月姫 零刻   作:マジカル赤褐色

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衛生宣言

 

「中村くん!」

 

クロエはは蹴破られたように壊れた正面入り口をくぐって伊賀見総合病棟跡に着いた。

 

「───────」

 

しかし、待合室には猫の子一匹なし。

彼女からすると予想外だ。彼女にとって、ロアが居るとしたらここら辺が予想だったのだが。

 

「上…………」

 

不穏な気配を察したクロエは上へ昇ろうと階段を探す。

しかし、その道中も、決して楽なものではない。

 

「!?」

 

ドゴォン、と音を立てて一階廊下に並ぶ各部屋から大量の人影が現れる。

 

「オ…………オオォォォ…………」

 

「─────」

 

彼らは意思も生気もなく、ただそのためだけに生まれたように、クロエへと襲いかかる。

 

「死者………!それもこんなに………!」

 

クロエは容赦なくフランベルジュを手に取り、死者に向かう。

 

「ごめんなさい、貴方たちを弔うことはできません」

 

激鉄が廊下を駆ける。クロエは犠牲を最低限に留めてやりたかったが、こればかりは仕方ない。徹底的に叩き潰すしかない。

 

「ロアは10年間この街に滞在し続けた。ならば、ざっと10年分の死者がいるのは確かなことです………」

 

そうなれば、数的に相手しきれない。10年。死者の総数はおそらく1万を上回るだろう。そうなれば、クロエはまるで戦えなくなる。1万の死者を仕留めるほどの余力と体力は、あくまで少女の彼女にはない。

 

「ここは………逃げるが勝ち………!」

 

死者を躱しながら階段を目指す。運良くも、この廊下の先が階段だ。まっすぐ駆け抜けるだけ。これなら彼女にもできる。

 

「────!!」

 

しかし、ここで、彼女の脚が止まってしまった。それは、目の前に映る死者のものだった。

 

「ナゼ、ナゼ、ナゼ、コン名、トコロ、似、キキキ……きサマらがガガガガ、イルゥ?」

 

「な………なんなの、これ」

 

相手は死者。だが、問題はその姿。

相手は死者と呼ぶにも失礼な程に、死者のカタチをしていなかった。

逆に、死んでいるようにも見えない。

この生き物は、この世には居てはならない。だが、この生き物は死んでいるようにも見えない。

あからさまに死んでいる。なのに、この生き物は、

 

「死者というより、エイリアン………!」

 

その生き物は、ヒトガタですらなかった。

だが、これは間違いなく人の死。

ヒトから作られたヒトならざるモノ。

 

「酷い………」

 

死者への冒涜か。死者を改造したのか。ソレはとても自然に現れる死者ではなかった。

 

「オオオオオオ!!!」

 

「これは、一体………!?」

 

戸惑うクロエの背後から、かつ、かつ、と硬い足音が聴こえてきた。

 

「やぁやぁ。ここまでご苦労だったね、クロエ」

 

「…………………!貴方は…………!」

 

その男は、青毛の男。紺色のコートに身を纏い、全体的に暗い色合いのソイツは、徐々にクロエへと接近してくる。

 

「お父さん………いえ、ミハイル・ロア・バルダムヨォン」

 

「いかにも。さっきちょっとした来訪者を出迎えたところだったのでね。ちょっと二人目が来るとは思っていなかった。出迎えが遅れてすまなかったね。………下がれ」

 

男、ロアの一言で死者たちは部屋へと下がっていく。廊下に残ったのはクロエとロア、そして、ヒトガタを保っていない、ヘンテコな見た目の怪物だけ。

 

「あぁ、こいつかい?こいつはね、ある代行者がヒトガタの死者を集めて作ったものなんだ。すごいだろう?図体も筋力も手足の本数も、我々よりもずっと大きいものだ。死者が10年分もあるんでね。さすがに雑兵を1万集めるより、精鋭を1000人集めた方が良い。こういうのがあと数十体ぐらいいるんだ。地下の方にね」

 

「地下………?」

 

クロエは先日カーラと戦ったあの地下の姿を思い出す。

 

「あぁ。外に出るとな、昇降機があって、そこから下に降りれるらしい。突き当たりに焼却炉だのなんだのがいろいろあってね。どうやら、この病院は普通じゃあないみたいだ。まぁ、そんなのはどうでもいいとして。まぁ、彼の仕事は実に手抜かりがない。ワタシの吸血を手伝い、出た死体を処理までしてくれた」

 

「知りません。それよりも、今すぐ中村くんを出しなさい。どこに監禁したのですか」

 

クロエは相手を実の父と見なしていない。相手はただの一端の吸血鬼、倒すべき魔として見ている。

鋭い口調でロアに詰め寄る。

 

「まぁまぁ。そんなに怒り気味にならないでくれ。こうはいっても、結局はワタシたちは親子なのだから」

 

「冗談じゃありません。お父さんとわたしをそんな風に扱わないでください。貴方の娘になどなりません」

 

「うむ、つれないね、残念ながらワタシの娘にも反抗期が来てしまったようだ。…………さて、君が過保護しているあのバカの居場所だが、そここそがあの地下だ。このでっかい死者があと数十体いると言っただろう?そいつらはあまりにも危なっかしいんでね。地下の奥に隔離していたんだが、生憎と来客用の部屋も用意していないんでね。申し訳なく、あそこに押し込んで貰ったよ」

 

「───うそ、中村くん!」

 

反射的に、クロエはロアに背を向けて病院を出ようとする。

───その油断が命取りとなる。

 

「掛かったな!嘘はついていないが、その背中だけはがら空きだ!」

 

ロアは剣を抜いて一気にクロエに切りかかる。

 

「───しまっ………!」

 

クロエはなんとか防いだが、反応が遅れたのは間違いない。軽々とロアに吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐぁっ!」

 

「待たせたな!見せてやるよ………ワタシの切り札をなぁ!!」

 

ロアは手を大きく広げる。その背後から、巨大な笛が現れる。

その先端に雷のような魔力が充填される。

 

管楽砲(ギャラルホルン)!?」

 

クロエのギャラルホルンに充填されるのは炎の魔力だったが、こちらは雷の仕様になっているようだ。

同じ使い手であるクロエはアレの破壊力を良く理解している。とにかく距離を取らなければならない。

立ち上がって走り出す。とにかく攻撃が当たらない場所へ。

 

「オオオオォ…………」

 

「きゃぁぁっ!!」

 

しかし、クロエが逃げ出した瞬間、クロエが通ろうとした道の床から、巨大な怪物が姿を現した。

 

「邪魔!!」

 

剣を刺し込む。が、怪物はびくともしない。

怪物の長く太い腕がクロエを直撃する。

 

「きゃぁぁ!」

 

吹き飛ばされて床に転げる。

 

「残念だったね、あと少し早ければ、こんなことにはならなかったのに。オマエもあのバカな男と共に、死ね!!」

 

ギャラルホルンが唸りを上げてその破滅的なエネルギーを放出した。

太いレーザーのような光が着弾する。

 

「───────」

 

クロエが気付いて悲鳴を上げようと口を開いた時点で。

 

もう、そのとき既に病院の一階は瓦礫と共に吹き飛んでいた。

 

「中村──────くん、」

 

爆発によって起きた竜巻が瓦礫を巻き込む。螺旋を描くように瓦礫が円を描いて飛び回る。

竜巻が止んでクロエが地面に叩きつけられた直後、よほどの運の無さか。瓦礫が一斉に倒れる彼女の元へと降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────。

 

「よう。中村さんよォ」

 

────誰だ。

 

「おぉい、生きてんのかい?生きていりゃあ、返事してもらわないと、解らんな」

 

────だから。誰だよって聞いてんだよ。

 

(オレ)か?最後に逢ったのは何時だ、2日前?嗚呼、成る程。成らば仕方無いと言えば仕方無い。御前(オマエ)さんの記憶力では、吾の事など憶えられぬか」

 

────中叢か?

 

「おや。なんだ、存外にも憶えていたのか」

 

いやいや。2日前のことはさすがに覚えてるから。舐めんじゃねぇぞ。

 

「悪かったな。んで?どうする?御前さん、状況解ってんのかい?」

 

知るか。目が開かねぇんだ。手足も動かねぇし。中叢、何があったんだよ!?

 

「あぁ、いや、その………悪い。吾は裏側なんで。別段御前さんの状況を把握しているワケではないからな。状況を解っていないのは吾もなんだが」

 

なんだよこの役立たずが。じゃあお前なにしに来たんだよ。

 

「まぁ、吾も同じ体を共有して居るんだ。何があったかは解るとも。御前さん、否、吾達は彼の吸血鬼の雷霆に撃たれた。勿論、彼の日の左肩にな。其の一撃が余程致命的だったのだろうな。今はこのザマだ。御前さんの意識が回復するのにざっと30分程度は必要だ。其まで御前さんが生きて居られるのかって話だがね」

 

無理だ。ロアがなんで俺を生かし続けているのは知らないが、30分後には取り返しのつかないことになっているのは間違いない。

 

「此は憶測の域を出ないが、ロアは御前さんを眷属にしようとしているのかもな。そうでないとすれば、まぁ、殺すのが妥当だな。瞬殺ではなく、ゆっくりと、少しずつ、生きたまま咀嚼するか。まぁ、どのみち絶望の淵だ。御前さんは最期に下らん妄想でもしておけ。どうだ?吾と意識を共有すれば黒依とヤった時の感覚に近い幻覚を与えられるかも知れんぞ?」

 

うるせぇ。余計なこと言うな。お前も俺が死んだら困るんだったら、逃げる方法の一つでも考えろよ。

どうやら、俺は先ほどから鎖のような物に縛られ、椅子に座らせられているようだ。近くには誰もいない。

 

「吾は別に御前さんに依存はしていないとも。元より死んで居たのだからな。楽天的な御前さんとは対照的に、吾は只の世捨て人よ」

 

……………なぁ、お前、クロエ先輩と愛し合った時の感覚思い出せるって言ったな。

 

「応。なんだ、その気に成ったか?」

 

意識を共有するって、どういうことだ。

 

「む?なに、簡単な事だ。吾の自我を御前さんの物と入れ換えるだけだ。其が何か?」

 

なるほどな、しめたぜ。おい、お前、俺と替われ。お前と意識を入れ換えりゃ、この体は動くんだろ?だったら、お前に意識を移してやるから、そのうちに脱出しろよ。

 

「残念だが、聞けない話だな」

 

………!?それはどうしてだ。

 

「言った筈だ。御前さんは先天性の乖離性同一性障害ではないと。御前さんは吾を何だと思って居る?御前さんの別人格だなんて其んな都合の良い物では無い。御前さんの未来の姿なんだ。御前さんが人間ではなく、鬼人………否、吸血鬼の方向性に寄った姿だよ。吾とどうしても入れ替わりたいのなら、一生吸血鬼になる覚悟で居る事だ。 毎日人の血肉を喰らい、吸血鬼殺しから逃げ回る日々への覚悟をな」

 

ふざけんな。そんなの良い訳ないだろ。

 

「なら、無謀だ。替われ無いのなら、逃げられ無い。さぁ、次の案は何だ?」

 

ねぇよ。もうお手上げだ。助けが来るのでも待とうぜ。

 

「馬鹿め。助け等来る物か。此んな廃墟に来る者は言うに及ばず、ましてや此のような地下牢獄に等誰も来ぬぞ」

 

く………そ、畜生。もう手遅れか。この部屋に、何かが押し寄せてきてる………!!

 

「まぁ、下等死者が妥当と言った(ところ)か。だが、反応はそれだけではない。通常の死者とは異なる、何か巨大な反応まで来てるぞ。此は………っ、来るぞ、扉を破ってやって来るぞ。死者では無い、生者でも無い。此は一体………」

 

そうして、俺は扉が蹴破られる音を聴いた。

なんだ………この意味のわからない物体は………?いや、生きている?けど、死者にも見えない………

なんだ、なんなんだよ、この巨体は!?

 

「次いでに死者もやって来るぞ。此は、正に終わり、か」

 

俺たちは死者ともにやってきた、謎の巨大な死者のような気配を持つ生き物を前にしても、目覚めることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これほどにまで、呆気ない結末とはね。期待はずれといえば、期待はずれか。どうせなら、このまま次の肉体にでもなって貰おうと思っていたが。どうやら、それほどの器でもないようだな」

 

ロアはただ、床に落ちていた剣を拾い上げて、病院の外に出る。

壊れた壁から外へ向かうと、そこには血を流しながら瓦礫の下敷きになっている少女がいる。

 

「ロ、ア…………」

 

「まだまだだな。永遠など、遠いものだ。しかし、またしても、私の計画は失敗に終わった」

 

「……………?中村くんを捕らえ、わたしを追い詰めたのに、なぜ失敗なんですか………」

 

クロエはもうほとんど動かなくなった下半身を抱えながら、弱々しい声で吸血鬼に問いかける。

 

「あぁ。別に、君たちのことなどどうでも良い。私が追い求めているのは単なる永遠だ。魔術師の誰もが定義しようとした、人類の大望だよ。それを証明するために、私はこの身を死徒へと変えたんだ。そして、私はこの研究において最後の検証の段階へと到達した。残す一手、それは真祖の姫の捕縛だ。彼女の極点の原理。地球の最奥に位置する究極の惑星権能。アーキタイプ・アースの持つ星の触覚としての唯一無二の真祖権限。アレを得れば私は永遠というものを確定させ、ついに数百年に渡る旅路に終止符を打つことになる。まぁ、アレだ。これも研究の一環というヤツだよ。しかし、今回は想定外のことが起きた。あの真祖の強大な力が突如感知できなくなった。それはついさっきの事だ。まったく驚きだ。一体、何があったのかは不明だが、真祖の姫はおそらく消滅した。あの姫君がまさか私に恐れを成すことなどない。外的要因で邪魔されて、撤退に追い込まれたのだろう。私としてもこれ以上ないほどに無念極まりない」

 

ロアは心底不愉快そうに眉をひそめる。

 

「その、永遠を定義するために、何人の人間を犠牲にしたと、思っているんですか………!」

 

「さぁ?私自身、あまりにも数が多すぎて数えてもいない。私はこの通り、極度の神経質ではあるが、生前から家計簿すら着けないずぼらでもあるのでな。一日三食の内容と栄養価の記録などしている場合ではないさ」

 

「罪のない人の犠牲を、なんだと思っているんですか………!貴方の身勝手な研究に、なんでお父さんを、みんなを巻き込んだんですか………!今も、昔も」

 

「それはだね、黒依。【ワタシ】の目的を果たすためには、資源が必要だったんだ」

 

吸血鬼は柔和な笑みを浮かべて、我が娘に話すように口を開いた。

 

「資源………?」

 

「そう。永遠の定義なんて、不可能に等しい。そうだろう?純粋、どれほど医療技術を発展させようと、現在の段階では永遠はおろか、200年の寿命にすら到達しない。癌すら直せない現代の医療では、老衰を防ぐことはできない。癌にかからずとも、不慮の事故で死なずとも、病気で衰弱することもなく人並みの健康的な生活を送ろうと、生体である以上、最後には老衰が待っている。これは細胞の寿命の問題だ。細胞全てを新しいものに入れ換えては、本体が生き永らえたことにはならないし、そもそも現代の医療では不可能だ」

 

「………………」

 

「ならば、永遠に到達するためには人間よりも遥かな寿命を持つ知性態、死徒の力が必要なんだ。私はこの身を死徒とすることで、永遠を定義しようとした。しかし、吸血鬼には吸血衝動という欠陥を持っている。これは真祖から遺伝したものであり、その真祖の祖先となった存在が、吸血衝動を持っていたということに由来するが、まぁ、それはいい。とにかく、吸血鬼としてあり続けるには、吸血衝動を克服、あるいは発散しなければならない。そのためには、人間の血が必要だろう?人間も、明日を生きるために、牛肉を食べる筈だ。日によっては豚肉、またある日は鶏肉。もちろん、魚を食べる者も居る。この世は文字通りの弱肉強食。明日を生きるためには、純粋な食事による「エネルギーの摂取」が必要なんだ。君のような無垢な人間には伝わらないだろうが、あの朱毛にならば、伝わる筈だ。生態機能としてさまざまな力を持って生まれたのだからね」

 

「違います、中村くんにも、貴方の言っていることはわからない筈です………!」

 

「いいや、彼にはわかる。もう自分の全てを知ってしまっている。ならば、私と事実上同類。私と彼ならば、必ず解り合える。………と思っていたのだが、彼は残念ながら、私のことを理解しておきながら、愚かにも人間の方に情けを掛けたようだ。そんなワケで、今は地下に監禁させてもらっている。言うまでもないが、地下には大量の死者がいる。先ほど君に見せた、あの巨大な死者も虫ケラのように転がっているとも。まぁ、あのような場所で監禁されて、しかも気絶しているようでは、君が来るより先に死んでいたも同然。まぁ、今回は君の方が先だったようだが。そこは見事。だが残念。死者たちは先ほど、彼を監禁していた部屋に着いたようだ。これ以上は、彼の抵抗も意味を成さない。残念だったと諦めるしかないのだよ」

 

「───嘘」

 

「心配は要らない。間に合わなかったのは君のせいではない。勝手に街中をうろつき始めた彼の責任だ。自業自得だよ。どうやら、それほど吸血衝動を抑えるのが精一杯だったようだな。輸血パックでも置いておけばよかったものを。まぁ、そんな高価なマネ、出来ないか。ついでに自身の真の姿を知ったのも、ついさっきだったのだから。これで、邪魔はようやく片付いた。片付けるべきはあと一人」

 

「くっ、そ、うぅぅぅぅ!!」

 

クロエは踠くが、全く意味がない。瓦礫に潰された下半身で、抜け出せるわけもない。

 

「だが、私はこれ以上ないほど不機嫌ではあるが、今の心境も鬼ではない。君を見逃す手段ぐらいはくれてやる。どうだ?乗ってくれれば、その瓦礫も退けてやるし、あの青年の亡骸も拝ませてやれる。どうだ?悪い話ではないだろう?なに、別に幻の蛇の尾から出てくる珠を持ってこいとも言わないさ」

 

「…………何が、したいんですか………」

 

「黒依よ。君、この病院の資料、持っているだろう?それを渡して欲しい。ないなら口頭でも構わない。取りあえずこの病院についている門の開け方を教えて欲しい」

 

「…………!なんの、つもりですか………」

 

「知っているだろう?君の目的は中村だけではない。あの伊賀見一家も狙っていたんだろう?ここは昔であるとはいえ、伊賀見の管轄だ。この建物の構造ぐらい、理解している筈だ。この病院はな、門に謎のシェルターが掛けられている。なんと、「ヒトならざるモノを外に出さないようにする」という代物らしい。まったく、どうしてただの病院にそんな設備を仕掛けるのか、そして何者が仕掛けたのかは不明だが、とにかく、これのせいで死者が外に出られないようになっているんだ。今では伊賀見の管轄から外れたことでロックが緩んでいる。死者の中でもとりわけ死徒という生命体として成立している中村白邪や私は外に出ることに成功している。だが、死者だけは外へと出られない」

 

「なるほど、そういうカラクリだったんですか………中村くんが吸血鬼事件の存在を10年も把握していなかったのも納得です」

 

「そう。吸血鬼事件は街中で起きたものではない。全て、この病院で起きたものだ。死者が外に出られないのなら、死者は私へ血を運ぶことができない。ならば、獲物から来てもらうしかなかった。私は街を歩く青年たちを脅して、生きている人間をここに連れるよう言った。そして、全ての吸血をこの病院で行った。この死者の数にも納得だろう?なんせ、これは10年分の死者が10年間ここから出られなかった集合体なのだから。わざわざ街に出て派手に血を吸うのも面倒臭い。ならばこの病院を城として吸う方が効率が良いだろう?カーラ・アウシェヴィッチも、人間がここへ訪れることに目をつけたのか、ヤツもここをねぐらにしようとしていた。しかし、残念ながらヤツは私が手を下すまでもなく、二人の人間によって葬り去られた。まったく、君たちには感謝で一杯だな」

 

「…………その要求には答えられません。この門を解放すれば、貴方はもっと街の人々の命を奪う。そんなことは、仮にも貴方の娘であるわたしが許しません!!」

 

クロエは最後の勇気を振り絞ってロアの要求を拒んだ。その決断を、声を大にして言うには、一体どれほどの勇気を必要としたのだろう。「私はここで最悪の死を選ぶ」と言ったも同然なのだ。

 

「───そうか。ならば殺す。………と言いたいのだが、殺してしまってはは、情報源がなくなる。嫌でも吐き出してもらうしかないようだ。………申し訳ない、前言を撤回する。貴様に拒否権などない。門を解放する方法を言え」

 

ロアは地面に転がっていた、水道管のパイプを拾い上げて、動けない少女の頭に全力で振り下ろした。吸血鬼の肉体による全力。一撃で強化ガラスを破壊するような攻撃だ。並みの人間ならば、一撃で根を上げるだろう。

 

「……………断り、ます………!」

 

それでも鉄の女は黙秘を貫く。

吸血鬼の表情は一切変化しない。口も開かない。当然だ。そこには黙秘したという結果しかない。だから吸血鬼はただ、もう一度その凶器を振り下ろすしかない。

 

「…………くっ、まだ………!」

 

二発目。少女の頭部から血が飛び散るが、まるで少女の心には効いていない。

もちろん、言うまでもないが、まさかの助けなど来ない。ここで一生死ぬこともできずに殴られ続けるか、それとも大人しく街を明け渡すか、どちらかだ。

吸血鬼、無言の三発。

今の一撃で、パイプがクロエの頭の形に凹む。

 

「ぐ…………ううっ………!くっ!」

 

少女は折れない。寧ろ、「どうだザマ見ろ」と言わんばかりに笑っている。

 

「なるほど、石頭のたぐいか。確かに、これでは頭を水道管で殴るぐ程度だと意味がないか」

 

吸血鬼は使い物にならなくなったパイプを投げ捨てる。

代わりに、少女の左手を強引に引っ張って地面に押さえつけ、その鋭い爪を手の甲に突き刺す。

 

「ぐうぅぅぅ………!づぅぅうっ……!!」

 

これは痛い。苦悶で喉が枯れても仕方がない。だが、少女は耐える。街を明け渡すくらいなら、自分が死んだ方がマシだと。少なくとも、自分が黙秘を続ける限り、死者は街へと出れないのだ。彼女は自分が最後の希望なのだと理解している。そのために全てを放棄した。

 

「どうした、早く言え!!」

 

一度刺し込んだ爪を引き抜き、今度は背中を突き刺す。

このままでは少女は一撃よりも、出血多量によるショックで死ぬだろう。

それがわかっているからこそ、少女の余裕は右肩上がりに増え続け、吸血鬼の焦りも増していく。

 

「早く言え!命が惜しくないのか!折角、貴様を助けてやる機会をくれてやったというのに!」

 

もはや吸血鬼は気付いていない。自分が何度も少女の背中を突き刺していることに。

拷問のつもりが、いつの間にか我武者羅な攻撃になってしまっている。

憐れなことだ。もはや少女の思う壺だ。

間違いなく、一撃の度に少女は苦しんでいる。苦悶が止まないし、血は絶えず流れ続け、辺りには彼女の血がただ飛び散っている。

しかし、脆い少女の鋼の心は、いまだに傷一つない。彼女の、街を愛する心は、街を殺そうとした吸血鬼たかだか一匹では、まるで敵わなかった。

彼女はもう、だれの命も奪わないと決めた。

 

「そう、私は………!もう、誰も傷つけません………!そして、誰にも、誰も傷つけさせません………!」

 

それは、ただ魔を殺し続けていた弱くて小さな少女が発した、はじめての衛生宣言だった。

 

「あぁ……あぁ…………!!!!」

 

吸血鬼からなぜか苦悶が溢れる。吸血鬼には傷がついていない。立て続けに少女を突き刺した爪はもう全てを折れて剥がれているが、関係ない。その程度の痛み、何度も味わい、もはや痛みではない。

だが、吸血鬼の焦りは恐怖へと変わっていく。

吸血鬼は見た。何度いたぶっても折れない心を。最期まで諦めず、最期まで笑って果てた者を。

 

───だが、コレは知らない。

刺しても刺しても壊れない物体を、彼は知らない。

それは、700年近く生きてきた彼が生まれてはじめて見た、「生きているゾンビ」なのだ。

 

「この、バケモノめ………!死ね、死ね、死ね、死ね………!!なぜだ、なぜだ、なぜだ死なない!!こんなに、刺しているのに、なぜ壊れない!?人間の心は、こんなにも強固なモノではなかった!私が誰よりもわかっている。果てしない研究の末、疲れはてて自暴自棄になった!だが、なぜコレにはソレがない?ナゼ!ナゼだ!ナゼダ!コンナ、イキモノ画、存在、市て衣るワケ画ナイ!ナゼ、ナゼ兌!アリエナイリカイデキナイイミガワカラナイリカイフノウデコワレテモシカタガナイクライニイミガワカラナライ!ナゼコンナモノガココニアルナゼコンナモノニワタシハクセンシテイルナセワコンナモノニワタシガキョウフノカンジョウヲイダイテイルノダオシエロミハエルロアバルダムヨォン!ワタシハナゼコノヨウナモノニコノヨウナヤケイナイカリトカンジョウヲイダイテイルノダキョウフトイウイミフメイノカンジョウニ!!」

 

あまりの混乱に吸血鬼は少女よりも先に壊れてしまった。呆れにも似たため息がひとつ。そして少女は嘲るように笑っていこう言った。

 

「それは…………ですね、【命よりも大切だから】ですよ、お父さん」

 

「──命よりも、大切…………だと………?」

 

───命よりも大切。

それは、この吸血鬼の辞書には載っていなかった言葉だった。

吸血鬼には、一切理解できなかった感情だった。

 

「あり得ない」

 

吸血鬼には、この言葉の意味がわからない。肩こりという言葉は日本独特のものである。だから、肩こりという単語が存在しない外国人は、肩こりを起こさない。

ロアは、命よりも大切なものを持たなかった亡霊。ゆえに、その言葉の指す意味が、彼にはわからなかった。

 

だが、わかる。ひとつだけわかる。それは、

 

「それは私にとって、不必要なモノだ───!!!」

 

ロアは絶叫と共に今まで持たなかった剣を振り上げ、少女の首筋目掛けて真空を分かつように、一直線に世界もろとも切り裂かんべく振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────まったく。そんなだから、お前はこんなところまでやってきたんだろうが。

 

「────ぐはぁぁっづ!!?」

 

倒れる少女すぐの隣で、血が弾け飛んだ。

 

ゴトリ、と何か重たいモノが転がる。

それは、切り落とされた首だった。

感情のない眼(まなこ)。見るに、既にその首は死んでいるのは火を見るよりも明らか。

 

ドサリ、と頭部を失った肉体が地面に倒れ伏す。

 

「────え?」

 

生きている方は、ただ驚愕に口を開けては塞がらない。

 

「────くそ、遅かったか。ごめん、先輩。かなり、遅れた。【ちょっとだけだけど】」

 

朱毛の青年は真っ赤な刀身の刀を持ちながら、白くて大きな、ヘンテコな生き物の上に乗ってその上で笑っていた。

 

「はい、ちょっとだけ、遅かったですね、中村くん」

 

生きている方、クロエはその奇跡の如く現れた中村白邪を見て、心の底から安堵し、今度こそにっこり微笑んだ。




旧い時代に産まれた世界最初の【殺人貴】

中叢白邪

性別 男性
身長 175cm
体重 58㎏
誕生日 4月26日
血液型 AB型
好きなもの 炬燵、大根おろし、うな重
嫌いなもの 生の人参
大嫌いなもの 日光
武装 血刀、豪炎、第六感、寿命奪取


「中叢」とは「中村」の古い時代の旧姓であり、どちらの表記もこの青年に該当している。作中ではこの人物を「中叢白邪」と表記しているが、実際はそうではなく、中村白邪を一門の伝統と旧名にのっとった上での正式名が中叢白邪である。
鬼人の血を引く混血の一家、中村に産まれた子であり、現当主絢世の実の弟。
幼い頃、怪我によって伊賀見総合病棟に入院していた際、手術医、凱逢玄武に転生したミハイル・ロア・バルダムヨォンに襲われ死亡する。しかし、偶然死徒となって死んだまま生き返ることに成功する。

普段から慢性的な起立性調節障害(後天的なストレスや生まれついての自律神経不全によって朝から昼にかけて様々な体調不良を起こす病気)に悩まされていたが、実際は死徒になったことの後遺症で日光に弱くなっていただけである。
運が良いのか悪いのか、混血の家系に産まれていたことが幸いして、吸血衝動は鬼人の血を消費することで打ち消すことができるようになっているため、吸血衝動とはほとんど縁がなく、ごく一般的な生活は辛うじて送ることができた。

また、生まれついて強力だった自我もあってか、常にギリギリのラインで反転を防ぐこともできているため、混血の死徒としては、この世でもっとも上手いこと折り合いをつけることができている人物とと言える。

作中では鬼人の力の一例として血刀が挙げられているが、その全ては吸血鬼として得た能力であり、実際は吸血衝動を打ち消すために力が使われているため、ほとんど解放されていない。
吸血衝動を完全解放する覚悟の上であれば、鬼人としての力を解放することができる。その際、倫理観が急変することによって中村白邪の人格が大幅に変貌し、中叢の状態になる。
鬼人としての能力は「寿命奪取」。文字通り触れた相手の生命力を根こそぎ奪い取る、言わば「魂喰い」。細胞寿命、活動エネルギーはもちろん、相手の記憶までも奪うことができる。相手の霊魂を奪い、奪った魂を管理する死神としての側面を持つ。

中叢の一人称は「(オレ)」。二人称は「御前(オマエ)さん」。妙に時代掛かった言葉選びが特徴で、世捨て人のような口調で話す。会話の際も道徳心や倫理観が微塵も見られないような発言が多く、マジで全てがどうでもいいと思っている。
しかし、一方でなにもしてないように見えて白邪の人生のなかでは大きな意味を持っており、重要な決断を行う際や、白邪が再起不能の状態の時に現れるので、白邪にとっては案外頼りにならないこともないらしい。

鬼人としての戦闘能力は白邪を大きく上回る。吸血衝動を解放するのと引き換えに鬼人の能力を使っているからだ。
それもあるが、そもそもの力が強いため、白邪とは動きや構えから全く異なる。
戦闘スタイルが異なり、自分の安全を守ることだけに集中する「正当防衛主義」の白邪に対し、中叢はただ相手を殺せばなんでもいい「勝利至上主義」である。
人を絶対に殺さないと決めている白邪とは異なり、普段から人を殺すことだけを考えている殺人鬼。

怒りや憎しみといった感情を持たず、愉悦や快楽もまた知らない、生まれたての赤ん坊のような人生である。実質、中叢が生きていたのは吸血鬼になる前のみ。10年にも満たないため、あれだけ達観した感性を持ちながら、根はただの子供である。
子供の頃の彼の経験しかないが、それでありながら中村白邪が死徒として完成した、というイフでもあり、いわゆる死徒白邪。

白い装束と黒の羽織を着た、陰陽師のような、あるいは隠居した武士のような服装をした男性で、白邪の心象世界の何処かにある迷命城に居を構えており、時折、白邪の前に突然現れてはすぐに消えていく、ひとときの嵐のような風来坊である。

月姫零刻屈指の悪人といえば? 中「いや、だから誰も入れないってば!」ヨ「票が50個以上入ったら主人公交代ね!」中「足りなかったらヨエルコーナー終わりだからな!」

  • 口悪すぎ横暴すぎてみんなボコす中村白邪
  • 目的のために街の人々を犠牲にしたヨエル
  • とりあえず悪役のロア
  • その他
  • 誰もお前のアンケートに票なんか入れねぇよ
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