは地主である中村の問題。俺はこの汚れた中村の庭を粛正するために動く、分かりやすくいえば乙黒の恐怖の風紀委員。

地元のヤクザ事務所は俺が壊滅させた(正確には若頭と話し合ってどっか行ってもらった)。その残党の中でも噂されているくらいの存在だ。赤毛の青年に襲われたら最期、失神は不可避と。

 

「昔から喧嘩ばかりやってきた人間なんで、人を殴ることには抵抗はないんですよ。ただ殺すのが絶対に嫌なだけで」

 

その結果が俺の日常。毎日のように半グレや借金を殴り倒して、街の汚染だけを浄化していく。まだまだ酷い街だが、俺が街で喧嘩屋になってから、街はかなりマシになった。夜こそこの有り様だが、昼間の平和は安泰となった。これまでは、この夜が昼間テンションであり、夜となれば犯罪都市だったのだから。それをただの治安の悪い都市に引き戻した俺は自分を相当な風紀委員なんだと誇っていたりもした。

 

「────両儀一派(わたしたち)もそういう組織です。わたしたちも、次々と魔を狩っていくことを仕事としていました。総長も、副長も、皆が皆、魔を殺すことだけに、固執してきました」

 

俺を見て何を思ったのか、クロエ先輩はゆっくりと口を開いた。

 

「総長は機械のようになっていました。魔を殺すことに、快感も憎悪も持つことはなく、ただ布を織るように、作業のように繰り返していました。わたしも、感慨無量に、命を断っていました。その人たちの家族の顔などを考えることもなく。わたしたちはおかしくなっていたんです。殺していくうちに、殺すことに何も感じなくなっていたから」

 

「───────」

 

それは─────

 

「両儀一派に招かれる人間のだいたいは、魔や混血に元の生活を奪われた人たちでした。わたしもその一人でした」

 

川の畔。街灯もない闇に紛れる先輩の顔はよく見えない。

 

「昔、わたしはとある魔に、大切な家族だったお父さんを奪われたんです。あのときのわたしはまだ身体が弱くて、病院で寝たきりの生活を送っていたんです」

 

そう、だったのか。先輩も、魔に、家族を奪われて。俺も、確かに魔に家族を奪われた。魔にやられたんじゃない。「魔の血」に奪われた。親父のように。

 

「中村くん。貴方の気になっていることを、すべてお話しします。聞いても、怒らないでくださいね。これは、貴方にすべてを隠していたわたしの責任です」

 

「───────」

 

俺は、その声に答えることができなかった。

 

「貴方は、カーラと遭遇した、あの山奥の病院を覚えていますか?あそこは「伊賀見(いがみ)総合病院」という、昔、あの山奥にあった病院が廃墟となった場所なんです。今は新しい病院となって再開発が進んで、新しい工事が始まっています。あの伊賀見総合病院は、わたしが小さい頃に入院していた病院だったんです」

 

あの病院…………不良たちが俺にスタンガンを食らわせた後につれてきた場所…………

 

「その時に、ロアがあの病院に現れたんです。転生先はあの伊賀見総合病院の手術医、「凱逢玄武(がいあくろむ)」でした」

 

凱逢…………その名前は…………

 

「玄武は両儀一派の次期首領補佐の座にいた退魔族です。彼は、生まれつき身体が弱かった自身の娘を守るために、あの病院の医者として潜入したんです。その娘の名前は、黒依(クロエ)。今代のロアの転生先、凱逢玄武は、わたしのお父さんなんです」

 

「───────」

 

それじゃあ、先輩は、はじめから全てを知っていて、それで、この街でロアを追っていたのか。先輩の父親を奪った魔、それは、死徒…………

 

「────ごめん、先輩。余計なこと、言わせちゃって」

 

先輩はただ首を横に振るだけだった。

 

「いいえ。わたしが勝手に言い始めただけなんです。中村くんは、関係ありませんよ」

 

暗闇に目が慣れてようやく見えた。先輩の顔は、ただのいつも通りの笑顔だった。

 

「待ってくれ、先輩、それじゃあ、【あの時の子供】は………!!」

 

「さぁ、徘徊を続けましょう。残すところはあと1ヵ所ですから。早く終わらせて帰りましょう。明日は学校の創立記念日ですけど、早寝早起きしないと、白邪くんのことですから、すぐにあさって寝過ごしてしまうでしょう?」

 

先輩は一人でそそくさと歩き出してしまった。俺も黙って先輩の後をつけていく。

 

「───────?」

 

なんだろう、今の台詞の違和感。何か、いつもと違うような………………

 

「───────??」

 

独りでただ思案し続けて、やっと気づいた。

 

「…………!名前…………!!」

 

すごい自然だったから気付かなかったけど俺、いま名前で呼ばれなかったか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ロア…………」

 

礼拝堂の中にその女は居た。金髪紅眼の美女は、礼拝堂の中で一人、壊された壁から夜空を見上げていた。

 

「ヨエル、いる?」

 

「なんだい?」

 

壊れた礼拝堂の片付けをしていたもう一人の人物が眼を向ける。

 

「貴方の狙いは【どっち】なの?」

 

女はそちらを向くこともなく、ただ空を見上げながら言う。

空の星を眺めながら、関心もないように。

 

「さぁ、どうかな。僕は気まぐれさ。その時その時で決めるのさ」

 

「あの吸血鬼の処分はロアを殺してからで十分よ。ロアなら、私一人でも倒せるけど、もし相討ちになった場合は」

 

「もう一人のほうも殺せってことでしょ?任せておきなって。いかにヤツとはいえ、僕には敵わないさ。けれど、ヤツは本当に吸血鬼なのかい?別の種族だった筈だけど」

 

男は頷きながらもやや訝しんでいる様子だ。

 

「えぇ。確固たる証拠はあるわよ。今回のロアが吸血した証拠として、ロアの攻撃によって負った傷があるらしいわ。それも昔のもの。まぁ、確かに、日向でもぴんぴんしているし、吸血衝動もほとんどないから吸血種としてはまだ不完全だけど。まぁ、軽くⅥ、Ⅶ階悌には届く可能性を秘めてはいるわよ。まったく、私も驚きよ。まさか吸血鬼の血を打ち消すなんて。どんなバケモノなのかしらね。今までそんな死徒は見たことないわね」

 

二人揃って呆れるようにため息をつく。

吸血鬼を良く知る二人にとって、その存在というのは、彼らにとっての死徒に対する常識を覆すとんだイレギュラーなのだ。

代償無しに吸血衝動を打ち消す吸血鬼など、羽の生えたパンダと同じくらいの幻だろう。

 

「空柩のキルシュタイン、カリード・マルシェ以来だな、こんな馬鹿げたケース。まぁ、キルシュタインはもはや人畜無害だから誰も手にかけていないみたいだけど。まぁ、そっちについてはそのうち黒鍵会の誰か、もしくは埋葬機関から向かわせるつもりだから任しといて」

 

「キルシュタインはカレー狂が覚醒しただけの犬畜生だからいいとして、アレとコレは別モノよ。真面目に解説するのも馬鹿馬鹿しいけど、アレはアレで半永久的にカレーを食べなければならない。血を吸わないぶん、吸血衝動をカレー食い衝動に切り替える分の体力()を消耗している以上、それだけの代償(カレー)が必要になる。一方で、コッチはどう?吸血衝動を打ち消す時点で壊れているのに、それに見合った代償も必要としない。ガソリン無しで車を運転するようなものよ。もはや死徒とも呼べないわ」

 

女は吐き捨てるように言い切る。

 

「それじゃあ、なんて区分すりゃいいんだい?」

 

空気が揺れる。男の質問を聞き終えて、彼女は一言だけ呟いた。

 

「強いていうなら──生粋の【魔人種】ね」

 

女は男の方を向いて、そんな風に微笑んでいた。彼女自身も見たことがない、まったく新しい種族の登場を、彼女は独り喜んでいた。

静かな礼拝堂は、静かな笑みと風だけが、優しく穏やかに吹き付けていた。




らくらく相関図(クロエ目線)

中村白邪 お茶目な後輩くん。わたしにとっては大切なひと。
菊山紀庵 中村くんの親友。わたしから中村くんへの伝言を引き受けてくれた以来の仲。優しくてお利口さん。
ヨエル いち同胞。色々面倒くさがる性格だけど、頑張り屋さんでもある。
ルージュ・アスナロ あまり話したことはないけど不思議なひと。何者なのか若干興味。
カーラ・アウシェヴィッチ 絶対殺す。
本条 軽音楽部部長、みんなのための努力家。
天城 一年からの軽音楽部古参勢。頼れる相棒。
押見 二年からの軽音楽部同期。ドラムの実力は部活イチ。
ロア お父さん…………
ネコアスナ 障害物は無視しましょう。
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