月姫 零刻   作:マジカル赤褐色

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屍は舞い散る

 

夜に輝く町をアスナと並んで歩きながら、噂の死者とやらを探す。

 

「なんにもいねぇじゃねぇか、期待して損したぜ」

 

「いや、この先にいるはずよ。もっと人が少なくて暗いところならうじゃうじゃいると思うわ」

 

アスナは路地裏に入っていく。路地裏の道幅は比較的広めで、猫の額程ではない。普通に引っ越しトラック二台は並べられそうだ。

高い灰色のビルにはさまれたくねくね道。暗い、人が少ない。アスナが言う条件には当てはまっている。

 

「……………まさかな」

 

「どうかした?」

 

一瞬、変な感じがした。俺の直感はナメられたもんじゃない。背後にあるものの大きさと形と名称、なんなら色まで当ててしまうんだから。そんな化物レベルの直感を持つ俺が、死の気配を察知して、なんにもないわけがあるか。

 

「少し、警戒して進もう。間違いなく四人、誰かいる」

 

気配の数は四つ。しかも、その全てが人間大のサイズでありながら人間以外のモノの気配だ。マネキンだと助かるなんて甘い希望は通じない。ゆっくりながらも動いている。

路地裏の細道を進む。今のところ何も見当たらない。すると、アスナが突然足を止める。

 

「どうした?」

 

「ちょっといいかしら」

 

「なんだよ」

 

すると、アスナは俺に走り寄ってきて、俺の体を抱き抱えたかと思えば、一気に路地裏の最奥部まで投げ飛ばした。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!?」

 

どたっ、と派手な音を立てて転げる。

 

「痛った………あの野郎……ふざけやがって、絶対後で────」

 

すると、目の前に、四人の人影があった。俺が察知した気配だ。だが、様子がおかしい。ぬるぬるとゆっくりこちらに歩み寄ってくる。警戒心半ばにナイフを出しておくが、まだ刃は出さない。もしかしたらただの人間かもしれない、と。

人影の顔が暗くて見えなかったが、この至近距離になって気づいた。

ソレは、おおよそヒトの形をしていなかった。影はヒトのそれに等しい。だが、見た目が違う。髪の毛も生えていないし、服も着ていない。それよりも、体じゅうが焼け焦げたように真っ黒で、眼も、体も真っ赤だ。ゾンビという喩えはこれ以上ないくらいに相応しい。けれど、これで確証がついた。コレは、ヒトではない。殺してもいいモノだ。魔の類いだ。ならば、

 

「いいぜ、殺し合いだろ、やってやるよ、死にてぇ奴だけかかって来やがれ」

 

ナイフを構えて、死者に向き合う。

死者は俺の声に反応することもなく、俺の挑発に乗っかることもなく、相変わらずノロノロ近づいてくる。それはそれで助かる。これで挑発に乗っかっていたら、それは生きているということだから、俺は少し殺すのを躊躇っていたかもしれない。でも、これならば、話は別だ。加減は不要。慈悲も無用。

死者の列は牛の重みで一歩一歩俺に近づいてくる。

その血濡れの軍隊の行進のただ中、

 

「はあッ!!!」

 

一閃の撃鉄が駆け抜ける。鉄は血の塊を引き裂き、正面から死者の頭部をそれこそ豆腐のように解体する。

ナイフで一閃された死者の頭部から人間のものとはまた違う、赤黒い血が吹き出る。返り血の速度よりも中村白邪の速度の方が圧倒的に速い。返り血の一滴も浴びることなく、俺は次の死者に肉薄する。

あっという間の出来事に、死体ごときが反応できるわけもない。だが、相手は死体。死んでいるものの、そこに動く死体があるならそれは「生きてる死体」。生きてる死体は生きている。ならば、生きるための最低限の本能と危機管理能力は自然に備わっている。その本能としての防衛機構(プログラム)、彼らにとってそれは反撃である。人間やそれ以外の獣ならば迷わず逃亡を選択するだろう。敵わない相手と無駄に対峙することは自身の生存率を大幅に低下させる。生死を極限の定礎(カウンター)とする一般の生き物に、無駄な戦闘本能は必要ない。どれほど好戦的な生き物であろうと、最終的には自身の安全を優先する。それが「生きる」モノとしての最低限の掟だからだ。

だが、こいつらは違う。生死を問われることもなく、死んでいる己を死のままに生かし続けた結果、生き物として、生き物の枠組みを超越している。生きることよりも、相手を殺すことを優先した時、ソレは生き物でなくなる。これが、死者が生き物でないことの最大の証拠である。

だが、相手は別の意味で生き物を超越した生き物である。身体能力を全面的に廃棄した結果、自然界頂点とも言える超高度知能を持ったヒトの頭脳を持ちながら、獣さえも凌駕する、怪物の血を引く混血。それが、俺の姿だ。

さぁ、二体目だ。死者たちは、自身の仲間を倒されたからではなく、己等を打ち倒すことができるモノに遭遇したことによって、本能的にやむなく、ついに生存(たたかい)を開始する。

集団行動、意志疎通は不可能。己の生存をかけた競争でしかない。周りとのチームワークなど関係ない。ただ、目の前にあるモノを倒すためだけに動くアンデッドの愚かな衝動に反吐が出る。シチュエーションこそ異なるものの、獣とヒトを戦わせたらこんなものだろう。

─────まぁ、無論、この場合はヒトの方が、身体能力面でも上回っているが。

 

「─────うぉぉっ!!!」

 

二体目と三体目を同時に殺害する。二体目は肩口から頸を一文字に、三体目は胸部から一閃して上半身を斜めに落とす。

余りの四体目。流石に、後が無くなった。だが、諦めという言葉を知らない。もとい、そもそも無知であった。プログラム通りに動くのは変わらない。人数が減ったからって立ち回りを変えるなんて高度な狩猟能力と知能は彼等にはない。

二、三体目を切り捨てた俺の背後に回って、背後から俺を討ち取ろうと手を伸ばしてくる。だが、その手が届くことももうない。

伸ばした死者の手が宙に舞う。手首から勢い良く切断され、空飛ぶ肉塊となって路地裏の真ん中に落ちる。

 

「─────じゃあな」

 

行動を封じられたただの的に斬りかかり、頸部からナイフを通して討ち倒す。

俺を襲ってきた計四体の死者を倒し、路地裏は、再び空っぽの暗い道に戻る。

 

「流石、白邪くーん!やればできるじゃない!思わず感激しちゃったわ」

 

今さら拍手なんてしながら戦犯が歩み寄ってくる。畜生、この悪魔め。

 

「次はお前だ」

 

危うく死ぬところだった。俺じゃなかったら死んでたし、俺だったとしても刃物なかったら死んでた。

 

「え~やだ~、冗談きついわ~」

 

「そりゃこっちの台詞だボケ。どういうつもりだ、危うく死ぬところだったじゃねぇか」

 

「ちょっとした力試しよ。でも、白邪くんなら弱気出しても死者ぐらいなら楽勝なのね」

 

いきなり無言で死者どもの前に投げ出された俺の気持ちを解ろうとするつもりは毛頭ないようだ。

アスナの顔を見つめる。その顔は綺麗な女のものであるのは確かだ。でも、何かが、足りていない。いや、不足はない。何か、俺にもわからない、「人間としての造形美」が欠けている。この女は、俺のような、ヒトでない生き物なのか、それとも、それ以外の別の要因か。

いずれにしても、今の俺が知るべき一線はここではない。たとえ、その目が血のような色をしていようと、輝く月のような金髪であっても、合わない聖職者の見た目であろうと、このやんちゃなお姫様もどきのお遊びに付き合っている場合ではない。

 

「話は終わりか?なら俺帰るぞ、別に、今死者を全滅させろってハラでもねぇんだろ」

 

シスターに背を向けて歩き出す。

 

「うん、今日はこれで終わりでいいわ。けれど、帰り道も気をつけてね?ここのところ、いろいろ出てきているみたいだから」

 

いろいろってなんだよ。そんなことは百も承知だ。

死者……か。この街はどうしちまったんだ。この死者どもが出てきている要因はなんなんだ。すべての元凶。その姿のせめて尻尾までは眼に収めたいものだ。

雲もない満天の夜空に月が浮かんでいる。藤原道長が詠んだ欠けのない望月、兎の餅つきがはっきりと良く見える金の月。

 

「はぁ、厭な月だな、今日も」

 

こんな月はろくでもねぇことばっかり起きる。これじゃあ狼男が覚醒し放題だ。

 

「……………………」

 

(白邪)

 

「……………………」

 

(お前が私をより幸せにできると思った方法を執りなさい)

 

古い、旧くさい記憶が脳裏を横切る。もうどうでもいいこと。過去の悪い思い出の欠片。塵芥にも程遠い、砂埃のような小さくて、目に留めるまでもない心の隙間。

 

「今更、どうでもいいよ、親父」

 

満天の月と来て、親父の記憶なんか思い出している場合じゃない。もう、いいんだ。あのとき、どっちを選べば良かったかなんて、誰に聞いても、答えは帰ってこないんだから。過去は変わらない。明日になっても模範解答は手渡されない。

皆を護るために、反転、暴走した親父を殺したあの日。親父はあのまま生かしておけば幸せだったのか。それともあそこでさっさと殺して開放、尊厳死させるのが正しかったのか。教えてくれよ、白邪。俺はどっちを選択すれば良かったのかって。

 

「───どっちでもねぇよ。俺が皆を守ったのは変わんねぇだろ」

 

くだらない自問自答をいつまでも繰り返しながら、真っ暗にも月で明るくなっている黄金の暗闇を横ぎって、俺は家路についた。

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