学校から帰ってきたらいつものヤツだ。見ろよこれ。この建物、「中村邸」。別名は、「俺ん家」。この建物は俺たち中村家が暮らすための家だ。それがなんだ、学校の敷地の8倍ぐらいは優に越える土地を誇って、来客の前に「見るがいい」と言わんばかりにそびえ立つ。
白い建物は東館、西館を伴って中央の建物は校舎並みのサイズ。たしか、中央の建物で縦30メートル、横400メートル、高さ3階建て。一種の化け物かここは。
───と、毎日帰る度に思っている所在だ。
歩けば眩暈を起こすほどに広い庭と森が視界をグリーンアウトさせて、空を見上げれば何も目に映らない青い空だけ。正面には眩しいほどにまで建物の白。
しかも一番恐ろしいのが、森にはあずまや一つしかないという。あんなに広大な土地持っといて、使わないわけだ。まぁ、流石にあの森を完全管理しようと思えば専属が5000人は軽く必要だろう。それくらいのお金はあるだろうが、使うくらいなら放置しといたほうがいいという結論。庶民諸君、これが真の豊穣というヤツだ。昔、ある日の夕方、あの森の中に入ったら迷子になって日付が変わるまで帰ってこれなかった記憶がある。
庭の庭木や花は丁寧に手入れされてあってその全てがアートのようになっている。確かに、庭木アートなんかはよく聞く。もしこれが犬やら猫やら人やらだったら素晴らしいし、見映えも良いんだが…………
「あら、お帰りなさいませ、白邪さま」
「ただいま。まったく、びびったよ。今度は何を作ってるんだ、甜瓜さん」
「龍です。なんだか楽しくなっちゃって、やめられなくなって5時間ぐらいやっているんですよ」
馬鹿言え。5時間ずっとここにいたのか彼女は。だが、その作品は、現段階を見ただけで、俺のような素人でも解る。これはマジで5時間以上かかっている。
龍がとぐろを巻いて昇っていきながら獲物に肉薄していく様子が庭木アートで表現されている。
えーと、この人は甜瓜(めろん)さん。見ての通り、うちの庭の整備清掃を任されている、うちのメイドだ。黄緑色の髪と瞳が特徴で、この通り、一度始めた作業は最後まで妥協せずに終わらせるまで辞めない情熱家。
この屋敷の庭は俺が知る上ではこの屋敷で一番好きな場所トップ3の常連。この美しい庭をつくるのは当然庭師。その庭師が彼女。つまりは、この屋敷の庭の植物のレイアウトや草木の手入れを行っているのが彼女であり、この美しさが彼女の努力の結晶なのだ。草刈り機やチェーンソーなどは一切使わない。己の勘と枝切り鋏捌きだけでこのお庭。
「そう言えば、絢世さまがお呼びでしたよ」
「そうか、それじゃあ、失礼するよ」
龍の横にある朱雀に見惚れながら甜瓜の横を通って屋敷に入る。何度入っても慣れない玄関の扉を開く。
「あら、お帰りなさいませ、白邪さま」
「ただいま、蜜柑さん」
さて、ロビーで俺を出迎えてくれた橙色の髪と瞳が特徴のこのメイドは蜜柑(みかん)さん。甜瓜さんに瓜二つ(瓜だけに、ちょっとしたジョークを踏んでみたゾ☆)の五つ子の妹で、このお屋敷の炊事を担当している。性格は朗らかな感じが強く、基本的に笑っており、ゆるーい空気が特徴。
と、そこへ………
「わーー!!!!退いてくださーーーい!!!」
「ぐぉぉぉっ!!」
一人で自律式移動をしながら走る観葉植物が俺にぶつかってきた。
「はにゃ?蜜柑お姉ちゃん?なんでこんなところに?」
中から金髪黄眼のメイドが出てきた。何事もなかったかのように辺りをキョロキョロしながらぶつかった俺ではなく俺のとなりにいる姉に釘付け。
「おい」
気付け馬鹿。人にぶつかっておいて、「はにゃ?」じゃねぇよ。
「わーー!!!!白邪さま!?」
「静かに。それからクソ痛かった」
「すーーんませんでしたぁぁぁ!!!!」
ここで秘奥義、ジャンピング土下座発動。マジでしばき倒したい。何事も土下座すりゃいいってもんじゃない。同じようなことで何回謝っているのかこの女は。
彼女は檸檬(れもん)。このお屋敷の 衣事全般を任されているメイドで、甜瓜さん、蜜柑さんとは五つ子の姉妹で、末っ子である。この通り、性格は世界屈指のオーバーリアクショナー、いや、この場合はオーバーリアクトレスと言えばいいのか。ドジっ子ならばまだ可愛いのだが、改善の様子は見られず、むしろひどくなっているくらい。今まで何回俺がこいつの引き起こしたトラブルの始末をつけてきたか。
こんなことになってからじゃ遅い。このまま死傷者が出ても文句は言えない。
「───白邪」
「うわぁ、びっくりした、いつの間にいたのか葡萄」
俺の遅い反応に彼女、葡萄(ぶどう)は頷く。葡萄は我が家のメイド五つ子姉妹3番目。甜瓜さんの妹である蜜柑さんのさらに妹である。この家では医療事全般を担当している、うちのお医者さん。医療担当というだけあって、やはりかなり賢い。だが一方で性格は感情表現が絶望的に苦手で、ロボットのようなギクシャクした喋り方をする。
「白邪、怪我、ないの」
「あぁ、特に。ありがとう心配してくれて、ご苦労さん」
葡萄は救急箱を持って二階に去っていく。持ち場に戻ったのか、どうしてこの状況を嗅ぎ付けたのか。
「さて、俺も姉さんのところにいかないと。どこにいたかな、蜜柑さん」
「絢世さまなら居間にいらっしゃいますよ」
「オーケー、わかった、ありがとう」
蜜柑さんに背を向けて居間に向かう。
さてと……居間に入るわけだが、どうも気が向かねぇ。なんせ、この部屋の奥に居るのは………
「ただいま」
そう思いながらも扉を開けてしまった。部屋の中にはメイドが一人。赤い髪と瞳が特徴の彼女はハタキ片手に家具の掃除をしていた。
「あれ、林檎、姉さんは?」
メイド、林檎(りんご)の名を呼ぶ。彼女はこの家の清掃全般を担当していると同時に俺の専属のお世話係でもある。
「絢世さまならもう少しでご到着されますので、もうしばらくお待ちください。」
林檎はぺこりとお辞儀して、清掃を再開する。自分で呼んどいていないとはなんだ、とソファで暇を潰していたら、扉が開いて姉が入ってきた。
「あ、ただいま、姉さん」
「お帰りなさい、白邪」
さて、絢世、絢世と言っているが、いい加減纏めなければならない。彼女が中村絢世(なかむらあやせ)。俺の実姉で、この中村家の現当主。風格はどこぞの令嬢というより、すでに絶滅したであろう人種、すなわちどこぞのお姫さまだ。それも超・超・姉属性。なんで男手の俺が当主じゃないのかと。それについては、何度も言うように、俺は人間ではない。それは姉さんにも言えることだが、姉さんの場合は、鬼人の血が非常に薄く、ほぼ一般人なのだ。なので反転を起こす心配もなく、なんの当たり障りなく生活できるから、俺が自分の判断で暫定当主の座を姉に譲ったのだ。これはまだ親父が生きていて、なおかつまだ暴走していなかった時のことであったため、親父は嫌気もなく了承した。
この家、どうもどこかの資産家のものだったらしい。うち、和風びいきだから、こんな洋館なんか建てやしない。たしか、前にこの屋敷持ってたのは遠野だったかな。遠野は現在もちっと離れた街に家持っているらしいが、この土地は完全にうちに売り渡したそう。そこまでするほど金に困ってないだろ、あの家。土地と家なら幾らでもくれてやるってか。
遠野ってとことは若干知り合いだったりする。遠野も生憎と混血族なもんでどうやら、血統を深く深く掘り下げると、どうもうちらも血が繋がっているらしい。本当に大昔、遠野が混血族になったタイミングぐらいの兄弟姉妹だったかが、うちの家系。遠野つながりの分家筋ってこと。てなわけで遠野には手を出すな、と。意味わかんねぇよ。
遠野当主の野郎、使用人が多すぎるって自慢してこっちにバンバン送って来やがる。その結果これだよ。うちの5人姉妹。彼女らは遠野に昔仕えてたんだってよ。わっけわかんねぇって。メチャクチャすぎるだろ。今誰が仕えてんのさ、連中。特に遠野槇久。なんなんだあいつ。嫌な奴ではないけど、なんか、俺のことを近所の坊っちゃんみたいな扱いしやがって。俺もいつまでたってもガキじゃねぇんだ。もうちょい偉そうにしてみろ、なんで俺らの前ではペコペコしやがって、有間だっけか?あっちの方いきゃ跪かせる。これが力の社会かよ。
「で、なんでアンタがここいるんだよ、槇久の旦那」
「おや、お邪魔してしまったかな、白邪くん」
「邪魔じゃねぇが、急に居ると困るな。何しに来たんだ」
「ちょっと君のお姉ちゃんとお話に。会社の話だよ」
旦那こと遠野槇久(とおのまきひさ)は相変わらずソファに座りながらこの俺に対して子供扱い。高ニだぞ俺。
「旦那、そろそろガキ扱いやめてくれ、俺さすがにもう大人の部類だぞ、アンタとも馴染めてるし、姉さんが具合悪いときは仕事代わりに乗ってもいいっつったのアンタじゃねぇか、立派な社会人なのにガキ扱いされていい加減ショックだぜ」
「そうかな、だとしたらすまないね。そうか、白邪くんも、もう高校生なのか」
「んなもん、一年前に高校生だっつーの。ってゆーか、そーいうのをガキ扱いつってんだ俺は」
なんだ、昔はこんなに小さかったのに……じゃねぇんだ。姉さんと俺の歳の差なんて僅か一年だぞ。姉さんとはいつも職場の同僚みたいに話しているのに、たった一年後に産まれた俺には子供扱いだなんて。
「そうだったかな。それで、白邪くん?仕事(バイト)はどうなんだい」
「な…………」
おい待て、なんでこのジジイが俺が姉さんたちに隠れてバイトしてるの知ってんだよ!?
「バイト?白邪、どういうことかしら?」
「いや、その」
言ってくれたなぁ、野郎、コイツだけは信用できないから、絶対に口を開けないって決めてたのに、どこでコイツ知ったんだよそんなこと……。えぇい、隠しても無駄だ、別にやましいことしてないし、闇バイトでもないし、反社でもないんだし。
「ちょっと、借金取りのバイトを………」
「おーう、わんぱくだねぇ白邪くん」
うぜぇぇぇぇぇ。こんのジジイ…………
「借金……取り……!?」
姉さんの驚愕もしゃあなしだな。愛する弟が借金取りだったら、そりゃ俺もちょっとショック受けるわ。自分で言うのもだけどな。
「まぁ、取り立てはあんまりないぞ?どっちかっつーと、ヤクザぶっとばしたりとか、反社捕まえたりとか指名手配捕まえたりとかそっちの方が多いかな」
バカか俺は。なんで今自分から地雷踏んじまった!?
「白邪くん、それ闇バイトとかじゃないのかな……?」
すげぇ、遠野の旦那さまのお口からご心配のお言葉をいただけるなんて。
「闇じゃないさ、教会のシスターからのお呼びなんだから、ホントさ」
ちなみにこれはマジ。俺は確かに隠し事はした。だが、嘘はつかない、つきたくないタイプの人間だ。まぁ、教会のシスターって言葉も地雷なんだがね!?
「おーう、聖堂教会直々のご指名かね……」
「まぁ、白邪、あとでじっくりお話しましょうか」
「やだなぁ、勘弁してくれよ姉さん。あはははー」
おい、助けろ旦那。そんなにガキ扱いするんなら恐怖の姉からガキを守れ、俺がガキ扱いするなっていったから守らない?じゃあ、いち社会人として仲間を守れよ!?社会人どうしの抗争がどれほどつまらないことなのか、一番知ってるのアンタだよね?
「さぁ、そろそろ帰ろうかな、それでは、お邪魔したよ、絢世くん。白邪くんも、また今度」
「おい、ちょま───」
「それでは、お邪魔しました、あぁ、林檎くん。案内お願いするよ」
「はい、かしこまりました、こちらへどうぞ」
「ちょっと───」
最大の味方、最速の撤退。
────くそったれぇぇぇぇぇ!!!!
さて、内心で怒鳴っても仕方がない。ここは一つ、姉の説教を素直に受けるとしよう。