月姫 零刻   作:マジカル赤褐色

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接触

 

「次はここか………」

 

「そうですね」

 

俺たちが次に訪れたのは、小さな廃工場。

ここが、今日の徘徊での最後の場所だ。

先輩曰く、死者の気配はここが最後だそう。ここさえ攻略すれば、とりあえず今日の徘徊は終わりのようだ。

 

「行きましょう」

 

「───あぁ」

 

二人揃って扉の前に立つ。錆びたトタン板でできた扉を開こうとするが、びくともしない。鎖と南京錠でがっちり固定されている。

 

「困りましたね」

 

「こうなれば強行突破だな」

 

血刀を手に取る。血で刀を強化して、炎で血刀を包む。

勢い良く後ろに引っ張り、助走をつけて走りだし、タックルを仕掛けるように突きを繰り出した。

ドゴォォン、という破壊音。

南京錠と鎖はこの一撃に粉砕され、扉は木っ端微塵に砕け散った。

 

「よし、これで───」

 

二人でがら空きになった扉から中に入る。見たところ、工場内は静寂としていて、誰もいない。

 

「───────」

 

直感で死者の居場所を探る。だめだ。死者は気配が濃厚すぎて具体的な位置がよくわからない。

 

「─────危ない!」

 

「きゃっ!?」

 

突然、入り口に大量の鉄骨が落ちてきた。

 

「退路は塞がれた───か」

 

確信して上を見上げる。そこに、死者たちが生気の無い眼で立ち尽くしていた。

 

「なんて数………」

 

その数は40近く。2人で40もの死者を相手にできるか?

構わない。そんな覚悟整っているし、そんなの相手する準備は完全だ。

 

「死にてぇなら相手になってやるよ」

 

死者たちが一斉に一階に飛び降りてくる。

俺たちを前にしても、びくともしない。そんじょそこらの死者とは格が違うようだ。

通常の死者が力を着けた存在か?

 

「中村くんは自身の安全を確保してください!」

 

クロエ先輩は一直線、意気揚々と死者に向かっていく。

死者たちは一斉にクロエ先輩へと向かっていくが、すぐさま先輩の攻撃に切り伏せられる。

俺の背後からも死者がやってきた。

 

「──────」

 

肘打ちで死者の頭を砕いて血刀で切り落とす。やはり所詮は下等生物。たいしたことはない。

 

「とぉぉぉぉ、ら!!」

 

鈍い死者を高速で狩っていく。生きる意味を失った活きる肉塊は愚かにも俺たちに襲いかかる。

程度が知れてくる。ヤツらはこんな簡単な方法で人を奪い、その血肉を喰らってきたというのか。

やり方が汚ならしい。こんなやり方よりも、俺の方が、もっと────

 

「きゃぁぁぁ!!」

 

「先輩!?」

 

向こうで先輩が倒れていた。その脚に落下してきた鉄骨が挟まって脱出できないでいる。死者に取り囲まれている先輩は全力で抵抗している。

 

「先輩!!」

 

反射的にそちらの方へと意識を向ける。

 

「ぐぁぁっ!!」

 

だん、と床に押し倒される。背後から死者に襲われたようだ。

 

「くそ…………!!」

 

振りほどこうとして、俺は迷いを抱える。

殺しても、いいのだろうか。初めて死者を見たときは、容赦なくその首を叩き落としていた。

だけど、コレは違う。死者よりも、よほど、ヒトの形をしている。そのヒトガタを見て、俺は─────

 

「だめだ…………!!」

 

殺せない。ニンゲンのカタチをしたモノを殺せない。こんなこと、別に人殺しではないのに───!!

 

「ちくしょう……………!!」

 

殺せないなら、振りほどけない。俺は、どうして─────

死者なんかに、同情して……………!!!

 

「づっ…………!!!」

 

死者の爪が腕に食い込む。ずぶり、とその指が俺の皮膚を裂いて肉を突き刺す。

だらだらと腕から垂れてくる血。

ずぶり、ずぶり、と、どんどん奥まで刺さっていく。1ミリ進む度に軋む脳髄。1ミクロン肉を裂かれる度に悲鳴を上げる脊髄。

そして、向こうで襲われている先輩。

 

 

─────それを見て、さっきまで不可思議な感情に陥っていた俺の意識は、完全にタガが外れた。

 

アレは、俺のモノ。アレは、アレは俺が………何よりも………!!!

 

「ヴ……………………」

 

アレに触れて良いのは…………この世で、

 

「ヴ………ヴゥゥ………………」

 

アレは、俺の女………………

 

「ヴ、ヴォォォ…………!!!」

 

勝手に、俺のモノに、触れるな……………!!

 

「ヴ、ウォォォォアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

自分でも聞き取れない絶叫を上げる。猛烈な周波数を受けて、すぐ横にあった窓ガラスがバリンと砕け散る。その破片を散弾のように浴びて、俺を押さえつけていた死者は蜂の巣のように孔だらけの肉となって倒れ伏す。

まだ、まだだ………俺の狙いは、まだ、

まだ、何も片付いていない。俺は、俺の、モノを……!!

 

「グ────ガァァァァァァァァァァァ!!!」

 

暴れ馬は駆ける。目の前の死者に向かって一直線に走り出す。何も考えない、罠も何も考慮していない単純な突進。

だが、その疾走は、これまでの俺のどの疾駆よりも俊敏であり、そして豪快なものだった。ただ走っているだけなのに、踏みしめたコンクリートがひび割れ、俺がひび割れた地面から足を離して跳躍した瞬間、コンクリートの床が陥没する。

工場の天井ギリギリを攻めた10メートルの跳躍から、勢い良く隼のように急降下する。血刀は爆炎を伴って、焼夷弾のように地面へと駆ける霆となって、先輩もろとも、先輩の脚を挟む鉄骨と、先輩を襲う5体の死者目掛けて激突した。

 

「ヴぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

雷鳴、ここに堕ちたり。旅客機が墜落したように、辺り一帯が地獄の業火に包まれる。焔の螺旋が死者をこの世から引き剥がすように終わりない終焉の辺獄へと誘う。

黄泉をなぞり挙げた凶刀から炎が噴き出され、工場一帯は一瞬にして文字通り、焼け野原と化した。

工場が倒壊していく。派手な金属音を立てて、ガッシャーン、と次々と倒壊していく工場一帯。ガラガラと崩れていくレンガの壁。バキバキと砕けていくアスファルトの地面。

 

─────焼け残りは、何もなかった。

あとに残ったのは、もともとなんだったのかわからない、ただの瓦礫の山だった。

 

「ぐ────ふ」

 

後頭部に痛みを感じて、俺は目が覚めた。

重い。何かに潰されている。

 

「なんだ、今のは」

 

俺はどうやら、軽く瓦礫の下敷きになっているようだ。

 

「っ…………どっこいしょ」

 

瓦礫の中から這い出る。辺りは、核ミサイルでも落ちたのか、それともここで戦争でも起きたのかってぐらいに崩壊していた。

目の前に、さらに高い瓦礫の山があるから登ってみる。頂上から見下ろす景色は、とんでもないものだった。

 

「なんだよ、これ」

 

廃工場一帯は駅一つぶんぐらいの大きさだったのだが、何もかもが、跡形もなくなっていた。ガラガラと、小さな瓦礫の破片が転がっていく音だけが残響となって響いていく。

今の、爆撃はなんだ。気が付いたら、焔に呑まれていて、そしたら一斉に、すべてが吹き飛んで、それから─────

 

「ギャラル、ホルン……………?」

 

いや、あの爆撃との甲乙は明確だ。あんなもので、こんな惨状は造れない。あんな小さな兵器で、この地獄が再現できる筈がない。じゃあ、これは…………?

 

「これ、ぜんぶ、俺が────?」

 

すごく、苛立ちを憶えていたのは覚えている。けれど、俺がその後どうなったのか、そんなものは、何もわからない。

今はただ、

 

「先輩!!」

 

どうしようもないほどに溢れている瓦礫の山をあさって先輩を探す。

どこまで頑張っても、溢れてくるのは瓦礫だけ。災害救助は一人でできるものじゃない。こんな、広い災害跡地、青年一人で探しだせやしない…………!!

 

「────!」

 

瓦礫の中から、白い手がでてきた。よかった。先輩を見つけた。

 

「先輩、先輩!今助けるからな!」

 

瓦礫を取り除いて、先輩を引きずり出す。

先輩は、どうやら無事のようだ。かすり傷はあるが、死者にやられたやつだろう。瓦礫による怪我はなかったみたいだ。呼吸もしているし、異常があるわけではない。

しかし、先輩は眠っていた。死んでいる筈はないのだし、ただ眠っているだけだから、ひとまず安心はしたが、

 

「困ったな、ここじゃあ」

 

ここではどうしようもない。すこし、この場を離れて、もっとマシなところで寝かせてやらないと。せめて、公園のベンチまでは行きたい。

 

「失礼しますっ………と、よいしょ」

 

先輩を抱えて歩き出す。鬼人の筋力のお陰か、先輩を抱えるのはちっとも苦じゃない。先輩を抱えてそのまますたこらと走り出す。とりあえず、早く街に戻ろうとした。

 

「────────」

 

俺は、こんなにも力を発揮できるものなのだろうか。力は確かに強くなっている。鬼人の力を行使しているから、間違いなく力は強まっている。だが、これはどうだ。

いくらなんでも、伸びすぎだ。やりすぎだろう。

なぜ、無意識に、この辺り一帯もろとも死者を吹き飛ばそうという発想になったのか。

 

「────────」

 

生物としての存在規模が上がって、攻撃のスケールの理想や水準が、上がったのか?いや、それにしても、これは、いくらなんでも……………

そもそも、死者に同情というか、余計な感情を持ったのもおかしい。

俺は、鬼人だというのに、鬼人らしくもない行動ばかりだ。俺は、鬼人と人間の混血のはずなのに。

当然のように10メートルを跳び、無意識な破壊衝動、死者に対する認識。

俺は─────

 

「あら、またまた派手な子みーっけ」

 

近くから、声がした。

 

「誰だ」

 

声のする方へ振り向く。

そこに居たのは、絵に描いたような変人。なるようになれと言わんばかりにテキトーにまとめられた髪はなんとも言えない微妙なブロンドカラー。瞳は、これ何色?山吹色?

妙に似合う白衣を着ており、その下にキャバ嬢みたいな服を着ている。なにその下着一歩手前みたいなイカれた上着は。

あとなんだ、この意味わからん女は。背が高いわけもあって、外国人にも見えなくはないが。

ロアが蛇ならこっちは蜘蛛と言ったところか。胸でか。脚綺麗っ。レザースカート短っ。スタイル抜群かつ顔そこそこの意外と美女。もう少しおとなしくして、マトモな服を着ればいいのに、勿体ないひとだ。これじゃあ学校の保健室に百年に一度出てくると言われているドM先生的なアレそのものだ。

 

「あー、いいわよぅ。名乗るほどの物じゃないのアタシ。騒ぎを聞き付けてここまでやって来たんだよねぇ。もーーう、なんて可愛い男の子、COOOOOL!!!ねぇねぇねぇねぇ、これ、誰がやったの?キミ?」

 

あ、俺、無理だわコイツ。ハイテンションすぎて2秒くらいでノリに置いていかれた。

 

「静かにしてくれ。寝ている人がいるんだから」

 

「オーケーオーケー!!アタシ今黙ります3、2、1、ハイ黙った!!」

 

うるせぇ。このノリめちゃむかつくんだが!?あとなにコイツ!?何しに来た!?こんなところに人来る時点でそいつイカれてるのに、現場にいる俺に絡む?しかもそのノリで?

 

「イェーイ!!お姫さま抱っこうまーい!なーにもー、アタシも乗せてよー!!」

 

黙ることを知らないようだ、まぁ、新しい覚○剤のテストをしているんだろう。確かに、こんなにハイになるおくすりは俺も知らない。使ってる人はこんなもんなんだ。まぁ、使ってたらそんなに綺麗な身体なのはおかしいんだけどね。

 

「────────」

 

こういうのはおとなしくスルーするのが一番。背を向けてそのまま早足で去る。

 

「ストップ!!なんで無視するのーねー!アタシ泣いちゃうー!」

 

泣け。勝手に泣いとけ。頼むから来ないでくれ。

 

「なんなんだお前は!俺に何の用だよ!」

 

「アレ、キミが壊したんでしょー?どうやってやったのか教えて教えてー!」

 

「───────」

 

迷う。これ、教えてもいいタイプの人間?

これがアスナみたいなヤツなら伝わると思うんだけど、ただ頭のネジを失くしてしまった一般人に説明しても、何もわかってくれないだろう。

 

「お、お前こそ誰なんだ!誰なのかも全くわからないヤツに、俺の話なんかするかバカ!」

 

「えー、おーしーえーてーよー、あ!!じゃあアタシが名乗ったら教えてくれるのね?」

 

「名乗れば俺も名乗るよ、そりゃあ」

 

「ひゃっふぅぅぅい!!!イヤッタァァァァ!!!ビクトリィィィィィ!!!」

 

大声大会世界一は間違いない女は狂喜乱舞している。そんなに俺のことが気になるのか?そもそも、コイツはなにをして生きているのか。仮にもこんな服装なんだ。マトモかどうかはさておき、しっかり何かをして働いているんだ。

 

「アタシはアラク。アラク博士と呼んでよぉ?は・か・せ。わかった?」

 

「俺は白邪。中村白邪だ」

 

「白邪チャンね。いい名前ーっ!中村ってアレ?川の畔のあたりにあるでっかいおうちの貴族でしょ?」

 

女、アラクのワクワクは止まらないようだ。大学生ジャストと見られる若々しい女だ。相当早い段階からこのノリで生きているのだろう。

 

「知ってるー!槇久クンから聞いてるも~ん!」

 

「槇久…………?旦那を知ってるのか、アンタ」

 

「もちろんよぉ。アタシ槇久クンの後輩チャンなんで。あとちょい。あとちょいで、アタシも大学卒業よ。ついに、社会人デビューを果たすのねってビューティフゥゥゥル!!!」

 

「大学生がこんな時間からなにをウロウロしてんだ」

 

「高校生が夜の街を歩いているんだから~アタシら大学生もいいでしょ?あ、ほら、乙黒(ココ)って夜の街なんだしぃ?」

 

まぁ、確かにそれはそうかもしれない。

てか、コイツ大学生だったんだ。

まぁ、そりゃこのノリじゃあ就ける仕事も就けないもんか。

人間、末期まで追い込まれるとあんな風になるということを知った。俺はあんな大学生にはなりたくない。

槇久の旦那の後輩、か。まぁ、知り合いは知り合いなのだろう。じゃあ、一応コヤツはいずれ俺と関連を持っても仕方がないわけだ。逆に俺の運が良すぎて会っていなかっただけか。

 

「んでんで、白邪チャンなの?これやったの」

 

アラクは一段と俺に顔を近づけてくる。槇久の旦那を知っているんだ。混血のことぐらいは理解できるだろう。

 

「まぁ、一応」

 

「ひゃっはぁぁ!!さっすが白邪チャン!ド派手にどーーん!ってやっちゃうタイプ、アタシ大好きだよぉ~!!」

 

何が嬉しいんだか、とにかく、俺が廃工場を粉々に粉砕したことは、アラクにとっては喜ばしいことらしい。

まぁ、おもに話のネタができたという意味で。

 

「ねぇねぇ、そんだけすーっごい力があるんならぁ、アタシと協力しなーい?アタシ、もうちょっと、キミみたいな子を隅々までじーって調べたいんだけどなぁ~」

 

「お断りだ、アンタに見せるものなんかないよ。これでホントにお別れだ。こっちはまだやることがあるんだ」

 

クロエ先輩を抱えたまま一気に跳躍する。電柱すらも飛び越えてしまう俺の脚力、さすがのデタラメなアラクすらも届くまい。

下からアラクの声が聞こえてきた。

 

「えー!もう帰っちゃうのー?博士つまんなーい、ま、その力、とんでもないもんなんだし?アタシたちだけのヒミツにしといてよ?間違っても、周りに話しちゃイヤだからねぇ?もし、気が向いたら、アタシにいつでも相談しに来てちょうだいね~!!」

 

誰がお前に二度と遭うかってんだバカ。

 

「────────」

 

アラクが見えなくなってから、俺はため息をつく。面倒なヤツに絡まれたもんだ。

アイツ、俺にマジで何の用だったんだろうか。最後の謎の勧誘。あれが本題なんだろうが、俺はあの女には興味ない。ヤツがなにを企んでいるかなんて、知ったことではない。

ただ、俺が何故、あんなヤツに興味を持たれるのか、わからなかった。

マッドサイエンティストが目を輝かせる逸材、か。

俺は普通がいい。あんなものに興味はない。今日の一番の謎である俺のまだまだ底がない力の奔流。アレは一体なにに起因するものなのか。

無意識に、俺は、何か、別の何かをしようとして、別の何かになろうとしていたのだろうか。

俺の謎に底はなく、まだ、知らないことに満ちている。この世はツギハギだらけで、不条理と理不尽に満ちている。

これが、人の社会。悟ったわけでもないけど、なんとなく分かってきた気がする。

俺は、この納得のいかない不思議な爆弾、俺という檻の中に隠し持っている【何か】が、怖くて仕方がないのだということぐらいは、分かっていた。

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