お嬢様博士ですわ!   作:じゅに

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お嬢様博士5話目。
なんとなーく思いついていた新キャラを登場させてみました。
主人公の研究施設も初登場です。
ほかの話を読まずともお読みいただけます。

ポケモンの技や効果を表現したくて書いてるうちに2万字ちかくになっちゃいました。
バトルシーン、書いててお排泄物楽しかったです。

▫️ラナンキュラス──主人公。金髪お嬢様。高笑いが趣味。今回初めてマジギレする。
▫️アイビー──新キャラ。ポータウン産まれ。スカル団はだいたい友達。黒髪おかっぱ褐色肌の黒ギャル。
▫️ザオボー──エーテル財団アローラ支部長。SMとUSUMで印象が変わる人。本作ではわりとクソッタレ。


5話/自慢の庭にご招待ですわ!ただし命の保証はございませんことよ!

 一

 塵ひとつない廊下や磨き抜かれた窓ガラスを見るたび、あまりの清潔さにどことなく不安を覚えるのは、自分がポータウンの生まれだからだろうか。

 ここに汚いものは何一つない。穢れたものがあってはならない。そう言われている気分になる。

 それがあながち被害妄想ともいえないのは、やっぱり、"前歴"のせいなんだろう。

 

「アイビーくん、ちょっと」

 

 ザオボー支部長が部屋の入口で手招きする。まわりの同僚たちは作業の手こそ止めないが、ちらちらと訳ありげな視線をよこした。背中にチクチク刺さって鬱陶しい。言いたいことがあれば正面切って言えばいいものを。振り向くと、みんなさっと目を逸らした。

 

「……」

「アイビーくん!」

「……あーい、いま行きまーす」

 

 鋭い一瞥をくれてから出ていった。どうせ扉が閉まった途端ヒソヒソ声で悪口が始まるんだろうな。くだらない。

 

 ……ほんとうに、くだらない。

 

 

 ◇◇◇

 

「ねえ見た? あの顔」

「みたみた。チョー感じ悪い」

「やっぱポータウン生まれなんか雇うべきじゃないのよ」

「ここは神聖な施設なんだからねぇ」

「ルザミーネさんもなんであんな子仲間にしたのかしら」

「あれ、知らないの? あの子を推薦したのビッケさんらしいわよ」

「ええ!? なんで!」

「さあ? 脅したか泣きついたかしたんじゃないの? ビッケさん優しいし」

「うーわー、ありそー」

「ねー。どうでもいいけど、さっさと辞めてくんないかなー」

「エーテル財団の格が落ちるわよね」

「ほんとほんと。一緒にいるあたし達の身にもなってほしいわ」

 

 ◇◇◇

 

 

 ザオボーに連れていかれたのは彼の執務室だった。あたしには背表紙の文字すら理解できない難解な専門書がぎっしり詰まった本棚に囲まれて、息が詰まりそうだった。

 重厚な机をこつこつ叩きながら、勿体ぶった仕草であたしを眺めまわす。一分ほどして、ようやくザオボーが本題を切り出した。

 

「君がここに来てどれくらいになるね?」

「半年っす、支部長」

「うん。そうか。うんうん」

 

 一人で勝手に頷いている。ザオボーは誰でも見下すクソ野郎だが、あたしのことは他のスタッフよりほんの少しだけ気に入っているらしい。支部長と呼ぶ数少ない人間だからだろう。

 

「君は実によくやってるよ。うん。まわりの評判もいい」

「……そっすかね」

 

 見え透いたお世辞だ。スカル団とエーテル財団は何年もいがみあっている。スカル団の本拠、ポータウンで生まれ育ったあたしに対する嫌悪が、たかが六ヶ月で薄まるわけがない。

 表立って言われないだけで、早く辞めろと思われていることは、自分が誰より知っていた。

 

「君は()()勤務態度も真面目だし、仕事も早い。そこでだ、ぜひとも頼みたいことがある。これは代表の命令にも等しいと思っていただきたい」

「……! ルザミーネさまの……」

 

 背筋が伸びた。

 ルザミーネ代表と直接話したことはない。ただ、故郷にいた頃、時々グズマさんがその名を呟くのを聞いていた。だから何となく、畏敬の念を覚えてしまう。

 

「この仕事は実に難しく、大変なこともあるでしょう。ですがあなたならきっとやり遂げられると信じていますよ」

「頑張りまぁす」

「いい返事ですねえ。では早速、ここに行ってもらいましょうか」

 

 そう言って、ザオボーはスマホロトムを差し出した。この任務のあいだだけ貸してもらえるらしい。画面には見慣れない地名が表示されていた。

 

『長期出張任務

 担当者 アイビー

 期間 未定

 場所 アカシア島

 報酬 一日につき✕✕✕✕円』

 

「あかしあとう?」

 聞いたことがない。どうもアローラ地方ではないようだ。

 

「ヘリコプターが用意してあります。エアポートからすぐにお発ちなさい。任務の概要はそれに書いてありますから」

「は、えっ、いますぐ? ガチで?」

「なにか問題でも?」

 

 奇妙なサングラスの奥からじろりと睨まれる。こんな男に睨まれたって怖くもなんともないが、機嫌を損ねてこの報酬を逃すのは惜しかった。普段の給料の三倍にもなる額なのだ。

 

「……んや、なんでもないっす。すぐ行きまぁす」

「それでよろしい。では重大任務に向かう若人に素晴らしい贈り物を授けましょう」

 

 ぽん、とモンスターボールが放られる。慌ててキャッチすると、中にはヤレユータンが入っていた。

 

「ワタシが手塩にかけて育てた愛しいポケモンです。心強い味方となるでしょう」

「えーとぉ……」

「んん?」

「あたしのポケモンたちは……?」

 

 ザオボーはこれみよがしに溜息をつくと、大仰に首を振った。

 

「あーあーあー、あの二匹ですか! あれはまだ返せませんねえ。なに、難しくはあれど危険な任務じゃありませんから! そのヤレユータンがいればなにも心配いりませんよ! 善は急げです! ほら行った行った!」

 

 口を挟む暇もなく追い出されてしまった。

 

「……ふざっけんなし!」

 

 がらんとした廊下の真ん中で、ボールを額に押しつける。

 あたしには大事な相棒がいた。ふたりも。

 ひとりは生まれた時から一緒で、食べ物も苦楽もぜんぶ分かちあってきた。もはや姉妹のように離れがたい存在だった。

 もうひとりは、生涯でただひとり尊敬する人──グズマさんから貰ったタマゴを孵したポケモンだ。

 命より大事なポケモンだったが、雇われた初日に二体とも無理やり取り上げられてしまった。

 なにか感染症を持っていないか調べるためという名目だったが嘘に決まってる。そんな検査に半年もかかるわけがない。

 

 結局、信じてもらえていないのだ。スカル団とつるんでいた人間がまともなわけがない。いつか悪事を働くに決まっている──そういう疑いがついて回る。ずっと。

 

 信じてくれよと叫べたら、どんなに楽だろう。

 みんなの眼差しが、態度が、針の筵より冷たく痛い。

 

「……やってやんよ、畜生っ!」

 

 乱暴に目元を擦り、エレベーターに急ぐ。エアポートではすでにヘリコプターが待機していた。

 

 

 二

 

「見えたぞ、アカシアだ」

 

 ヘッドセットから流れる声に、アイビーははっと目を覚ました。

 分厚い窓の下を覗きこむと、嘘みたいに透き通ったエメラルドグリーンの海が広がっている。前方に見える群島、そのなかのひときわ豊かな島が、今回の任務地、アカシア島だ。

 どの地方からも遠いうえ、複雑な潮流に囲まれて水ポケモンすら溺れるために、近づく手段は空一択──と聞いたときはとんでもないド田舎を想像していたのだが、ヘリポートの周囲にはエーテルパラダイスに負けず劣らずの美しく整った建物が広がっていた。

 

 着陸体勢が完了するまで、もう一度資料に目を通す。

 これだけの大きな島がまるごとあたし有地というから驚きだ。ごく一部に研究施設を建てているほかは自然を手つかずのまま残し、ポケモンのための楽園を築いているという。一般人の立ち入りは、今回のような特例を除き一切許されていない。一体この島にいくらつぎこんでいるのやら。見たこともないような天文学的数字なのは確かだろう。

 

「金はあるところにはあるもんだねー……」

 

 ボヤきつつ、次ページへ送る。

 派手な女の写真が出てきた。

 長い金髪に赤いリボン、一度見たら忘れられないほど整った顔立ち。

 

「若き天才、ラナンキュラス博士、か……」

 実年齢が記載されていないが、十七歳のアイビーよりは年下だと思われる。

 

 ザオボーから託された任務とは、この女の研究助手(クルー)にしてもらうことだった。

 アカシア島では色違いのポケモンを専門に研究しており、エーテルパラダイスをはるかに凌ぐ数のポケモンを保護、育成しているという。その手腕(ノウハウ)を学んでこい、ということなのだが、なぜアイビーをわざわざ指名したのか、そこが解せなかった。

 

 だがやるしかない。ここでいい結果を残せれば、きっとみんなの目も変わる。

 

 意を決し、ヘリから降り立ったアイビーはぎょっとした。

 あたりには、険しい目つきのトレーナーたちがうじゃうじゃ集い、互いを無言で牽制しあっていた。あまりにも異様な雰囲気にたじろいでいると、眠そうな目をしたおさげの少女がとことこ近づいてきた。

 

「クルー志望の方ですかー?」

「あ、はい、そっす」

「それじゃーこのワッペンを付けてくださーい。トレーナーカードお預かりしまーす」

 

 言われるがままカードを差し出し、ワッペンを受け取る。桃色のワッペンにはでかでかと113という番号が刻まれていた。

 

「あなたは百十三番目の挑戦者(チャレンジャー)でーす。頑張ってくださーい」

「ちょ、ちょいまち!」

 

 帰ろうとする少女の肩を慌てて掴む。

 

「ちょ、挑戦者ってなに? あたしはここのクルー募集を見て応募しただけなんだけど……」

「あー、なるほどー。知らない系ですかー」

 

 少女は手にしたファイルをめくり、用意しているらしい台本を淡々と読み上げた。

 

「えっとぉー、ラナン様の助手になりたい人ってぇー、いっぱいいるんですぅー。うちって結構お給料がいいしぃー、珍しいポケモンも見れるからぁー。なのでぇーこうして定期的に募集をかけてぇー、試験で競わせてぇー、一位の人を雇うんですけどぉー、そういうひとをわたし達はチャレンジャーってよんでるんですよぉー」

「う、嘘でしょ……」

「ほんとでーす。おねえさん、運がいいですよー。あと五分で受付締め切るところだったんでー。それじゃー」

 

 アイビーの顔から血の気が引いた。と同時に、まわりのトレーナーたちがなぜこんなに殺気立っているかも理解した。

 

 色違いのポケモンは希少で貴重だ。それがこの島ではそこかしこに居るというのだから、よからぬ人間がよからぬことを考えて近づいてきてもおかしくない。それゆえの篩なのだろう。

 それはわかる。だとしても。

 

「ひゃ、百人の頂点に立てっての……!? エグいてぇ…!」アイビーは頭を抱えた。

 

 仲間内でお遊びのトーナメントバトルをするのとは訳が違う。しかも最悪なのは手持ちがよく知らないポケモン(ヤレユータン)一匹だけという点だ。まだなんの技が使えるかも知らないのに! 

 

 そのとき、スマホロトムに一件の着信が入った。発信主は──ザオボー。

 

『やあやあ。無事到着したと聞きましたよ。登録はできましたか?』

「支部長、あの、あたし知らなかったんですけど! こんな激ムズ試験あるとか!」

『ええ? なんです? ワタシは言ったはずですがねえ? 難しい任務です、と』

「分かるかそんなもんっ!」

 

 つい口を出たツッコミに、ザオボーは深い溜息をついた。

 

『全く……口の利き方には気をつけてくださいよ? あなたの可愛いポケモンちゃんたちに早く会いたいでしょ? 反抗的な態度のうちは返してあげられませんねえ……』

「……っ!」

『そうそう、そうやって静かにしている方が女の子は可愛いですよ。それじゃ、健闘を祈ります。

 ──ああ、言わずとも分かるとは思いますが、もし失敗したらエーテル財団も出ていっていただきますからね? うちも大所帯ですから、無駄飯食いを雇う余裕はないんですよ。なあに大丈夫! 勝てばいいんです! 無事クルーになれた暁には、ポケモンちゃんもきちんと返してあげますから』

 

 通話は一方的に始まり、一方的に終わった。

 

「あんのゴミカス豆野郎……!」力の限り奥歯を噛み締める。

 

 ──これで、自分が指名された理由も見えた。

 億が一上手くいけばよし。上手くいかずとも元スカル団を解雇できるならそれまたよし。ケチで狡猾なクソ野郎らしい二段構えの思惑に、アイビーは拳をぶるぶるとふるわせた。

 

「……あー、そう。()()()()()()ね」

 

 唇の端を歪めて笑う。

 

「上等じゃん」

 

 瞳に炎が灯る。そっちがその気なら、エーテル財団流のお上品な態度はしばらくお預けだ。

 ここからは、ポータウン流で行かせてもらう! 

 

「もうアカシアにまで来ちまったんだ。腹ぁ括るしかないっしょ! ぐじゃぐじゃ悩むのは後だ、オラァ!」

 

 強ばる拳をほどいて、ぱん! と頬を叩いた。近くにいたエリートトレーナーが肩を跳ねさせ、そそくさと距離を置く。

 

 グズマさんはいつも言っていた。

 どーするどーすると慌てる前にまずぶつかれ! それから決めろ! ……と。

 精々全力でぶつかってやる。シッポ巻いて逃げるのだけはゴメンだ! 

 

「全員残らずぶっ壊してやんよ……!」

 

 きっと見据えた正面、広場の中央に、写真で見た女が現れた。

 

 

 三

 

「お集まりのみなさま! ようこそいらっしゃいましたわ! わたくしの名はラナンキュラス! アカシア島の主ですの! どうぞ博士とお呼びくださいまし!」

 

 熱心な拍手が飛ぶ。音の大きさもアピールの一環なのか、なかなか鳴り止まない。場が静まると、いよいよ試験が始まるとあって、緊張感がいや増した。

 そんな空気を意にも介さず、ラナンキュラスの脳天気な声が響き渡る。

 

「時間も勿体ないですからちゃっちゃといきますわね! まず第一試験の内容は……マラソンですわ〜!」

 

 ぱぱーん、と軽快な音ともに、マラソンと書かれた布が発射される。金銀テープの入ったクラッカーも同時に飛び出たが、誰も反応しなかった。

 

「スタートはここ! そしてゴールはあそこですわ!」

 

 黒い手袋を嵌めた指がビシィ! と彼方の山を示す。活火山らしく、白い煙がたなびいていた。

 さきほどワッペンをくれたおさげの少女が一人ひとりに名刺大の紙を配っていた。紙面には簡略化された地図とマラソンルートが描かれている。

 それによると、整備されているのはここ空港エリアだけで、すぐ外には広大な草原が広がっているのが分かった。川を渡り、森を抜け、洞窟を超えてから山を走るという、なかなかに過酷な道のりらしい。

 

「みなさまはとりあえずあそこまで走ってくださいまし! 休憩はいつどれだけ取っても自由ですけれど、ポケモンに乗って移動するのはダメでしてよ! 見つけ次第即失格、有無を言わさず強制送還ですわ! 

 ……ブーケ、他に話すことありまして?」

「あ、ワッペンが発信機になってますー。遭難した場合はそこからでる電波(ビーコン)で探すので、なくさないでくださーい」

「……と、いうことでしてよ! それではみなさま、位置について!」

 

 博士がレース用のピストルを構える。

 ブーケと呼ばれたおさげの少女がなんとも間延びした声で合図した。

 

「よーーーーい」

 

 炸裂音と同時にみな一斉に走り出す! 

 アイビーも慌てて後を追ったが、最後に到着したせいで最後尾でのスタートを切ってしまった。

 

(ま、最初(ハナ)っから飛ばす必要ないもんね)

 

 博士は山にいけと言っただけで、制限時間は明言していなかった。ただ走るだけではテストになるまい。もしかすると、コースの至るところにトラップが仕掛けられている可能性がある。

 となれば、先を急ぐのは悪手だ。前の集団には人柱になってもらい、対応を見定めるべきだろう。

 

 アイビーの推測は当たった。

 草原を突っきる乾いた道の両側から、突然スピアーの群れが現れ、ランナーへ向けて毒針の矢を降らせたのだ! 

 

「って殺す気かァああ!」

 

 すぐさま地面に這いつくばる。避けるのが間に合わなかったトレーナーたちが「ぐええ」とか「ぎゃああ」とか「し、しびれる……」だの言いながら倒れていった。

 二十人近くやられただろうか。道はまさしく死屍累々、色々な意味で走りづらい状態になってしまった。

 

「……さーせん、通りゃース……」

 

 爪先立ちで踏めそうなところを探して通っていく。何人か踏んだ気がするが見なかったことにしよ。うん。

 

 肉体以上に心が疲弊しながら着いた先は滔々と流れる小川だった。地図で見るよりいくぶん細い。これなら靴を脱いで渡れるな、と思った矢先、川上からぷかぷかと人が流れてきた。

 

「…………」

 

 靴下を脱ぐ手がぴたりと止まる。

 ゆっくり視線を巡らすと、遠くの水面でドジョッチとチョンチーが楽しそうに遊んでいた。

 

電気(スパーク)流れてるとか! 罠通り越してゴーモンだし!」

 

 アイビーは絶叫した。

 素足では絶対に渡れない。かといって飛び越せるほど狭くもない。呆然としていると、ランナーの一人が茂みをかきわけ現れた。

 

「む? ──なんと! この川はもしや痺れてしまうのかね! さきほどのスピアーといい、ラナン博士は麻痺がお好きなようだな! はっはっは!」

 

 筋骨隆々の逞しい肉体、よく日焼けした肌。腹から出ている太い声。その全てが山男であることを物語っている。

 だがなによりもアイビーが気になったのは首から上だった。

 

「あの……サボテンみたいになってんよ、顔……」

 

 顔中にスピアーの毒針が刺さっているのだ。よくまあ平気で動けるものである。

 

「うむ! 躱す時間が惜しくて正面から受けて走ったのだ! このジュマル、困難から逃げるようにはできておらんのでな!」

「そ……っすか」

 

 それ以外に返事があろうか。

 サボテン野郎(ジュマル)は手馴れた様子でロープを取り出すと、イシツブテを二体呼び出した。

 

「イシヒコ、対岸に行ってくれ!」

 

 イシツブテの片割れ(イシヒコ)がロープを持ったまま向こうへ渡る。イシツブテ同士で力いっぱい引っ張ると、ジュマルは器用にバランスを取りながら、文字通りの綱渡りで川を渡った。

 

「君も渡るかね?」

「……あー……」

 

 爽やかな笑顔できかれ、アイビーは逡巡した。

 

 たぶん、これは彼の好意だ。"漢"たるもの困っている人を助けなければ、みたいな美学があるんだろう。

 でも、それに甘えていいのか? 

 自分も相手も挑戦者ならば、対等な条件で……己の力で乗り越えるべきだろう。

 ──すくなくとも、グズマさんならそうするはずだ。

 

「……いや。自分でなんとかするんで」

「そうか! では頑張れよ!」

 

 イシツブテたちをボールにしまい、ジュマルはあっという間に走り去ってしまった。

 

「……とは言ったものの……どーすっかなーこれ」

 

 策なし知恵なし道具もなし。途方に暮れていると、ポケットががたがた震えだした。

 

「は!? なになになに!」

 

 ポケットを探る。震源はヤレユータンの入ったボールだった。

 気のせいか、どこかから声がする。

 

『ダセ ダセ』

 

「こいつのことすっかり忘れてた……。なに、出せって?」

 

 頷くので外に出してやる。ヤレユータンはおっさんじみた仕草で座り、黙然と目の前の川を見つめはじめた。

 そして、手にした団扇を下から上へ、水流を断ち切るように動かすと、川底の泥がぼこぼこと隆起し、みるみる土橋が形成された! 

 

「うわうわうわ! なにこれ!? 奇跡!?」

 

『ワタレ』

 

 また声がする。どうもヤレユータンが喋っているらしい。アイビーはおそるおそる、ヤレユータンは堂々と土橋を通過した。二人の体重を軽々支えた橋は、ヤレユータンが団扇を振ると、バターが溶けるように跡形もなく崩れ去った。

 再び、ただの危険な小川に戻る。

 

「……凄くね……?」

 

 感動しすぎて言葉もない。あんなファッキングラサン野郎にこんな賢い子がいるなんて。親がアイツであること以外は非の打ち所のないポケモンだ。

 

「すごい! すごいよヤレユータン! いまのなんて技?」

 

『ミテミロ』

 

 ヤレユータンがスマホロトムを指さす。図鑑アプリを開くと、技一覧のうち、"神通力"の項目がぴかぴか光っていた。

 

「じんつうりき……自然界に存在する……よ、よん、四大? げんそ? を操る技……へー! よく分かんないけどスゲー! あんたほんと凄いね! やるじゃん!」

 

 ヤレユータンはふんと鼻を鳴らした。

 

『トーゼン』

 

 この程度できて当然と言いたいらしい。アイビーはなんだか可笑しくなってヤレユータンの背中を叩いた。

 

「褒められたんなら素直に受け取っとけよ! そういうとこあの野郎そっくりな!」

 

 途端にヤレユータンの顔が曇った。

 

『ニテナイ』

 

「お、おん。ごめん。そうだよね、言っていいことと悪いことがあるよね。まじごめん」

 アイビーは心から謝った。

 

『イイ。サキ イソグ』

 

「そうだね。未だにあたしらがビリだろうし。よおしボールに入んなユタ。歩くの疲れるっしょ」

 

 ヤレユータンは瞬いた。

 

『ユタ?』

 

「ヤレユータンって言いづらいし、なんか他人行儀(たにんぎょーぎ)じゃん? 名前の一部をとってユタって呼びたいんだけど、ヤ?」

 

 ヤレユータンはすこし黙ったあと、首を振った。

 

『イヤジャ ナイ』

 

「うし! 急ごうぜユタ!」

 

 ポケットにボールを突っ込み、深い木立を走り抜ける。

 その後ろ姿を、じっと見つめる影があった。

 

 

 ◇◇◇

 

『こちら監視員。毒針と感電(第一関門)を抜けた最後のランナーの通過を確認。どうぞ』

『こちら本部。承知しましたわ。誰か気になる人はいまして? どうぞ』

『約一名、見込みのありそうなのがいますよ』

『どなた?』

『アイビーという少女です』

『なるほど〜。お逢い出来るのが楽しみですわ〜!』

『以上、通信完了』

『了解ですわ。お気をつけて登ってきてくださいまし〜』

 

 ◇◇◇

 

 

 四

 森の中は古典的な対人罠(ブービートラップ)ばかりだった。落とし穴に吊るし網、どこかから転がってくる岩程度のもので、むしろヌルく感じてしまう。

 おそらくここは小休止ポイントなんだろう。後半のランナー集団にアイビーが合流したとき、彼らはどこか安堵したような面持ちで携帯食料を食べていた。

 途端に空腹を覚える。着の身着のまま送られたせいでそうした用意は一切ない。くれというのも忍びないので、進むのは一旦諦めて食べられそうなきのみを集めることにした。

 ユタを呼びだす。

 

「アンタも一緒に探してくんねー? できれば水気の多い果物だとありがたいんだけど」

『モモン トカ カ』

「そうそれ! そんなかんじ!」

 

 ユタは瞼を閉じて手近な木の幹に触れると、ぶつぶつなにかを唱えだした。梢が揺れ、葉ずれの音が辺りに満ちる。

 

『アッチダ』

 

 ユタが目線を向けたのは森の奥、正規ルートからだいぶ外れた場所だった。

 

「それも神通力ってやつ?」

 

 ゆるゆると首を振るう。図鑑で調べてみると、今度は"自然の力"という名前が光っていた。

 

「えーと、木や土などに直接触れることで発動する技。効果は個体によって様々に変化する……か。ユタの場合はきのみの在り処がわかるってこと?」

『チガウ。フレタモノト イッタイニ ナレル。イマ チョットダケ モリト オナジニ ナッタ』

「同化するってことか……。集中力要りそう(アタマ使いそう)な技だね。疲れない?」

『ツカレル』

「やっぱり?」

 

 アイビーは苦笑し、労うように背中を撫でた。

 

「んじゃ、採ってくるから待ってなよ」

『ヒトリデカ』

「はー? 舐めんなし。木登りとか昔チョーやってたかんね。きのみぐらいさっと取って帰ってくっから」

 

 実際、きのみはすぐに見つかった。鈴なりのモモンやナナの実が、熟した芳香を自慢げに漂わせている。

 周囲に生き物の気配はない。襲われる心配はなさそうだ。

 

「何年ぶりかな、木登りなんて」

 

()()()を踏んづけ、枝に手をかける。その瞬間、体の芯まで凍えるような冷気を感じ、四肢が石のように硬直した。

 

「な……っ!?」

 

 下生えが急速に成長し、アイビーの脚を絡めとる。枝がねじ曲がり、腕をとんでもない力で締め上げた。

 

「うわぁああ!」

 

 痛みに叫べたのは一瞬だけ、すぐに首を絞められ声を出せなくなってしまった。

 目の前の幹に切れこみが入り、赤い瞳となってアイビーを睨み据える。

 

『ワタシヲ フンダナ! オロカシイ ニンゲンフゼイ ガ!』

 

 心底怒り狂っている。酸欠で視界が狭まり、意識が薄れゆく中で、アイビーはぼんやりと森に化けるポケモンの噂を思い出していた。

(オーロット……まずい……手も……足も、でな……い……)

 いよいよ気を失いかけた刹那。

 いきなり首の拘束が緩み、新鮮な酸素がどっと胸を満たした。突然の供給に体が追いつかず激しく咳きこむ。

 涙で滲む世界に紫の背中が飛びこんできた。アイビーの前に立ちはだかって、オーロットの攻撃を必死に凌いでいる。大判の葉でできた団扇が見えた時、アイビーは別の涙がこみ上げた。

 

『我に歯向かうか! 生意気な!』

『こいつは知らなかっただけだ、害意はない! 許してやれ!』

 

「……ユ……た……」

 

 口の中に嫌な味が広がる。咳と一緒に赤い血の塊が吐き出された。強く圧迫されていたせいで声帯に傷がついたらしい。だがそんなものはどうでもよかった。

 

「ユダ、いいんだ、あだじが悪いんだがら……!」

 

 ユタの身にどんどん傷が刻まれていくことの方が、よほど辛かった。

 四肢の拘束が解かれると同時に額を土に擦りつけ、懸命に詫びた。どうしても喋れないので、頭のなかで何度も念じた。

 

「ほんとごめん、あんたの森だって知らなかった」

「挨拶もなく実を採ろうとしてごめん」

「あたしはどうなってもいい、でもユタを傷つけるのはやめて」

 

 ──どれくらいそうしただろう。数秒にも感じるし数分にも思える。

 ぽん、と肩を叩かれ面をあげると、隣にユタが座り、深々と頭を下げていた。

 

『儂からも謝らせてくれ。すまなかった』

 

『……』

 

 オーロットは黙って二人を見つめたあと、きのみが実った枝を下ろした。

 

『……採りすぎるな。小鳥や獣たちが楽しみにしている』

 

 静かに背を向けたオーロットに、アイビーとユタはもう一度頭を下げた。

 

『「ありがとう」』

 

 

 

 オーロットがくれたきのみには怪我を癒すものがあったようで、アイビーの喉はたちまち良くなった。

 

「ああマジ助かったマジ三途の川見えた! さんきゅーユタ。まじファインプレーだわ。どっか痛いとこない?」

 

 ユタは鷹揚に頷いた。

 

『心配無用だ。それよりも急がねばならんぞ。もう先陣はとっくにゴールしている頃合だ』

「だね。またボールに……」

『要らん』

 

 ユタの瞳が妖しく輝くと、アイビーの体が空中に浮いた。

 

「うわ!?」

『テレキネシスだ。舌を噛むなよ』

 

 ユタも浮遊し、木の上に出たと思うやいなや、凄まじい速さで飛翔する。野生ポケモン相手に苦戦するライバルたちを尻目に、あっという間に火山の中腹に到着した。

 

「はっや……でもこれ大丈夫なん? ルール違反なんじゃね?」

『ポケモンに乗るなとは言われたが、エスパー技で移動するなとは言われとらん』

「屁理屈〜! やば、あんた強すぎんでしょ!」

 

 ポケモンらしからぬとんでも理論にアイビーは爆笑した。ユタは素知らぬ顔で団扇を扇いでいる。

 

「……ま、いっか。バレたらそんときゃそんときだね。でもさすが火山なだけあって暑いわ〜。その団扇貸して」

 

 ユタはぷいとそっぽを向いた。

 

『そんなことは出来ん。これは神聖なグンパイなのだぞ』

「ぐ、え、なに? 団扇じゃねーの?」

『違う。我々の間ではよい軍配を高く掲げたほうに勝利が傾くと言われる。儂は一族の中で最も軍配作りに長け、最も多くの勝利をもたらした素晴らしきヤレユータンなのだぞ』

 

 そんじょそこらのモノと一緒にするな。

 そう言われて、アイビーはほうと感心した。ポケモンも持ち物もぜんぶ同じだと思っていたが、こう聞くと是非とも見比べてみたくなる。

 

「ほーん、なるほどねー……今度他のヤレユータンのも見てみるわ。でもそれさっきの戦いでめちゃくちゃ振り回してたけど壊れてね?」

『愚問だ。ぶんまわしたくらいじゃかすり傷もつかん』

「そっか! ならよかった」

 

 アイビーはにっこりした。己の不注意で巻き込んでしまったことをまだ悔いていたのだ。

 ユタが頂上を見上げる。あと小一時間もすれば登り切れそうだが、さてどんな罠が仕掛けられていることか。

 

『ここから先は歩きだぞ。どうも妙な力場が発生していて上手く飛べん』

「上等! いつまでもあんたにおんぶに抱っこじゃアイビー様の名が廃るっしょ!」

 

 ユタをボールに入れ、胸を叩いて気合を入れた。

 

(ユタがこんだけ体張ってくれたんだ……クルーの座、なんとしてもゲットしてやる!)

 

 

 五

 一方その頃、バンプ火山の頂上で、ラナンは懐中時計を片手にレースの行方を追っていた。

 

 現在ゴール出来ているのは六名たらず。残りの百人近い人間はあるいは脱落し、あるいはいまだ道の途上にある。日暮れまで残り四十分。それを過ぎると、火山を根城にする凶暴なポケモンたちが活発になるため、あまり悠長にはしていられない。

 

「ブーケ。アイビーさんという方はいらっしゃいまして?」

 

 おさげ少女(ブーケ)はゴールした面々とトレーナーカードを見比べ、否と答えた。

 

「いちおー火山には着いてるっぽいですー。あとは間に合うかどーかですねー」

「間違ってヒードランの洞穴とかに迷いこんでないといいんですけれど」

「あはは、そんなまさかー……あっ」

 

 アイビーの発信機(ビーコン)を確認していたブーケが小さな悲鳴をあげた。

 重ねるように、ズズズズ……となにか得体の知れない音が響きはじめた。

 

「どうしましたの?」

「えーとぉ、たぶんこれ、アイビーさんだと思うんですけどぉ」

 

 言いつつタブレットの画面を見せてきた。赤く点滅するアイコンが、とんでもない早さで頂上(ゴール)に向かっている。その後ろに、オレンジ色の点が四つ、五つ……六つほど並んでいた。

 不気味な音も比例するように少しずつ近づいている。

 

「このオレンジはなんですの?」

「えーとぉ、たぶんなんですけどぉ。先月、ヨーギラスのタマゴを孵化させたじゃないですかぁー。わたし、あれに識別票(タグ)をつけて親元に返したんですよぉー」

「ふむふむ? ということはヨーギラスちゃんたちがアイビーさんを追いかけてるってことですのね? 可愛いですわ〜!」

「なんですけどぉ、どうもあの子たち発育が良くてぇー。先週見に行ったらもうサナギラスに進化してたんですよねぇー」

 

 ラナンが笑顔のまま固まった。

 

 ……ふつう、岩より硬いサナギラスがその場から動くことは無い。余計な運動を一切捨てて、進化のためのエネルギーを蓄え続ける性質があるからだ。

 それがこの速度で移動しているということは、つまり。

 

 ラナンが退避命令を出すより早く、すぐそばの岩壁が爆散し、中からアイビーと六体のバンギラスが現れた! 

 

「ゴァアアアアア!!」

「ぎゃぁああああああ!」とアイビー。

「おわぁああぁあああ!」と先にゴールしていた挑戦者たち。

 

 過酷なマラソンでくたくたに疲れていた彼らは為す術なく暴走バンギラスに吹き飛ばされ、あっさり気を失った。

 

「なんですの!? なんでこんな興奮してるんですのこの子達っ!?」

 

 色違いフワライドに乗って上空に避難しながら、ラナンはわけもわからず混乱した。

 

 バンギラスは元々縄張り意識が強く情け容赦のない種族だが、それにしたってこうまで執拗に追いかけてくるのは不自然である。

 それも、怒っているというよりは何かに夢中になっているようなのだ。

 

「……あー、たぶんあれですねー」

 横に座ったブーケがアイビーの落としたものを指さした。ラナンもそれを見てすぐに合点が行く。

 

「スターのみ! お排泄物(クッッソ)レアなきのみでしてよ! この島ではオーロットの枝にしかなっていないんですのに!」

「あの()()()がわけてあげたんですかねー。めずらしー」

「なんにせよ原因が分かればこっちのものですわ! ムドー!」

 

 ヘビーボールから飛び出した色違いエアームドが地面スレスレの超低空飛行できのみを咥えると、バンギラスたちの頭上にぽんと放った。

 

「エアスラッシュ!」

「サイコキネシス!」

 

 不可避の風刃がきのみを六つに切り裂き、不可視の念力が雛のように口を開けて待機していたバンギラスたちの舌にみごと着地させた。六体はみな、大事そうに咀嚼すると、すっかり満足したとみえ、ずしんずしんと帰っていった。

 

 

「……た、たすかった……」

 

 全身泥だらけのアイビーがずるずるとへたりこむ。咄嗟にボールから出したユタも、どっこらせと腰を下ろした。

 うっかり迷いこんだ洞窟でバンギラスの群れに出くわしたときは本気で死を覚悟した。喚き、叫び、転びながら遮二無二もがいて走って──まだ、命がある。

 

「諦めないで良かったわー……」心からの呟きに、応える声があった。

 

「ええ、全くその通りですわ」

 

 慌てて目をあげると、嘘みたいに綺麗な女が立っていた。

 

「お疲れ様ですわ、アイビーさん。そしておめでとう! 晴れてあなたが一位でしてよ!」

 

 ラナンの手が差し出される。アイビーはぽかんと口を開けた。

 

「え、……一位? あたしが?」

「ええ!」

「で、でも、先にゴールしてた人がいるんじゃ……」

「六人ほどいましたけど、さっきのバンギラスに轢かれてしばらくは絶対安静ですわね。残りの方々も全員脱落したそうですし、これ以上の試験は無意味でしょう。というわけで、あなたがわたくしの助手となることが決まりましたわ! 

 あらためまして、わたくしラナンキュラスと申しますの! どうぞラナンとお呼びになって! おーっほっほっほ!」

 

 ぶんぶんと手を握られ、アイビーはただ瞬くことしかできなかった。

 おもわず隣を見やると、ユタは興味無さそうな顔で軍配を扇いでいた。が、口元には微かに笑みが浮かんでいる。

 それで、アイビーにもじわじわと実感ができた。

 

(勝ったんだ……百人以上出てたレースに……勝てた……!)

 

「やった! ねえやったよユタ! まじ嬉しいんだけど! やば、涙でてきた!」

 

 感極まって抱きつくアイビーを、ユタはやれやれとあしらっていた。

 

 

 ブーケがタブレットを操作しながら感嘆の息を吐く。

 

「すごいですねぇー。なかなか無いですよー、こんな番狂わせ」

「あら、たとえ上位六名の方が無事だったとしても、わたくしは彼女を選びましたわよ?」

「えぇー? なんでですかぁ」

 

 ラナンは笑ってヤレユータンを指さした。

 

「わたくしのムドーの行動を見て、なにをすべきか察し、短い指示で素早くフォローしてみせた……並のトレーナーじゃ出来ないことですわ」

「……あー、たしかに」

 

 スターのみを六つに等分するまではできても、それをきっちり一頭ずつ食べさせてやれなければ元の木阿弥である。最悪、複数食べた個体と食べられなかった個体で命の奪い合いが起きたかもしれない。

 彼女がサイキネで完璧に配ってくれたからこそ、円満に解決できたのだ。

 

「ふーん……あのこ、すごいのかも」

 ブーケの言葉にラナンはくすくす笑った。

 

 

 

「やあやあアイビーくん! クルー就任、おめでとう!」

「サンキュー……って、ああ! サボテン男!」

 

 アイビーは目を見開いた。小川で出会ったイシツブテ使いが何故かこんなところにいるではないか。

 サボテン男──もといジュマルは笑って胸を張った。

 

「ははは! 実は僕、挑戦者じゃなく監視員だったのさ! 不正したり脱落した人を見つけるために一緒のコースを走っていたんだ!」

「あ、そーだったん? えぐくね?」

「なんの! いい運動になったよ!」

「つっよ……あたしには無理だわ……」

 

 アイビーは呆れつつも賞賛の拍手を贈った。

 

 ジュマルはあえて語らなかったが、彼自身も()()()であった。

 わざと歩きにくいところに現れ、手助けを申し出る。もしもこれを受ければ即失格、という手筈になっていたのだ。

 希少ポケモンを扱うアカシア研究所の職員たるものが、むやみに他人を当てにしてはならないからである。

 

「君は甘えず、諦めず、最後まで走り抜いた! 全力で誇るといい!」

 

 力強い言葉に、アイビーは赤い頬を搔いた。

 

「いやでも、最後の最後で博士に頼っちゃったし……」

「それでいいのだ!」

 

 ジュマルの言葉は揺るぎなかった。

 

「己の分を超える案件にむやみに手を出すのも、人として無責任な振る舞いだからな! できる限りがんばる! ダメだったら助けを求める! この塩梅が大事なんだ!」

「……そだね! さんきゅ!」

 

 アイビーとジュマルはお互い満面の笑みで拳をぶつけた。

 

 

 そのとき、無粋な着信音が鳴り響いた。発信者は勿論あの男である。

 

 

 六

 

『やあやあアイビーくん。そろそろ終わった頃だと思って慰めの電話を差し上げましたよ。どうです結果は? まあ、聞かなくても分かりますが……』

「受かったっす」

『そうでしょうそうでしょう。まあ貴女には所詮……え? なんですって?』

「だから。試験に通って、クルーになったんですよ、あたし」

『……は?』

 

 ザオボーの顎ががくんと落ちた。あまりの間抜け面にユタが顔を背ける。アイビーも笑いながら先を続けた。

 

「てなわけで、約束どおりあたしの相棒返してくださいよ」

『ままま、待ちなさい! 狂言とはいくらなんでも』

「あら、嘘偽りのない事実でしてよ?」

 

 横からひょっこりと現れたラナンに、ザオボーの口がますます大きく開いた。こいつ実は顎関節ないんじゃないのか、とアイビーは密かに思った。

 

『ら、ラナンキュラス博士っ!??!!』

「ええ! わたくしがラナンキュラスでしてよ。あなたはアイビーさんのお友達ですの?」

「いや赤の他人」

 

 間髪入れずアイビーが答えた。こんなやつとトモダチだなんて冗談じゃない。

 

「彼女の言うとおり、本日ただいまをもって正式にクルーに任命いたしますわ! 日付が変わるまででしたら彼女のお祝いのためにいらっしゃっていただいてもよくってよ?」

『……。……っは! わ、わかりました、すぐにこのザオボー支部長が伺いますとも! それでは!』

 

 どたどたがしゃん、と騒がしい音を最後に通話が切れた。

 

「ひとまず、空港のラウンジにでも行きましょうか」

「異議なーし!」

 

 ラナンが言い、アイビーは全力で賛成した。

 

 

 カフェラウンジで淹れてもらったコーヒーが沁みる。自分が骨の髄から疲れていたことを、椅子に座ったとたん思い知った。

 砂糖とミルクたっぷりのほぼカフェオレをちびりちびりと飲みながら、ちらりと視線を投げる。ラナンキュラスが小首を傾げた。

 

「どうしましたの?」

「あー、や。まだお礼言ってなかったなって」

「お礼? ですの?」

「さっきのバンギラスたち……危うくみんな大怪我させるとこだったじゃん? 助けてくれて、ほんとありがと」

「──ふっ」

 

 ラナンは白衣を翻し、ビシィッ! とポーズを決めた。

 

「何かと思えばそんなこと! もはやわたくし達は仲間! 仲間とはすなわち一心同体! 助け合い支えあうのが当然でしてよ! おーっほっほっほ!

……ところで」

 

 高笑いの直後、じぃ、とヤレユータンを見つめだすラナンに、アイビーとユタは半歩後ずさった。

 

「そのヤレユータン、とっっっても賢そうですわね〜! 素晴らしいパワーをビンビン感じましてよ! なでなでしてもよろしくて!?」

「……だってさ。喜べよ、ユタ」

『……ニンゲン コワイ キョヒスル』

「は? いきなり片言に戻るなし! さっきまでペラペラだったじゃんっ!」

『ニンゲン ノ コトバ ワカラナイ』

「嘘つけっ!!」

 

 二人の騒がしいやりとりに、ラナンが「まあ」と声を上げた。

 

「あら〜! アイビーさん、あなた、ヤレユータンの言葉がわかるんですのね?」

「へ……? いやだって、こんなはっきり喋ってんじゃん」

 

 わかるも分からないも、三人ほとんど同じ声量で喋っていて、ユタだけ聞こえないなんてことはないだろう。

 だが、ラナンはぷるぷると首を振った。

 

「わたくしには、彼のお声はウォウ、ボウという風にしか聞こえていませんわよ」

「……え?」

 

 周りを見回すと、ブーケもジュマルも頷いている。冗談を言っている顔ではない。

 

 意味が分からなかった。

 

 小川でボールから出したときから、ユタはずっと人間の言葉で喋っていたはずだ。最初こそぎこちない話し方ではあったけれども、意味はわかったし、どんどん話すのが上手くなっていったじゃないか。

 

「わたくしも、長年連れ添ったお友だちですとか、信頼しあっている子達となら自由にお喋りできますけれど……たとえば、ムドーの話していることがわかりまして?」

 

 ラナンが手招きすると、餌を食べていたエアームドが一声短く叫んだ。

 

『あー。翼の付け根めっちゃ凝るわァ。マスター撫でてくんねーかなー』

「……翼の付け根あたりを撫でて欲しいって」

 

 ラナンがその通りにすると、エアームドは心底嬉しそうに目を閉じた。

 

『そこーそこそこー。マスターあんたわかってんねー。あー、きもちいー。あー』

「……って言ってる」

 

「……やはり、間違いありませんわね」

 

 ビシィ! と指を突きつけ、ラナンは高らかに宣言した。

 

「あなた! 世界でも数少ない、ポケモンマスターでしてよ!」

 

「ぽ、ぽけもんますたー……?」

 

 なんだその恥ずかしい名称。

 

「はいこれー。アイビーの能力っぽいのが書いてある記事ー」

 

 ブーケがタブレットを叩き、記事を開いてみせた。

 それは古い週刊誌のアーカイブで、数年前に組まれた都市伝説特集であった。ブーケが"ポケモンと喋る人々"と題された一ページを読みあげる。

 

「なんかぁ、一説によるとぉー、ポケモンの言葉がわかる人ってぇーちょくちょくいるらしいんですよぉー。

 この記事だと鳥ポケと話せるヒマワキシティのバードマスターとかぁー、ホエルコとなら喋れるってルネシティのホエルコマスターとかでてますけどぉ、アイビーの場合種族関係なく喋れる系みたいなんでー、いっちゃえば完全上位互換ですねー」

「完全……上位互換(じょーいごかん)……」

 

 アイビーには今ひとつピンとこなかった。

 ユタもエアームドも、普通に喋っているとしか思えないのに……。

 

「んでー、この記事では"もしも全てのポケモンと話せる人間がいるならば、その人こそポケモンマスターと呼ぶに相応しい"って書かれてますー」

 

「くぅ……っ!」

 ラナンはどこからか取りだしたハンカチを噛みしめ、悔しそうに涙した。

 

「羨ましい……っ! わたくしもすべてのポケモンとお話したいですわァ……っ! みんなで恋バナとかしたい……っ!」

「したいん?」

「それはもうっ! ボスゴドラのモテムーブとかマッギョの激アツプロポーズの言葉とか、興味ありませんこと?!」

「ない」

 

 なぜそのラインナップなのか。あまりにもニッチである。

 ラナンはほんの少ししょんぼりしていたが、すぐに持ち直し、ぐっと拳を握りしめた。

 

「それはそれとして、ポケモンマスターは研究のしがいがありましてよ〜! アイビー! 明日から島中のポケモンと話に行きましょう!」

「あー。その前にお客さんですー」

 

 ブーケが言い終わらないうちに、ラウンジにザオボーが入ってきた。ラナンの真向かいに座ってコーヒーを啜るアイビーの姿に驚愕し、硬直していたが、三度大きな咳払いをし、背筋を正した。

 

「アイビーくん。君は実によくやってくれたね。素晴らしい成果だ。かの有名なポケモン博士、ラナンキュラスさんの助手になれるとは!」

「……どーも」

 

 アイビーは冷めきった眼差しで一礼した。

 落ちると思ってたくせに、調子のいい。

 

「そしてラナン博士! あなたのお噂はかねがね……今後はぜひ! あたしどもエーテル財団と力を合わせて、ともに研究を進めてまいりましょう!」

「……あら。それはどういうことですの?」

 興奮していくザオボーとは対照的に、ラナンは至って冷徹だった。真顔でコーヒーをくゆらせている。

 

「ああー、これは失礼!」

 

 芝居がかった仕草で頭を下げると、アイビーの肩に手を置き、気持ちの悪い猫なで声で語りだした。

 

「実はこちらのアイビーくんは我がエーテル財団アローラ支部の優秀な団員でしてね! あなたと我が支部の架け橋になればと思った次第でして、ええ!」

「まあ、そうでしたの〜」

「彼女はきっと、あなたの研究の役に立ちますとも!」

「うふふ、かもしれませんわね〜」

 

 ラナンはあくまで慇懃な口調を崩さない。だがその声色がどんどん気のないものになっていることに、ザオボー以外の誰もが気づいていた。

 

「……あのーザオボー支部長」

 

 アイビーが一歩前に出る。

 何の話をするにしても、まず真っ先に、片をつけねばならないことがある。

 

「あン? なんですいま忙しい……」

「あたしの相棒、どこです。返してくれるっていいましたよね」

 

 ザオボーは片眉を上げ──あぁ、と面倒くさそうにポケットに手を突っ込み、ゴージャスボールを二個取りだした。

 間違いない、どちらもアイビーのボールだ。

 

「これでしょう? ほら、受け取りなさい」

「……」

 

 掌に、死ぬほど焦がれた重みが帰ってきた。

 

「……おかえり、あんたたち」

 

 鼻の奥がツンとする。ボールからチラチーノとグソクムシャが飛びだし、アイビーに抱きついた。アイビーも強く抱きしめ返す。

 会いたかった。ずっとずっと。この半年、一日だって思い出さなかったときはない。

 すすり泣くアイビーたちを邪魔くさそうに見ていたザオボーは、気を取り直しラナンに近づいた。

 

 ここが頑張りどきだ。数多の色違いポケモンを有するラナンを懐柔し、移送させることが出来れば、エーテル財団の知名度も、ザオボーの()()()()もぐっと明るいものとなる。

 

 ……だが、そうした皮算用は、ラナンの恐ろしく冷えきった笑顔に瞬殺された。

 

「ひ……!?」

 

 ザオボーの身体は、アーボックに睨まれたニョロモがごとく動かない。

 

「──わたくしとエーテル財団が協力関係を結ぶというお話ですけれど」

 

 かちり、とソーサーにカップを置く音がやけに響いた。

 

「完全に、些かの余地もなくお断りすると申し上げますわ」

「な、なぜ……っ」

「述べるほどの理由はございませんわ。わたくしはエーテル財団を必要としない、ただそれだけのことでしてよ」

 

 ラナンが立ち上がる。ソファを回りこみながらザオボーのそばまで、非常にゆっくりとした足音が、ザオボーに対する死刑宣告のように鳴り響いた。

 

「──それよりも、ねえ、あなた」

 

 耳元に唇を寄せ、底冷えのする声で囁いた。

 

「わたくしの大事な仲間(アイビー)を泣かせておいて、生きて帰れるとお思いかしら……?」

 

 とん、と肩口をつつくと、ザオボーは膝から崩れ落ちた。

 

「ひ、ひ……っ」

「──ライドウ」

 

 ラナンの影からフワライド(ライドウ)が滑りでる。

 鬼火を眼前にちらつかされて、ザオボーはみっともない悲鳴をあげた。

 

「ひ、……ひぃいいっ」

 

 腰が抜けたみじめな姿で這いずり、アイビーの脚に縋りつく。

 

「あっ、あっ、アイビー! 博士を説得しなさい! 彼女はなにか誤解をしている! スカル団なんかとつるんでいたせいで誰からも嫌われていたあなたに、千載一遇のチャンスを与えたのは誰か、お、教えてやるのですっ」

 

 アイビーが足元の屑を蹴り飛ばすより早く。

 ボールから勝手にでてきたヤレユータンが、静かにザオボーの腕を掴んだ。

 

「や、ヤレユータン……そうだ、お前がいたな! ほら、博士を攻撃しろ! 私を脅迫した報いを受けさせなさい!」

 

『……』

 

 ヤレユータンが無言で軍配を振るうと、ザオボーがふわりと床から浮いた。

 

「へっ? や、ヤレユータン……?」

 

 軍配を真っ直ぐ出入口に突きつける。ザオボーは弾かれたように吹き飛ばされ、ポートに停まっていたヘリに直接叩きこまれた。

 

「ぐえぇえええっ!?」

 

 断末魔の悲鳴をBGMに、アイビーとラナンは最高の笑顔でハイタッチした。

 

 

 

「あースッとした! ……でも良かったん、ユタ?」

 

 ユタは、答える代わりに己が入っていたモンスターボールを粉々に握りつぶした。

 無言でゴージャスボールを指さす。

 

「〜〜っ! ちょ、それ反則っしょ……っ!」

 

 アイビーは泣きすぎて真っ赤になった顔をくしゃくしゃに歪めながら、おもいっきり抱きついた。

 

「あんた、ほんっとサイコー!」

 

 チラチーノとグソクムシャが、新たな仲間に抱きつく。

 ラナンはどこからかクラッカーを取りだし、盛大に打ち上げた。

 

 

「さあ! 夜明けまで続くパーティーの始まりでしてよ〜っ! おーっほっほっほっほ!」




新キャラに新キャラ組ませていよいよ誰得小説になってまいりました。
この後のエピソードも書きたいのでもうしばらくお付き合いください。

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