お嬢様博士ですわ!   作:じゅに

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お嬢様博士第3話。
各話独立してるのでどこからでもお読みいただけます。
今回バトルの描写頑張ってみました。

▫️ラナンキュラス・・・主人公。お嬢様博士。色違い研究家。うるさい。
▫️アスナ・・・フエンタウンジムリーダー。可愛い。


3話/青い空!白い雲!悪党退治にうってつけの日ですわね!

 一

 朝六時。すでに息苦しいほどの暑気をはらんだ陽の下で、一人の少女が汗だくになりながら畑仕事に精を出していた。

 高く結わえた赤髪は四方八方に伸びて、彼女の快活な性格を象徴している。ぱちり、と鋏を入れたハーブを籠にしまって、額の汗を拭った。

 

「こんなもんかな」

「ルルゥ」

 

 バシャーモがタオルを差し出す。少女はにっこりして受け取った。

 

「ありがと! 今日もいい天気だよ、シャモ」

 

 バシャーモは頷き、主人にならって天を仰いだ。

 えんとつ山の稜線が青空にくっきりと広がっている。文句なしの快晴、風は微風。素晴らしく平和でおだやかな一日になりそうだった。

 ところが。

 

「アスナさーん!」

 

 遠くから悲痛な声を上げてジムトレーナーが駆けてくる。気持ちのいい陽射しとは裏腹に、彼の顔は血の気が引いていた。

 

「どうしたんです、そんな慌てて」

「はぁ……はぁ……た、大変ですアスナさん」

「落ち着いて。何が起こったんですか」

「それが……それが……」

 

 男は唾を飲みこみ、一息に叫んだ。

 

「預かっていたタマゴが、みんな盗まれてるんですっ!!!!」

「な……」アスナは絶句し、目を見開いた。

 

「なんですってー!!!!!!!!!」

 

 

 二

 カイナシティはホウエンが誇る港町だ。

 ひっきりなしに出入りする船舶。異国情緒溢れる品が並ぶ市場。威勢のいい呼び声が飛び交い、毎日が祭りのごとき賑やかさである。

 その一角、お香を扱う出店の前で、一人の少女が難しい顔をして唸っていた。

 

「う──────ん……こぉれは難しいですわよ〜……すべてのお香を買いたくなっちまいますわね……」

 

 豊かに波うつ金髪を赤いリボンで纏め、フリルをふんだんにあしらったスカートに身を包んでいる。一見ポケモンコンテストにでも参加するような出で立ちだが、それにしては上に羽織った白衣が異質だった。

 店主がうんざりしながら団扇を振るう。

 

「おいおい嬢ちゃん、あんたもう三十分もそこにいるじゃねえか。買うのかい、買わないのかい」

「買いますわよ〜……買うんですけれど〜……なぁにを買いましょうかねえ〜……悩みが尽きないんですわ〜……」

「そんな悩むなら全部買っちまえばいいじゃねえか。金持ってんだろ?」

「よくぞ聞いてくれましたわっ!」

 

 がばっ! と顔を上げ、店主の髭づらを至近距離から見据える。勢いと力強さに気圧された店主が半歩引けば、少女は一歩足を進めた。

 

「昨夜この港についてからというもの、もう見るもの全てが新しくてっ! 次から次へと買って食って買って飲んで買って遊んでしてましたらっ! なんとっ! 路銀が底を尽きてたんですわぁ〜!!!! 不思議ですわよね、なんでお金って遣うとなくなるんでしょう」

「当たり前だっ」

 

 店主の心からのツッコミも彼女には届かない。頬に手を当て悩ましげな貌をしながら、再びお香観察に戻ってしまった。

 店主はやれやれと言いながらカウンター裏の椅子に座る。金がないなら帰れ、というのは容易いが、もともと客の多い店でもない。暇つぶしに立たせておくくらいは目をつぶれた。

 お香を求めるトレーナーは年々減っている。技の威力や回避率など(ステータス)を上げたければ上位互換のアイテムがいくらでもあるし、回復源のきのみ(ピンチベリー)はフィールドを歩けばタダで手に入る。わざわざ数千円払ってパッとしないお香を買うのはバトルに疎い新米トレーナーか、珍しもの好きの観光客ぐらいのものだ。ところが今日入ってくる船は貨物船ばかり、間抜けなトレーナーがそうそう歩いているはずもなしで、店主のやる気はマッギョの体高よりも低かった。

 あと五分居たら追い出してやる……そう思っていた矢先、市場の奥から悲鳴が聞こえてきた。

 

「ドロボーっ! ひったくりよ、誰か捕まえてーっ!」

「どけどけぇあ!」

 

 サングラスを掛けた男が女物のハンドバッグ片手に駆けていく。店主が椅子から立つより早く、少女は動きだしていた。

 腰のボールベルトから一つ取り外し、天高く放ると、ポケモンが出るより早く凛々しい声で命じた。

 

「タママ! お香に向かって糸を吐く!」

「お、おい!?」

「そのままスイングですわ!」

 

 少女の頭にのった色違いのアメタマ(タママ)が、粘つく糸をお香に巻きつけぐるぐると振り回す。充分加速したところで糸を離した! 

 遠心力によって投げられたお香が見事、逃げゆく男の後頭部を直撃する! 

 

「おげぇっ!?」

 

 男はたまらずもんどりうち、顔面から着地した。慌てて起き上がろうとする背中に、コータスがずしりとのしかかる。

 

「ぐぇえええ!」

「逃がさないよ! あたしの目の届くところで盗むなんざ、なんて悪いひと……じゃなかった、ふてぇ野郎だ! このまま警察に突き出してやるから覚悟しな!」

「わ、わかった、にげねえ、逃げねえから勘弁してくれぇ……!」

 

 ひったくり犯がひぃひぃと情けない声を出す。

 周囲の人間はコータスのトレーナーを見てわっと歓声をあげた。

 

「アスナちゃん!」

「いよぉ! フエンのジムリーダー!」

「さすがアスナちゃんだね!」

「かっこいーぞー!」

 

 当の本人は髪以上に顔を赤くしながら、努めて気にしていない風を装いつつ、犯人を後ろ手に縛り上げた。なにかを探すように首を巡らせ──アメタマを頭に乗せた少女に目を止める。

 

「さっきお香投げたの、あなた……じゃない、あんただよね? はい、これ。落ちてたよ」

 

 金色の"幸運のお香"を手渡す。やや側面に凹みがあるものの、目立ったキズはなさそうだ。

 

「ま、ありがとうございますわ。あなた、アスナさんと仰るのね」

「ああ、まあね。ちょっと離れたフエンって町でジムリーダーやってんだ。あなた……じゃなくて、あんた、旅の人?」

「ええ!」

 

 ばさぁっ! と白衣の裾をひるがえし、少女はビシィッ! とポーズを決めた。

 

「色違いポケモンの研究家、ラナンキュラス博士とはわたくしのことですわ! どうぞラナンとお呼び遊ばせ! おーっほっほっほ!」

「そ、そっか。ラナン、ありがとね。おかげですぐに捕まえられたよ」

「礼には及びませんわ。人として当然の行いですもの!」

「……で、それは何をしてるの?」

 

 ラナンは男のポケットから財布を取り出し、札を何枚か抜いていた。

 

「わたくしはアメタマのタママでこの人を止めましたの。いわばポケモン勝負! 勝負に勝った者は賞金を手にする権利がありましてよ! 人として当然の行いですわね!」

「うう……追い剥ぎだァ……」

 

 男が流々と涙する。

 

「あっわたくし幸運のお香持ってましたわ。もっと貰っちゃいましょ」

「強欲だァ……」

 

 男の嘆きがますます深くなった。

 

「ま、まあでも、泥棒したのが悪いし……働けばすぐに手に入る額だよ」

 

 なぜかアスナが泥棒を慰めねばならなかった。

 通報を受けて駆けつけた警察が犯人をしょっぴいていく。

 コータスをボールにしまいながら、アスナがぼそりとつぶやいた。

 

「……この調子で、タマゴ泥棒も見つかればな……」

「タマゴ?」

 

 アスナははっと目を見開き、慌てて手を振った。

 

「ああ、いやいや。こっちの話。それじゃ、研究頑張って」

「お待ちくださいな」

 

 はし、とアスナの手首を握り、ラナンがキラキラと輝く笑みで言った。

 

「ここで会ったのもなにかのご縁! よろしければお昼など頂きながらお話聞かせてくださいまし!」

 

 そのまま半ば強引にレストラン街へと引っ張っていく。野次馬たちが「よかったよかった」と口々に言い、お香の店主も調子を合わせていたが、店に戻ってはたと気づいた。

 

「お香……パクられた……」

 

 時すでに遅し。

 沖でキャモメがアホーと鳴いた。

 

 

 三

 ほどよく安く、量の多い定食屋を見つけ、二人は腰を落ち着けた。昼時を外していることもあり、客は少ない。アスナたちの他にはカウンターでどんぶり飯をかきこんでいる男がいるきりだ。

 

「それで? タマゴ泥棒ってどういうことですの?」

 

 運ばれてきたお茶をしとやかに啜りながらラナンが問う。アスナは少し俯きながら、ぽつりぽつりと語りだした。

 

「あたしの町には有名な温泉があってね、フエン温泉っていうんだけど、そこでタマゴを孵すとほかで孵すより強い子が生まれるって言い伝えがあるんだよ」

「ふむふむ?」

「それで、ジムの傍ら、希望する人からタマゴを預かって温泉に浸からせてるんだけど、今朝担当者が見に行ったらひとつ残らず盗まれてたんだ」

「全部孵ってしまってお散歩中……ということはございませんの?」

「ありえない」

 

 アスナはきっぱりと首を振るう。

 

「うちには孵卵の大ベテランがいてね、どのタマゴがいつごろ産まれるか完璧に言い当てることが出来る。その人が、早くてもあと二日はかかるといっていたから、間違いないよ」

「なるほど……盗む人に心当たりは?」

「あるといえばあるし、ないといえばない」

「ナゾナゾですの? わっかんねぇですわ〜!」

 

 目を丸くするラナンにアスナは吹き出した。

 

「違う違う。そうじゃなくて、やろうと思えば誰でも盗めるってことさ。見張りを立ててはいるけれど、れっきとした観光地だからね。人の出入りは激しいし、長く居座る人もいればすぐに発つ人もいる。言っちゃえば、最近あの町に来た人全員が容疑者になるってわけ」

 

 無論、簡単に手に取れるようなところには置いていない。小さい山を削って穴湯を掘り、柵をめぐらして定時に巡回もさせていた。湯治めあての弱った人間では辿り着くことも出来ない場所だが、それでも突破してしまうのが悪党の悪党たるゆえんである。

 

「うーん悩ましいですわね〜! でもなぜ、カイナに来ましたの?」

「……運ぶなら船しかないからさ」

 

 茶のみを握る手に力がこもる。

 温めていたタマゴは十数個。それだけの数を陸路で運ぶのは難しい。航空法でタマゴを飛行機に持ち込むことは禁じられているから、必然、残ったルートは海になる。

 港ならミナモシティにもあるが、道中湿地帯や草深いフィールドを通らねばならず、交通の便が悪い。すぐに運べて、すぐに逃げれる。この条件を満たすのがカイナシティというわけだ。

 だからギャロップに乗って急いでここまで来たのだが、それらしい人間は見当たらなかった。ひょっとすると、既に出港しているかもしれない。そうなれば回収は絶望的だ。

 

「朝から何時間も探し回ったけど、手がかりひとつなくて……もう、どうしたらいいか……」

 

 アスナの目に涙が浮かぶ。ジムリーダーに就任して半年。ようやくバトルが楽しいと思えるようになってきたのに。

 タマゴを預けてくれた人に申し訳が立たない。もっと管理体制を強化すべきだった。タマゴが割られていたらどうしよう。産まれた子達が売られたりしたら。自己嫌悪と負のイメージが加速度的に膨らんでいく。

 けれど、眦から涙が零れるより早く、ラナンがそっとアスナの手を握った。

 

「──平気ですわよ、アスナ」

「ラナン……」

 

 ラナンは微笑んだ。桃色の瞳が優しく瞬く。

 

「二人で捜せば、お排泄物(クソッタレ)な犯人たちもタマゴちゃんたちもきっと見つかりますわ。そのためにもまずご飯を頂かなければ……ね?」

 

 アスナはこみあげる涙を乱暴に拭い、鼻を啜った。

 そうだ、落ちこむのはまだ早い。探していないところ、まだやっていないことは沢山ある。

 萎みかけていた心がみるみる元気になってきた。

 

「……そう、そうだね! まずは食べよう! よおし、おばちゃん! 焼きそば大盛り!」

「こちらは醤油ラーメンを所望しますわ! もちろん大盛りでしてよ! おーっほっほっほ!」

「あいよー」

 

 店内に食欲をそそる香りが満ちる。二人はあっという間に料理を平らげると、意気揚々と出ていった。

 

「……タマゴ泥棒、ね」

 

 カウンターで新聞を読んでいた男が低く呟く。その目は恐ろしいほど暗く、沈んでいた。

 

 

 四

「むやみやたらと探しても効果は薄いと思いますの。まずは船舶の入出港記録と貨物の届出を調べましょう」

「それなら港湾管理局に行けばあると思うが、出してくれるだろうか」

 

 不安げに眉を曇らせるアスナだったが、ラナンはどこまでも自信たっぷりだった。

 チ、チ、チ、と指を振ってウィンクする。

 

「こうみえてわたくし、いろーんなコネがあるんですのよ?」

 

 港湾局の職員は、最初うさんくさそうにラナンを見ていたが、彼女が何かをチラつかせた途端態度を変え、あたふたと奥にひっこんだ。代わりに、おそらくは局長クラスであろう人間が応対に出たが、言葉遣いもひどく慇懃で下にも置かぬ扱いである。

 あっというまに応接間に通され、最高級のコーヒーを供された。

 

「それで、我々は何を差し上げましょう?」

 下座に座った局長が訊ねると、ラナンは優雅にコーヒーの香りを楽しんでから、簡潔に言った。

 

「この港でタマゴの密輸が行われているみたいですの。ご存知のことをまるっと教えてくださいな」

 

 局長の目がすっと細くなる。

 

「密輸、ですか。それはまた、聞き捨てならないお話ですな」

「ええ。わたくしもまさかと思いましたわ。一度ならず二度までもそんなことがあるなんて」

 

 アスナが血相を変える。

 

「なんだって!? 前にもこんなことがあったのか!」

「──ああ、アスナリーダーはご存知ありませんでしたか。無理もありません、もう二十年近く昔の話になりますからな」

「懐かしいですわぁ……」

 

 ラナンが遠い目で窓の外を見やった。局長が驚きっぱなしのアスナに顛末を語る。

 

「身内の恥を晒すようで汗顔の至りですが、前回はここの幹部のほぼ全員が密輸を取り仕切っていたんです。それは狡猾にして大規模な密輸事件だったのですよ」

「わたくしと国際警察が手を組んで捜査にあたったのですけど、もうとにかく手口が巧妙で……悪賢いってああいうことを言うんですのねえ。法の網は創るよりくぐる方が簡単だ、とはよく言ったものですわ」

「全くです」

 

 局長が苦笑する。

 

「あのとき、あなたの上司や同僚が軒並み逮捕されましたわね。さぞ驚かれたでしょう?」

「それはもう。その後の二年間のことは思い出したくもないですね。関係各所に頭を下げて仕事を引き継いで……毎日一時間寝れればいいほうだった」

「事件が落ち着いたあとは、あなたが関与した痕跡は一切ない、完全なシロだったということで、港湾局の最後の良心とメディアも盛んに報じてましたわね」

「……過ぎた話ですよ。でも、密輸はまだ終わっていない。そうですね?」

 

 最後の声はアスナに向けられたものだった。初めて聞く話ばかりで呆然としていたアスナは、はっと我に返り、局長を見つめる。局長もまた、真っ直ぐ見つめ返した。

 アスナは懸命に語った。微に入り細を穿ち、タマゴの柄に至るまで。最後まで黙って聞いていた局長は、メモを見ながらぼそりと呟いた。

 

「奴らだな……」

「っ、心当たりが?」

「ええ。この手口はほぼ確実に、セカイ団の仕業でしょう」

「セカイ団……?」

「なんですのそれ?」

 

 アスナとラナンが同時に首を傾げる。

 

「アクア団とマグマ団が壊滅したあと、生き延びた残党たちによって結成された組織です。陸と海、双方纏めて支配しようということからこの名をつけたとか。奴らなら、陸路も海路も自在に行き来できるでしょう。ホウエン各地に倉庫や拠点があるとの噂もありますから、タマゴ泥棒くらい訳ないはずです」

「でっ、では、奴らはどこに、どこにいるんでしょうか!」

 

 思わず立ち上がるアスナを、局長は静かな貌で見上げた。

 

「──すみません、そこまでは」

「ああ……」

 

 がっくりと項垂れる。だが希望は尽きていなかった。

 

「待ってください。確証はありませんが、部下の報告書や漁師たちの話を総合すると、ここにいる可能性が高いのではないかと思われる場所が一つだけあります」

 

 机に海図を広げ、ある一点を指差す。

 かつては資源採掘所として繁栄したが、自然保護の名目で活動を停止し、いまなお放置された施設。

 

「シーキンセツ……行ってみる価値はあると思いますが、いかがでしょう」

 

 アスナの答えは聞くまでもなかった。

 

 

 五

 色違いぺリッパーの背にまたがりながら、アスナは眼下に広がる大海原を見渡した。

 吹きつける潮風も、照り返しの眩しさすら心地いい。空を飛ぶとはこんなに清々しいものだったのか。

 

「空を飛ぶって最高ね……じゃない、最高だな!」

「そうでしょう!」

 

 ぺリッパーのくちばしをぱかりと開けてラナンが相槌を打つ。

 二人いっぺんに背中に乗ることはできないため、片方を嘴に入れて運んでもらうことになったのだが、ラナンいわく、案外居心地はいいらしい。

 それでもジャンケンに勝ててよかったとアスナは思う。なんか、捕食されてるようにしか見えないし。

 

「何か嫌なことがあったらとりあえず飛んでみるといいですわよ! もうなんもかんも忘れてシャキッとしますわ!」

「そうだね……じゃない、そうだな! ところであとどれくらいだ?」

「もう見えてますわよ〜!」

 

 言われて気づく。前方の一角、明らかに自然のものではありえない巨大な塊が鎮座していた。

 右傾し、海中に没した部分と空に向かってせり出す部分とに別れ、いたるところに海藻やフジツボがへばりついている。海中で育つ樹木──マングローブというやつだろうか──が乱立し、全体像を把握することは難しいが、見えている部分だけを見ると、

 

「捨てられた艦って感じだ……」

 

 ラナンは一瞬黙ってから、左側──天にせり出している方を指さした。

 

「……ペッパー、あちらに降ろしてくださいまし」

「ォア」

 

 弧を描くように舞い降りる。錆だらけの足場を踏んだ瞬間、異様な音が響き渡った。

 

 ……ギィイオオオオォオォォン……

 

 鉄が軋む音か、はたまた何かの鳴き声か。得体の知れなさにアスナの身が竦む。縁から海を覗きこんでいたラナンは親指を立てて笑った。

 

「さ、行きましょ! 情報が確かならタマゴちゃんたちがいるはずですわ!」

 

 アスナはその明るさに肩の力がふっと抜けるのを覚えた。力強く頷く。

 

「……うん! 行こう!」

 

 中に入ると、外から見た以上に広かった。

 意外にも電気系統は生きている。……いや、犯人たちが引いていると思った方がいいだろう。がらんと静まり返ったなかを、二人の足音だけが反響する。

 ラナンは己の頭上でぺリッパー(ペッパー)を羽ばたかせながら、更にザングースも呼びだした。こちらも当然色違いの個体である。

 

「ザグーですわ。お見知り置きを」

「あ、と。よろしく」

 

 ザングース(ザグー)は鋭い目でアスナを見つめ、ぺこりとお辞儀した。恐い見た目とは裏腹の礼儀正しい姿勢にアスナが頬を赤らめる。

 

「すごく紳士的なポケモンなんだな……すごいね、じゃない、凄いな!」

「うふふ。あなた褒められてましてよ、ザグー!」

 

 嬉しそうに相方の背中をぺしぺしと叩く。

 次の一瞬、ザングースが左の爪を閃かせ、恐ろしい切れ味をもってラナンに襲いかかった! 

 

「ラナン!」

 

 アスナが叫ぶ。しかしラナンは動じることなく、ほんの僅かに身体をずらすだけだった。

 ラナンに迫っていた毒の礫が、ザグーに打ち砕かれ、地に落ちる。

 

「……えっ」

「お喜びなさい、アスナ」

 

 アメタマのボールも開きながらラナンが笑う。

 

「ビンゴ、ってやつですわよ」

 

 その言葉を皮切りに、ぞろぞろと湧き出た男たちが二人を囲んだ。みな一様に帽子を目深に被り、人相を隠してはいるが、凶悪な雰囲気ばかりは誤魔化しようがなかった。

 

「いまので倒れりゃ、海に放りだす程度で許してやってもよかったが……」

 

 リーダーらしき男が言う。ざらついた声は長い間潮風に晒された証。ということは、元アクア団の一員か。

 

「あっさり防がれちまっちゃあ、もう殺すしかねえなあ」

 

 ヘルガーを侍らせた男がせせら笑う。こちらは元マグマ団員に違いない。

 ボールを構えながら、アスナが問う。

 

「フエンからタマゴを奪ったのは、お前たちか!」

「だとしたら?」

「──全員倒すっ!」

 

 アスナが集団に突っ込んでいき。

 かくして、大乱戦が始まった! 

 

 六

 

「フレアドライブ!」

「飛び膝蹴り!」

「切り裂くっ!」

 

 矢継ぎ早の指示が飛ぶ。バシャーモの反応は恐ろしく早く、長い手足を存分に振るって目の前の敵をなぎ倒していく。

 

「く、くそ、こんなはずじゃあ……!」

 

 マグマ団は慄いた。目の前の光景は想定と全く違っていた。

 アスナと対峙したとき、勝ったと思った。こちらは同属性のポケモンを多数揃え、どんな攻撃も半減できる。なんなら特性で炎技を無効にもできるのだから、ダメージを受けることなく一方的に殴れるぞ、と。

 それが甘い幻想であることを、すぐに思い知らされた。

 まず練度が違いすぎた。レベルも技のキレもアスナの方が遥か格上、多少数を揃えたところでまさしく烏合の衆でしかない。小手先の策など並べる前から蹴散らされた。

 ゴルバットやドンメル、ブーバーらを繰り出して必死に凌いできたが、それも長くは持たないだろう。一体、また一体と気絶していき、じりじりと前線が後退していく。包囲網が崩れていく様に、反対側にいたアクア団が焦り始めた。

 

「お、おい! どこ行きやがる!」

「うるせえ! 指図すんな!」

「挟み撃ちにしなきゃ意味ねぇだろうが!」

「だったらさっさと来いよ! なに手こずってやがる!」

 

 詰られ、アクア団は忌々しげに舌打ちした。合流できるものならばとっくにしている。こちらの手持ちは水タイプばかり、炎タイプのジムリーダーなぞ敵ではない。

 なのにそれができないのは、目の前の妙な女が嫌らしい手で阻んでくるからだ。

 

「おーっほっほっほ! どうしましたの? 苛立ちが隠せていませんわよ〜? 戦場では平常心を失ったものから負けていく、この世の真理ですわ〜!」

 

 耳を劈く高笑いが鬱陶しい。だがそれ以上に厄介なのが手持ちたちだった。

 アメタマがねばねばネットや冷凍ビームで足場を覆い、機動力を殺す。

 ぺリッパーは追い風で味方を支援しつつ、遠距離攻撃で前衛を削り、剣の舞で攻撃力を上げたザングースが一撃離脱戦法でとどめをさしていく。

 隙のない立ち回りで、あっという間に三分の一がやられていた。

 

「クソっ! おい誰かさっさとザングースをやれよ!」

「ぁあ?! お前がやれや!」

「俺はぺリッパー狙ってんだろうが!」

「知るかよボケ!」

 

 売り言葉に買い言葉、暴言が暴言を呼び、収集のつかない内輪もめに発展していく。マグマ団のほうも似たり寄ったりで、アスナたちはその混乱に乗じて攻撃すればよかった。

 勝敗は誰の目にも明らかだった。

 ──このときまでは。

 マグマ団を壁際に追い詰めたアスナが次の命令を出そうとした瞬間、横合いから飛んできた水流をまともに喰らい、壁に叩きつけられた! 

 

「がっ……!」

 

 声もなくうずくまる。慌てて駆け寄ろうとするバシャーモに二撃目が命中し、ひとたまりもなく気絶した。

 

「っ!?」

 

 ラナンが目を見開く。いまのハイドロポンプは手下による攻撃ではない。技の威力が違いすぎる。

 これは──……

 

「──っ、タママ、まもりなさい!」

 

 球状の防御壁がラナンたちを包みこむ。間一髪、上から降ってきた荒れ狂う炎を防ぐことができた。

 

「……本命登場、というわけかしら?」

 

 ラナンの頬を汗が伝う。べとんっ、と粘っこい音を立てながら落ちてきたマグカルゴが、ニィイと口を歪めた。

 

「そうねえ。本命といえば本命、かな」

「好き勝手やってくれてよォ……めんどくせえなあおい」

 

 甲板と奥の部屋から現れた人影を認め、アクア団は歓喜し、マグマ団は一斉に青ざめた。

 

「助かるぜシズクの姐御!」

「ほ、ホカゲさん……!」

 

 甲板の女──シズクと呼ばれた女は形のいい唇にルージュを引きながら、呆れた顔で手下を眺めた。

 

「はァ? たったの二人にこんだけやられたの? よっっっっわいわねえ、アンタたち」

 

 そばに従うミロカロスが、動けずにいるアスナを尾でひっぱたいた。

 

「あう!」

「ジムリーダーだかなんだかしらないけどさあ。所詮クソ雑魚よ。弱点で責めれば終わりじゃない」

 

 アスナがろくに力の入らない腕で我が身を支え、なんとか起き上がろうとするも、そのたびにミロカロスが攻撃する。三度目の打擲でとうとうアスナは動かなくなった。

 

「……!」

 

 ラナンが拳を強く握りしめる。

 ザングースなどはもう怒り心頭だ。だが背後の男が助けることを許すまい。

 そんなお優しい人間でないことは、纏う圧迫感で知れた。

 

「っはー……」

 

 ホカゲと呼ばれた男が紫煙を吐きながら嘆息する。

 

「タマゴくらいお前らでも管理できると思ったんだがなあ……アジト突き止められるわボコられるわって……無能か? お前ら」

「ほ、ホカゲの兄ぃ……」

 

 擦り寄ろうとする手下を、ホカゲは一顧だにせず蹴り上げた。

 顎の碎ける鈍い音がここまで響いてくる。哀れな手下は叫ぶことも出来ず、泣きながら後ずさった。

 

「俺さぁ、機嫌わりぃのよ。スロは負けるしセフレには連絡つかねえし。クソどもの尻拭いもしなきゃだろ? やってらんねーってマジで。萎えるわ」

 

 ホカゲがラナンの前に立ちはだかる。背の丈は百八十を超すだろう。痩せて見えるが、分厚い筋肉を宿した肉体であることは服の上からでも分かった。

 なにより、ラナンが警戒したのはホカゲの目だ。年齢性別関係なく邪魔者は潰す。暴力を振るうことに微塵の躊躇もない。そうして生きてきた人間だけが持つ暗い光を瞳に湛えていた。

 

「シズク」

 

 顎をしゃくり、シズクを呼ぶ。

「こいつボコすぞ」

「命令しないで。……まあでも、面白そうだから乗ってあげるわ」

 

 シズクが並ぶ。酷薄な笑みを貼りつけて。

 

「──ふっ」

 

 ラナンが白衣の裾を翻した。

 

「わたくし、ラナンキュラスがたかだか二人ぽっちに負けるとお思いですの? 浅はか早計短慮の極み、まったくの計算違いであることを教えて差し上げましてよ! おーっほっほっほ!」

 

 ザングースが牙を剥き、ぺリッパーが高く鳴く。

 睨み合いは、ほんの数秒。

 

「熱湯!」

「岩雪崩!」

「躱してブレイククロー!」

 

 三者三様の指示が飛び、第二ラウンドの幕が切って落とされた! 

 

 

 七

 とある地方で二十年近くチャンピオンを務めた人物がこんな言葉を残している。

 ──戦いってのはね、ゴングが鳴った瞬間にはもう勝ち負けが決まっちゃってんのよ。その時に至るまでにどれだけ準備を出来たかがキモなんだよねえ……

 

「追い風!」

 

 ぺリッパーが忙しなく羽ばたき、味方を後押しする風が吹く。敵にとっては長く続く向かい風だ。シズクのミロカロスが煩わしそうに首を振るい、長い尾を叩きつけてきた。

 そうはさせじとザングースが前に出、巧みに勢いを利用してカウンターを狙う。影からぬるりと滑りでたマグカルゴが飛ばす灼熱のマグマを、ぺリッパーが水の波動で掻き消した。

 

「や──っぱりお強いですわねえ……」

 

 ラナンが呟く。

 シズクもホカゲも無駄な指示は飛ばさない。ミロカロスが物理攻撃で場を乱し、マグカルゴの炎で痛手を負わす。基本的にはこの戦法を通してくるわけだが、その裏で搦手を使うことにも余念がなかった。

 

「凍える風よ。足止めちゃってー」

 

 ()()()()()()()()、シャワーズが無視できない冷気を発し、ザングースたちを脅かす。筋肉が強ばり、思うように脚が動かない。ぺリッパーも翼が痺れてうまく飛べなくなった。

 

「岩石封じで閉じこめろ」

 

 ()()()、バクーダによる岩石攻撃がザングースを襲う。凍えた身体を守るのに精一杯で、為す術なく岩の牢に封じられた。

 ラナンの頭上でアメタマが憤る。ルール無用のバトルに我慢ならないらしい。飛び出そうとする小さな身体をラナンは慌てて抱きとめた。

 

「だぁめですわよ〜。熱くなったら相手の思うツボですわ」

「それでピンチになってちゃ世話ないと思うけどねえ?」

 

 シズクがバカにしきった顔で笑う。ホカゲは新たな煙草を胸まで吸いこみ、美味そうに吐き出した。

 

「で? どうすんだ? その鳥一匹で勝てるとでも?」

 ミロカロスにシャワーズ、マグカルゴとバクーダ。四体ともまだ体力は半分以上ある。対してぺリッパーは度重なるダメージで傷だらけ、息も荒い。ホカゲの言う通りラナンの圧倒的不利である。

 けれどそれでも、少女から余裕の表情は消えなかった。

 

「そりゃ勝ちますわよ。正義はいつだって勝つ、ゆえに最強なんですわ〜!」

「はっ」

 

 煙草を弾き、残忍な貌で口の端を吊り上げた。

 

「そりゃご立派だな? 袋叩き(フクロ)にされてもそんな口がきけるか試してやるよ。お前ら! 囲んで焼いちまえ!」

 

 周りで見ていた手下たちに命じる。消し炭は海にでも撒いてやろう。瀕死のジムリーダーによぉくみせつけて、二度と消えないトラウマを味わわせてやる。

 ……だが。

 手下たちは何秒待っても一人も集まらなかった。

 

「──なっ」

 

 振り向いたホカゲが絶句する。シズクも遅れて気づき、ぽかんと口を開けた。

 

「はぁ!?」

 

 セカイ団は一人残らず気絶していた。二十人以上が声も出せずにやられたということか? シズクたちに気づかれることなく? 有り得ない。いつ、どうやって! 

 疑問が解けるより前に、更なる疑問が降ってきた。

 

「……ラナン! タマゴは全部見つけたよ!」

 

 キャットウォークの上で、アスナがタマゴでぱんぱんの木箱を見せていた。ラナンが「天晴!」と描かれた扇子をぱんっと開く。

 

「流石ですわ〜!」

「あ、アンタ! どうやって!」

 

 取り乱すシズクの影がぐにゃりと歪み、すーっとラナンの方へ伸びていく。

 顔をのぞかせたポケモンを見て、ホカゲが舌打ちした。

 

「ジュペッタか……!」

「ご名答ですわ」

 

 名を呼ばれたジュペッタが影からぽんと飛び出すと、嬉しそうにけたけた笑い踊った。かつてぬいぐるみとして愛された過去を持つこのポケモンは、注目されることにこの上ない喜びを覚えるのだ。

 

「一人ずつこっそり倒してったってこと……? 嘘でしょ、いつそいつを出したっていうの! そんな素振り無かったわよ!」

「そりゃそうですわねえ。だって」

 

 ぴ、と手袋をはめた指を出入口──その先にある甲板に突きつけた。

 

「あそこに降り立った時から影に入っててもらってたんですもの。備えあれば憂いなし、わたくしの好きな言葉でしてよ〜!」

「な、なら、ジムリーダーが元気な理由は! アタシのミロカロスがぶっ叩いて瀕死の怪我を負わせたのに!」

「それもまたこの子のお陰ですわね」

「ケララ♡」

 

 ジュペッタの身体がぼうっと光る。右腕の傷が薄くなったと思ったら、バクーダの右前脚に同じ傷が刻まれた。

 

「痛み分け……!」

 

 シズクが歯軋りする。体力を分かちあう、それだけの技。それをトレーナーの回復に使ってみせるとは。

 

「──あぁそう。親切に教えてくれてありがとうおバカさん。お礼にぶっ倒してあげるわ!」

 

 ミロカロスとシャワーズから熱い奔流が殺到する。アメタマがジュペッタの頭に飛び降り、冷凍ビームで対抗した。熱湯がみるみる氷結していき、水の軌跡を辿ってミロカロスすら凍らせる! 

 

「追い討ちなさい!」

 

 ジュペッタの拳がシャワーズを打ち据え、呆気なくノックダウンさせた。

 

「いやああっ! アタシのポケモンが!」

「うるせえ! 邪魔だ、下がってろ! バクーダ、噴煙だ!」

 

 背中のコブから爆発したような勢いで黒煙が吹き上がる。味方も巻きこむ全体攻撃、すでにシズクが倒されたゆえの選択だが、アスナのほうが早かった。

 

「ギャロップ! ゴー!」

 

 キャットウォークから一足飛びにやって来たギャロップが、噴煙をすべて受け止める。肉を切らせて……かと思いきや、炎の鬣が勢いを増した。

 

特性(貰い火)か、しゃらくせえ! ストーンエッジでぶち抜け!」

 

 マグカルゴの殻から鋭い岩片が飛んでくる。ギャロップは慌てることなく背中を見せ、後ろ脚で蹴り返した。岩片がマグカルゴに突き刺さり、驚いた顔のまま倒れていく。

 

「ォア」

「ぺリッパー……ありがとう!」

 ぺリッパーがアスナを背に乗せ、バトルフィールドに着地した。

 激しい炸裂音がして、岩牢からザングースが飛び出してくる。

 ホカゲの眉間の皺が深くなった。手下ゼロ、シズクも手持ちをやられて役には立たない。逃げ一択の盤面だが、目の前の二人がそれを許すはずもない。

 頭を掻きむしり、吐き捨てた。

 

「クソだりぃ……!」

 

 ラナンとアスナが拳を構える。

 

「さあ!」

「ヒーローのターン! ですわ〜!」

 

 

 八

 

「ご協力、ありがとうございました!」

 

 海上警察のジュンサーが晴れ晴れとした顔で頭を下げる。そのうしろを、アメタマの糸でぐるぐる巻きにされたセカイ団がぞろぞろと連行されていった。

 

「セカイ団による密輸事件は我々も捜査していたのですが、なかなか尻尾をつかめずに苦戦しておりまして……今回の一斉逮捕で一気に状況が変わります! アスナリーダー、本当にありがとう! 明日、本庁にいらしてください。感謝状のほか、山のような御礼品があなたを待っています!」

 

 握手したまま感無量と咽び泣くジュンサーにアスナが苦笑する。

 

「ああいや、今回の褒賞はぜひ彼女に……」

 

 言いさしたアスナをラナンの高笑いが遮る。

 

「おーっほっほっほ! 余計な謙遜は無用ですわよアスナ! 貰えるものは借金と病気以外貰っときなさいな!」

「で、でも! 私だけじゃこんな上手くはいかなかったよ!」

「それを言うなら、アスナが一生懸命にならなければタマゴ泥棒が表沙汰になることもありませんでしたわ。だからこれは貴女の手柄ですの。存分に誇りなさい!」

 

 アスナは納得がいかなかった。勢い任せのバトルの最中に不意をうたれて気絶した不明は恥じいるばかりだ。ラナンが居なければ手持ちと一緒に海に沈められて死んでいたかもしれない。そもそも、シーキンセツに辿り着くことすらできなかったろう。

 自分だけが賞賛されることは絶対に嫌だ。せめて二人一緒に感謝状を受け取りたい。

 だがラナンは頑固に首を振り続けた。アスナも意地っ張りの自覚があったが、彼女は輪をかけて強かった。

 ジュンサーたちが撤収したあともやいのやいのと言い合いを続け、とっぷりと日が暮れた頃、ようやくアスナは折衷案を思いついた。

 

「……わかった……なら……ぜひこれだけでも受け取ってほしい……」

 

 ぜぇはぁと息を切らしながら、ひとつのタマゴを差し出す。とくん、とくんと脈打つ鼓動は、あと一日二日のうちに産まれることを示していた。

 

「私の相棒、コータスのタマゴだ。今日はジムの留守番を任せていたから会わせてやれなかったけれど、凄く強い子だよ。きっとこれからの旅に役立ってくれると思う。ついでに、白いハーブも持ってってくれ。私の自家製なんだ」

「それなら……受け取らないのは野暮ですわね……」

 

 こちらもはぁはぁ言いながらタマゴとハーブの束を受け取った。

 二人は目を見交わし、どっと笑い崩れる。

 

「頑固だなあラナンは!」

「あら、それを言うならアスナもですわよ! おーっほっほっほ!」

「あははははは!」

 

 笑い声は澄み切った星空に気持ちよく広がっていった。

 

 

 後日。

 アスナのもとに、一葉の写真が届く。アスナは見たとたん頬を綻ばせた。

 

「さすがラナンだな」

 

 写真には、お香の出店で元気に客引きをするラナンと、色違いのコータスが写っていた。




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