月姫 零刻   作:マジカル赤褐色

50 / 52
数日後 後日談義
新しい朝の日


 

────ふと、昔のことを思い出した。

それは、明るい日射しの下で、遊んだ記憶。

それは、明るい窓辺の外で、語り合った記憶。

 

「────おかあさん」

 

少年は、緑の森へ脚を踏み込む。

辺りは森の木々のせいで真緑。日の光を遮ってしまうほどの緑。緑から差し込む朝の光。

 

「────白邪」

 

そこに、橙色の髪の女性がいた。

その、俺の母さんという人は、屋敷の森、その奥にある特別大きな大きな木の下で座っていた。

 

「────おかあさん、どうしたの」

 

「今日は、特別な日なのよ」

 

そういって、母さんは小型の機械を取り出して、三脚のようなものにのせた。

 

「おかあさん、それなぁに」

 

「────みんな、もう出てきていいわよ!」

 

母さんが声を掛けると、あちこちから、みんながやってきた。

 

一人は朱い髪のお父さんという人。

一人は橙色の髪のお母さんという人。

一人は赤い髪の恥ずかしがり屋な少女。

一人は紫色の髪の黙りこくっている少女。

一人はただ叫び続けている金髪の少女。

一人は自分に向かって手を降ってくる橙色の髪の少女。

一人は自分の名前を呼んでくれる緑色の髪の少女。

一人は黒髪の、自分の姉。

そしてもう一人は葵毛の、自分の────

 

「おかあさん、これなぁに」

 

母親が三脚の上に置いたのは、黒くて大きな、レンズのようなものがはめられていた機械。

 

「カメラよ、カメラ」

 

「かめら?」

 

少年は初めて見る機械に興味津々。

 

「えぇ。みんなで写真を撮るの。ほら、白邪もおいで」

 

「う、うん」

 

言われるがまま、少年は母親の隣に座り込む。

 

「よし、これで全員揃ったな。おっと、シャッター切れるぞ、ほら、全員笑って!」

 

背後に居る、少年の父親よりも小さい青年が、少年とその姉の肩を掴んで抱き寄せる。

 

瞬間、シャッターが切れるような音がした。

 

「う───わぁ!」

 

「きゃぁぁ!!」

 

姉と共に転げる少年。

 

「だ、だいじょうぶ!?」

 

赤毛の少女が駆け寄る。

 

「はくや、あやせ、しんだ、どっちも」

 

紫毛の少女が嘲笑う。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!はくやが!あやせがぁぁぁ!!」

 

金髪の少女が悲鳴を上げる。

 

「あははははははは!!」

 

橙毛の少女が大笑いする。

 

「はくやさーん!!だいじょうぶですか!?」

 

緑毛の少女が呼び掛ける。

 

こうして、家族で賑やかな思い出が作られた。

たくさんの思い出があった。

たくさんの楽しい日々が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっと─────こんな日々が、続いてくれれば良かったのに─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白邪さま、お目覚めください」

 

ストップ……………いいじゃん、今日ぐらい…………今、忙しいんだし…………

 

「よろしくありません。今すぐにお目覚めください。このままでは、学校に遅刻されます」

 

いいよ、いいよ、学校なんて。そんなのどうでもいい。今はとにかく、眠くて……………

 

「それでは白邪さま、今朝も絢世さまから暴力を振るわれるということでよろしいですか」

 

「いや、それは止めさせろよ!?」

 

がばっ、と掛け布団を蹴散らして俺は目覚めた。

部屋には朝の光が差し込んでいる。

今日からいよいよ12月か。

今年もあと1ヶ月。来たるクリスマスと大晦日に向けて、悔いのないひと月を過ごしたいものだ。

…………なんて1ヶ月の抱負を立てておいて。

 

「おはよう、林檎」

 

何より、今朝の挨拶がいちばん気持ちがいい。

 

「はい、おはようございます、白邪さま」

 

なんて、微笑みながら返してくる林檎の笑顔も1日の活力。

 

「着替えたらすぐに居間に行く。待っててくれ」

 

「はい、それでは、失礼します」

 

林檎はふかぶかとお辞儀をして退室していった。

 

「─────さぁ、1日を始めようか」

 

制服に着替えて部屋を出る。

いつもと何もかわらない豪勢な廊下。

赤い絨毯とランプが眩しい真っ白な廊下。

そこへ、

 

「白邪、生きてる」

 

「おう、今朝もなんとか…………って、なんで生きてる死んでるで判断してんだよ!」

 

朝の健康チェックにしては範囲大雑把すぎるだろ。

つーか、逆に死んでたらどうすんだよ。

 

「───白邪」

 

「ん?」

 

「これ」

 

葡萄が風呂敷包みのようなものを渡してきた。

 

「なんだこれ」

 

「おにぎり」

 

「え?」

 

「いらないならいい」

 

いや、欲しい。あのお堅い葡萄が作ったおにぎりはかなりのレアもの。今日のお昼にはちょうどいい。

 

「欲しい。葡萄が作ったおにぎりなんて、欲しいに決まってるだろ」

 

「─────仕方ないからあげる」

 

はい神。俺はせっせと葡萄がそっぽ向きながら雑に突き出した風呂敷包みを受け取った。

 

「──────いってら」

 

「おう、いってきます」

 

なんか、葡萄、口数増えたか?

と言おうとしたがギリ止めた。物事、言わぬが花なことも山ほどある。ここで言うと台無しになるような事は言ってはならない。せめて思うだけにとどめておこう。

 

 

 

いつもの階段を降りて居間に向かう最中。

 

「おはようございます白邪さま!!!!」

 

「ぶわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

背後から猛烈な叫び声を聴いて、あまりの衝撃に階段から転げ落ちた。

幸い階段は残り8段だったため、めちゃめちゃ痛いだけで済んだ。

8段って相当な高さだぞ。

 

「檸檬…………おはよう」

 

「え!?いつもなら「お前何してんだよ!」って怒る白邪さまが、今日はおはようの挨拶………!?どうされましたか!?退院したばかりだからまだ何処か体調の不調が………?」

 

いや、ホントだよ。マジで、何してくれてんだよお前。くそ痛かったから。

あと、いくらなんでもそれは喧嘩売ってる。

 

「退院したし今も元気だよ。言ったろ。病気じゃなくて、事故なんだって」

 

「そ、そうでした!そうですね、白邪さんって病気に罹ってなくてもいつも異常ですもんね!」

 

「そのCサイズ以下の乳もぎ取るぞ」

 

「やーん白邪さまのえっちぃ!」

 

とんでもない声を聞いた。

今の声は檸檬ではない。檸檬と向かい合う俺の後ろから誰かが突撃してきた。

 

「うわ、びっくりした!?」

 

勢いのまま前に押し出されて階段に頭をぶつける。

うーん、さっきよりももっと痛い。

 

「痛い痛い、離れて甜瓜さん。朝に屋敷にいるなんて珍しいな。いつもみたいに今日も庭にいるんじゃなかったのか?」

 

「いえいえ、私、今日もお庭の整備をしていたんですが、白邪さんが聞き捨てならない発言をしたのが聴こえましたので、つい………」

 

ヤバすぎだろ。あの一瞬で作業やめて庭から走ってきたのか。つーか聞き取れたのかアレ!?少なくとも外にいたのなら距離とか関係なく聴こえないぞフツー!?

 

「Cサイズ以下は白邪さんの受付には入らないのですか!?じゃあ、A以下の絢世さまは論外─────」

 

いや、姉さんは普通にDある。

 

「なにか言いたいことでもあるのかしら甜瓜ンンンンンン!?」

 

「ひにゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

甜瓜さんが横からのヤクザ蹴りで遠くへと吹き飛ばされる。

 

「甜瓜お姉ちゃん!!」

 

「なんてこった、横から口裂け女のキックが!」

 

「よし殺す!!」

 

姉さんが箸を俺の額に振り下ろしてくる。

 

「マジで危ねぇからやめろって!?」

 

すんでのところで防いだが、マジで怪我する。

多分、次はアイスピックで刺してくるぞ。

 

「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ皆さん」

 

騒ぎを聞き付けたのか、居間から蜜柑さんがやってきた。

 

「な、蜜柑。私は騒いでなんて…………」

 

「蜜柑さんだ。おはよう」

 

「はい、おはようございます、白邪さま。朝ごはんがお待ちですよ~!」

 

蜜柑さんがいつもの朗らかな笑顔で俺を食堂に引き連れようとする。

 

「そうだね。朝ごはん、食べないと」

 

転んだところを立ち上がって、蜜柑さんに続いて食堂に向かう。

 

「おや?白邪さま、その風呂敷は───」

 

「あぁ。葡萄からもらったんだ。今日のお昼に、って」

 

「そうなんですか!実は私も白邪さまのためにお昼ごはんのおかずを用意していたんです!」

 

蜜柑さんがタッパーに入った切り干し大根を渡してくれた。

 

「あぁ、ありがとう」

 

「あー!白邪さま!私の金平ごぼうも持っていってくださいよ!私昨日頑張って作ったんです!」

 

檸檬が金平ごぼうの入ったタッパーを渡してきた。

いやいや、待って。その………

 

「う、うん、ありがとう」

 

「ダメですよ白邪さまぁ!私のチーズケーキもデザートに食べてください!」

 

「ありがとう!!(特別意訳 やだ!!)」

 

甜瓜さんのご飯はとてもとても食えたものじゃない。栄養しか手に入らないどころか、逆に身体に悪そうなくらい不味い。

しかもこれが(デザート)なのが余計にタチ悪い。

棒読みで受け取る。

 

「白邪さま、こちらもどうそ」

 

そしてあとからやってきた林檎も手作りのパンを渡してきた。

 

「う、うん、ありがとう。けど、こんなに食えるかなぁ…………」

 

見ろ、メニューが5つもある。

葡萄のおにぎり、蜜柑さんの切り干し大根、檸檬の金平ごぼう、甜瓜さんのチーズケーキ(笑)、林檎のクロワッサン。

 

「気持ちは嬉しいんだけど、俺、小籠包がある………」

 

「小籠包………?」

 

蜜柑さんが首を傾げて訊いてきた。

 

「いや、その、俺、昨日の夜にさ、今日のお昼用に、小籠包作ってたんだけど………」

 

そういえば先輩には披露していなかったが、俺は意外にも料理するのだ。

甜瓜さんほどまでは行かないが基本下手。

だが、唯一中華に関しては、「いっそその道に進めばいいのに」と姉さんに言われるほどのものである。一流の中華料理店には何度も行っているうちの当主のお墨付きだ。相当美味いらしい。

俺自身も、結構中華には自信があり、なぜか中華だけならなんでも作れるのだ。

その延長として小籠包を作っておいたのだが、それがこの量のおかずと重なってしまえば、ただでさえお腹に重たい小籠包が食べられなくなる。

 

「あ!小籠包!蜜柑ちゃん、あれ白邪さまのものだったのにー!」

 

甜瓜さんが蜜柑さんを嗜める。

おいおい、俺の小籠包…………

 

「えー?1個しか食べてないですよ!それに、あの小籠包は甜瓜お姉ちゃんも食べていたじゃないですかー」

 

「私も1個だけですぅ~」

 

「待て、個数は訊いてない。何勝手に食ってんの」

 

俺の小籠包減ったじゃん。

 

「あ、あと檸檬ちゃんも食べてたような………それも2つ」

 

「ちょっと!なんで言うのお姉ちゃん!」

 

「おい」

 

「あ、ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!違うんです!」

 

何が違うのか教えろ。なに2つも食ってんだよ。1つ食っても無期懲役だぞ、2つ食ったりでもしたら普通は死刑だよ。

 

「まったく、三人のお陰でおやつの小籠包なくなったじゃんか」

 

「おやつ?」

 

「あぁ。昼用とおやつ用。全部で8つ作ってたからね。しょうがないから、お昼用のやつをおやつに回すよ」

 

よかった。おやつ用のやつが身代わりになってくれなかったらまずいことになってた。

 

「…………白邪」

 

「びっくりしたぁ!?なんだよ葡萄?」

 

「肉まん、食べた」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

葡萄の唇に、タマネギの欠片が…………これ、1億%肉まん食った後じゃねぇかぁ!?

 

「あぁ…………俺の小籠包が…………」

 

大丈夫だ、あと3個余ってるから。

 

「白邪さま、申し訳ございません」

 

林檎が背後から謝罪の言葉を述べてきた。

 

「おい………林檎、嘘だろ………嘘だと言ってくれ…………」

 

「申し訳ございません。今朝の朝食として、小籠包をひとつ、口にしてしまいました………白邪さまがお作りになったものと知らず…………」

 

「そんな…………ひどいよ………みんな…………」

 

思わず膝から崩れ落ちる。

昨日の苦労が、一瞬にして4分の1に…………

食べてないのに…………

 

「どうしたのよ」

 

騒ぎを聞き付けた姉さんが後から合流してきた。

 

「姉さん、俺の作った8つの小籠包が、2つになったんだよ、メイドたちのおかげでさ………」

 

久しぶりに泣きそうになった。

 

「小籠包………?小籠包って、今朝の」

 

「どういうこと…………?」

 

「待って、私、今朝、小籠包食べたんだけど、あれってまさか…………」

 

姉さんが推理をする探偵のように頭を悩ませる。

 

「え、それって、どんな入れ物に入ってた?」

 

「冷蔵庫の三段目に─────」

 

「俺のだぁぁっはぁぁぁぁ……………」

 

「ごめんなさい、白邪。冷蔵庫見たら2つだけ入っていたものだから…………」

 

2つ食ったってさぁ~!!!!!!

 

「うわーん!ひどい!作った本人が1個も食べれないなんて!」

 

檸檬がしくしくと泣き出す。

 

「お前2個食っといてよく言えるなぁ!」

 

泣きたいのは俺だよ!折角作った小籠包全部食われてんだよ。俺1個も食ってないぞ!

 

「ごめんなさ~い」

 

蜜柑さん渾身の90度謝罪。

 

「あとでどんなご奉仕でも致しますので許して~♡」

 

甜瓜さんが俺の靴舐めながら謝る。なんか嫌。

 

「…………ごめん」

 

葡萄の反省してるのに反省してるように見えない謝罪。

 

「ずーんまぜんでじだぁぁぁ!!」

 

檸檬の必殺、エクストリームダイナミクスジャンピング土下座・改。

 

「申し訳ございませんでした。白邪さま」

 

世にも珍しい林檎の土下座。

 

「ま、まぁ、今回ばかりは私に非があったようね………」

 

いや、おい、謝れよ、姉さん。

 

「はぁ………もういいよ、美味しく食べてくれたんならそれはそれで料理人としては本望だし」

 

「白邪さま…………どうして見違えるように、こんな優しく………?」

 

「なんか誤解生みそうな発言だなおい。───わかんないよ。色々抱え込んでいたものが切り離されたんじゃないかな」

 

「色々ってなに、白邪────」

 

姉さんの問いかけを「さぁね」と受け流す。

 

「さて、もう学校行かないと。復活直後とはいえ、遅刻するわけには行かないし。あぁ、そうだ、みんなお昼ごはんありがとう」

 

「は………はい、行ってらっしゃいませ………」

 

「行ってらっしゃいませ~!!」

 

「お気をつけて白邪さま!」

 

「……………いってら」

 

「行ってらっしゃい白邪。今晩は早く帰ってきなさい。まだ回復したばかりなのだから」

 

「わかってるって、んじゃ」

 

家族の温かい見送りを受けて部屋を出る。

 

 

 

「それでは白邪さま、行ってらっしゃいませ」

 

林檎は門のところまでついてきてくれたみたいだ。

 

「うん、行ってきます」

 

林檎から鞄を受け取って背を向ける。

 

 

 

「────────」

 

普段と並み変わらない街並み。普段から何も動かない道行き。いつもの道をただ進むだけ。橋の上の屋敷は今日も、ただ真っ直ぐに朝日の照らす川を穏やかに見つめている。

車の流れも自転車の流れも相変わらずのせわしなさ。

いつもいつもの下らない街並みを俺は一人ゆく。

 

「────────」

 

実感した。何もないこの日常に、俺はやっと戻れたのだ。

なんだか、歓喜も込み上げつつ、少しだけ寂しさが残り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────目が覚めたとき、俺はベッドの上だった。病院に送られたらしい。もちろん、粉々になった伊賀見総合病棟ではなく、隣町にある病院。

 

────姉さん曰く、俺はどうやら、街の公園で倒れていたらしい。

倒れている俺を見つけた誰かが救急に通報してくれたらしく、お陰でなんとか俺は一命を取り留めた。怪我はとんでもないものだったが、すべて完治していたそうで、後遺症とかもとくになく、俺はこうして普通の日常に戻れるところまで回復した。

 

 

 

─────思えばあの時。

 

 

「う…………………」

 

七夜との戦いを終えて、俺が瀕死になっていたあの時。

 

「─────やぁ」

 

不意に、誰かの声を聴いた。あの時は視界が霞んでいて、その人物の姿も見れなかった。

 

「─────だ、れ、だ」

 

「あぁ、僕は通りすがりの聖職者だ。僕は君のことは知らないし、君も僕のことを知らない。…………ただのお節介、ってやつだよ」

 

その若い男の声は俺の正面にある。

神父はそっ、と俺の身体に触れて、なにやらぶつぶつ言い出した。

 

「────僕はね、昔、悪魔と魂の取り引きをしたことがあるんだ。本物の悪魔を見たんだ。すごいだろう?んで、お陰で、こうして今では居てはならない流浪のお人好しになったんだ」

 

神父は柔らかくて優しいその声で自分のことを語っている。

俺には関係のない話だ。俺もこの男の素性はしらないし、なにより、この男の気配はまだ知らない。

だが、不思議と、話を聴いているだけで気が楽になってくる。身体が軽くなってくる。

 

「僕には名前がないんだ。いわゆる、「名も亡き者(イモータル)」ってやつ。きっと昔は素敵な名前があったのだろうけど、そんなものは、とうの昔に捨ててしまったよ」

 

イモータル………と名乗った………もとい、コードネームを持つ男は俺の身体を撫でながらただ会話を続ける。

最初は聞く力もなかった俺だが、徐々にこの男の話を聴けるようになってきた。触れられているだけなのに、身体が不思議と治っていく。

 

「僕は事実上、この世に存在していない者なのさ。戸籍にも、記録にも、記憶にも残らない、二度と誰かと話すことも許されない。君とこうして話をしても、僕は君の記憶には残らないし、君に触れたことにはならない」

 

「────だが、貴方はいいんですか。こんなことをするのは、その「記録にない者」がしてはならないのでは」

 

「本来はね。けれど、僕にも見過ごせないものというものがある。決して、何があっても捨てられないもの。いや、逆に言おうか。こんなところを見て、見て見ぬふりをすることの方が難しい」

 

「────お前、どうしてこんなところに来たんだ」

 

「────君は、通りすがりの通行人にいちいちスケジュールを尋ねたりするような人間なのかい?」

 

「いや、違う。ただ気になっただけです」

 

「そうか。さっきも言ったように、僕は望みや欲や動きを持ってはいけない。この行動によって、なにかを残してはいけない。誰かの記憶に残る名言を残すことはしてはいけないし、誰かの変わりになにかを行うことも許されない。無論、誰かの力になることもね。これは、名の在る者にしか許されない特権だ。いいかい。この世にあっても、それに名前がなければ、人間として在るわけでないのなら、そこには価値は存在しない。死んでいるんだ、その存在の【意味】がね」

 

「─────意味」

 

それは、俺がずっと考えてきたことばだった。そこに在る価値、意味、意義。そういえば、そんなどうでもいいことをいつか考えていたな。

 

「はい、これで終わり。じゃあね。僕は君の前には二度と現れないさ。在りながら存在しない者は、誰かの知人になってはいけないからね。孤独に生きることの辛さを、君に言えてよかった。まぁでも、君はきっと有望な未来があるとも。───限られた時間だからこそ、ヒトの人生は輝く。きっと、君の未来に立ちはだかる大きな脅威も、きっと君を動かす糧となる。最後に待つ、【その人】へ向かう原動力のね」

 

男は立ち上がってどこかへ向かって歩いていく。

俺も起き上がって彼の姿を捉えようとしたが、彼の顔を見ることはできなかった。見えたのは、ただ一面の森と、若草色の、一枚の布を羽織った彼の後ろ姿だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────」

 

─────それで。

あれから、伊賀見総合病棟は消滅した。取り壊しになったらしい。伊賀見総合病棟の跡に建て直しでできる筈の建物の建設も打ち切りになってしまい、もうあそこは今となってはただの空き地だ。持ち主も、建物も何もない。

 

一方で、街の外れにあった乙黒教会も取り壊しになった。俺たちが最後に来たときよりもズタボロになっていたらしい。

気まぐれを起こして久しぶりに教会に顔を出そうと思って訪れたら、そこにあったものは作業をするショベルカーとダンプカーだけだった。

 

カーラと初めて出会ったホテルだが、あれは取り壊された話は聴いていない。だが、結局、あのホテルが動いた話もまた同様に聴いていない。

 

この数日で、思い出となった建物が次々となくなってしまった。

10年間に渡って街を騒がせた吸血鬼事件は、結局なんの爪痕にもならずに歴史から消し去られた。

人々の心に残った正体不明、未だ行方不明の、捕まっていない殺人犯。

だが、それもいずれ、人々の記憶からも揉み消されるのだろう。

 

すべてが、一瞬にして消えてしまった。

当事者目線としては、非常に呆気ない終わりだったと思う。

 

「──────なんだかなぁ」

 

結局、街を揺るがせた事件は人々の心を離れ、やがて俺たちも忘れてしまうだろう。

それぐらいの果てしなくつまらない、そして苦しい物語。

中村白邪の一瞬の戦いはこうして幕を下ろした。

俺の中に残るものなんて、ほとんどなかった。あそこに俺の人生のすべてが詰まっていたのだろうが、結局、あまり良いものでもなかった。

 

 

それでも、きっと、いつか、悲劇は舞い戻ってくる。

魔と人が共生する社会など築けない。

俺がそれを受け入れることはできても。社会の根底を覆すことは不可能だ。

 

それでも構わない。俺はただ受け入れる、それだけでいい。母さんが言ったように、俺は、法律では解決できないような案件で一人にされてしまった誰かの傍に居てやれるような、強い子になればいい。

 

今の世界では、すべての人が救われる、幸せになれるとは限らない。

ならば、その人たちも幸せにするために俺たちにできることはなんだろう。

 

孤独な誰かに寄り添ってやるためには、どうすればいいのだろう。

俺はあの5日間で、数えきれないほどの悲劇を見てきた。

 

───特別であることは孤独、か。

 

───周りと自立してるのは孤立、か。

 

なるほど、そんな誰かを救うためには、俺は何ができるだろう。

 

 

 

 

 

そんなことを考えながら、吸血鬼(おれ)は、誰かを守っていられるような、そんな優しい人間になりたいと思う。

無論、俺は平凡だ。今の俺にできることなんて、せいぜい、明日のために今日を生きていくことぐらいだ。

まぁ、それもいいとは思う。きっとためになる。これはこれで良い結末だとは思う。

 

 

 

 

 

─────そう、俺に生きていてほしいと願った、あの人のために。





中村低を満腹に仕立て上げる可憐な乙女

蜜柑

性別 女性
身長 158cm
体重 49㎏
誕生日 6月9日
血液型 O型
好きなもの みかんゼリー、料理
嫌いなもの 犬、生臭い食べ物
専門 中村邸の炊事全般
苦手 医療、とにかく手先が不器用


中村邸に使えるメイド五つ子姉妹の次女。姉に甜瓜、妹に葡萄、林檎、檸檬を持つ。
中村邸の炊事全般を担当しており、1日3食そのすべてを担う、中村邸の料理包丁。
自身も料理に生き甲斐を見出だしており、とにかく料理をつくることだけを考えている。

ミシュラン級のレストランに居ても違和感がない程の料理の腕があるらしく、白邪曰く、「レストランに行くぐらいなら蜜柑さんのご飯食べたほうが美味いし安上がりだ」、だという。

毎日豊富なレパートリーの料理を次々と出してくる。やはり7人家族というだけあって、質と量はかなり重視されるのだ。
彼女が居ないと実質中村邸は永遠にご飯抜きとなる。

────そんな蜜柑当人曰く、「中華料理限定なら、私よりも白邪さまの方が才能がお有りです」、とのこと。

性格は明るく朗らかで、童女のような雰囲気を纏う少女。
優しく包容力のある女性だが、屋敷屈指のイタズラ好きでもあり、自分の作った料理に激辛スパイスを適量の倍近く入れてしまったり、わざわざ屋敷裏の森に巨大落とし穴まで掘ってしまう始末。
某お家にひとりおいてけぼり映画の主人公に匹敵する罠設置能力といやらしい計算高さを持っている。
そのため屋敷の中では檸檬に次ぐ二番目の問題児であり、屋敷の者ならば絢世だろうが白邪だろうが姉の甜瓜だろうが妹たち、なんなら客人にまでイタズラを仕掛ける。

度々、絢世に暴力を振るわれ、白邪にやれやれと呆れられ、妹たちに非難の眼差しを向けられ、甜瓜の仕返しドッキリを食らったりと、かなり懲りない。
楽しみでやっているぶん、一度始めるとやめない性格なので、命の安全さえ確保してあればどんなに危険な昨今のコンプライアンスに引っ掛かりかねないドッキリでも仕掛けてくる。

毎日頑張って料理を作る理由は、実は白邪に関係しているらしく、それは叶わぬ乙女心として物語の裏側へと消えゆく。

─────しかし、あるいは、その願いは、その想いは、いつか彼の元に届くのかもしれない。

月姫零刻屈指の悪人といえば? 中「いや、だから誰も入れないってば!」ヨ「票が50個以上入ったら主人公交代ね!」中「足りなかったらヨエルコーナー終わりだからな!」

  • 口悪すぎ横暴すぎてみんなボコす中村白邪
  • 目的のために街の人々を犠牲にしたヨエル
  • とりあえず悪役のロア
  • その他
  • 誰もお前のアンケートに票なんか入れねぇよ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。