月姫 零刻   作:マジカル赤褐色

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分水嶺

 

《乙黒高校正門》

 

午後4時50分。

 

 

学校が終わったその帰り道。飯のついでに、俺とクロエ先輩は一緒に帰る約束をしていた。

なんで、こうして今待ち合わせて帰っていた。

 

「けれど、中村くん、本当に知らなかったんですか、吸血鬼事件のこと」

 

「あぁ。俺も、先輩に聞くまで本当に知らなかった。だいたい、吸血鬼なんて架空の生きものだし、いたらとんでもないじゃないですか。まぁ、物騒なことに変わりはないし、俺もこれからは良くニュースを見る予定ですけどね」

 

「はい、吸血鬼は架空の生きものでしょうね。何が目的かはわかりませんが、多分犯人のついでの犯行なんでしょうけど………でも、気をつけてくださいね、中村くん。わたし、不安なんです。中村くんを見ていると、なにかと危ない目に遭ってしまうような気がするんです」

 

「────────」

 

危ない目、か。確かに、俺は良く危ない目に遭っているな。昨日も馬鹿(アスナ)のお陰とはいえ、死地に入ってきたところだし、借金取りも、そりゃあきつい仕事ではあるし。

 

「すいません、これからはなるべく、」

 

なるべく何だ?俺は馬鹿か。これからはなるべく何だ?俺は今にも吸血鬼事件について調べ出そうとしているじゃないか。

クロエ先輩には参った。先輩の言う通り、俺は今にも危ない目に遭いそうだ。

 

「吸血鬼はいてはならない怪物です。鬼人と同じです。いてはならないんです。だから、出遭(であ)ってはいけないんです。それだけ、絶対に気をつけてくださいね、中村くん。わたしとの約束です」

 

「あぁ、約束守ります。絶対に吸血鬼には遭いませんから」

 

馬鹿め。俺の馬鹿。約束、破っちまうな。こんなきれいな人との約束すら守れない、こんな馬鹿な野郎、いないだろうな。人に本気で嘘をついたのはこれが初めてだ。でも俺は、それだけ、この人に悲しんで欲しくなかった。今にも泣き出しそうな表情、崩れそうな心配の面構え。そんなものを見せられて、嘘でも応と言うしかない。否とは口が裂けても言えなかった。

 

「───────」

 

でも、先輩。

 

 

でも、先輩。後輩として、その発言は、明らかに、おかしいと思うんだ。

「吸血鬼がいてはならない」だなんて、その言い回しは、違うんじゃないか。

「鬼人と同じです」って、なんで、「鬼人」なんて化物の名前が上がるんだ。

「鬼人」。その単語は明らかに────俺の家の血統─────中叢を指しているんだ。先輩──────

 

「───────」

 

今日の夕焼けは、なんだか、とても、寂しそうで、淋しそうで………哀しそうな、燃えるような、静かな雀色刻だった。

 

 

 

 

 

《乙黒教会》

 

 

午後8時。俺は今日もここを訪れた。

重い、そして黒い、木製の扉を押し出す。もう何度も見た、目の前に広がる殺風景な礼拝堂。その奥に。

 

「あら、今日も来たの?今日は呼んでいないのに」

 

頭のネジぶっ壊れ鬼畜シスター、アスナがいた。

 

「俺だって、できれば来たくなかったんだよ。でも用ができたんだ」

 

「珍しいわね。何の用かしら?」

 

「最近街で起きてる吸血鬼事件の話だ、聞いたか、六人目が出たって」

 

「えぇ。そうね、昨日のやつで六人目ね」

 

そこ流すところじゃない。こっちどんだけ真剣なのかわかってんのか馬鹿。

 

「あのな、人が真剣に話してるときは聞けよ。その吸血鬼ってのは、どうやったらぶっ倒せるんだ?」

 

「そっちもそっちで、あまり早まらないほうがいいわよ。慌てすぎよ、六人目が出たからって。いい?いかに混血族の貴方でも、吸血鬼と戦うのは難しい。教会が始末しに来るのを待った方がいいわ」

 

いや、教会って代行者だろ。代行者ってコイツみたいなヤツのことじゃないのか。

 

「【アイツ】も違うことしてるみたいだし」

 

「あ、アイツ………?」

 

「えぇ。貴方とはまた別で私の手伝いをしている人。こっちは一般人の貴方とは違って、ただの代行者」

 

「その、その代行者は何をやってるんだ、吸血鬼を倒しに行くのが仕事なんじゃないのか」

 

アスナに詰めよって問い掛ける。

 

「なんか違うのを追っかけてるみたいなのよね~、追いかけているのは多分吸血鬼じゃない方の殺人犯の方かな」

 

「な────」

 

何だそれ。吸血鬼じゃない方の殺人犯?

 

「じゃない方って、なんだそれ、吸血鬼以外にも、人を殺している輩がいるって言うのか!?」

 

「殺している、というか、食べているに近いけど」

 

「食べ…………!?」

 

嘘だろ、吸血鬼(ドラキュラ)だけじゃなくて食人鬼(グール)までいるのか!?

ちょまて、情報がこんがらがった。

 

「なんだよそれ、一から説明しろ!!」

 

「いやいや、単純よ、吸血鬼とは関係ない混血が人を食べてて、その一方で吸血鬼が人の血を吸っているのよ。確かに、前者は報道されてないわ。だって食べているんだもの。痕跡すらないからね。街で報道されている事件は全て吸血鬼のものよ」

 

「───────」

 

その、要は、吸血鬼と混血が一体ずつ巣食っているワケか。

 

「混血………?何ていう混血の野郎なんだ」

 

「カーラ。カーラ・アウシェヴィッチ。確か、人間と【人狼】の混血だったかしら。カーラの件は痕跡すら残らないから、報道されてない。貴方が知らないのも無理もないわ」

 

「人狼……………?それは、狼男的なあれか?」

 

普段は普通の人間で、月の出る夜だけ、体じゅうを狼のような体毛が覆って、牙を持って直立する狼の姿に変わるっていう、

 

「そう、北欧の方から降りてきたやつで、ご飯を食べるためにこんな極東へやってきたみたい」

 

「………腹へったから?それが、人を食った理由か?人狼ってのは、人間を食うものなのか?」

 

人間の肉って美味しいのか?普通に牛とか豚とか兎とか捕まえて食った方が美味くないか?知らないけど。

 

「私人狼じゃないからわからないわよ。そりゃあ、豚とかの方が美味しいと思うけど、吸血鬼が人間の血を吸うように、人狼も人間の肉がちょうどいいんじゃないかな?栄養価とか、そっちの問題じゃないかしら。それも混血となってくると、狼が食べるようなものしか食べないとは思わないし」

 

いやいや、混血だからこそ人間の肉なんか食わないと思うんだが…………

 

「まぁ、味の問題なんかどうでもいいでしょ。人間は魔からすれば養分を多く持っている生きものだから」

 

「それは………………」

 

どう言うことだ、と訊こうとしたところ、礼拝堂の窓と扉が音を立てて独りでに開いた。誰もいなかった。強い風が吹いただけか。

 

「うわっ、寒っ…………!!!この冬はどうなってやがる、まだ11月だぞ………!!」

 

「これも、カーラの仕業ね」

 

「は…………?」

 

カーラがこの街にいるから、この街はいま寒いのか?………いや、確かに人狼って寒いところのイメージあるけど。

 

「カーラの厄介なところは特に三つ。一つ、カーラは【槍のように長い太刀を自由自在に振り回して、襲ってきた相手を返り討ちにしてくる】。とにかく元から混血の中でもとりわけ強い。二つ、カーラは【味方の狼たちと共に行動するから、群れになって襲ってくる】。群れで動くのは狼の習性ね。三つ、【カーラの周囲は自動的に寒波を発生させる】。これが特徴よ」

 

「ふーん、混血としても完成してんのか、カーラは」

 

確かに、食生活まで変わっていれば、そりゃあ、混血としてはゴール済みだ。俺は鬼人の血を引いているけど、実際、反転は一度も起こしていないし、生活の何かがおかしいわけでもない。

人として暮らそうと思えば、俺みたいなヤツほどそれっぽいものになる。一方で、戦えば、間違いなくカーラのように人間の部分を辞めているヤツの方が強い。

 

「ま、待て、それじゃあ、たった今とんでもない寒波が来たってことは、」

 

「えぇ。カーラは過去一番、活発に活動しているってことよ。貴方はここにいて。ちょっと近くを見てくるわ」

 

アスナは立ち上がって、礼拝堂の外へ出ていく。

 

「待て、俺も行く!カーラに遭ったらついでにぶっ殺す!!」

 

「いいわ。近くのホテルに行くだけよ。といっても、向こうは大変なことになってるから、白邪くんが来たら間違いなく死ぬわ。昨日の死者とはワケが違うのよ。そもそもの規格が違う。三輪車とジャンボジェットの差よ。昨日の死者を倒せた程度で自信があるみたいだけど、アレと比べていたら終わりよ」

 

畜生、この期に及んでクソ分かりにくい喩えしやがって。三輪車とジャンボジェットの差なんか具体的にわかるか、めちゃくちゃ違うのは分かるけど!!

 

「そんなの俺だって分かってる。人生一番キツい戦いになる覚悟でいる。死ぬかもしれねぇってのも百も承知だ。というか死ぬ覚悟でいるんだよ、俺は。俺だってこんなことしたくねぇし、ほんとはここで大人しくしときてぇよ。でも、」

 

「でも?」

 

「これ以上の犠牲はまっぴら御免だ。俺は罪のない人が罪被せられたり、痛い目に遭ったりするのが大嫌いなんだ。そんな野郎、許してたまるかよ。同じ混血として分かるんだ。カーラにとっても、食事は大切なことだし、仕方ねぇってわかってる。それは理解できるんだ。けど、だからって、見ず知らずの他人を食うって神経に納得が行かねぇ。嫌いなもん見過ごしているのが一番癪に障る。命を掛けてでも、一発ぶん殴らねぇと気が済まねぇよ」

 

「ほんっと理解に苦しむわね。それは善意とは別よ?善意なんかで受け入れられるような仕事じゃないし、そんな正義感、理由に不十分よ?」

 

アスナは俺の正義感にお手上げのようだ。それもそうだろう。俺の倫理観なんて、誰も理解してくれないだろう。

 

「当たり前だろ。お前鬼人じゃないんだから。俺の言ってることは鬼人にしかわかんないだろ」

 

はぁ…………と、アスナは溜め息を付く。全く、溜め息を付きたいのはこちらのほうだ。まさかアスナに呆れられることになるとは夢想だにしていなかった。

 

「いい?絶対に私から離れたらだめだからね。離れた瞬間死よ」

 

「分かってるよ。何しようが俺の勝手だろ、お前が断っても、俺は勝手に行くからな」

 

俺は自分の頭のおかしさに半笑いになりながらナイフを上着のポケットから取り出して、アスナの前を横切って、礼拝堂を先に出る。

 

「何してんだ、行くんじゃねぇのか?」

 

「すごい元気ね。後で「助けてアスナー!」って叫んだりしないでよね?」

 

「当たり前だ。だが、」

 

もっと大事なことから先に解決しなければならない。

 

「もっと分厚い上着ないのか。くそ寒い」

 

「ないわよ」

 

そうだよな。ないよな。さぁ、冗談は置いておいて、殺し合いだ。行くぞ。

 

「その前に、一つ訊くわ。あなた、グロテスクは大丈夫?」

 

「グロいもんがあるのか……?」

 

あぁ。そうか。そうだよな。人間食うやつに遭うんだからな。人肉ゴロゴロ転がっているのは当たり前だろう。

 

「構わねぇ。そういうのは慣れてる」

 

「そう、なら、問題ないわね、行きましょ」

 

そう言って、アスナは俺の先を歩いていく。

 

「──────」

 

────そう。慣れているんだ。

みんなを守るために親父を殺したあの夜のこと、今でも夢に出てうなされる。

首を切って殺したんだっけ。あの真っ赤な切断面も良く覚えている。転がった親父の生首を、巻き散った血を、俺自身の怪我を、暴走した親父にやられた、何人かの人間たちの変死体を、あの生臭い匂いを。

空を見上げてみると、夕焼けと宵の間の、橙と紫のあやふやな空に金の月が浮かんでいる。

そのときも、こんな丸い、金色の月だった。あのときは、何もかも朱(あか)くて見たくなかったから、金の月を見て、気持ちの悪さを紛らわしたものだ。

 

「混血………」

 

覚醒した混血。人を食うことしかできなくなったカーラ。暴走して家族をも襲った親父。

 

「俺は────」

 

いつ、ああなってしまうのか。月なんか見ても面白くない。鮮やかだけど、麗らかだけど、その分どれだけ見ても静かだから、自然と先が見えて、未来が不安になるばかりだ。

青く、硝子のように澄んだ月は好きではない。あの日のことしか思い出せないから。見るなら、透明な太陽とか、真っ赤な月とか、真っ青な月とか、もっとカラフルな月が見たいものだ。

これから生きて帰れるかも知らず、俺は見たくもない月を見ながら、アスナに続いて走り出していた。

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