お嬢様博士ですわ!   作:じゅに

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お嬢様博士第6話。
単独でも読めますが、1話から続けてお読みいただくと作者が泣いて喜びます。

孵化厳選や色厳選で避けては通れない話題を織り込みつつ、この世界の闇を少しばかり描いてみました。
今後のお話にあの組織を絡めて行けたらいいな、と思っています。

◾︎ラナンキュラス──主人公。お嬢様博士。めちゃくちゃ金持ち。
◾︎アイビー──博士の助手。黒ギャル。ポケモンと話せる。
◾︎ミツル──ミツルきゅん。可愛い。ORASでとんでもない変貌を遂げた。でも可愛い。
◾︎アポロ──某組織の幹部。イケメンだが中身はクズ。マダムキラー。


6話/目には目を!金には金を!悪党には蹴りをお見舞いですわ!

 一

 色違いのポケモン。それは言うまでもなく、大変に貴重で珍しい個体である。

 ポケモン研究の第一人者であるオーキド博士は、理論上すべてのポケモンに色違いの個体がいる可能性を示唆しているが、実際に色違いを見たものは少なく、有しているものは更に少ない。かくいう筆者も、四十年以上ポケモントレーナーの道を歩んできたが、色違いの個体を拝めたことはないのだ。

 

 それほどまでに希少な色違いを数多く所持しているトレーナーがいる。それがかの天才少女、ラナンキュラス博士である(写真下参照)。

 彼女は色違いポケモンが生まれやすい環境の発見やタマゴの孵化方法の確立、色違いと通常色個体との差異などを纏めた論文で一躍有名になった。

 ポケモン協会から博士(ドクター)バッジを授与された際のインタビュー動画をご記憶の方も多いだろう。

 

 タマゴ研究家のウツギ博士はこう語る。

「彼女の論文は素晴らしいですね。僕の研究は彼女のおかげで飛躍的に進んだと言っても過言じゃありません」

 

 事実、彼女の発表によって色違いの孵化厳選に着手したトレーナーは数知れない。読者諸氏のなかには、彼らの成功体験を聞いて試みた方も多いと思う。

 

 ──だが、その"試み"が悲惨な運命のポケモンを次々に生み出してることを、あなたはご存知だろうか。

 

 預かり屋の店主談

「ええ。あの発表からですよ、ポケモンを預ける方がどっと増えたのは……。こっちも愛情持ってお預かりしてるのに、タマゴを孵したら普通の色だったから要らないとか、もう色違いが産まれたからこのタマゴは返すとか、そんな酷いことを言うお客さんが一人や二人じゃないんです……トレーナーたるもの、ひとつひとつの命を大切にしてほしいですねえ……」

 

 近隣住民談

「もう怖いですよ。昼となく夜となくタマゴを沢山抱えたトレーナーがうろうろしてるんです。それで産まれた子達をどうするのかと思ったら、その場で逃がすんですよ! 育てるために孵したんじゃないのかって……もう可哀想で可哀想で……産まれたばかりの赤ちゃんポケモンが野生で生きていけるわけないじゃないですか! ある時なんか、一晩中ヤミカラスの群れにつつかれたらしいピッピの死体が道端に……私もう、朝から号泣しちゃって……」

 

 このように、悪辣なトレーナーたちによる孵化産ポケモンの放棄事件が多発し、世界各地で社会問題になっているのだ。

 

 また、筆者がさる確かな情報筋から得た話によると、ラナンキュラス博士は非合法な手段で人為的に色違いポケモンを生み出している疑いがある。

 本誌では、前述の社会問題とあわせて、"若き天才の黒い謎"を徹底追及していく所存である(特集記事は別ページ参照)────週刊ポケモンマガジン

 

 

 

 そこまで読んで、アイビーは怒りもあらわに吐き捨てた。

 

「はァ〜!? なにこのクソ記事! ふざけんなし!」

 

 一緒に茶菓子を食べていたチラチーノ(みぃこ)が驚いて手を止める。

 

『どうしたのアイビー、そんな怖い声を出して。みんながびっくりしてスコーンを喉に詰まらせちゃうわよ』

 

 アイビーは慌てて周りを見回した。高級ホテルのカフェラウンジは平日の昼だというのに有閑マダムたちで溢れている。今夜のイベント前に不審者として疑われるのはなんとしても避けたい。ウェイターが通りすぎるのを待って、平静を装いつつタブレットをつついた。さきほどの記事が表示される。

 

「いやこればりムカつくからね? ラナンの特集なのに悪口ばーっか書かれてんだよ! 最低すぎん?!」

『ま。お下品な読み物ね。そんなもの読んだら目が腐っちゃうわよ。しまっちゃいなさい』

「でもこれ許せねって! ほらこことか! 

 〈ラナンキュラス博士は色違いを求めるあまり、他のトレーナーに詐欺まがいの話をもちかけ、ポケモンを強奪するという噂がある。なるほどたしかに彼女のポケモンは時折怯えた眼差しを見せることがあり、これはとりもなおさず、噂を裏付ける証ではあるまいか……〉

 一から十までこいつの主観と妄想じゃん! ジャーナリストなら証拠を掴めよって思わん!? もーまじありえんし」

 

 掌に爪が食いこむのも構わず拳を握るアイビーを、チラチーノはやれやれと慰めた。

 

 このホテルは世界でも有数の一流どころで、ポケモンと人どちらも食べれる料理を供することで知られている。

 せっかくのアフタヌーンティーを無粋な話題で邪魔されるのは勿体ない。

 そう思って電源を切ろうとした前脚が、そっと遮られた。

 慌てて振り向くと当の本人──ラナンキュラスが興味深そうな顔で覗きこんでいるではないか。アイビーたちが止めるより早く、タブレットを取り上げられてしまった。

 

「あら、わたくしの記事ですのね? ──ふむふむ……あらあら……まあ!」

 

 読み進めるうち、ラナンの眉間にどんどん皺がよっていく。当たり前だ、こんな誹謗中傷を書かれて平気な人間はいない。慰めようと腰を浮かしたアイビーだったが、

 

「なんですの、色違いポケモンを多数()()って! ポケモンはモノじゃありませんことよ! ポケ権無視の言い回しに断固抗議致しますわ~っ!」

「いやそっちかいっ!」

 

 あまりにもズレた主張に全力で突っ込んだ。

 

「怒りますわよ~! ポケモンと人はあ・く・ま・で! 対等な関係であるべきですわ! トレーナーだから偉いとか、モノ扱いしていいとか、そんなことは断じて! 断じて許しませんわよっ!」

「わかったわかったわかったわかった。怒りはもっともだけど声が、声がでかいっ。でかいってっ」

『ほら、あなたの好きなアールグレイよっ』

 

 どんどんヒートアップしていくラナンを必死で宥める。まわりの視線が痛い。ただでさえ彼女は目立つのだ。

 背中にかかる豊かな金髪、人形のように整った顔立ち。身に纏う雰囲気からして常人とはレベルが違う。いつでもどこでも衆目を集める少女、それがラナンキュラスなのである。

 

『──仕方ない。あれを使うわ、アイビー』

 

 チラチーノが言って、自慢の白い尻尾でラナンを撫で回した。ふかふか、ふわふわ、いい匂いのする毛皮に包まれ、ラナンの興奮がみるみる溶けていく。

 

「んはぁ……至福の触り心地ですわァ……嗅いでみろ、トぶぞ……ンスゥ──────ッ」

 

 毛並みに顔を埋め深く呼吸しはじめる。傍から見れば完璧な変質者だが、喚かれるよりは幾分マシになった。

 頃合を見計らい、チラチーノをボールにしまう。ガンギマリのラナンを座らせ、本題を切りだした。

 

「んで、あの子どこ?」

「あ、あの、ここです……」

 

 こつ、と鳴るヒールの音に首をめぐらせば、清楚な白いドレスに身を包んだ緑髪の少女が、恥ずかしそうな面持ちで立っていた。

 アイビーが目を輝かす。

 

「やば、超似合うじゃん!」

「そ、そうですか……? こんなの着たことなくて、は、はずかしいです……足元すぅすぅするし……」

「すぐに慣れるって。案外、今日で新しい扉開いちゃうかもよ?」

「そ、そんなあ……!」

 

 泣きそうな顔で俯く。涙目といい、赤らんだ頬といい、見たものの庇護欲を掻き立てるような振る舞いに、アイビーは思わず感心した。

 

(これで()()ってやばくね? 魔性のショタじゃん)

 

 ようやく正気を取り戻したラナンが向かいの席へ促した。

 

「まずは、美味しいお茶をいただきましょう。ここからが本番ですからね、()()()()()

 

 少女──もとい、女装したミツル少年は、唇を噛み締め頷いた。

 

 

 二

 話は一日前に遡る。

 イッシュ地方はブラックシティで買い物を楽しんでいたラナンたちは、カジノの前に黒山の人だかりを見つけた。

 

「なんでしょう? バトルかしらっ?」

 

 好奇心旺盛なラナンが突撃する。輪の中心には三人の黒服と、それに詰め寄るミツル少年の姿があった。ミツルが悲痛な声で叫ぶ。

 

「僕のキルリアを返してください! ここにいるんでしょう?!」

 

 対する黒服たちは腕まくりをし、暴力も辞さない構えである。筋骨隆々の彼らと比べると、ミツルはあまりにか細く弱い。周囲の人々は固唾を飲んで口論の行く末を見守っていた。

 

「お前のポケモンなんざ知らねえって言ってんだろ!」

「嘘だ! ここに入る前はたしかに居たんです! なかを調べさせてください! ぼくの大事なパートナーなんだ!」

「この……しつこいんだよクソガキがぁ!」

 

 ミツル少年の顔面めがけて拳が振り下ろされる。

 だが、そのパンチはいつまで経っても届かなかった。咄嗟に飛び出したアイビーが、手首を掴んで止めたのだ。

 男は驚愕した。折れそうなほど細い腕なのに、万力のような強さで押さえつけられ、びくともしなかった。

 

「……なんかよく分かんないけどさぁ。三対一は卑怯じゃね?」

 

 なお手に力を込めながら、アイビーが低く囁く。男の顔色が赤くなり、青くなり、白くなった。聴衆にも骨の軋む音が聞こえ始める。残る黒服が慌てて引き剥がそうとするも、間に入ったラナンが許さなかった。

 

「喧嘩はいけませんわよ~っ! どうしても争いたいのならルールに則って楽しくバトルをいたしましょう! そう、さながらイッシュ名物、バトルサブウェイのように! このわたくしが審判を務めますわ~っ! 準備はよろしくて~!?!?! おーっほっほっほっほ!」

 

 白衣をバサァッ! と翻し、ポーズを決めて高笑う。黒服もミツルも野次馬も、アイビー以外の全員が呆気に取られた。その隙を逃さず、色違いドレディアを呼び出し、眠り粉を撒き散らす! 

 

「ぐえぇえええ!」

「眠い、はちゃめちゃに眠いぃいいっ」

「なんで私たちまでぇっ……」

 

 黒服たちと、ついでに観客もまとめて眠らせ、ミツルを連れて逃げた。

 まるまる三ブロック走って、ようやく足を止める。

 

「ふー……ここまで来ればもう追っ手は来ないと思いますわ! あなた、怪我はなくて?」

「はぁ……はぁ……は、はい……あの、ありがとうございました……でも僕、いかないと……キルリアが……あの店に……」

 

 息を喘がせながら戻ろうとするミツルの背を、アイビーがぽんと叩いた。

 

「まーまー待ちなって。ンな状態で戻っても今度こそボコボコにされるだけじゃん? それじゃ意味ないからさー? とりあえずカフェにでも入って落ち着くべ」

「で、でも……!」

「いーからいーから」

 

 半ば引きずるように近くの店に入り、ココアとハニートーストを注文する。料理が運ばれて来る頃にはミツルも観念したとみえ、重たい口を開きはじめた。

 

「……ぼく、ホウエンの生まれなんです」

 

 幼い頃は体が弱く、遊ぶどころか歩くことも満足にできなかった。庭に遊びに来る野生ポケモンを見るのが唯一の慰めだった。

 療養の甲斐あって元気になった彼は、近所のジムリーダーに手伝ってもらい、生まれて初めてポケモンを捕獲した。

 それが運命のパートナー・ラルトスとの出逢いだった。

 ふたりはあちこち旅をして、少しずつバッジを集めていった。とうとうラルトスが進化したので、修行とお祝いを兼ねてイッシュ旅行に来たのだが──……

 

「カジノって行ったことがなかったから、昨日の夜、興味本位で入ってみたんです。中はビカビカギラギラしてて、すぐに目が回っちゃって……ベンチで休んでいたら、いつの間にかキルリアの入ったボールだけが無かったんです」

 

 何度も探したし、警察にも届けたが、どこで無くしたか喋った途端、警察は捜査を拒否したという。ラナンの肩がぴくりと揺れた。

 

「……()()ですの? 捜査を途中でやめ(打ち切っ)たのではなく?」

「頭から否定されました。この街でポケモンがいなくなった話なんて聞いたことがない。お前の勘違いかなんかだろうって……だから僕、自分で調べに行くしかなかったんですが、もう一度行ったらなぜか門前払いされてしまって……黒服さんたちと揉めてたら、あなたたちが助けてくれたんです」

「ふぅ、ん……なるほどですわ……」

 

 ラナンは顎に手を当て考えた。

 聞けば聞くほど警察もカジノも不審な点だらけだ。捜査すらしないこと、ミツルを頑なに店に入れたがらないこと。黒服たちの乱暴な態度。その全てが、ある仮説を裏付けている。

 

「この街ではポケモンの売買が盛んに行われているって噂、どうやら本当のようですわね」

「「ポケモンの、売買!?」」

 アイビーとミツルが同時に叫んだ。ラナンは頷き、タブレットで件の情報を表示する。

 

 いわく、ブラックシティのカジノでは、定期的にポケモンオークションが開かれ、金持ち相手に莫大な利益を上げているらしい。滅多に捕獲できない希少種や色違いの個体のほか、時には伝説級のポケモンが並ぶこともあるという。

 客同士のプライバシー保護のため、仮面をつけて参加することから、仮面競売(マスクドオークション)と呼ばれている。

 

「問題は、競りにかけられるポケモンの大半が攫われたか盗まれた子達らしいんですの。ブラックシティ近辺で手持ちがいなくなったという方が大勢いらっしゃるんですのよ」

 ミツルがはっと目を見開いた。

 

「でも、警察の人はそんなの知らないって……!」

「ええ。つまりこの話はまったくの眉唾物か……」

 

 アイビーが二の句を引き取った。

 

「警察までグルになってる一大イベント、ってわけ? クソすぎん?」

 

 ミツルの手がわなわなと震えだす。

 

「そんな……そんな……ぼくのキルリアが……売られちゃうなんて……!」

 

 目に涙をいっぱい溜めて、ミツルはラナンに取り縋った。

 

「なんとか阻止する方法を知りませんか! ぼくなんとしても取り返さなくちゃ!」

 

 ラナンはどんと胸を叩いた。

 

「ご安心なさいまし。必ずあなたの元に返して差し上げましてよ」

「つっても、どうやって参加するん? 入れてって言ったらいれてくれるものでもなくね?」

「忍びこむ、とか?」

「いっそスタッフ脅すか」

 

「どれも必要ありませんわよ」

 

 ラナンはにっこりして、一通の封筒を取り出した。

 

「そのオークションへの招待状、頂いてるんですわよねーこれが♡」

 

 

 三

 アイビーたちは目を丸くして招待状を眺めた。

 中にはラナンを歓迎する文言──ただし宛名はキュラソーとなっている。ラナンが用いた偽名らしい──と、大雑把な競売品のリストが同封されている。リストにはたしかに"キルリア──1"と書かれていた。

 

「競売は週に一度、金曜日の夜に催されますわ。今が木曜日の夕方六時ですから、きっかり二十四時間後に開かれるわけですけど、それがキルリア奪還の最初で最後のチャンスですわよ」

「まだカジノにいるのがわかってんならボコって奪い返せばよくね?」

 

 アイビーの物騒な提案にラナンはきっぱりと首を振った。

 

「そうなるとこちらもタダでは済みませんわよ。あちらさんも警備はガッチリ固めているでしょうし、警察もアテにできないなら、強行突破はリスクが高すぎますわ」

「なら、どうしましょう?」

「いちばん穏当な手としては、客のフリして競り落とすってとこですわね。このお手紙(チケット)のおかげで、少なくとも内部にはヌルッと入れましてよ。ですが……」

 

 ラナンがじっとミツルを見つめる。ミツルはどぎまぎして、どんどん顔を赤くしながら目を逸らした。

 

「あ、あの、なんでしょうか……?」

 

 ラナンは指を二本立て、ピースサインを作った。

 

「今回のオークションには出席者に課せられた条件が二つありますの。

 ひとつは二人一組でくること。

 もうひとつは、()()()()()()()()()()こと」

「へー。男はダメなんだ」

「ええ。最初はアイビーと二人で行こうと思ってたんですけれど、ミツルさんも出たいですわよね?」

「は、はい! お願いします! 僕の手でキルリアを救いたいんです!」

「つってもなー。ミツルっちは可愛い顔してっけど、男ってモロバレじゃん?」

「なら、やることはひとつですわね」

 

 立ち上がり、ラナンが不敵な笑みを浮かべる。指を一本、天に向かって突き上げた。

 

「ミツルさん大改造計画、おっぱじめますわよ〜!」

 

 

 ──そして、話は冒頭に戻る。

 美容院、エステ、ドレスショップ、メイクショップと散々に連れ回し、完璧な少女に生まれ変わったミツルを正面に座らせ、ラナンはご機嫌だった。

 

「んふふ。我ながらいい仕事しましたわ〜。ミツルさんはお(ぐし)もお肌もお綺麗ですから、メイクのし甲斐がありましてよ〜♡」

「うう……あんまり見ないでください……」

 恥ずかしすぎて死んでしまいそうです……呟くミツルの背をアイビーが叩く。

 

「そんなんじゃダメッしょミツルっち。ほら気合い入れて。これも大事な作戦なんだからさ。キルリア助けられんの、世界であんただけなんだよ。胸はんな!」

 

 その言葉に、ミツルの背筋がぐっと伸びた。

 

「は、はい……! そうですよね、頑張ります!」

「ん! その意気その意気!」アイビーが親指を立てて笑う。それから、ずっと気になっていた疑問を口にした。

 

「てかさ、ラナンはこの招待状どっから貰ったん? ポケモンのオークションとかめっちゃ嫌いだと思ったけど」

 

 ラナンはこの世の何よりもポケモンを愛し、彼らの幸せを願っている人物だ。ポケモンをモノ扱いする世界など、興味が無いどころか叩き潰しますわよ! ぐらい言いそうなものなのに。

 

「もっちろん、お排泄物(クッッソ)嫌いですわ!」

 

 ラナンはぐいっと胸をそらし大威張りに断言した。

 

「一分一秒でも早く組織まるごと完っ全にぶっ潰してやりたいですわ!

 でもこういうところってガードが固くて簡単にはしっぽを掴ませてくれないでしょう? 

 ですからまず客として潜り込むために、会員制の裏サイトに張りついて、わたくしがいかに珍しいポケモンを集めているか、どれほど欲しがっているか、アピールしまくったんですのよ!

 ついでに週刊誌にもそれとなく、わたくしが手段を選ばない人間であることを匂わせる記事を出していただきましたら、見事釣られてくれたんですの!

 おほほほほ、悪党ってチョロいですわ〜!」

「あ、あの記事ラナンが書かせたん?!」

 

 アイビーは驚愕し、ついで赤面した。

では自分はラナンが張った罠(自作自演)にまんまと引っかかったのか!

 

「おーっほっほっほ! 敵を騙すにはまず味方から! 週刊誌に怒るアイビーの姿、とっても可愛らしゅうございましてよ〜っ!」

「言えし! 水くさすぎるから!」

 

 二人がわあわあと騒いでいると、五時を告げる鐘が鳴った。

 オークションの開場まであと一時間。作戦もいよいよ大詰めである。

 

「それではミッションの最終確認(おさらい)しますわよ。

 ミツルさんとわたくしはオークション会場に着いたらがっつり競って即脱出。終わり次第キルリアちゃんのテレポートで空港にジャンプし、プライベートジェットでイッシュ地方にさよならバイバイですわ! 

 ううん、スピーディかつ完璧なプランですわね!」

「自画自賛すんなし」

「おーっほっほっほ! 甘いですわねアイビー! 自己肯定感は大事でしてよ? 計画を成功させる最高のスパイスですわ!」

「はいはい。で、あたしは空港にいりゃいいんだべ?」

「ええ。わたくしのプライベートジェットをいつでも発てるよう待機させていてくださいまし」

「りょーかーい。あ、そだ、ミツルっち。キルリア以外の手持ちって何かいんの?」

「コイルがいますけど……」

「コイルかーおっけ。したら念の為、みぃこ預けとくわ」

 

 チラチーノ(みぃこ)の入ったボールを手渡した。

 

「黒服のヤツらとかがミツルっちに気づくかもじゃん? したらコイル一体でバトるのだるいっしょ。空港に着いたら返してくれりゃいーからさ」

「あ、ありがとうございます! わぁ、可愛いなあ……!」

 

 うっとりとした眼差しでチラチーノをためつすがめつし、ボール越しにコイルと対面させていた。その表情は恋する乙女そのもので、ともすると本来の性別を忘れそうになる。

 

(これが素って……やっぱ凄いわミツルっち……)

 

 ラナンが右手を前に出す。アイビーとミツルも手を重ねた。

 

「それでは、"キルリア絶対助けるぞ作戦"、スタートですわ!」

「おー!」

「よ、よろしくお願いします!」

 

 めいめいが意気ごみ新たに拳を突き上げた。

 

 

 四

 金曜の夜、カジノは盛況を極めていた。

 欲の皮の突っ張った人間たちが、装いこそきらびやかに、されど内面におぞましいものを隠しながら、目の前の賭け事に興じている。

 二人の男が、たったいま入口から入ってきた客を見て囁きあった。

 

「見たか、あれ」

「見た見た。赤髪のほう、すっげぇ美人だな」

「隣の緑髪もいいな。まだガキくさいが、妙な色気がある」

「二人とも妙なマスクしてるがなんだありゃ」

「決まってる。"奥"で遊ぶんだろ」

「奥?」

「何も知らないのか? このカジノはVIPだけが集まる極秘のオークションもやってんのさ。顔がバレたら困る連中ばかりだから、ああしてマスクをつけるって噂だぜ」

「へえ……」

 

 美女ふたりは脇目も振らずに通り過ぎ、分厚いカーテンの向こうへ消えた。

 

 

「チケットを拝見致します」

 

 顔中に傷跡が刻まれた、明らかに堅気でない男が無骨な手を差し出す。()()()()はにこりともせず、招待状入の封筒を載せた。

 

「……確認できました。ようこそ、()()()()()さま。会場へお入りください。まもなく始まります」

「そうですの」

 

 薄闇色のドレスに、肘まで覆うシルクの手袋を着こなしたラナン(キュラソー)が、冷めた目で男を見やった。

 

「今日は何人いらっしゃいますの」

「貴女様がたを含めて十四人ほどでございます」

 

 つまり六組の客がいるということだ。現在の時刻は五時五十九分。いかなる理由があろうとも遅刻者は中に入れない。これ以上参加者が増えることはないだろう。

 ラナンはミツルに目配せし、会場の扉を開け放った。

 

 中は、異国の教会に似ていた。長椅子が均等に並べられ、前方中央に祭壇があり、()()をよく見せるための台が据えられている。

 先に来ていた客たちは程よく間をあけて座っていた。会場は薄暗く、かなり近づかなければ容貌が判然としない。互いの素性が露見するのを防ぐ措置である。

 ラナンたちは最も後ろの席に腰を下ろした。

 

「緊張してきました……」

 ミツルの言葉にラナンはくすりと笑った。

 

「心配ご無用でしてよ。あなたもあなたのキルリアも必ず守ってみせますわ」

 

 自信に満ち溢れた声音に、ミツルは安堵した。彼女の声には不思議な力がある。不安が消し飛び、勇気がわいてくるのだ。

 

「ありがとうございます……! ぼくも精一杯頑張ります!」

 

 そのとき。いきなり中央のステージにスポットが灯り、一人の男が歩みでた。

 薄い水色の髪に艶のある燕尾姿。客同様マスクをしているが、端正な顔立ちは隠せていない。男は張りのある声で、オークションの開始を宣言した。

 

「定刻になりました。それでは今宵も始めましょう。みなさまに素晴らしい出逢いをお届け出来ればこれ以上の幸いはありません。

 本日の進行を務めるアポロです。どうぞ、お見知り置きを……」

 

 気障な一礼に思いのほか熱心な拍手が沸いた。アポロはひとりひとりに視線を返し、時には淡く微笑んでさえ見せた。笑顔を貰った客が嬉しそうに声を上げ、他の客が羨望と嫉妬で身悶える。

 

「なるほど、男子禁制ってこういうことですのね……」ラナンが苦笑した。

 

 金と暇を持て余したマダムは刺激を欲しているものだ。女だけの空間で対抗心を燃やさせ、アポロの美貌で判断を鈍らせる。トドメにオークションの熱気にあてられた彼女らは青天井に金を積む、という按配。

 

「……さあ、それでは最初の一匹です」

 

 アポロが木槌を打ち鳴らすと、一体目が運ばれてきた。純白の羽に均整なボディ。長い睫毛がえもいわれぬ美を湛えている。

 

「最高の腕を持つブリーダーに育てられた色違いのスワンナです。飾るもよしコンテストに出るもよし。あなたの人生に比類なき美しさを加えてくれることでしょう。まずは100万から」

 

 次々に手が上がり、値が上昇していく。

 580万を刻んだところで客の声が尽きた。

 

「ただいま580万です。他にいらっしゃいませんか?」

 アポロが会場を眺め回す。最前列に座った痩せぎすの女が、自慢げに鼻の穴を膨らませた。

 いいスタートを切れた。競り落とした人間はオークション終了後、別室でアポロ直々に手渡してもらえる。いまからそれが楽しみだった。

 しかし。アポロが木槌を鳴らそうとしたまさにその瞬間、後方の席から静かな声が飛んだ。

 

「──700万」

 

 最前の女が硬直し、勢いよく振り向いた。だが席が離れすぎていて、とても顔までは分からない。女は鼻を鳴らし、上乗せした。

 

「760!」

「850」

「……930!」

「1000」

 

 女は呆れ返った。まわりの客もくすくす笑っている。

 このオークションは品目が多い。最初の一体に四桁も注ぎ込んで、あとどれだけ頑張れるのやら。大方おのぼりさんが初めて参加したオークションで舞い上がったのだろう。

 獲物をかっさらわれたのは悔しいが、この後勝っていけばいいだけのことだ。女は悠々と座りなおした。

 アポロの声が響き渡る。

 

「スワンナ、キュラソー様が1000万で落札です! おめでとうございます」

 

 スワンナが退場し、レパルダスが運ばれる。こちらは通常色だが、普通と違って尾が素晴らしく長く、しかも二又に別れていた。変わり種に飢えている客が興奮の吐息を漏らす。

 

「さあ、続いては二又のレパルダスです。長く生きた個体はこのように変化すると言われています。驚くほど賢く、トレーナーを裏切りません。250万から!」

「300っ」

「440!」

「610!」

 間髪をいれず更新され、場は否が応でも盛り上がっていく。

 

 ミツルは手の汗を拭った。聞いたこともない金額のオンパレードに頭がくらくらした。隣のラナンはじっと腕組みし、ひたすらステージのレパルダスを見つめている。

 

「1210! さあ他にいらっしゃいませんか?」

 

 顔も身体も丸い女が勝利を確信して頬を緩ませた。

 猫系のポケモンならなんでも欲しい。しかもこんなに珍しい個体は世界中探したってそうそういるものじゃない。

 また我が家のコレクションが潤うわ。お友達の羨ましがる顔が目に浮かぶ────

 だが、甘い幻想はあっけなく打ち砕かれた。またも後方の女が遮ったのである。

 

「2000」

 

 会場がどよめいた。後ろの女はバカなのか、それとも常軌を逸した金持ちなのか。

 アポロはにっこりして木槌を叩いた。

 どちらでも構わない。金さえ落としてくれるのならば。

 

「二又のレパルダス、キュラソー様が2000万で落札です!」

 

 

 五

 オークションは過去一番の熱狂を見せた。

 品が並び、額を唱え、落ち着いたところでラナンが冷や水をかけるがごとく最高値を宣言する。その繰り返しに、いまや客たちにはある空気が芽生えつつあった。

 すなわち、なんとしてもラナンより上をいき、彼女を黙らせ、勝利をもぎとりたいという貪欲な想いが。

 

「まだかな……まだかなあ……」

 そんな空気には目もくれず、ミツルはひたすら最愛のポケモンを念じ続けた。祈りが通じたのか、順番が回ってきただけか。待ちに待った姿が壇上に登る。

 

「あ……っ!」

「十三匹目はキルリアです」

 

 ミツルが両手をぎゅっと握り合わせた。世界にキルリアは多く居れど、あの姿、間違いない。僕の最初のパートナーだ! 

 キルリアが怯えた顔で会場を見回している。僕はここだと言えたらどんなに喜ぶだろう。血が滲むほど唇を噛み締め、叫びたい気持ちをぐっと堪えた。

 

「色違いでもなく、特筆すべき外見的特徴もありません。いたって普通のキルリアをなぜ並べるのか、疑問に思っておいででしょう。しかし! このキルリア、我々が調べたところ、いわゆる"六冠"個体であることがわかりました!」

 

 会場中から驚きの吐息が漏れた。

 

 六冠。ブリーダーやトレーナーの間では6Vともいわれる、高い能力を秘めたポケモンを指す言葉である。

 体力、攻撃、防御、特攻、特防、素早さ、以上六点の要素(ステータス)のうち、突出して高いものが一つあると一冠という。六冠は六つ全てが高い水準にあることを意味し、滅多に捕まえることは叶わない。

 

「育てて強力なポケモンにするもよし、高個体値(ハイスペック)ポケモンを産ませるもよし……まさしく金のタマゴを産む存在、さあ、少々値が張りますが奮ってご参加いただきたい! 最初は」

「1億」

「ごひゃ、……は?」

 

 500万と言いかけていたアポロが目を瞬いた。いまあの女はなんと言った? 

 ラナンはゆっくりと立ち上がり、馬鹿面で見てくる全員を睥睨した。

 

 

「1億と言ったんですが。聞こえませんでしたの?」

 

 

 今までとは違う、先手を打っての超高額宣言に、しんと静まり返った。

 我に返ったアポロが咳払いし、空々しく対抗者を募ったが、返事があるはずもない。女たちはみな、事ここに至ってようやく理解出来たのだ。自分たちが、遥かにレベルの違う相手と競っていたことに。

 

 アポロは舞台袖のスタッフに合図を送り、準備していたポケモンを下がらせた。

 次が今回の目玉商品だったが、会場のボルテージは地に落ちている。これ以上はどう足掻いても盛り上がるまい。

 

「おめでとうございますキュラソー様。1億で六冠キルリア落札です! 

 本日のオークションはこれにて終了いたします。みなさま、ご参加誠にありがとうございました」

 

 幕引きはあっけなかった。プライドをへし折られた女たちがふらふらと去っていく。完膚無きまでの敗北は、彼女たちから覇気を奪い、一気に十歳も老けて見えた。

 

 

 がらんどうの会場に残ったラナンとミツルの元へ、アポロが鷹揚な足取りで近づき、片膝を立てて跪いた。

 

「キュラソー様、いえ、ラナンキュラス博士。今宵貴女に出逢えたこと、私の人生最大の幸福です」

 

 ラナンの手を取り、甲に口づける。ラナンが満更でもなさそうに笑った。

 

「あら、わたくしの正体に気づいてらしたんですのね?」

「勿論でございますとも。あなたほど高貴で思いきりのいい方はそうそういらっしゃいません。さあ、どうぞこちらへ。商品をお渡しいたします」

 

 アポロは終始にこやかに微笑み、別室へと誘った。引渡し場所にはピラミッド型に積まれたボールと、競売に出されなかった最後のポケモンが鎮座していた。

 ミツルがあっと叫ぶ。

 

「す、スイクン……!?」

 

 アポロが首肯した。口輪を嵌められぐったりとしているスイクンの手綱を握り、淀みない口上を述べ始める。

 

「仰るとおり、古のジョウトにて甦ったという伝説を持つポケモン、スイクンです。世界中を走りまわり、穢れた水を清める習性を持ちます。私たちは長年追い求め、ついに捕獲に至ったのです! 

 これが本日の目玉となる予定でしたが、スイクンを持つに相応しい方は博士、貴女をおいて他にはおりませんでした」

 

 一度言葉を区切り、じっとラナンを見定める。流石のラナンも言葉が出ないようで、スイクンに目が釘付けになっていた。

 

 アポロは口元を笑みに歪ませ、すぐに消した。六冠に一億積む女ならば、伝説ポケモンにはその十倍ふっかけても払うだろう。

 

(いい金蔓が出来た。とことん搾り取ってやる……!)

 

「オークションは終わりましたが、博士さえお望みならばお渡しすることもできますよ。少しばかりお高くはなりますが……」

 

 ラナンは無言でミツルを見やり、次いでアポロを一瞥した。

 

「……まず、()()から渡すのが筋ではございませんこと?」

「おお、これは申し訳ございません。大変な無礼を働きました。ではこちらから……」

 

 ボールを載せたカートが目の前に運ばれる。キルリアの入ったボールに手を伸ばしかけたミツルを、アポロが即座に制止した。

 

「お支払いから、お願いいたしますよ」

「……」

 

 ラナンが指を鳴らすと、影からヨノワールが現れ、()()()()()からアタッシュケースを四つほど吐き出した。

 アポロが蓋を開く。新札がぎっしりと並べられ、一ミリの隙間もない。

 

「……たしかに、お預かりいたしました。どうぞお受け取りください」

「キルリアっ! ああよかった、もう会えないかと……」

 

 ボールを掻き抱き、涙するミツルにラナンが耳打ちした。

 

「おめでとう、ミツルさん。その子を連れて先に行っててくださいまし」

「え……で、でもあなたは……?」

「わたくしはすこし、あの方と話がありましてよ。……ノワール! ボールを!」

 

 ヨノワール(ノワール)が残りのボールを腹に収め、再び影に沈んでいく。ミツルはキルリアの手を握り、何度も振り向きながらテレポートで姿を消した。

 アポロとラナンが静かに対峙する。

 

「……もう、これは必要ありませんわね」

 鬱陶しいマスクと赤髪のカツラを剥ぎ取り、床に放り捨てた。

 

「あーすっとしましたわ! 全くカツラってどーしてこう蒸れるんですかしら。暑くて痒くてしんどかったですわよ〜!」

「それはお辛かったでしょう。空調には気を配っていたつもりでしたが、次回の参考に致します」

「それには及びませんわ。"次"はありませんもの」

「……それは、どういう意味でしょう?」

 

 アポロの目がすっと細くなる。後ろに手を回し、密かにボールを握った。

 

「答える前にお訊ねしたいことがありましてよ。そのスイクン、いつどこで手に入れましたの?」

「場所はジョウト地方の奥地、時期は秘密……というところでご勘弁を。詳しいことは我々の機密に触れますゆえ」

「そう。──では、ミナキという名前に聞き覚えは?」

 

 アポロの肩がぴくりと跳ねた。それはごく些細な反応だったが、見逃すラナンではない。

 

「──当オークションハウスも懇意にしているポケモントレーナーの方ですね。彼がなにか?」

「懇意、ですの。物は言いようですわね」

「……すみません、仰りたいことがよく……」

 

 ラナンは片眉を吊り上げ、人差し指を突きつけた。

 

「わかりませんの? なら耳をかっぽじってよくお聞きなさいな! 

 ミナキはわたくしの友にして、世界中のだれよりもスイクンを愛し追い求めた殿方! つい先日、とうとうスイクンを捕まえることができたと連絡があったのに、次にお会いした時は大怪我を負って入院されていましたわ。そして手持ちの中にスイクンの姿はなかった……」

 

 話しているあいだもスイクンは力なく寝そべったまま、起き上がる気配がない。酷く衰弱しているのだ。きっとろくに食事も与えられないまま何日も閉じこめられていたのだろう。

 ラナンの怒りが加速する。

 

「なぜあの子は口輪をし、首輪をされていますの? あなた方が捕獲したならあんなものは必要ないはず! ならば答えはひとつですわ」

 爛々と光る眼でアポロを睨めつける。

 

「……あなたたちがミナキを襲い、奪った。違いまして?!」

 

 アポロは黙ってボールを開き、ヘルガーを操りだした。人あたりのいい笑顔を捨て、酷薄な表情を浮かべながら。

 

「そこまで察しがついていながら喧嘩を売るのですか。貴女も存外頭が良くないようですね」

「あら。勝てる勝負と分かってるからこその挑発でしてよ」

 

 ラナンも色違いのドレディアを呼び、半身をひらく。

 一瞬の空白。そして、

 

「炎の牙!」

「蝶の舞!」

 

 漆黒と翠緑が激突した! 

 

 

 

 六

 一方その頃。プライベートジェットの中でだらだら寝転びながら二人の帰りを待っていたアイビーは、機内にテレポートで飛んできた影を認めて跳ね起きた。

 

「おわっびびったぁ!? ──って、ミツルっちじゃん。おつ〜。オークションどーだった?」

 

 着地に失敗して床に転んだミツルとキルリアを助け起こす。ミツルはテレポート酔いで青ざめつつも、会場での様子を事細かに語った。

 

「スイクン?! まじで! やば、チョーレアじゃん」

「でも、すごく弱っていて……」

「あー。まあ、だいじょぶじゃん? ラナンなら絶対助けて帰ってくるっしょ。それよかさ、外見てみ?」

 

 言われるがまま窓を覗くと、不審な人影が数人、こそこそとこちらに近づいてくるのが見えた。

 

「あれは……?」

「たぶんだけどカジノの連中。ラナンの正体バレてたくさいし、プライベートジェット持ってるの調べたんしょ。逃げ足封じてラナンのポケ盗もうって魂胆じゃん?」

 

 ハッチを開き、地上を見下ろす。アイビーに気づいた強盗たちが駆け寄ってきた。

 

「あたし全員ぶっ飛ばしてくっからさー。ミツルっちはここで待っててよ」

 

 言い終わるや、地面に向かって飛び降りた! ヤレユータンとグソクムシャを繰り出し、手近な人間を薙ぎ払う! アイビー自身もキレのあるパンチや蹴りで不届きな連中を叩きのめした。

 

「……すごいな、みんな」

 

 ラナンもアイビーも、強い芯がある。危険を恐れず、傷つくことを躊躇わず、大切なものを守り抜く強さ。

 ミツルはぼそりと呟いた。

 

「あんなふうに、なれるかな」

 

 キルリアが居ないと気づいた時、狼狽えることしか出来なかった情けない人間が、あの境地に辿り着けるものだろうか。

 いまもこうして守ってもらっているのに。

 

 肩にあたたかいものが触れる。振り向くと、キルリアがまっすぐミツルを見つめていた。

 その瞳は澄んでいて、とても綺麗だった。

 

「キルリア……僕にもできるって思う?」

 

 キルリアは頷いた。真正面からあたえられる信頼に、心が奮い立った。

 悩むのも、怖じ気づくのも、今は要らない。

 自分を、仲間を、信じて動く。いつだって、必要なのはそれだけなんだ。

 

 キルリアの角がほのかに光る。前向きな気持ちを掴んだ時にだけ現れる輝きを背に、ミツルもハッチから飛び降りた。

 

「キルリア、たのむ!」

『きゅう!』

 

 地面にぶつかる寸前、サイコキネシスで速度をやわらげ着地する。コイルとチラチーノを呼びだし、アイビーと背中合わせに立った。

 

「援護します! アイビーさんは前を!」

「ミツルっち……ははっ! なんだよ、チョーかっこいいじゃん! 後ろは任せたかんね!」

「はい! コイル、電磁波! キルリアはチャームボイスで撹乱を!」

チラチーノ(みぃこ)、タネマシンガン! グソクムシャ(グク)はシザークロス! ヤレユータン(ユタ)は金縛りでサポートよろ!」

 

 強盗たちも負けじとポケモンを繰り出してくる。多種多様な技が入り乱れ、滑走路は激戦地と化した! 

 

 

 ◇◇◇

 

 アポロは手際よくラナンを追い詰めていった。

 狭い室内での戦闘ゆえ、ヘルガーが得意とする炎の大技(火炎放射や大文字)こそ打てないものの、凶悪な爪と牙で着実にダメージを重ねている。

 対して向こうは草タイプ、舞や回避でうまいこと致命傷を避けてはいるが、肝心の攻撃はお粗末で痛くも痒くもない。結末の見えている戦いに欠伸が出そうだ。

 

「まだ続けますか?」

「あら、当然でしてよ。あなたこそ勝ち誇るのが早すぎるんじゃなくって?」

「貴女は往生際が悪すぎるだけでしょう」

 

 実際、趨勢は決している。

 後退を続けるうちに背後は壁、ドレディアも満身創痍の有様で、いったい何が出来るというのか。

 現実が見えていないなら、分からせてやる他あるまい。

 

「博士のポケモンならば高値がつく。殺したくはなかったのですがね……」

 

 アポロは手掌を向け、最後の一撃を命じた。大口を開けたヘルガーが飛びかかる。ドレディアは小さく身を丸め、かたく目をつぶった。

 

 ──殺った! 

 

 一秒後に見えるだろう残虐な光景に笑みが零れる。……だが。

 

「ギャウンッ」

 

 悲痛な叫びを上げて床に転がったのはヘルガーの方だった。

 

「な!? へ、ヘルガー!」

 

 辛うじて立ちあがったが、口から血泡を吹き、焦点が定まっていない。足元もふらついている。明らかに致命傷を受けていた。

 

(何をもらった? こんなことができる技など────)

 

 ラナンを睨めつけたアポロは愕然とした。横に侍るドレディアの姿が、この一瞬で全く変わっていたのだ。

 

「な、なんです、そのポケモンは……」

 

 すらりと長い手足に引き締まった胴。おっとりした眼差しは鋭い目つきに変貌し、従前のお嬢様然とした雰囲気は欠けらもない。

 

「──かつて、ヒスイという地方がございましたの」

 

 かつ、とヒールを鳴らし、ラナンが一歩前に出る。反するように、アポロは一歩後ろへ下がった。

 

「その地は寒く険しくて、ポケモンたちは生き残るために強く在らねばならなかった」

 

 かつ、と更に一歩。気圧されたヘルガーが頭を垂らす。

 

「草タイプのドレディアにとっては試練の地……弛まぬ努力の末、とうとう格闘タイプを会得した。それがこのヒスイの姿ですわ」

 

「ヒスイ……ドレディア……」

 

 どん、と鈍い音がして、アポロは壁に当たったことを悟り、息を飲んだ。

 逃げ場が──ない。

 

「この子に宿る遺伝子が、遠い祖先の姿を呼び覚ましたのですわ。わたくしの子達には少しばかり、そういうことが出来る子がいるのです。

 残念ながら、変身時間は長くは保ちませんけれど、あなたを倒すには充分なお時間でしてよ」

「う……」

「さ、降参なさいますの? それとも……」

 

 アポロの選択は"それとも"の方だった。

 

「〜〜っ、ここで、こんなところで負けてたまるものですか! 姿が変わったからなんだというのです! ヘルガー! 焼き殺せ!」

 

 灼熱の炎が吹き荒れ、ラナンたちを襲う。しかしドレディアは避けもせず、ただ思いっきり、右脚を振り上げた! 

 目にも止まらぬ素早い蹴りが、炎を断ち切り左右に流す。火のついた壁や床がたちまち燃え上がり始めた。

 

「は……?」

 

 アポロは己の目が信じられなかった。

 炎を──斬った? 蹴り一発で……? 

 

 火災報知器が作動し、けたたましいベルが鳴り響く。スプリンクラーの水が降り注ぎ、部屋の全てが濡れそぼった。カジノの方でも同じことが起きているだろう。遠くから、客の悲鳴が聞こえた気がした。

 

 ヒスイドレディアの蹴りが惚けた顔面スレスレの壁に叩きこまれる。部屋全体に亀裂が走り、ぽっかりと大きな穴が空いた。

 

「ひ……っ!」

 

 懐中時計を開いたラナンが薄く微笑む。

 

「──そろそろ、警察もつく頃合ですわね」

「け、警察……? ははっ、通報なんて無駄ですよ! この街の警察は署長にいたるまで買収済み……」

「この街の、ではございません」

 

 ぱちり、と時計を閉じたラナンがアポロを見据える。

 

「国際警察の方をお呼びしましたのよ。ポケモンの盗難に売買。警察への贈収賄。いずれも重罪ですわ。一生かけて償いなさい」

「……!」

 

 アポロはもう何を言う気力もなく、ずるずるとへたりこんだ。

 ラナンは踵を返し、スイクンのそばに跪く。戒めをすべて解いてやっても、首を持ち上げるのすら苦しそうだった。

 

 癒す手段は、ある。だが──

 言いあぐねるラナンに、ドレディアが囁いた。

 

『私は大丈夫。命令して』

「……レディ」

 

 ラナンはドレディア(レディ)の肩に頬を寄せ、彼女にだけ聞こえる声で詫びた。

 そして命じる。

 

「癒しの願いを、スイクンに」

『喜んで、マスター』

 

 あたたかい光がドレディアの全身から発せられ、スイクンへ少しずつ移っていく。

 光を与えられたスイクンは落ち着いた呼吸を取り戻し、薄く瞼を開いた。

 神通力で、脳内に直接語りかけてくる。

 

『ココ ハ……』

「ある施設です。あなたはあとすこしのところで売り飛ばされるところでしたの」

『ソウカ……ワレハ タスカッタノダナ……』

 

 スイクンが安堵の息を吐く。

 視界の端に傾ぐ姿を認め、ラナンが叫んだ。

 

「……っ、レディ!」

 

 完全に光を移し終えたドレディアが昏倒していた。容姿も、ヒスイの姿から現代のそれへと変わっていく。

 スイクンが鼻先を近づけ、ドレディアの匂いを嗅いだ。芳しい香りがみるみる衰えていくのがわかる。

 

『コノモノハ ドウシタ』

「あなたを救うためすべてのエネルギーを使い果たしたのです」

『イソガネバ。タイオン アルモノヲ シナセタクハナイ』

「ええ。脱出しましょう。ひとまず空港までついてきてくださいまし。あなたの本当のトレーナーと連絡をとりますわ」

『ワカッタ』

 

 ラナンはちらりとアポロを見やった。意気消沈した面でなにやらぶつぶつ呟いている。

「……キ様……サ……カ……」

 ……これ以上は聞き取れない。

 

 窓を開け放ち、スイクンを先に通す。ラナンはサザンドラを呼びだした。珍しく色違いではないが、ミツルのキルリア同様、六冠の龍である。

 黒い毛並みにまたがったとき、騒がしい足音が轟いて、大勢の男たちが部屋に雪崩れこんできた。先頭の人物を認め、ラナンが頬を緩ませる。

 

「ご無沙汰ですわ、ハンサムおじさま!」

 

 ハンサムと呼ばれた男──国際警察のエージェントは窓の外で飛ぶ少女に驚き、諸手を挙げた。

 

「ややっ。君はラナンキュラス! 通報者は君だったのか!」

「ええ! そこにいる悪党は絶対に逃がさないでくださいましね! ポケモンオークションの重要参考人でしてよ〜!」

「承知した! 任せてくれたまえ!」

 

 ラナンは朗らかに笑い、高らかに命じた。

 

「行きますわよザンドラ! 凱旋ですわ〜っ!!」

 

 三つ首が夜天に向かって吼え猛り、猛スピードで飛翔した。

 

 

 

 七

 

「お、帰ってきた帰ってきた」

「ラナンさん! おーい、おーい!」

 

 滑走路脇の芝生で、アイビーとミツルが手を振っている。サザンドラから飛び降りたラナンは、適当に縛られた悪党たちがごろごろ転がっているのを見て目を丸くした。

 

「まあ、お客さんがいらしたんですの?」

「ま、ね。大したことなかったけど。そーだ! 見せてやんなよミツルっち」

 

 ミツルは照れくさそうに笑いながらボールを開けた。中から飛び出してきたサーナイトを見、ラナンが破顔する。

 

「まあ! まあまあまあ〜! 進化されたんですのね? 素敵ですわ〜素晴らしいですわ〜!」

「戦っていたら、突然光りだして……すごくびっくりしました」

 

 サーナイトがミツルを愛おしそうに撫でている。さっきまで可愛らしい妹のようだったのに、いまではすっかりお姉さん気取りなのがおかしかった。

 

『……?』

「どうしたの、サーナイト」

 

 サーナイトが不思議そうな面持ちでラナンの腰あたりを見つめている。気絶したドレディアのボールがある辺りだった。

 

「ああ、そうなんですの。わたくしが無理をさせてしまったばかりに……はやく治療しませんと」

 

 痛ましげに眉を寄せるラナンに、サーナイトはそっと微笑んだ。

 右の掌を翳す。優しい光がボールを包みこんだ。

 

「……! これは」

「癒しの波動です。進化したら使えるようになったみたいで」

「すげーよ。アタシのポケモンもみんな回復しちった」

 

 ドレディアはみるみる元気を取り戻し、ぽんと飛び出してきた。ラナンに抱きつき、サーナイトに抱きつく。

 ふたりは楽しそうにくるくる回り踊った。

 

『……ナオッタ ヨウダナ』

 

 全員の頭の中に声が流れた。いつの間にか、ジェット機の上にスイクンが立っている。波打つ鬣が夜明けの光を浴びて輝き、美しい姿がますます神秘的に見えた。

 

『ラナン ト イッタナ。カリ ガ デキタ。イズレ マタ マミエル ト シヨウ。ソチラノ ドレディア モ セワニ ナッタ』

 

 ドレディアは優雅にお辞儀し、くるりと回転した。スイクンが微かに笑う。

 

「ミナキさんには、なにかお伝えしておきましょうか?」

『……スグニ アエル ト』

「承知しましたわ」

 

 スイクンは居住まいを正すと、穹に向かって遠吠えした。

 氷のように透き通った声がどこまでも伸びていく。ふと目を戻すと、すでにスイクンの姿は消えていた。

 

「……はー。伝説のポケモンだけあるわ。めちゃくちゃ綺麗だったな」

「はい……! ぼく、出来ればもう一度会ってみたいです」

 

 飛行機のタラップを上がりながら、アイビーたちは興奮しきりだった。最後に機内に入ったラナンが、驚くべき早業でドレスを脱ぎ捨て、席にかけてあった普段着に袖を通す。

 

「あぁあ〜慣れ親しんだ服ほど安心するものはございませんでしてよ〜っ! お排泄物(クッッッッソ)ラクですわ〜!!!!」

「でも、ドレスもすごくお似合いでしたよ」

「とーぜんですわ! わたくしってばなんでも着こなしてしまうんですの! それこそがわたくし・ラナンキュラスなんでしてよ! おーっほっほっほっほ!」

「肝心なもの忘れてんよ」

 

 アイビーが白衣を放り投げる。

 ラナンは白衣を着、ビシィッ! とポーズを決めた。

 

「さあみなさま! おうちに帰りますわよ! 準備はよろしくて〜!?」

「「おーっ!!」」

 

 アイビーとミツルが歓声を上げる。

 爽やかな朝日が、機内にさあっと差し込んできた。

 

 

 ◇◇◇

 

 先日、イッシュ地方ブラックシティで、カジノ『アール』が検挙された。ここは賭博場を経営する一方で、法律で禁止されている生体競売(ポケモンオークション)を営んでおり、かねてからポケモンの強奪や盗難に関与していると噂されていた。都市警察との癒着の疑いもあることから、捜査当局は慎重に調べを進めている。

 また、カジノの経営者アポロ氏が留置場へ移送中、車内で忽然と姿を消したことについて、捜査責任者のハンサム氏はこう語っている。

 

「なにやら鎧のようなものをつけた何者かが現れ、凄まじいパワーで装甲を破り、アポロ氏を連れ去ったのだ。なんらかのポケモンとは思うが、果たしてなんなのか、皆目見当がつきません。しかし国際警察はなんとしも奴を捕え、法廷に引きずり出す所存です────」(右下、ポケモンと思しき図・ハンサム作)──週刊ポケモンマガジン




盗品売買、ダメ絶対。
自分も色孵化厳選厨なので今回の話は書いてて胸が痛くなるところが多かったです笑

感想、評価いつもありがとうございます。すっごく嬉しいです。

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