夜。重く、大きく、固い扉が開かれる。
扉の向こうは、木の床でできた聖堂。中央の女神像が来訪者を出迎える。並ぶ多くのベンチのような長椅子。明るいランプがしっかりと光っており、礼拝堂は昼のように明るく照っている。その奥に、一人の女がいる。
「───あら、随分と今日は遅れてきたじゃない。遅刻の連絡を寄越してきたから、全然結構だけど、なにかあったのかしら?」
その女は真っ黒なカソックに身を包んだ若い女だ。髪は肩の辺りまでのショートヘア。色は金。いや、金髪ではない。むしろ黄髪だ。自動車信号機の黄色ぐらい黄色い。瞳は紅。そんな滅茶苦茶な色合いでありながら、そのお淑やかな感じが彼女を美しく魅せてくる。
「ハッキリ言って、休みたかったんだけどな、姉さんにお前の仕事に付き合ってることについて説教受けて遅れたんだよ。───だいたい、俺がお前の仕事を引き受けるだなんて、言った覚えあるもんか」
俺、中村白邪は、紀庵たちにも言ったように、ヤクザ狩りとか借金取りとかしてるワケなんだが、これは俺が勝手にやってるワケじゃなくて、この女からの依頼なのだ。
この女は、街の住民からいろんな相談を受けては、危険を伴うお仕事を俺に押し付けてくるのだ。
俺がこんなことをするようになったのは半年前。
「失礼、貴方に少しお仕事引き受けて貰いたいんだけれど……」
半年前、カソックを着た黄髪の女は突如、全く関係ない一般人である俺に話しかけてきた。
「ごめんなさい、宗教勧誘は受け付けてないんです」
おい、待て、こいつ、滅茶苦茶美人じゃん!?
「あ……の、仕事の内容は?」
「これよ」
そう言って、女は紙を見せてきた。なになに、サービス業、給料は報酬額制で、報酬額最低2万………なに、こんな甘い話なんざあるかよ。
その半年後がこれだ。マジで2万くれるから味占めてしまった。ヤクザをボコしたり借金取りしたりとか、俺の得意分野ばかりだ。楽して稼げる仕事がほんとにこの世界に存在するとは夢想だにしていなかった。
ところが社会人になる人々に言ってやりたい。楽して稼げる仕事なんてない。
そもそも、これが何の仕事かと言うと、そもそもこの女のお手伝い。つまり、この女がサボっている間、俺は仕事しないといけない。というか、彼女をサボらせるのが俺の仕事。そして、解決したらしたでそれはコヤツの株。最終的な謝礼はほとんどこの女に支払われ、俺は騙されたように2万を貰う。俺が解決した事件の謝礼はあの女のもの。実質俺は何一つ得してない。そう、つまり、これは新手の詐欺である。そして俺は一生の恥ながら引っ掛かった。さらにこの詐欺師に一時とはいえ惚れちまった。最悪の極みだ。
「それで?今度はなに押し付けにきたんだよ、アスナ」
さて、紹介し忘れたか。この女は「ルージュ・アスナロ」。
アスナロって名前なのにおもくそ外国人。アスナロ、略してアスナと俺は呼んでいる。
「押し付けなんて酷いこと言うわね。貴方のお仕事よ?」
「ブーメランやめろ、お前の仕事だろうが」
「そのかわりいいお給料あげてるでしょう?それで帳消しってお約束。それで、今回なんだけど、ちょっと同行させてもらうわ」
「嘘だろ、お前がついてくるのか?」
具体的に言うと、俺が間違ってこの仕事(ほぼバイト)に就いてしまってから、彼女が俺の仕事に付き合ったことはない。なに、今日は誰かの誕生日なのか?
「えぇ。死者が街に溢れたってことを知っているなら付いていかないけど。でも、知らないでしょう?多分」
「知ってても付いてこいよ馬鹿。……知らねぇよ、俺、お前みたいに聖堂教会つったっけ?には入ってねぇからな。なんだよ時事問題か?それ。不謹慎だけど、そんな死人が出まくる事件なんかなかったぞ」
「あぁ、そう、ここで言う死者というのはね、分かりやすく言うとゾンビみたいなものなの。信じてもらえないだろうけど」
アスナは馬鹿正直な顔をして馬鹿みたいなことを言う。
「ふーん、で、そいつらを片付けろってか?」
「あら、驚き。話が早くて助かったわ。珍しいわね。てっきり信じてもらえないと思っていたんだけど」
「まぁな、人間だったらそんなこと信じねぇさ。でも、ほら、俺も厳密には人間じゃねぇし。混血がいるんならアンデッドぐらい居んのかなって」
ちなみに、アスナが、俺が混血であることを知ったのは4ヶ月前。アスナのお勤め、代行者は、俺みたいな混血を排除することらしいが、アスナは何故か俺を見逃してくれている。理由はもちろん、「働き手だから」だそう。うん、知ってた。
「けど、なんだって急にそんなのが出てくるんだ」
「吸血鬼事件……ってやつです」
きらーん。だってさ。いや、「吸血鬼事件ってやつです」じゃねぇよ。他人に知らない漫画勧めるときは後半の盛り上がるところから教えるわけねぇだろ。…………漫画読まねぇけど。
「ごめん、お前が何を言ってんのかわからねぇ。吸血鬼とか知らねぇよ、急に言われても」
「だから私が同行するのよ」
「じゃあ初めから自分で解決するって結論にはなんねぇのかよ!?」
何故に一度俺を経由しなければならないのか。
「まぁ、取りあえず外に出ましょう。そうすれば、私が何を言っているのかわかると思うわ」
わかりたくねぇよ。俺がわかった時点でお仕事押し付け確定演出じゃねぇか。
「悪いがお断りだ。命の危険に関わる危険なお仕事、そう易々と受けられるもんか」
そうだ。下手すりゃ死ぬ。そりゃあ、俺が喧嘩で負け知らずなのは100も承知だが、相手は吸血鬼。生き物としての性能は俺たち混血を越えるかもしれない。そうなれば無理だ。
「白邪くん」
「なんだよ」
「代行者の報酬額、教えるわ」
そう言うと、アスナは俺の耳にその額を囁いた。俺は単位と位の数と0の数を聞き逃さなかったぞ。
「とんでもねぇ額じゃねぇか。ハリウッド映画でもできんじゃねぇか?」
「実はね、白邪くん。貴方の収入ってね、毎回ちょっとした計算で決定しているの。それは、「謝礼含めた私への全報酬の三割」っていう計算なのよ」
「よし、受けて立つ」
相変わらずお金には弱い俺であった。
これが俺の日常であった。
────だが、今回のお仕事は、一筋縄ではいかないような試練とも言える任務であることを、俺はこの後知る。