お嬢様言葉を話す博士が各地を冒険する(たぶん)コメディ。
今回はアニポケ新無印の主人公ふたりと絡ませます。
人物紹介
◾︎ラナンキュラス──本作の主人公。お嬢様。色違いを研究している博士。
◾︎サトシ──スーパーマサラ人
◾︎ゴウ──サトシの友達
一
マスターズエイト挑戦に向けて、ナックルシティ近くのワイルドエリアで特訓していたサトシは、なにやら騒がしい音を耳にした。ただ事ではない様子に、ピカチュウも耳をそば立たせている。訓練を止め、音のする方に近づいてみると、無数のキテルグマが鈍い地響きを立てながらこちらに走ってくるところだった。
「うわぁああああ!」
慌ててカイリューがサトシたちを抱きあげ上空に避難する。キテルグマたちはすっかり興奮した様子で脇目も振らず駆け抜けていった。
「な、なんなんだ一体……」
唖然とするサトシの肩をピカチュウが叩く。
「ピカピ!」
ピカチュウの指差す先に誰かが倒れている姿を見つけ、サトシの顔から血の気が引いた。あの群れに踏まれたらしい。哀れな被害者の傍に降り立つと、抱きかかえながら懸命に呼びかけた。
「おい大丈夫か! しっかりしろ!」
倒れていたのは、ちょっと見たことがないくらい綺麗な少女だった。美しく波うつ金髪、気絶していてもわかる整った顔立ち。あまり異性に興味のないサトシでも、おもわず息を飲むほど魅力的な容姿だった。
瞼が二度三度わななき、桃色の瞳がはっきりサトシを捉えるとやおら起き上がって「まあ……」とため息を漏らした。
「色違いキテルグマ、わたくしったら逃がしてしまいましたのね……! あぁ残念無念の遺憾砲ですわぁ〜!!」
「えっ?」
思いもよらない言葉にサトシの目が点になる。
少女は何事も無かったかのように服をはたいて土埃を落とし、優雅な仕草で髪を撫でつけた。全身にくっきり刻まれた肉球がなければ、とてもキテルグマの大軍に轢かれたとは思えない軽やかな身のこなしである。
「あなたが起こしてくださったの? ありがとう、助かりましたわ」
「あ、ああ。大丈夫? キテルグマに踏まれたみたいだったけど」
「もちろんですわ!」
バサァっ、と白衣の裾を翻す。その時初めて、サトシは少女が白衣を纏っていることに気づいた。
「このわたくし、ラナンキュラスがキテルグマに立て続けに踏まれたくらいでへこたれるとでもお思いかしら!? かすり傷ひとつ負ってはおりませんことよ! おーほっほっほっ!」
「お、お思いというか……」
普通の人なら無事じゃ済まないと思うんだけど……呟きつつ、サトシも立ち上がる。少女──ラナンキュラスは高笑いをやめ、たおやかな手を差し出し、微笑んだ。
「あらためて自己紹介を。わたくしはラナンキュラス。色違いのポケモンを研究しておりますの。お気軽にラナンとお呼びくださいまし」
「お、おれはサトシ! マサラタウンから来たんだ。こっちは相棒のピカチュウ」
「ピカァ」
心なしかピカチュウも控えめな挨拶だった。ラナンは律儀にピカチュウにも握手を求め、指先をちょんと触れられていた。
「サトシはなぜこんなところへ?」
「ああ、おれ、マスターズエイト挑戦目指しててさ、特訓してたんだ!」
「マスターズエイト……」ラナンの目がきらりと光る。
「それはつまり、ポケモン・ワールド・チャンピオンシップス上位八名に挑むということですのね! 勝てば未来のチャンピオン、まさしく人生を賭けたビッグイベント! まあ、まあまあまあ! なんということでしょう! それでは貴方、とってもお強いのね!」
「い、いやあそれほどでも……」
「謙遜なさらないで! そのピカチュウを見れば分かりますわ! 貴方がたが幾度もの死闘をくぐり抜け、勝利してきたということが! 素晴らしき強さ、ビンビン伝わってきますわよ〜!」
「そ、そうかなあ……」
勢いにたじろぎつつも、こう正面から褒められれば悪い気はしない。ピカチュウもまた、後頭部を掻いて照れくさそうにしていた。
「そんな貴方がたに出逢えたのもなにかのご縁! 是非お願いしたいことがありますの」
「お願い?」
ラナンはにっこりして言った。
「色違いの捕獲を手伝って下さいな。キテルグマと合わせてあと十体、この辺りで目撃情報があるんですの♡」
二
「遅いなあサトシの奴……まぁたバトルに夢中になってんのかなあ?」
スマホロトムを指先で弄びながらゴウはぼやいた。ナックルシティのポケモンセンターは多くの人で混みあっている。サトシが帰ってきたらすぐ気づけるようにと、出入口ちかくのベンチに座ってはや二時間が経とうとしていた。約束の時間はとっくに過ぎている。サトシが遅れてくるのは日常茶飯事だが、それにしても連絡くらい……と眉を寄せた矢先に着信音が鳴った。「おっ、きたきた。ったくサトシのやつ、アイスぐらい奢れよな」しかし、画面に映ったのは困った親友ではなく、サクラギ所長の姿だった。
『やあゴウ。ゲットは順調かい?』
「結構捕まえましたよ! でも所長、サトシが待ち合わせに来ないんです。どこで油売ってるんだか」
『おや、そうかい。二人にどうしても頼みたいことがあったんだが』
「頼みたいこと?」
『うん。実はね、いまちょうど君たちがいるナックルシティの近くに、僕の知りあいが来ているらしいんだ。それで是非とも、彼女と一緒に帰ってきてほしいんだよ』
「わかりました。事情を話して連れていきます。なんて人ですか?」
『ラナンキュラスというひとでね。君たちと同い歳だが、色違いポケモンの研究をしてる博士なんだ』
「色違い!」
『それに彼女自身捕獲の名手でね。きっと参考になる話がいっぱいあるんじゃないかな?』
「うはぁ……!」ゴウは目を輝かせた。
ミュウに辿り着くため、あらゆる土地で捕獲に勤しんできたゴウだったが、色違いのポケモンに出逢えた経験は数えるほどしかない。機会さえあればもっと色んな個体を見てみたいと常々思っていたのだ。待ちくたびれた疲れも一気に吹き飛んで、ゴウは勢いよく立ち上がった。
「オレ、捜してきます!」
『ありがとう、そう言って貰えると助かるよ! 彼女は野外活動が好きだから、たぶんワイルドエリアにいると思う。いま写真も送るから、それじゃ、頼んだよ』
「はい、わかりました!」
居てもたってもいられず、通話が切れるやいなやゴウは駆け出した。
その背後、背中合わせのベンチに腰掛けた三人組が目を見交わせる。
「……聞いた?」
「聞いた聞いた。その博士とやら、さぞかし珍しいポケモンをいくつも持ってるんだろうなあ」
「しかもジャリボーイと同い歳なら騙すのも拐うのもお茶の子さいさいだニャ」
「色違いを大量にサカキ様に献上すればいっぱい褒めてもらえるわぁ。ボーナスだってたんまりよ」女が言えば、
「それって……」男が喉を鳴らし、
「ニャんだかとっても……」ひときわ小柄な影が目を細め、
「「「いい感じ〜♡」」」
三人揃って恍惚な笑みを浮かべた。
「こーしちゃいらんないわ。さっさと追いかけるわよっ」
「了解!」
三人組は驚く周囲の人々を掻き分け、ゴウの後を追った。
三
──ワイルドエリア〈巨人の鏡池〉にて。
「ピカチュウ、エレキネット!」
指示に応え、ピカチュウが電撃の網を飛ばす。狙い過たず、池で泳いでいた赤いギャラドスに命中した。
「グギャァウ!」
「いまですわ、お行きなさいルアーボールっ!」
ラナンが完璧な投球姿勢でボールを放ち、ギャラドスが吸いこまれていく。さして間を置くこともなく、捕獲完了の合図が鳴った。
「完璧ですわ〜! これで八体、残すところあと二体でしてよ! さすがはサトシとピカチュウの名コンビ、凄腕ですわね!」
ルアーボールを掲げながらくるくる踊るラナンに、サトシも笑って頷いた。
「赤いギャラドス、かっこよかったなあ!」
「ええ! 通常色の青いギャラドスも雄々しいですけれど、赤い鱗はまた違った逞しさがありますわ〜! うふふ、この子にはなんて名前をつけましょう!」
「もしかして、みんなに名前つけてんの?」
「当然ですわっ!」
ラナンが力強く拳を握る。
「研究対象であると同時に、わたくしの愛しき仲間であり、家族ですもの! ひとりひとりにお名前を差し上げてましてよ! たとえばこの子! 出てらっしゃい!タママ!」
掌に載せたスピードボールからアメタマが飛び出し、むん! と言わんばかりに胸を反らせた。親によく似た自信満々な様子にサトシもつい頬を綻ばせる。
「おお〜っ、アメタマ! 可愛いなあ! こいつも色違い?」
「ええ! 図鑑で見比べてみてご覧なさいまし。この子の方が青味が強いでしょう」
「……ほんとだ!」
ポケモン図鑑とアメタマとを較べながらサトシが感嘆する。かなり微妙な差ではあるものの、たしかにこの個体は色違いのようだった。
「ポケモンの色違いというのは奥が深いんですのよ。全く違う色味になる子もいれば、タママのように少し色が濃くなるだけの子もいる。なぜそのような違いがあるのか、そもそもなぜ色違いの個体は生まれるのか……。わたくしの謎は留まるところを知りませんわ! その謎を解き明かすためにも! さあサトシ、次のポケモンを探しますわよ!」
「ああ! 次は誰なんだ?」
「おつぎは……「サトシ〜っ!」」
上から降ってきた声に、二人とも驚いて空を仰いだ。フライゴンに乗った少年が大きく手を振っている。
「ゴウだ!」
「どなたですの?」
「おれの友達さ! おーい! おーい!」
フライゴンはゆっくりと降下し、むくれた顔のゴウが降りやすいよう羽を下げた。
「おいサトシ! 遅れるなら遅れるで連絡ぐらいしろよな! ワイルドエリア中を飛び回ったんだぞ」
「ごめんごめん、色違い探しに夢中になっちゃってさ」
「色違い……?」
怪訝そうに眉をひそめるゴウへ、ラナンがしゃなりとお辞儀をした。
「初めまして、サトシのお友達。あまりサトシを怒らないでやってくださいましな。彼はわたくしの頼みごとを聞いてくださったんですのよ」
「頼み、って……」
ゴウがはっと目を見開き、スマホロトムとラナンを交互に見やった。
「あ、あんた、じゃなくて、あなたは、色違い研究者のラナンキュラス博士!?」
「ま、どうしてご存知ですの? そのとおり、わたくしがラナンキュラスですわ! どうぞラナンとお呼びになって!」
「よく知ってんな〜ゴウ!」サトシが目を丸くする。
「サクラギ所長から頼まれたんだよ、ラナン博士と一緒に帰ってきてくれって。そのとき画像も送って貰ったんだ」
「まあ! 貴方たちサクラギ博士をご存知ですの?」今度はラナンが驚いた。
「ああ! おれたちサクラギ研究所のリサーチフェローやってんだ!」
「そうでしたの! そんな人たちとお知り合いになれて、わたくしったら運がいいですわ〜! ねえ、タママ♡」
アメタマを掌にのせ、くるくると踊りまわる。どうもラナンは嬉しくなると踊る癖があるらしい。呆気にとられたゴウが、小声でサトシに耳打ちした。
「なんか、変わった人だな」
サトシも苦笑する。「たしかに。でも、本当にポケモンが好きな人だよ。ポケモンの方も、ラナンのことが大好きなのがよく分かるんだ」
「へえ……」
ゴウはまじまじとラナンを見つめた。
服装も変わっている。フリルたっぷりのワンピースに肘まで隠すレース地の手袋、サテンリボンのカチューシャ。およそワイルドエリア向きの格好とは言い難い。上に纏っている白衣を除けばパーティにでも居そうな格好だった。
踊るのに満足したらしいラナンがにこにこ顔で天を指す。
「さあさあサトシにゴウ! 目標はあと二体ですわ! はやく出逢いにいきましょう!」
「へっ? 目標? 二体? 何が?」
「ラナンが言ってたんだ、このあたりには十体の色違いがいるって。もう八体捕まえたから、残りは」
「二体、ってことか。でもそんなすぐ見つかるかなあ?」
「見つかりますわ! わたくしが居ますもの!」
首を傾げるゴウにサトシが言う。
「一緒にいれば分かるよ。行こうぜ、ゴウ!」
「……ま、乗りかかった船か。待てよサトシ!」
走り出した二人の背中を、ゴウは慌てて追いかけた。
四
思ったとおりラナンの話は面白かった。
初めて色違いと出逢ったときのこと。色の変わり方はいくつかの種類に区分されるが、どのポケモンがどんな風に変化するか、その傾向はまだ解き明かせていないこと。とくにゴウが興味をそそられたのは自作の図鑑を見せてもらった時だ。写実的なイラストの横に発見、考察、仮説、検証等がみっちりと書き込まれ、一ページ読むだけでも相当な時間がかかる代物だった。
驚いたことに、ラナンはそれらを歩きながら書くという。現に今も、目的地までの道すがら、先ほど捕まえた赤いギャラドスの絵を流れるような筆さばきで描いていた。
「器用だな〜! 歩きながら文字やイラストが書けるなんて」
横から覗いたサトシが出来栄えに感心すると、ラナンは自慢げに胸を張った。
「ポケモンはそこかしこに息づいていますもの、いちいち研究所に帰って机に向かう時間が惜しいじゃありませんの! ゆえにわたくしは長年の努力の末、この技法を編み出したのですわ! 名付けてっ〈秘技・お絵描きGO〉!」
「なるほど……名前はともかく、たしかに合理的だ」ゴウが唸る。
「ふふん、そうでしょうそうでしょう……あら。二人とも、お待ちになって」
ラナンが片手を伸ばしてサトシ達を制した。不思議そうな顔をする二人に目配せし、近くの茂みに隠れさせる。ラナンは手近な木陰に身を寄せた。
「ラナン?」
「しー、ですわ」食い入るように前方の沼を見つめている。
沼の周囲にはなにもいない。いったい何を見ているのかと思ううち、水面に波紋が広がり、一匹のウパーが飛び上がった。
「ぱう!」
鳴きながら楽しそうに泳ぎ回っている。その身体はラナンの瞳と同じ桃色をしていた。
「色違いのウパーだ……!」サトシが興奮して身を乗り出そうとするのをゴウが押しとどめる。ウパーに限らず、小柄なポケモンは警戒心が強く臆病な個体が多い。だからこそラナンはみんなを隠れさせたのだ。当のラナンはどうするつもりなのか横目で伺うと、手馴れた様子で木に登り、枝に這いつくばるところだった。
「……」
対象はそんな影など知る由もなく、のんびりと岸辺に上がって雫をふるい落としている。
頃合を見計らい、ラナンが枝に生っていたモモンの実をひとつ、地面に落とした。ウパーが嬉しそうに近づいていく。泳ぎ疲れてぺこぺこなのか、あっという間に食べきってしまった。ラナンは二つ目を投下する。それを口いっぱいに頬張った瞬間、無防備な頭に向かってラブラブボールを放った。
ぽん、と軽い音がして捕獲が成功する。サトシとゴウは立ち上がり、見事な手際を褒め称えた。
「すっげえ! さすがラナン!」
「よく居るのわかったなあ!」
ラナンは登るときと同様、淀みない動きで降りてき、
「ふふんですわ! この程度、わたくしにかかれば造作もないことですわよ〜!」
と胸を反らせた。
──するとその時。
いきなり降ってきた大きな網にラナンが絡め取られてしまった!
「きゃあ!」
「な、なんだっ!?」
「ラナン!」
駆け寄ろうとする二人を、激しい水鉄砲が牽制する。
「うわっ!」
「ちくしょう、なんなんだよ!」
「チクショウ、なんなんだよ! と言われたら!」
「あ〜れ〜!」
「答えてあげよう世の情け!」
「なんですのこれは〜!」
「世界の破壊を防ぐため!」
「助けてくださいまし〜! なんなんですのこれ〜! なんで網漁ばりに吊るされてるんですの〜!?」
「世界の平和を守るため……ってちょっとあんた、口上のあいだは黙っててくれる? テンポってものがあんのよテンポが」
「あら、ごめんなさいまし」
「……まったく。これだから最近の子供は。ほらコジロウ。続き続き」
「えっこの流れで? ……え、ええと、あ、愛と真実の悪を貫く!」
「ラブリーチャーミィな敵役!」
「ムサシ!」「コジロウ!」
「銀河を駆けるロケット団の二人には!」
「ホワイトホール、白い明日が待ってるぜ!」
「ニャーんてニャ!」「ソォーナンスッ」
ビシィ! と気球に乗った四人がキレのあるポーズを決める。サトシとゴウは歯噛みして、苦々しげにその名を口にした。
「ロケット団……!」
「またお前らか! ラナンを離せ!」
「やーなこった!」
「色違い専門の博士なら珍しいポケモンたんまり!」
「それを根こそぎ頂いちゃおうって寸法なのニャ!」
「そんなことさせるか! ピカチュウ!」
「フライゴン!」
いまにも飛びかからんとする二匹をムサシが鼻で笑う。
「あぁらいいのかしら? 攻撃しちゃって?」
「下でぶら下がってる博士に当たったらどうなるか……」
「よぉお〜く考えてみるのニャ♪」
「く……っ」
「あーはっはっは!」
「じゃあな〜!」
「これでも食らうニャ!」
ニャースのバズーカから砲弾が発射され、あたりに煙が立ちこめる。自分の手も見えない濃密な白煙がようやく晴れるころには、もはや気球はどこにも見当たらなかった。
「すぐ追いかけよう!」
「でも、どこに?」
ゴウの疑問に、当然サトシは答えを持たない。悔しがるサトシの目の先に、色違いのアメタマ──ラナンのタママが小さな頭の上にレベルボールを載せて立っていた。意志の強そうな瞳は、早くこのボールを取れと言っているかのようだ。
サトシがボールのスイッチを押すと、中からウインディが飛び出してきた。普通、ウインディは橙色の毛皮を纏っているが、この個体は眩く輝く黄金の毛並みを靡かせていた。
「おわっ、色違いのウインディじゃん!」
「めったまっ」
タママが鳴き、ウインディに自身を嗅がせた。ウインディは頷いて短く吠える。賢そうな眼差しが意味ありげにサトシたちを見つめた。
「これって……」
サトシが気づく。
「そうか! アメタマについたラナンの匂いを覚えたんだな! 追えるか、ウインディ!」
「ウォン!」
「なるほど、そうか! よおし急ぐぞサトシ!」
「おう!」
二人が背にまたがるや、ウインディは凄まじい速さで疾駆した。
五
一方その頃。ロケット団のアジトで、ムサシコジロウニャースの三人は作戦の成功に高笑いをしていた。
「チョロいもんよ! あとはポケモンをサカキ様に送るだけ〜♡」
「ボーナスを貰えたら何を買う?」
「そりゃもう美味しいご飯にスイーツにぃ……!」
「最新型のマシンも欲しいのニャ〜♡」
「うふ、うふふふふふふふふ♡」
「夢が広がるなあ♡」
「欲しいものなんでも買い放題ニャ〜!」
ラナンは後ろ手に縛られながら、そうしたやり取りを興味深そうに眺めていた。
ロケット団。無論名前は知っている。カントー地方を中心に各地で暗躍するマフィアだ。首領サカキを筆頭に腕利きの連中が揃い、悪逆非道を成すという。
だがどうも、そうした事前情報と目の前の彼らとが結びつかなかった。
腕が立つようにも見えないし、酷いことをするようにも思えない。こうして拐われてはいるものの、殴られたりもせず、適当に縛って放置されている。そもそも、本当にこちらの色違いポケモンだけが目当てならば、わざわざ拐ったりせず殺して奪えばいいではないか? なぜこんな回りくどいことをするのだろう?
そうした疑問と生来の好奇心が合わさって、ひたすら三人の会話に耳を傾けていた。
だが生来、ラナンはお喋りが大好きだ。ロケット団の面々が楽しそうに話しているのを聞いてうずうずしてきた。今の話題は〈貰ったボーナスで行きたい土地選手権〉で、赤髪の女性──確かムサシと名乗っていらっしゃいましたわね──がアローラの高級ホテル・ハノハリゾートを挙げ、青髪の男性──コジロウと仰ったような──がホウエンのフエン温泉の泉質について熱く語り、人語を解するニャース──色違いよりよほど希少ではないかしら──が美しいニャースのいる土地を探そうと提案して、実に愉快と混沌を極めている。
「温泉〜? そんなモンよりスパよ、スパ!」
「いやいやいや、ムサシはあそこの温泉の素晴らしさをわかってない! すごいんだぞほんとに。お湯はとろとろでいーい匂いがして、もう骨の髄から蕩けちゃうぞ!」
「そんなに素敵なところなんですの?」
「そりゃもう! 子供の頃に行って感動したなあ……! いまならもっと気持ちいいんだろうなあ」
「まあ〜羨ましいですわ〜! ホウエンの温泉といったら有名ですものね〜」
「そうなんだよ、あれは人類みな一度は行くべきで……って」
三人はぎょっとして振り向いた。ぐるぐる巻きに縛っていたはずのラナンが一体どうやってか縄を解き、ソファの一角に腰を据えていたからである。
「なーんで会話に入ってんのよアンタは」
「どうやって縄を解いたんだ? 全然気づかなかったぞ!」
「あっ、それニャーたちのお茶請け! 我が物顔でくつろぐんじゃないニャ!」ラナンが頬張っているチョコチップクッキーを見つけ、ニャースが声を荒らげた。
「あら、いけませんでしたの?」ラナンはきょとんと小首を傾げた。
「縛られたままも退屈ですし、面白そうなお話をなさっておいでだったのでつい。小腹も空いていましたから頂いちゃいました♡ ごめんあそばせ♡」
「ごめんあそばせ♡ じゃないっての! 貴重な食料をよくも〜!」
怒気も露わにムサシが飛びかかる。しかし、ムサシの身体が空中で制止したかと思うと、なぜかラナンの頭を飛び越えて床にダイブした。
まるで、見えない誰かに投げ飛ばされたかのように。
「ぐえっ!」
「む、ムサシっ?」
「な、何が起きたのニャ!?」
困惑しきりの二人は、取り敢えずムサシを抱き起こした。ムサシのほうも何がどうなったのかさっぱり分からない有様で、目を瞬いている。
「な、なに、なんなの一体……?」
「──ご紹介いたしますわ」
ラナンが静かに立ち上がる。と同時に、彼女の影からぬるりと湧き出るものがあった。
見上げるほどの巨躯。大きく張り出た腹。一つしかない赤眼がムサシたちを睥睨する。
「わたくしの親愛なる護衛役。ヨノワールのノワールですの。以後、お見知りおきを」
「ひ、ひええ……」
「色違いのポケモン。それはたしかに希少ですし、欲しがるコレクターが多いのも事実ですわ。中にはあなた方のように乱暴な手段にでる人も……。だからわたくしは、わたくしとわたくしの家族を護る強さを身につける必要がありましたの」
体を半身に開き、右手を前に、左手を腰に構える。一分の隙もないファイティングポーズである。
「さあ、いらっしゃいな! こう見えてわたくし、クッソブチ切れておりましてよ〜? わたくしの可愛い子たちを首領に献上できるかどうか、直々にテストして差し上げますわ〜! おーっほっほっほっほ!」
六
鈍い爆発音をピカチュウの耳が捉えた。
「ピカチュ!」
「あっちか! よおし、全速力だウインディ!」
「ウォオオン!」
頼もしい吼え声とともにウインディの速度が跳ね上がる。ゴウは力いっぱい毛並みにしがみついた。
景色が飛ぶように後ろに流れていく。いくらも行かないうちに打ち捨てられた小屋が見えてきた。ウインディが短く吠える。目的地に間違いないらしい。
「ゴウ! 準備はいいか!」
「とーぜんっしょ!」
二人とも目に闘志を燃やし、ボールを握りしめる。ムサシら悪党を許しては置けない。必ずラナンを救わねば!
しかし。小屋から出てきた人影を見た途端、二人の目が点になった。
当のラナンがにこにこしながら手を振っていたからである。
「あ、あれっ?」
「無事……みたいだな」
服も乱れていないし、怪我をしている様子もない。
「みなさま〜! さっきぶりですわ〜!」
ラナンだけが何事もなかった様子で、ウインディの顎を撫でたり、アメタマに頬ずりしたりと忙しかった。
「ラナン、ロケット団の連中は?」
「なかでお休みになっていらっしゃいますわ。ご覧になります?」
案内されると、なるほどたしかに三人とも眠りこけていた。ムサシは床で、コジロウは机に突っ伏し、ニャースはソファにひっくり返っている。全員、安眠とは程遠い苦悶の表情を浮かべているのが気になるが、ピカチュウがつついても電気を流しても起きる気配はなかった。
「ほんとに寝てんだ……」
「疲れてたのかなあ」
訝しむサトシ達にラナンは微笑みだけを返した。
ヨノワールによる〈妖しい光〉の効果で、彼らはいま、想像しうる限りの悪夢に襲われている。
自力で起きるのは至難の技だが、まあ罰としてはちょうどいいだろう。
アメタマの糸でぐるぐる巻きにし、小屋の片隅に寄せておくと、ラナンはぽんと手を打ち合わせた。
「さ、お二人とも。最後の捕獲が始まりますわよ」
「最後かあ。あっという間だったなあ」
「ターゲットは?」
「間もなくいらっしゃいますわ」
「へ?」
「くる、って……」
サトシがぴたりと口を噤んだ。遠くから地響きのような音が聞こえてくる。聞き覚えのある重低音だ。これはそう、ラナンに出逢う前に聞いたのと同じ──……
「ま、まさか」
おっかなびっくりサトシが振り向くと、彼方に土煙が見えた。それを巻き上げて走る集団の存在も。
ラナンが得意げに語りだす。
「アメタマは頭の先からあま〜い蜜を分泌することができるんですけれど、面白いことに、鳥ポケモンがその蜜を嫌うのに対し、とっても大好きで匂いだけでもメロメロになってしまうポケモンもいるのですわ。例えばヒメグマやクマシュンといった熊ポケモンですわね。ワイルドエリアに生息するヌイコグマも例外ではないんですの」
地響きが近づいてくる。首をめぐらせたゴウが音の正体を知り、硬直した。
「みなさまがここに走ってくる間中タママの蜜の香りが四方八方に撒かれたので、嗅ぎつけたキテルグマがもうすぐ来るはずですわ! あんまり嗅ぎすぎると興奮しすぎて危ないんですけど、わたくしたちならきっと! 捕獲できますわよ! さあおふたりとも、上に逃げて!」
サトシとゴウは光の速さでカイリューとフライゴンを呼び出し、上空に避難した。ラナンもまた、色違いの黄色いチルタリスに乗って舞い上がる。
散々ご馳走の香りを嗅がされたキテルグマたちは、瞳を爛々と輝かせ疾走してきた。その数およそ十頭前後、全員色違いという世にも稀な群体が、小屋に向かって突撃する!
中にいたロケット団が、宙を舞いながら夢見心地に呟いた。
「なんだか……」
「とっても……」
「ヤなかんじぃ〜……」
仲良く星となったのを見送って、ラナンが命じる。
「メーテル、歌ってくださいまし」
チルタリスの美しい歌声が辺りに満ちる。暴走状態にあったキテルグマたちは、歌を聞くうちに少しずつ脱力しはじめ、ぽうっとした面持ちで寝転びだした。ラナンがそのうちの一体にヘビーボールを投げつける。
「捕獲完了。これにて本日のミッション、すべて終了ですわ!」
「やったな、ラナン!」
「このキテルグマみんな色違いだけど、全員捕まえないの?」
「ええ」
ラナンは優しく頷いた。
「研究所とワイルドエリアでは環境が大きく異なりますもの。せっかく群れがあるのならば、群れとこの子、ふたつを比べたほうがより研究の精度が増しますわ!
わたくしがしたいのはポケモンの研究であり、独占ではありませんからね。今日捕まえた子達も、望むなら住んでたお家に返してあげますわ」
「そっか……そういうのも大事なんだな」
ゴウは感心した。自分にはない考え方だったからだ。
珍しいポケモンは多くの人が欲しがる。色違いなら尚更。
けれどラナンはあくまでポケモンの幸せを望み、ほんの少しだけ力を貸してもらうのだ。サトシが言っていた、『ラナンはポケモンが大好きで、ポケモンもラナンが大好きだ』という言葉の意味がよくわかった。
いつの間にか、日が沈みかけている。地平線を彩る夕焼けはとても美しかった。
「今日はとっても楽しかったですわ! サトシ、チャンピオンシップス、ぜひ優勝なさってね! 応援してますわよ!」
「ああ! ラナンも頑張れよ!」
「勿論ですわ! お二人とも、ぜひわたくしの研究所に遊びにいらしてね! 絶対ですわよ〜!」
金の髪をなびかせて、ラナンが飛び去っていく。その後ろ姿を、サトシとゴウはいつまでも見送った。
「素敵なお二人でしたわね……。ぜひまたお会いしたいですわ」
掌にのせた
「あなたもそうお思いになるの? ……うふふ。次はバトルもしてみたいですわね……」
白衣の袖から覗いたキーストーンが、夕陽を浴びて煌めいた。
よろしければ感想おねがいいたしますわ〜!
読みやすい文字数は次のうちどれですか?
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2000〜5000字程度
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5000〜1万字程度
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1万字〜2万字程度
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どんなに長くても構わん