月姫 零刻   作:マジカル赤褐色

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エピローグ

 

「よう、中村。今朝の調子はどうだ?」

 

校門に着いたら、真っ先に俺の親友が迎えに来てくれた。

 

「あぁ、完全ってほどじゃないけど、いちおう回復はしたよ」

 

鞄を下ろして紀庵と話す。

 

「まったく、驚かせるなよな、お宅のメイドが、お前が交通事故に遭って数週間入院中っていうから、見舞いに行こうとしたんだがなぁ」

 

そういえば、入院中、ふいにひよこ饅頭が贈られてきていた。アレの送り主がわからないもんだから怪しくて、なかなか手を出せなかったんだが、あれはそういうことだったのか。

 

「まぁな。ありゃあ、大惨事だったよ。先輩とうろついていたときに巻き込まれたもんでさ」

 

「ほう、先輩って誰だ?」

 

しまった。つい口を滑らせてしまった。あまり紀庵には聞かせたくない内容だった。まぁ、一般人にこんな血生臭い話を聞かせるわけにもいかない。

 

「お前には関係ないよ。こっちの事情さ」

 

「あぁ、ひょっとして前に言ってた、お前をメシに誘った美人の先輩か。そういえば、中村が入院して学校に来なくなったタイミングで急に見なくなったな。蒼毛の生徒なんて、そうそう見逃すことはないと思うんだがね」

 

あぁ。そりゃあそうだ。先輩はあのあと───

 

あの時、俺が守っていれば、きっと、彼女は傷付かなかった。七夜は邪魔者以外に危害は加えない。俺が七夜に気づいていれば、先輩を救うことはできたのかもしれない。

けれど、それはもう過ぎ去った話だ。

 

彼女は自分の命に代えてでも、俺を守ろうとした。先輩に救われた命だ。

俺は先輩のために、これからも生き続けなければならない。

それが、彼女への恩返しなのだから。

 

 

──────まぁ…………

 

 

「そういえば、本条先輩が呼んでたな。ちょっと席外す」

 

「あぁ、あれか。軽音楽部のボーカルの代理になったんだろう?ちょっと俺もついていく」

 

紀庵がノリノリで席を立ってついてくる。

 

「あぁ、いいよ。俺、退院したばっかりだから、調子出ないかもだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────失礼します」

 

ガラッ、とドアを開けて紀庵と一緒に入室する。

 

いつも通りの軽音楽部室。

 

「あ、おはよう、中村くん」

 

真っ先に部長の本条先輩がお迎え。

 

「ん?新入りくんかい?」

 

続いて天城先輩が現れて、紀庵に急接近。

 

「いえいえ、友人の活動の見学です。菊山、と言います。以後お見知りおきを」

 

「はいは~い!よろしくね~!ちょっとウチボーカル不足でね、中村くんに協力してもらってるの~!菊山くんもやる?」

 

後からやってきた押見先輩が紀庵にマイクをぐいぐい押し付けてくる。

 

「ハハ、魅力的な話ですが、遠慮しておきます。それで?中村。お前の女って誰だ?」

 

「────お前」

 

裏切りやがったな。ホントは知ってんだろお前。

 

 

瞬間、もうこれ以上部屋に入る人物はいないはずの扉が開かれて、新しい人間が中に入ってきた。

 

 

 

「────おはようございます」

 

───そう。その生徒は、青い空のような蒼毛の生徒。

 

「─────おはよう、久しぶりだね」

 

本条先輩がその人物を招き入れる。

 

───彼女は、頼れるようで、ところどころ不器用な。

 

「────よう、遅いぞ~、もうすぐ練習始めるところだったじゃないか」

 

半分作り呆れを含めて天城先輩が笑いかける。

 

───俺を殺すために俺と出会って。けれど結局殺せなくて。

 

「あー!おはよー!また会えて嬉しいわ!」

 

押見先輩が満面の笑顔で手を振る。

 

───けれど、そんなところがひどく可愛らしい。

 

「おや、お久しぶりです。お元気ですか?」

 

紀庵が当然のような表情で真面目な挨拶をかける。

 

───俺がいま、この世で一番愛してる。

 

「おはよう、クロエ先輩」

 

「はい、おはようございます。中村くん、みなさん」

 

 

部屋に入ってきたのは他でもない、今朝も元気に部室へやってきた、生きているクロエ先輩だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。説明するとだ。クロエ先輩も実は生きていた。

致命傷を負っており、当然、あのままでは確実に命を落としていたが、何かしらの理由で一命を取り留めた。

俺を救った謎の神父服の男、彼がクロエ先輩のことも助けてくれたようだ。おかげさまで、俺と一緒に仲良く同じ病院の同じ部屋に入院して同じ日に無事、退院したのだ。

 

「さて、全員集まったことだし、練習始めようか!」

 

「おっけー、任せて!」

 

「はーい!」

 

「んじゃ、俺は隅で見学、と」

 

「やろうか、先輩」

 

「はい。今日も頑張りましょうね!」

 

そんなわけで、俺の日常は何一つ変わらない。失われたものは何もなかった。結局、彼女一人いれば、中村白邪の人生なんて簡単に語れる。

欲しいものは全部ここにある。大切なものは、すべて目の前に揃っている。

彼女がいれば、俺は幾らでも生きていける。

まだ中村白邪の人生は始まったばかりだ。ここから、きっと楽しい日々が待っている。

その時がただ愛しい。

 

「─────」

 

さぁ、じゃあ、一番やらないといけないことに、取りかからないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………何故だ。俺は、何故。負けた?

ただ、それだけを自分に問い続ける。

 

「何故だ。俺は完璧だった。俺は、あのまま行けば、ヤツを確実に仕留めれた筈だ」

 

では、何故、俺は仕留め損なった?何故、俺はヤツに敗北した?

 

その疑問は、七夜黄理の身体をただ闇へと落としていく。

あの崖から放り出され、なんとか生存には成功したが、俺は一命は取り留めても、ヤツには負けている。

しかも、俺は何故か、二度とヤツと戦いたくないと思っている。

ヤツはまだ生きている。ならば仕留めなければならない。混血は、俺たちの敵。

ひとり残さず、葬り去らなければならない。

 

だが、この身体は────七夜黄理に動くことを許してくれなかった。

 

何故だ?何故だ?何故だ?もう一度問う、何故だ?全てにおいて完璧だった。

計画も、戦いも、すべてがベストコンデイションであった。それであって、俺は負けた。何故だ?何故、あのような俺よりもさらに一回り歳の低いあの青年に負けたのだ?

 

「あぁ。つまりはそういうことか」

 

なるほど、ヤツには最初から殺意がなかった。【死なない程度に殺そうと】してきたのだ。俺とは生きている世界が違う。葬り去らなければならない俺と、なにも、命まで奪うこともないと考えるヤツ。

 

はぁ。つまりは価値観から違うわけだ。倫理観が違うのなら、それは問答無用で俺の敵だ。退魔の敵ではない。人類の敵でもない。【俺だけの】敵だ。

 

「─────いいだろう」

 

ならば、俺も追い付かなくては。

俺がヤツを殺すまで、ヤツは誰にも死なせない。

…………手始めに、そうだな。遠野の辺りを滅ぼすとしよう。混血としては中村家よりも低能だ。安上がり。潰すことは容易い。

 

「─────さぁ、殺しに行こう」

 

七夜黄理は立ち上がって、準備をすませるべく、森へ帰る。

─────きっと、この先俺を待つのはかつてない強敵だろう。

だが、構わない。俺はもう一度、アイツと戦いたい。戦いたくはないが、戦うしかない。

そのためには、ヤツを残さなくてはならない。ヤツを生かし続けるには、【ヤツの安全を保証するには】。

 

──────遠野は邪魔だ。

 

ヤツの生命を残すためには、遠野は確実に障害となる。

 

なぜなら、遠野は─────

 

 

 

 

 

────いや。この時点で語ることでもないか。

 

 

 

 

 

では、期待のされない三文役者、演劇の番号も振られなかった敗者は、ここで立ち去るとしよう──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………さて、そんなわけで学校1日を終えて。

 

「せんぱーい、いますかー?」

 

クロエ先輩の教室に顔を出してみる。

残念ながら、中はもぬけの殻。

全員帰ってしまっている。少なくともクロエ先輩はここではない。

 

「ばぁ!」

 

「うわぁぁっ!」

 

背後から叫ばれて、びっくりして前方にふっとぶ。

受け身を取る余裕もなく、床に転げてしまった。

───地面にぶつかる直前、俺の腕が誰かに掴まれ、なんとか直撃は免れた。

 

「せ………先輩………なにやってんですか………」

 

「中村くん、なんか誰もいない教室をじーっと見てて、背中ががら空きだったのでついイタズラしたくなっちゃったんです」

 

先輩が俺の手を引っ張って支えてくれたようだ。先輩の腕を支えにして立ち上がる。

くっ、確かに背中に注意を払っていなかった。俺の不注意もあったし、なによりそんな可愛らしい無邪気な笑顔で面白がられたらさすがに許さざるをえない。

 

「──────」

 

「──────」

 

辺りは沈黙に包まれる。なんか窓越しに見える夕焼けが綺麗だ。ここに居るのは俺たちだけ。廊下の騒がしさも一切ない。

互いの呼吸音が聴こえてきそうなくらい、校舎は静まっていた。

 

「先輩、もうやることは終わったんだろ。じゃあ、先輩は、その……………」

 

両儀一派の本部的なところへ帰らなければならないのではないか。

そんな疑問を浮かべてしまった。

 

────あぁ。その通りだ。先輩にとってのターゲットは三名。俺、カーラ、そしてロアとなってしまった凱逢玄武。

俺を除いた、その全てを排除したいま、先輩にはこの街に用はない筈だ。

故郷だから、なんとなく思い入れがあって出られないのか。

 

「はい。わたしは役目が終わった以上、帰らなければなりません。凱逢の当主としても、両儀一派の剣士としても」

 

「そっか。じゃあ、もうこのへんで俺らはお別れなんだね」

 

ほんとうは寂しい。なのになぜ、俺はその別れを受け入れてしまっているのだろう。

ほんとうは、とても、辛いのに。

大切な人を、目の前で送り出す、なんてこと、俺には到底耐えられないことの筈なのに。

 

「────────」

 

別れはいつか来るとわかっていた。

それは、この街に現れた彼女は、あくまでも任務である以上、最後はどこかへ帰らなければならない。

その場で生まれたほんの僅かな私情という隙間は、生きている目的、そこに在る目的でしか埋められない。そして、それによって埋められる面積はとても広い。

任務で来たのなら、私情で残ることは許されない。

 

「はい。これまで、ありがとうございました。中村くんのおかげで、わたしはかなり助けられました。たぶん、わたしだけでは、カーラもロアも倒せなかったでしょう」

 

「いいや、俺はそんなにお人好しじゃない。カーラを知ったのも、ロアを知ったのも、全部あのシスターのせいだ。巻き込まれたんだ、俺は。けれど、いつの日か、俺はその時間が楽しいと思った。夜に先輩と徘徊してたの、すごく楽しかった。もちろん、昼に話したり、ご飯を食べたりしたのも。軽音楽部の先輩たちと練習してたのも俺にとっては掛け替えのない思い出なんだ」

 

「そう言って貰えて嬉しいです。わたしも、夢みたいなひとときで、久しぶりに、ヒトと話した気がしました」

 

「────────」

 

違う。俺は、人間なんかではない。身体の造りも、心のカタチも。人間とは何一つ同じところがない。

 

「貴方は間違いなく混血。ヒトとヒトでないモノとの混血です。ですが、貴方は、自分のやることを、人間のように見ることができる。人間の思ったことに同調してやれる。ヒトの空気を読めるんです。それは、貴方が人間であることの、何よりも大きな証拠なんですよ」

 

────やめろ。去り際にそんな言葉を残されては、

 

俺は、きっと耐えれない。ヒトの価値感を与えられて、そんな寂しい生き方をするのなら、俺はきっと、この身体が打ち砕けてもなお、ただ永遠に悲しみ続けるだろう。永劫に、この別れを惜しむことになるだろう。

 

「─────」

 

だから、留めないと。ここで、彼女を留めないと。彼女に、ここに居てくれと言わなければならない。

 

「───────」

 

けれど、俺の口は、その言葉を告げることを許さなかった。

どうして。俺はとても、寂しいのに。

 

「では、わたしはこれで。本当に、感謝しています。ありがとうございました、白邪くん」

 

─────蒼い髪がなびく。

 

「あ─────ぁ─────」

 

かつ、かつ、と。一歩ずつ、ローファが廊下を歩んでいく。

遠ざかっていく足音。

最後の機会を、俺は棒に振るのか。

 

「─────あ、あァ───」

 

でも、留められない。なぜだろう。俺は、こんなにも辛いのに。最後の足音も聞こえなくなっていく。革靴の軽快な響きが途切れていく。

あんなに綺麗だった夕日が落ちていく。

 

「─────いや、だ」

 

嫌だ。そんなの嫌だ。

俺は二度と────

 

「─────やだ、よ──」

 

二度と、あの笑顔も。

 

「─────やめて、」

 

あの心地よい声も。

 

「せん、ぱい─────」

 

あの暖かな体温も。

 

「あぁ……………あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

二度と感じられないなんて、

 

「いやだ、いやだ、いやだよ、先輩───!!」

 

そんなの、絶対に嫌だ!!!

 

「う────ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

机を蹴散らしながらまっすぐ教室をでる。

廊下に出たら、先輩の靴音の聴こえた方向へと、まっすぐに猛ダッシュする。

 

「────」

 

前が、見えない。涙を流しすぎたみたいだ。霞んで何も見えない。それでも。

残された僅かな手掛かりを頼りに進み続ける。

匂いも、音も、なんならその気配すらも、全てを第六感で感じ取って進む。

先輩は階段から外へ出た筈だ。

全速力で階段をかけ降りる。

一気に8段目から飛び降り、踊り場から直接飛び降りる。

 

あっという間に外に着いた。

だが、先輩の姿は見えなかった。

 

「先輩─────?」

 

歩いていた筈の彼女の姿はとっくになくなっていた。もう、先輩の歩幅から計測するに、俺はすでに先輩に追い付いている筈なのに。

 

「信じ────られない」

 

いや、まだだ。彼女はまだ近くに居る。今から急げば、きっと見つかる筈だ。

 

「でも────」

 

わからない。手掛かりがもうない。

彼女がどうやって街を出るのか、どの道で帰るのか、わからない。道案内も橋渡しもいない。

こんな状況で、何が俺と彼女を結びつけるっていうんだ………?

 

「─────鳥………」

 

そういえば、いつしか、そんな出逢いがあった気がする。

そうだ。あそこだ。俺が、唯一、先輩の手掛かりになりそうな約束の場所。

そこに、きっと────

 

「──────!!」

 

考えている最中だが、もう制御の利かなくなった俺はすでにあの場所へと向かって走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、あ……づ!!」

 

肺が千切れるぐらいに走り続けた。もう何も考える余力もない。俺はもう、そこに行くことしか頭になかった。

徒歩10分の道を信じられないくらいの速度で走る。脚が折れそうなくらい、走った。

そしてようやく、あの懐かしの木、そして鳥小屋が見えた。

 

────彼女はそこに居た。

 

「先輩──────!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、俺はただ一心に、目の前に立って、鳥小屋を眺めていた彼女へと走る。

 

彼女がこちらに振り向く。蒼い、ソラのような髪が冬の冷たい風に揺られて稲穂のようになびく。

その寂しそうで、とても淋しげな表情。

そんなモノを、俺はもう見ていられない。俺には、ただその記憶しか目に映らない。ひとときの陽炎のような、あっけない春の夜のユメを。

もう一度、ただ見たくて。

俺はこの場所を訪れた。俺たちが、初めて出会った、明るみに満ちた一面のふゆのそら。

ただ1本の小さな木に偶然あった鳥巣。偶然訪れ、それを蹴散らした嵐。それを見た、優しい少女の気紛れ。そして、偶然の貧血で、それを偶然見かけた少年。

度重なる偶然の層。運命の螺旋は僅かな運だけで紡がれ、それだけで織り成された平和バカなご近所談議。

 

────此より先は月の零刻。

幾度の運命の先に消えていった、なんでもないそこら辺の少年少女の永く短い旅。

鬼人の少年は相容れざる退魔の少女に恋をした。

 

誰よりも熱く、誰よりも激しく。

俺はその瞳を、その髪を、その(こえ)を、その笑顔をただ一心に求めた。

 

ただ、もう二度と放したくなくて。もう誰にも渡したくなくて。

俺はひらひらと舞う桜の花びらを抱えるように、この両腕で、目の前の彼女を、強く抱き締めた。

 

「白…………邪…………くん…………」

 

先輩は抵抗せずに、俺の腕を受けていれてくれている。

 

「俺を、置いていかないで。俺、先輩についていく。絶対に離れたくない」

 

「で────も」

 

「俺、先輩が大好きだ。俺は先輩のために生まれてきたんだから。こんなところで離すなんて、できるもんか………!!先輩が俺と一緒に居るって約束するまで、俺は放したりなんかしないからな!!」

 

なんて身勝手な。別れを受け入れたのに、僅かな惜しみが、今の俺の原動力になってしまっている。

 

「──────っ!」

 

先輩が先輩を抱き締める俺の背中をさらに抱き締める。

 

「うぅ…………わたしも…………白邪くんと、一緒に、居たいです…………!!」

 

「あ────ぁ…………そう、だよな。俺も、せっかく、せん………黒依と逢えたんだから、最後まで、お供したいよ」

 

「は、はい。もちろんです。わたしに見逃してもらったんですから、最後まで付き合って貰うんですから!」

 

まずいな。そんな事言われると、ちょっと。我慢が利かなくなってくる。

先輩を抱き締め腕を少しだけ緩める。

 

「黒依。俺、もう、無理だ…………」

 

「え?ちょ、ちょっと、白邪くん!?」

 

突然の発言に慌てる先輩を引き離し、半ば強引に、その白く、まぶしい明るい顔に近づく。

 

「ん───────」

 

「────────」

 

唇が、深く、強く、優しく触れ合う。

互いの生命を求めるように、相手の吐息を貪るように、ただ、二人の身体を交換するような、そんな柔らかな口づけだった。

時間はそれこそ一瞬。

だが、その触れ合う時間だけ、夕日の落ちる速さは遅くなる。いつまでも、それが続けていられるような気がした。

 

────かなり、長い時間だったような。俺たちはようやく互いの顔を離した。

 

なんだか、また先輩の表情が変わったようだ。俺の表情もきっと緩くなっているはずだ。

 

もう俺は決めたんだ。この人と一緒に生きるって。

女性の平均寿命は男性よりも長い。男は愛する女性を守ると決めたのなら、自分が死ぬまで守り続けなければならない。俺は爺さんになっても、なんなら老衰で死んだ後だろうと、先輩を守る。

どんなことがあっても、彼女にその笑顔以外の顔をさせない。あんな寂しそうな、切なそうな顔はさせない。

 

「帰ろうか、黒依」

 

「はい。帰りましょう、白邪くん」

 

二人で手を繋いで歩き出す。もちろん、同じ方向へ。

 

え?行き先?そんなものは決まっていない。つーか、そんなのどこでもいい。先輩とだったら、俺はどこへだって行ける。

そういえば、家に帰らなきゃ。まぁ、それはどうにでもなるか。適当に連絡すりゃいいよ。姉さんにシバかれるかもしれないけど、俺の小籠包二つも食ったんだから、帳消しさ。

 

そんな些末なことより、俺は今、もっと大切なことに取りかかっているんだから。

すっかり忘れていた。俺は高校二年生だった。

俺は事件解決とか、そんな御大層な理由で戦ってなんていない。先輩が大好きだったから、当然のことをしたまでだ。

俺はこれでもまだ高校生。青春の謳歌なくして、何が日本の高校生だ。

まずは学校もなにも、家のことがなにも、まずは好きな女の子と一緒に過ごすことが一番の最優先事項。

 

「─────中村くん」

 

不意に、先輩が俺に問いかけてきた。今何時?ぐらいの感覚の軽い質問だ。

 

「なに?先輩」

 

「今、幸せですか?」

 

そんな、にっこり笑顔で、そんな深い話題を振ってきた。

 

「そりゃぁ、もちろん」

 

もう、俺は一人じゃない。すっごく幸せだ。

夕暮れの中、一人空を仰ぐ。

 

「親父───母さん、俺、立派な子供に、なれたよ」

 

遠い昔、そんな約束を語り合った、いまはもういない誰かに伝えたくて。

 

「中村くん?何か言いました?」

 

「いいや?なにも。すごく幸せだなぁって。あ、そうだ、先輩、久しぶりにご飯行きましょう!今夜は学食じゃなくて、ちょっとお高いお店とか。今日は俺と先輩の記念すべき一日目ですからね。俺の奢りですよ。先輩、ハンバーグ大好きでしょ?」

 

「はい!ご馳走になります!」

 

夕焼けはとうに沈みきってしまっている。橙色の空は、紫色の空へと変わる。

 

「それにしても─────」

 

今日は星が綺麗だ。こんな日は夜に散歩でもしたいところなんだけど────

 

空には、ただひとりきりの月がある。まん丸でもない、けれど大きく、されど欠けた、中途半端なお月様。

空を覆う月光、地を覆う黒影。

宙を塞ぐ天蓋、夜を開く白貌。

星の合間を縫う光の線。

虹の狭間を往く星の灯。

夜の帳を綴じる花の香。

 

────蒼い空を翔ぶ、幸せの音色。

 

ほら、耳をすませば、しあわせが聴こえてくる。

幸福を呼ぶメロディー。福徳を喚ぶメモリー。

輝きは今、零時のお告げを指し示す。

此より先は、月の零刻。

月の帳の始まりの(ページ)

 

 

そう、どこにでもいる吸血鬼と、どこにでもいる少女の、相容れざる恋の物語、その序曲を奏でる刻。

 

 

生まれる星。産まれる月。廻転する記憶。

ながれる風。揺られる海。空を飛ぶとり。

 

さぁ、明日の朝へ向けて旅に出よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

さぁ、帰ろう。楽しい日々へ。俺たちの街へ。

 

 

 

 

 

「行こう、黒依」

 

「はい、白邪くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────嗚呼。まるで気が付かなかった。

 

 

 

今夜は、こんなにも、月が、綺麗だ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月姫 零刻 One happy of sky blue melody

 

 

~Fin~




あとがきは次回に持ち越しです、最後までお楽しみに!

さらに、最新情報の公開もありますので、お見逃しなく!

月姫零刻屈指の悪人といえば? 中「いや、だから誰も入れないってば!」ヨ「票が50個以上入ったら主人公交代ね!」中「足りなかったらヨエルコーナー終わりだからな!」

  • 口悪すぎ横暴すぎてみんなボコす中村白邪
  • 目的のために街の人々を犠牲にしたヨエル
  • とりあえず悪役のロア
  • その他
  • 誰もお前のアンケートに票なんか入れねぇよ
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