お嬢様博士ですわ!   作:じゅに

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お嬢様博士第7話。
シリーズ初めてのポケモン視点です。
ポケモンバトルをねっっっちょり書きたくて書いてみたら3万字近くなりました。なっっっっげぇ。

当たり前のようにポケモンが喋ります。

単独でも読めますが1話から読んでいただけると作者がウホウホ喜びます。

▫️ラナンキュラス──主人公だが今回は脇役。ポケモンと喋れるハイテンションお嬢様。
▫️リオル──今回の主人公その1。なまいき。色違い。
▫️クチート──ツンデレお姉さん先輩。リオルより小さい。可愛い。
▫️???──今回の主人公その2。


7話/強さとはなにか? いやムッズいですわちょっと宿題にさせてくださいまし!

 一

 

 ぼくは最初、すごく暗い場所にいた。

 狭くて、暗くて、なにもなかった。

 眠っているうちはとても居心地がよかったけど、段々退屈になってきた。

 思いきり伸びをする。こつん、と何か固いものにあたった。

 固いものはぼくのまわりをすっかり囲んでいる。逃げ場はない。出口もない。

 

 これは、いったいなんだろう。

 ここは、いったいどこなんだろう。

 

 つついてみる。びくともしない。

 たたいてみる。びくともしない。

 思いっきり殴ってみた。パキ、と音がした。これなら壊せそうだ。

 

 他にすることもないし、ぼくはひたすらそれを殴ることにした。

 

 何度も殴ったり蹴ったりするうちに、パキパキはどんどん広がって、隙間から白いものが入ってくるようになった。

 白いものは、すごく眩しくて暖かかった。

 

 この白いのがもっと欲しくなって、がむしゃらに暴れまくった。

 

 パギ……パキキ、パキパキパキ、バキン! 

 

 とうとうぼくは、硬いの全部壊してみせた! 

 すると、白いものがさ──っと降り注いできた。ああ、なんて気持ちいいんだろう。硬いのの外は、こんなに広くて素敵なところだったのか。

 ぐうんと伸びをする。そしたら、大きな何かがぬっと現れて、ぼくを見てこう言った。

 

「初めまして、リオル。わたくしが、あなたのおやでしてよ」

 

 ぼくはびっくりしてキャンといった。その声にまたびっくりした。

 

 ぼくって、しゃべれたのか。

 こんな声をしてたんだ。

 

 目の前の大きいのがくすくす笑った。

 

「まあ、可愛らしいこと。わたくしはラナン。ラナンキュラスですわ。どうぞラナンとお呼びになってね。あなたはなんとお呼びしましょうか……。

 ──リオン、そうね、リオンがいいわ。ね、リオン。これからあなたには、素敵なことがたくさん待っていますわよ」

 

 大きいのがちょんと触れる。ぼくはころんと転がった。転がったのが面白くて、けらけら笑った。大きいのも笑っていた。

 

 

 ──これが、ぼくとラナンの出逢いだった。

 

 

 

 

 二

 

 後になって知ったけれど、ぼくは昔、タマゴというものに入っていたらしい。それを自分で割って生まれてきたんだよ、とラナンが教えてくれた。

 

 タマゴの外はそれはもう広くて、どんなに走り回っても終わりがなかった。

 さわさわするところ──原っぱというんだって──をほかのリオルたちと一緒に走って、転んで、また走った。二本足で走るのと四本足で走るのは、景色が全然違ってすごく面白かった。

 

 外は白いのがあたって気持ちがいいな。

 この白いのはオヒサマというんだそうだ。

 おひさま、お日様。うん、気持ちのいい響きだ。気に入った。

 

 外にはリオルが沢山いた。ぼくには全部同じに見えたけど、どうも二種類のタイプがいるらしい。

 

「ボクらは青いのと黄色いのがいるんだよ。ほら、ボクは青いでしょ。キミは黄色!」

 

 そう言われたけど、いまいちピンと来なかった。青とか黄色ってなんだろう。みんな白と黒じゃないか。

 

 ケンコウシンダンのとき、ラナンにそう言ったら、ラナンはすこし手を止めたあと、目を細めて笑った。

 

「あなたには、世界がそういう風に見えているんですのね。素敵ですわ」

 

 そう言って撫でてくれた。ラナンのなでなでは大好きだ。もっとしてほしいけど、あんまりせがむのもみっともないから、おねだりは三回までにしておいた。

 

 

 ぼくたちはずっと遊んで過ごした。あついときがあって、すずしいときがあって、凄くさむくなって、またあったかくなった。

 このあったかいときが一番好きだ。

 

「あったかいのを、はる、っていうんだって!」

「はるってなにさ」

「わかんない!」

 

 ぼくたちはけらけら笑って取っ組みあった。分かんないことだらけだけど、毎日が楽しかった。

 

 春のあとは、夏。夏が終われば秋。秋がきたら冬。そしてまた春が訪れるんだ、と物知りのリオルが教えてくれた。

 

 三度目の春が来た時、ぼくは初めて、島を出た。

 

 

 

 

 

 三

 

 やってきたのはシンオウ地方というところだった。ぼくが生まれ育った島よりずっと寒い。同じ春なのに不思議だ。

 

 ラナンはここに、化石を掘りに来たのだと言った。化石とは、大昔のポケモンの生きた証みたいなものらしい。実際に掘ったものを見せて貰ったけど、ぐるぐるの模様がついた石にしか見えなかった。

 これを"ふくげん"するとオムナイトというポケモンになるんだって。

 嘘だあ! ラナンは時々ウソをつくんだな。

 

 ラナンが化石掘りをしているあいだ、ぼくは地下洞窟で好きに遊んだ。野生のポケモンに出逢うたび、必ず戦いを挑んだ。

 バトルはいつもぼくが勝った。

 ふふん。ぼくって結構強いんだ! リオルの間では断トツに力があるし、"はっけい"や"しんくうは"だって上手に撃てるもんね。

 

「ここらのは弱いなあ!」

 

 そう勝ち誇ると、クチート先輩が目を吊り上げて怒った。

 

「おバカ! あんたは弱いのとしか戦ってないだけよ! 強いポケモンがいたらこてんぱんにされちゃうんだからね!」

「そんなことないよ。ぼくほんとに強いんだ」

「あらそう。ならアタシに勝ってみなさいよ!」

 

 途端にぼくは黙ってしまった。先輩はすごく硬くて、殴った手の方が痛くなる。おまけに頭についた大きな(アギト)に噛まれると、寝れないくらいじくじくするんだ。

 

「調子に乗ってると、いまに痛い目みるんだからね!」

 

 先輩はぷりぷりして向こうに行った。あのひとはいつも怒ってる。なにがそんなに気に食わないんだろ。うるさいなあ。

 

 

 何日かすると、ラナンが場所を変えると言い出した。

 

「この辺りの壁は掘り尽くしましたわ! 北の方にいきますわよ!」

 

 そうして、ぼくたちはキッサキシティへとやって来て────アイツに出くわしたんだ。

 

 

 

 

 四

 

 キッサキシティはいままで生きてきた中で一番寒い場所だった。じっとしていると全身がガチガチ震えて止まらない。

 クチート先輩は「こんなのへっちゃらよ!」と腕組みしてたけど、大顎(オオアギト)のほうがぶるぶる震えてて強がりなのが分かった。笑ったら噛まれた。痛かった。

 

 でもこの雪ってやつは好きだ! もふもふしてて沈んでも痛くない! 蹴るとぱっと散ってキラキラする! ぼくの大好きなお日様も、雪に当たるともっと白くなってとっても素敵だった。

 

 毎日戦っていたら、洞窟のポケモンたちはぼくを見かけるとこそこそ逃げるようになっちゃった。戦おうと言っても断られてしまう。

 

 ヒマだあ。暇で暇でヒマすぎる! 

 だから、ぼくはこっそり地上に上がった。少し歩けば雪山があるのを知っていた。そこなら、ぼくと戦ってくれるポケモンもひとりくらいは居るだろう。

 

 さっそく、木の根元できのみを食べるユキカブリを見つけた。後ろから雪玉をぶつけたら、怒って追いかけてきた。

 作戦成功! 草むらの中央までおびき寄せて、振り返りざま発勁を食らわせた。

 

「ギュウ!」

 

 急所に当たったらしく、一発で伸びちゃった。

 食べかけのきのみを貰おうとしたら、ドオオオオンと凄まじい音がして崖からユキノオーが降ってきた。目を真っ赤にして怒っている。でかい。ぼくの何倍あるんだろう。

 こういう相手は先手必勝! 

 

「真空波っ!」

 

 掌底で圧しだした空気の弾をぶち当てる。

 だけどユキノオーはぐらつきもせず、ますます怒っただけだった。

 

「やばっ」

 

 ぼくは持ち前の素早さでジグザグに逃げた。まっすぐ走るよりもこっちの方が捕まえづらいのを、リオルたちとの鬼ごっこで学んでいた。

 

 ユキノオーは追いかけてこなかった。右手を大地に叩きつけると、まわりの草むらが一斉に伸びて、一気にぼくに襲ってきた! 

 "ねをはる"攻撃だ!

 これでこの範囲すべての植物はユキノオーのものになった。逃げてもすぐに居場所がバレるし、あっという間に捕まっちゃう。

 

 なら、倒すしかない! 

 

 180度回転して、草を掻き分けおもいっきり飛び上がった。両手を頭上で構えて、エネルギーを溜めていく。

 

 この技はほかのリオルたちは使えない。

 ぼくの秘密のサイキョー技だ。

 

 喰らえひっさつ! 

「はどうだんっ!」

 

 輝く光弾がユキノオーの顔面に直撃した! 

 

「グォオオオオ……っ!」

 

 大きな悲鳴、でもまだ倒れない。

 ぼくは着地を捨てて身体を捻り、けたぐりを脳天に叩きつけた! 

 ユキノオーは低く呻きながら、ズゥウウウウン……と重い地響きを立てて倒れていった。

 

 まわりの草が元に戻っていく。

 

「やった……よね?」

 大きなお腹を揺すぶってみたけど、ぴくりともしなかった。

 

 勝利のよろこびがじわじわ湧いてきて、ぼくは思いきり拳を突き上げた。

 

「勝ったー! 勝ったぞお!」

 

 雪の上ではしゃぎまくった。飛んで跳ねてダイブした。前転、倒立、宙返り! 

 

 うれしかった。こんなに大きなポケモンを倒したことがなかったから、めちゃくちゃうれしかった。

 あんまり喜びすぎていたから、そいつの気配に全く気づかなかったんだ。

 

「……へぇ。()()()を倒したか。やるなあお前」

 

「え……ぎっ!?」

 

 声がしたほうに振り向くより早く。ぼくの顔に蹴りがめりこんでいた。

 

 ぼくは小石のように吹っ飛んで、二、三回雪の上を跳ねてから白樺の木に衝突して止まった。

 手足が勝手にぴくぴくする。頭の中がぐるぐるして気持ち悪い。口の中に嫌な味が広がって、蹴られた方の瞼がちっとも開かなかった。

 

 痛い。いたい、いたい……! 

 

 勝手に涙がでてきてしまう。誰かがぼくの耳を引っ張って持ち上げた。

 やめて、ちぎれちゃう、痛いよ、はなして……! 

 

「あうう……!」

「くは。てんでガキじゃねえか」

 

 底の見えない黒い目がぼくを見つめている。

 細い腕、長い頭、分厚い唇。

 ──チャーレム……だっけ……

 頭の片隅に、名前がぼんやりと思い浮かんだ。

 

「オレの縄張りでギャーギャー騒ぐクソ野郎がいると思ったら……躾のなってねえこんなチビとはな……」

 

 ぶん、と振り回されて、草むらに叩きつけられた。左肩から鈍い音がして、腕が動かなくなった。

 

「お前みてえなゴミ、食いでもねぇけどよ。憂さ晴らしには丁度いいやな?」

 

 チャーレムの脚が振り上げられる。何も出来ないまま、瞼をぎゅっと閉じた。

 

 ガチィン! 

 

「……ぁあ?」

 

 鋼にぶつかる硬い音。チャーレムのイラついた舌打ち。

 そのあと聞こえてきた声に、ぼくの目からどっと涙が溢れた。

 

「うちのリオンに何してんのよ! あんた、絶対許さないんだからね!」

 

「……せんぱ、い……」

 

 クチート先輩の小さな背中が、ぼくにはとても大きく見えた。

 

 

 

 

 五

 

 (アギト)で受け止めた脚を振り払い、クチートは怒れる眼差しでチャーレムを睨めあげた。

 後ろに倒れているリオンは顔の半分が腫れあがり、腕が変な方向に捻じ曲がっていた。泣きながら気絶したのだろう、頬に流れる涙跡に、腸が熱く煮えくり返る。

 

「こんな小さな子に……あんた、サイテーよ!」

「……くっ」

 

 クチートの言葉にチャーレムは俯き、肩を震わせた。

 泣いている? ──違う。嘲笑っている。

 

「くくく……っ。なるほど……見ねぇ顔だと思ったら、テメェら"首輪つき"か……」

「……? なに、首輪つきって……」

「ッハハハハハハ!」

 

 額に手を当て、空に向かって哄笑する。その笑い声があまりに空虚で、クチートは背筋が粟立つのを感じた。

 

「……はァ……」

 

 笑い終えたチャーレムが指の間から視線を寄越す。なんの感情も見えない、氷のように冷たく荒みきった目つきだった。

 

「お可愛いこった……。小さくて弱い相手にはお優しくしろってか。雪ばっかでなんもねえ、こんな不毛な土地でよォ」

 

 チャーレムの拳に炎が宿る。

 一切の予備動作なく、燃える正拳突きが襲いかかった! 

 

「──っ!」

 

 鉄壁で顎を強化し、かろうじて防ぐ。貫通する灼熱に顔が歪んだ。

 間を置かず繰り出された上段蹴りを噛み砕いてやろうとしたが、途中で軌道をずらし、ローキックに変えてきた。反応できず、モロに軸足に受けてしまう。

 

(こいつ……っ……!)

 

 無事な方の脚で飛び退り、顎を開いて威嚇した。

 

 対峙した時から察しはついていたが、やはりこのチャーレム、恐ろしく強かった。

 重心の移動がひどく滑らかで、次にくるのが拳なのか蹴りなのかすら予測がつかない。しかも木の枝のように細い四肢のくせして、攻撃が岩のように重いのだ。

 観の眼も優れている。こちらの攻撃範囲、速度、威力を一目で見抜き、あるいはいなし、あるいは躱して、ダメージを軽減させていた。

 

「へえ? 後ろのカスよりはやれそうだな」

「っ、その減らず口、後悔させてやるわ!」

 

 とは言うものの、チャーレムの猛攻に追いつけず、クチートはあっという間に防戦一方に追いこまれた。

 

(……っ、……!!)

 

 攻撃を捨て、ひたすら鉄壁を積み、雨あられと降り注ぐ拳打を耐え凌ぐ。炎の拳(ほのおのパンチ)だけは防御を解いて避けざるをえないが、乱発してこないのが不幸中の幸いだった。

 もともとチャーレムは炎タイプではない。こちらの弱点をつけるとわかっていても多用しないのはおそらく、負担が大きすぎるからだ。過ぎた熱は己の拳すら焼いてしまうのだろう。

 

(まだよ……まだ……!)

 

 背後のリオンを庇いながら、クチートはじっと反撃の時を伺っていた。

 

「しぶてぇなあ、チビ」

 

 埒のあかない状況に業を煮やしたチャーレムがぐっと腰を落とした。片手を地面につけ、側転の要領で凶器のごとき膝を打ちつけて来る! 

 最大威力の飛び膝蹴り。クチートはこれを待っていた! 

 

 顎をぶくっと膨らませ、貯めに貯めていた土塊を一息に吐き出した! 

 

「なっ……!?」

 

 チャーレムが目を見開いた。至近距離の土砂だまり、不安定な姿勢で避けられるはずもない! 

 

 雪原に赤茶けた泥土が迸る! 

 吐き出した時間はわずか数秒、たったそれだけで、周囲の様相は一変した。

 草むらはみな土の下に埋まり、白銀の世界を侵す小さな泥沼が誕生している。濁流に押し流されたのか、チャーレムの姿はどこにもなかった。

 

「……は……っ、はっ……」

 

 クチートは地面に手をついて大きく喘いだ。限界まで貯めたものをいっぺんに放出するこの技は、体力を著しく消耗するのである。

 

「チビだからって……油断するから……そうなんのよ……」

 汗みずくの顔で不敵に笑った。

 

 少しずつ岩壁や地面の土を齧って蓄えていたのを気付かれずにいてよかった。

 チャーレムを吹っ飛ばすほどの大質量を貯められるかどうかがこの策戦の肝だったのだ。もしも企みがばれていたら、悠長に貯めるゆとりもなく一気に倒されていただろう。

 

「早く……ラニのもとへ……行かないとね……」

 

 リオンの酷い怪我もラナン(ラニ)なら治せる。無鉄砲で考えなしに動く困った子だけど、大事な仲間だ。絶対に助けてやりたかった。

 元気になったらたっぷり三時間はお説教してやろう。そう思い、立ち上がろうとした手が地面から離れなかった。

 

「え」

 

 両手が完全に凍りついている。……いや、手だけではない、膝も足も、大地に接している部分全てが氷漬けになっていた。

 

「なに、なんで……っ」

「──舐めてたぜ」

 

 横から掛けられた声に、クチートは息が止まった。

 

 なぜ、そこに。

 攻撃は、たしかに当たったはず……! 

 

 チャーレムの手がクチートの喉元を掴み、ゆっくりと持ち上げていく。指にこめられた万力のような力が、呼吸を完全に塞いでいた。

 

「あ……かっ……」

「まさかあんな技があるとはよォ。雑魚はザコなりに工夫するもんだな」

「ま、チャーレム(レム)が負けるわけないけどねェ♡」

 

 第三者の声。霞む目の端に、チャーレムにしなだれかかるマニューラの姿が映った。

 

「ねえ褒めてよレムぅ。アタシがこいつ凍らせたんだよォ」

「あー。んじゃお前にはこいつの内臓くれてやるよ。ガワは硬ぇが、中身は柔けえだろ」

「キャハァッ! それ最高ォ! 愛してるわレム!」

 

 耳障りな会話に文句のひとつもつけたかったが、もう指一本たりとも動かない。視界が明滅し、どんどん暗くなっていく。

 

(ごめん、リオン……まもれなか、た……)

 

 まだ三年しか生きていない、赤ちゃんみたいに小さくて手のかかる後輩。なにをしでかすか分からなくて、叱ってばかりいた。

 

 もうすこし、褒めてあげればよかった。

 せめて、あの子だけでもラニの元へ返したい。

 

 おねがい、だれか。

 だれか。

 あたしはどうでもいいの。

 だからおねがい、あの子を。

 

「た、……け、て」

 声にならない声に、間延びした返事が返った。

 

「まかせてえ」

 

 次の瞬間、チャーレムとマニューラが吹っ飛んだ。

 放り出されたクチートの身体を、柔らかな腕が抱きとめる。

 気道に流れる冷気に激しく咳きこんだ。

 

「お待たせしましたぁ。遅くなってごめんねえ、くぅちゃん」

「あ……」

 

 声の主を認めたクチートは、安堵の息を吐いた。

 茶色い毛皮、大きな垂れ耳、つぶらな瞳。

 おっとりした物言いや愛くるしい外見とは裏腹に、凄まじい戦闘力(バトルセンス)を持つ親友。

 

「みみぃちゃん、参上で〜す」

 

 ミミロップのミミィが、蕩けるような笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 六

 

「今度はなんだよ……ウザってぇ……」

 

 チャーレムがゆらりと立ち上がり、殺気を放ちながら半身を開いた。

 隣のマニューラはもっとダメージが深いようで、戦闘態勢(ファイティングポーズ)をとってはいるものの、両膝をガクガクさせている。

 

 ミミロップが小首を傾げた。

 

「あれえ? チャーレムくん、二度蹴りあんまり効いてなあい。タフだねえ」

「ミミィ、下ろして」

「だいじょうぶ〜?」

「平気よ、この程度」

 

 雪原に足をつけ、クチートは丹田に気合いをこめた。

 

「──ふっ!」

 

 全身に活力を漲らせ、はりついた氷を弾き飛ばす。心機一転、目の前の二体をしっかりと見据えた。

 彼我の距離、およそ十五メートル。相手の調子(コンディション)は掌を指すがごとくよく視えた。

 

「……チャーレムのほうは、自己再生使ってるわ。時間をかけるほどこっちが不利ね」

「回復技もちかあ。厄介だねえ」

「マニューラはこの中の誰よりも早いけど、いまは足にキてるから即応できないはずよ。まずは向こうから狙いましょ」

「うんうん! やっぱりくぅちゃんは凄いなあ。頼りになるう」

 

 そう言って、ミミロップはどこからともなく得物を取り出した。

 

 それは、ごく簡素化された二本のラッパに見えた。細い胴部を持ち、先端が平たく開いている。ラナンが彼女のために自作した、特別な戦杖(バトン)であった。

 

 二つのバトンを中央で繋ぎ合わせ、ひとつの長い棍棒に換える。両端に付けた赤と紫の珠が、禍々しい光を放っていた。

 

「チ……めんどくせえ……」

 珠の正体を看破したチャーレムが、小さく舌打ちした。

 

 あれは"火焔珠"と"毒々珠"……触れたものを火傷や猛毒にする危険な代物だ。自己再生でも状態異常までは治せない。

 おまけにこちらを蹴り飛ばした体捌き。正面切って戦うのは分が悪すぎる。

 チャーレムの判断は早かった。

 

「──退くぞ」

「……了解」

 

 マニューラが息も絶え絶えに頷く。

 しかし、ミミロップの大きな耳は、会話の全てを捉えていた。

 

「させないよお。りおん君とくぅちゃんに痛い思いさせたでしょ」

 

 脚に力を篭め、一足飛びに肉薄する。振りかぶった棍棒は正確にチャーレムの頭蓋をぶち抜く──はずだった。

 

「あれ?」

 

 だが、確実に当てられたはずの攻撃はなんの手応えも感じず、完全な空振りに終わった。

 

「なんで〜? 当てたと思ったのにい」

 

(まただ……)

 

 クチートが慄然とする。躱せるはずのない攻撃を躱された。離れて見ていたクチートには、チャーレムたちが一瞬で消えたようにしか見えなかった。

 

「おかしいなあ。どーやったんだろ〜」

 

 くるる、と棍棒を回転させながら、ミミロップが耳を澄ます。半径二百メートルまで聞き分けることのできる聴覚にも、チャーレムたちの気配は掴めなかった。

 

「……ひとまず、戻りましょう。リオンは重体よ、一刻も早く手当てしなくちゃ」

 

 粉雪が降り始めていた。空は暗く、重い雲に満ちている。すぐに吹雪になるだろう。

 

 彼らはどうやって雪や寒さを凌ぐのだろうか。

 首輪つき、と言われた言葉とあいまって、クチートの心には言いようのない気持ちが渦巻いていた。

 

 

 

 

 七

 

 地下の拠点でリオルを出迎えた時のラナンの驚きは、筆舌に尽くしがたかった。

 地下洞窟に出てくる野生の分布は調査済みだ。多少レベルの高い個体がいたとしても、手間取るようなことはなかったはずである。

 なのに目の前の小さな身体は至るところに深い傷を負い、呼吸も浅く、弱かった。

 

 慌てて応急処置を施し、携帯型回復マシンにボールを置いてクチートを見やった。彼女もまた、満身創痍だった。

 

「いったい、何がありましたの?」

「……"上"に行ったんです、その子。もうここには対等に戦えるポケモンがいないから、って」

 

 ラナンは絶句し、額を抑えた。

 リオンは好奇心旺盛な性格だ。新しいものが好きで、つねに刺激を求めている。そういう行動に出ることは予測がついたはずだのに。

 ボールに閉じこめておくのは可哀想だという安直な考えが、彼をこんな目に遭わせたのだ。

 

 ラナンは呻くように言った。

 

「……わたくしのミスですわ」

「違うわ!」

 

 クチートは急いで首を振った。リオンが考えなしに動いたせいだ。

 でも、それ以上に悪いのは……

 

「わ、わたし、気づいてたの……あの子が地上にあがるとこ……」

 

 胸の前で握りしめた手に、透明な粒が落ちていく。泣いちゃダメ、そう思うほど涙が溢れて止まらなかった。

 

「……ひっ……さ、さいきん、調子にのってたから……つよいポケモンに……ひくっ……やられて思い知ればいいって……だから……でも……こんな、こんなことになるなんて……っ」

 

 少し小突かれれば泣いて帰ってくるだろうと思った。そしたら叱って、手当てして、訓練に付き合ってあげようって。

 だけどまさか、あんな強いポケモンがいるなんて思わなかった。あとすこし迎えに行くのが遅かったら、リオンはいまごろ──……

 

 脳裏に広がる恐ろしい想像に、クチートは半狂乱になって泣きじゃくった。

 ラナンが黙って抱き寄せる。ミミロップも反対側から抱きしめた。

 

「……っとはやく、行ってあげてれば……ごめんなさい、ごめんなさい……!」

「あなたは悪くありませんわ、クゥ……なんにも悪くありませんことよ……」

「だいじょーぶ。大丈夫だよぉ。みみぃがよしよししてあげるからねえ」

 

 ふたりのぬくもりと慰めが、いまはむしろ、辛かった。

 

 

 

 

 八

 

 闇の中だった。目を開けても閉じても暗かった。

 伸びをすると、固いものに当たった。触るたび、こつんこつん、と音がする。

 

 こういうの、前にもあったなあ。

 そのときはどうしたんだっけ。

 ……ああそうだ。

 叩いて蹴って、割ったんだ。

 今回もそうしよう。できるかしら。

 やってみればわかるよね。

 

 手足をめちゃくちゃに振り回したら、突然パカっと割れた。

 今回は早いぞ。さすがぼくだな。

 

 でもそれは間違いだった。

 

「お目覚めですわね」

 

 大きいのが覗きこんでくる。ラナンだ。まわりを見ると、今回はタマゴの殻じゃなくて二つに割れたボールがあった。

 なんだ、ボールの中にいたんだ。するとぼくが自分で割ったんじゃなくて、ラナンが出してくれたんだな。

 

 ありがとう、と言いかけた言葉が途中で詰まった。ラナンが、見たことがないくらい怖い顔でぼくをじっと見つめていたから。

 

「ら、ラナン……?」

 

 ラナンは無言で立ち上がると、一言「来なさい」と言って向こうに行ってしまった。

 ぼくは駆け足でついていく。いつもならぼくの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれるのに、今日はすごく速かった。

 

 ぼくらがいたのは地下洞窟じゃなくて、ポケモンセンターの中だった。綺麗な廊下を歩いていくと、大きなガラスで区切られた部屋があった。

 

「ご覧なさい」

 

 言われたとおり中を覗いたら、中央のベッドにクチート先輩が寝ていた。たくさんの管に繋がれている。シュー、コーって変な音がするのは、人工呼吸器の音だとラナンが説明した。

 

「先輩!」

 

 ぼくは叫んだ。どうして。なんで先輩があんな姿に? 

 

「あなたを庇って大怪我を負ったのです」

「え……」

 

 瞬きほどの時間をおいて、あの時の記憶がよみがえった。

 ユキカブリとユキノオーを倒したあと、突然やってきたチャーレム。凄く強くて、手も足も出なかった。

 もうダメだって時に先輩の声がして、それで──……

 

 それ以上は思い出せない。でもいまの先輩の姿を見たら、何が起こったのかはっきりと分かった。

 

「せんぱい……! せんぱいは助かるよね、そうだよね!?」

 

 ラナンはしゃがみこんで僕と目線を合わせると、ちいさく微笑んだ。

 そして、

 

 パァン! 

 

 白い掌で、僕の頬を引っぱたいた。

 

 あんまりびっくりして、はじめは痛くなかった。ラナンはいつでも優しくて、撫でたり抱きしめたりすることはあっても、ぼくたちに手を上げるようなことは絶対しない。

 

 だからほんとうに、びっくりしたんだ。

 

「怪我は、治りますわ」

 

 ラナンが言う。その声は微かに震えていた。

 

「ですが、すぐには起きれません。あなたを死なせかけた恐怖がトラウマとなり、精神(こころ)が強ばって目覚めるのを拒絶しているそうです」

 

 だんだん、ほっぺがじんじんしてきた。

 でもそれ以上に辛いのは、ラナンがぽろぽろ泣いていることだった。

 

「リオン。今回の件、非はわたくしにありますわ。

 化石に夢中になりすぎて、あなたの監督を怠った……。

 ……けれど……っ! 

 クチート(クゥ)をあそこまで追い詰めたのは、あなたの弱さが招いたことでしてよ!」

 

 ぼくも泣いていた。

 ほっぺと、心が、痛かった。

 

「覚えておきなさい、リオン。

 強さとは、強力な技が使えることでも、バトルで勝つことでもありません。

 己と大切なひとを傷つけないために、何をすべきで、何をすべきでないかを考え、選び取ることなのですわ。

 明確な答えがあるとは限りません。時にはふたつの答えを天秤にかける日もあるでしょう。意に沿わない答えに従わねばならないときもあります。

 ですが、そうやって迷い、苦しんだ時のために仲間がいるのですわ。

 今回あなたがやったことはただの無謀、それではたとえ勝ったとしても、強者とはいえませんでしてよ!」

 

 ラナンの言葉がざくざく突き刺さる。

 ぼくがもっと強ければ、先輩に痛い思いをさせずに済んだ。

 ぼくがもっと賢ければ、ラナンを泣かせずに済んだ。

 ぼくが弱くてばかだから、ふたりも悲しませてしまったんだ。

 

「ごめ、ごめんなさい……!」

 

 言葉がうまく出てこない。

 悔しい。

 悔しい! 

 ぼくのせいで、何も悪くない先輩を道連れにしてしまった。ただ敗ける以上の悔しさが、頭が痛くなるほどぼくを締めつける。

 

「……謝るのは、クゥが起きてからになさい」

 

 ラナンが白衣を翻す。

 涙を拭い、ビシッと指を突きつけた。

 

「敗北と失敗は糧とするもの! 

 明日から猛特訓を始めますわよ! 

 打倒チャーレム! リベンジマッチですわ!」

 

 ぼくは目元を擦り、大声で誓った。

 

「押忍!」

 

 

 

 

 九

 

 山は吹雪いていた。純白の世界に閉じ込められてもう三日が経つ。勢いが増すばかりで、晴れる気配は微塵もない。

 

 オレは、住処と決めて久しい洞の中で、ごつごつする岩肌に背を預け、虚ろな貌でぼんやり過ごしていた。

 膝に寝転ぶマニューラの頬を撫でるのはもはや手癖となっている。

 なにか意味や理由があるわけではない。

 他にすることがないだけだ。

 それでもこいつは嬉しそうに含み笑う。

 

「レム」

「あ?」

「一緒にいてね」

「……」

「ずっとよ」

 

 マニューラのいつもの囁き。オレが返事をしてもしなくても構わない。日に一度、太陽が昇って沈むがごとく、必ず口にするのだ。

 こんな言葉でかすかな安寧を得ている様が、どうしようもなく哀れだった。

 

「……」

 

 オレはむっつりと黙りこくったまま、そこいらの葉っぱを千切って作った巻き煙草を吸った。

 ゆらゆらと立ち昇る紫煙をぼうっと眺めやる。刻んで混ぜたメンタルハーブの効果はたちどころに現れ、なけなしの意識を輪郭も存在も曖昧な世界に連れていった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 すべてが歪む霧のなかに、クチートが出てきた。この前出逢ったチビだ……キツく奥歯を噛み締める。

 

 あのバトルには死ぬほど腹が立った。

 

 この山に来る連中はどいつもこいつも一発で戦意を失い倒れるようなカスばかりなのに、あのガキは何十発という拳撃を持ち堪えて、ドンピシャのタイミングで反撃してきやがった。

 鋼ごときが、生意気に。

 まるでオレの攻撃なんざ効かないと言いたげなツラで、じっと機を伺ってやがったんだ。

 

 最後のあの技……

()()()を使わなければ、最悪こっちが死んでいたかもしれねえ……

 

 ──死ぬ? 

 

 体がびくりと跳ねる。

 しまった。

 嫌な汗が噴き出す。

 ああちくしょう。

 トリップ中に余計なこと考えやがって。

 

 脂汗が一筋、顎を伝った。

 ハーブを吸っている間はあらゆる感覚が引き伸ばされ、拡大され、誇張される。

 最悪な記憶が、当時を超える生々しさで再生されはじめた……。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ぎゃあぎゃあ泣く声に振り向けば、そこにはタマゴから産まれたばかりのオレがいた。

 まだアサナンと呼ばれていた頃だ。

 

 オレを孵したニンゲンは、すぐ山に登り、野生のポケモンにバトルを仕掛けた。

 

 相手はリングマだった。

 

 デカい躰、鋭い爪。硬い毛皮に発達した筋肉。オレはそのとき、拳の握り方も知らなかったが、こいつが強いことだけはわかった。

 後ろで喚くニンゲンの指示に必死になって応えたよ。それ以外に戦う術を知らなかったからな。

 

 結果は惨敗だった。たった一度切り裂かれただけで、オレは血まみれになって転がった。

 ニンゲンがぼそりと吐いた一言が、大音量で響き渡る。

 

「よっわ。使えねえな、こいつ」

 

 瀕死の重傷で死にかけちゃいたが、耳だけは無事だったんだ。お陰でよおく聞こえたよ。目も鼻も、五体は全部ぐちゃぐちゃだったのにな。

 

 ニンゲンは他のポケモンでリングマを倒すと、そいつを捕獲してオレのことは捨てていった。

 

 死にたかった。そのまま居れば死ねたはずだ。

 だけど、山の主が助けた。

 

 

 主の名は、エルレイドといった。

 

 

 

 

 十

 

 エルレイドは慣れた手つきで介抱し、癒しの波動で傷を治してくれた。

 

「この山で誰かが死にかけるのは珍しいことじゃない。生きていれば手当てし、間に合わなかった時は弔う。それだけだよ」

 

 落ち着いた瞳でそう言った。どんな時も、凪いだ海のように静かに話すひとだった。

 

 そして、恐ろしく強かった。

 

 エルレイドの噂を聞きつけて登ってくるニンゲンを、彼は容赦なく叩きのめした。

 

「私に負けるような弱き者に仕える気は無いからね。きみが望むなら、戦い方を教えよう」

 

 オレは一も二もなく頷いた。

 このひとみたいになりたかった。

 

 毎日修行した。苦しいし辛かったが、それ以上にやり甲斐があった。日を追う事にメキメキと力をつけ、いつの間にか、オレは山で二番目に強いポケモンになっていた。

 

 

「きみはとても飲みこみがいいね。私と同じタイプだから、大抵の技を共通して覚えるのも面白い」

「なら、オレにも師匠(せんせい)と同じ戦法が使えるようになるでしょうか」

 

 オレがこのひとを師匠(せんせい)と呼ぶようになって、一年が過ぎていた。

 

 師匠が訊ねる。

「私の、なんの技を使えるようになりたいんだね?」

 

 オレは即答した。

「※※※※※です!」

 

 師匠はしばらく考えこみ、おもむろに答えた。

 

「それは確か、元々きみが覚えることはできない技だ。練習しても出来るようになる保証はない。……それでもやってみるかね?」

「はい!」

「わかった。頑張ってついておいで」

 

 彼は微笑んだ。

 滅多に感情を出さない師匠が二回だけ見せた、最初の微笑みだった。

 

 

 その修行は今までで最も過酷なものになった。

 体はいっさい動かさない。精神を極限まで集中させて、ぱっと発動する。たったこれだけなのに、それが死ぬほど難しかった。

 いざ発動しようとすると途端に集中力が途切れ、せっかく集めたエネルギーが散ってしまうんだ。

 研ぎ澄まして、試して、不発。毎日その繰り返しだった。

 

「だめだー!」

 

 通算千回目の失敗に嫌気がさして、とうとう寝転がった。珍しく、雲ひとつない青空がずうっと広がっている。

 

 師匠がそっと近づいてきた。

 

「諦めるかい?」

「諦めないっ!」

 

 オレはきっぱり言い張った。師匠のあの技が使えれば、もっともっと強くなれる。それこそ師匠を超えるのだって夢じゃない。

 これはもう、意地の勝負だった。

 

「千回試してダメだからって使えない証拠にはならないでしょ」

「そのとおり。いい心意気だ、アサナン。……む」

 

 師匠が首を巡らせた。

 

「どうしました?」

「……腕の立つ連中がこっちに向かっている」

 

 師匠は予知能力に優れていて、近い未来をほぼ完璧に見通すことが出来る。オレはがばっと起き上がり、いつものように着いていこうとした。

 

 けれどその日、師匠は頑として譲らなかった。

 

「巣に帰って、技を練習していなさい。いいね」

「……はい」

 

 三回同じことを言われ、オレは渋々踵を返した。

 

 あんなに晴れていた空が、少しずつ、けれど確実に曇りはじめていた。

 

 

 

 

 十一

 

 師匠と掘った洞穴に着いた途端、豪雨と稲妻が荒れ狂い、世界は真っ暗になった。

 間一髪だった。この山は雷が落ちやすい。のこのこ歩いていたら感電していただろう。

 

「師匠、いつ帰ってくるかな」

 

 強い連中って言ってたから、疲れて戻ってくるかもな。そしたらオボンの実があると嬉しいだろう。貯蔵庫を探したが、ちょうど昨日食べたのを思い出し、オレは溜息をついた。

 

 横殴りの雨は、大気が不安定なのか、弱くなったり強くなったりを繰り返している。

 弱くなったところを見計らえば、きのみぐらいサッと採って帰ってこれそうだ。

 

「よぉし……いまだっ」

 

 ぬかるんだ山道に飛び出す。毎日練り歩いているのに、嵐が吹くだけで知らない場所のようだった。

 

 

 滝のような雨で方向を見失ったオレは、どこをどう通ったのかニンゲンが使う登山道に来てしまった。

 

 こんな天気にも関わらず、ニンゲンたちが集団でうろついている。

 

 あいつらは嫌いだ。見てるだけで虫唾が走る。

 石でも投げて脅してやろうと屈んだ体が、ぴたりと止まった。

 

 

 ニンゲンたちの足の間から、倒れている師匠が見えた。

 

 

「こいつか、例のエルレイドは」

「そのようだ」

「個体値は」

「今調べる……チッ、三冠(3V)かよ」

「無駄骨か……六冠はなかなか居ないもんだな」

「弱ぇくせに手こずらせやがって」

 

 師匠の頭が踏んづけられた。そんなことをされてるのに、彼はピクリとも動かない。

 

 体の芯が急速に冷えていく。あれだけうるさかった雷雨の音がくぐもって聞こえた。

 

「……めろ」

 

「死にかけだが、連れて帰るか?」

「要らんだろ。荷物になるだけだ」

 

「やめろ……!」

 

「代わりのポケモン探すか?」

「噂じゃ強いアサナンがいるらしいが」

「はは、そいつこそ要らねえよ。まだコレのほうが使()()()だろ」

 

 がん、と師匠を蹴飛ばされて。

 それが、オレの理性にトドメを刺した。

 

 

「やめろォオオオオオ!!」

 

 

 自分でも何を言ってるか分からないほど喚き散らしながら、ニンゲンたちに殴りかかった。不意をつかれた馬鹿どもは手持ちを出す余裕もなく一撃で絶命していく。

 最後の輩が首をへし折られながらボールを開いたが、出てきたムクバードはオレと目が合った瞬間、奇声をあげて逃げていった。

 

 全員を血祭りにあげた耳に、かすかな呻き声が届いた。

 師匠の声だ、まだ生きてる! 

 

 そばに駆け寄り、跪いた。

 師匠は片目を開けてオレを見、震える手を伸ばした。

 頬に触れる彼の手は、雨よりも氷よりも冷たかった。

 

「……アサ、ナン……」

「喋らないで師匠! いますぐ手当てしますから!」

 

 オレは目いっぱいのエネルギーを両手にこめて、師匠の体に押しつけた。

 見よう見まねの癒しの波動。成功すればすぐに治るんだ、こんな、こんな傷ぐらい……! 

 

 でろ、でろ、出ろ! 

 

 だけどいたずらにエネルギーが流れるだけで、かすり傷ひとつ治ってはいかなかった。大切な血がどんどん流れていく。

 

 師匠が囁いた。

 普段の透き通った声色とは似ても似つかない、ざらざらした音だった。

 

「もういい……いいんだ……私はじゅうぶん生きたから……」

「嫌だ! オレとはまだほんのちょっとしか過ごしてないじゃないか! よくないよ、なにもよくないよ! 治すよ、絶対治すから、だから!」

 

 師匠は、がむしゃらに首を振るうオレに、ふっと笑いかけた。

 二度目の、そして、最後の微笑みだった。

 

「それよりも、なあ、アサナン……おまえ、とうとう物にしたな……」

「え……?」

「テレポート、使えるようになったじゃないか……」

 

 オレは呆然と師匠の顔を見つめた。

 激昂していて気づかなかったが、ニンゲンどもを攻撃したあのとき、無意識のうちに瞬間移動(テレポート)していたらしい。

 だから誰も反応できなかったんだ。

 

「すごいぞ……生まれてはじめて弟子をとったが……おまえは……」

 

 師匠の瞼が閉じていく。

 

「ししょ」

 

「……じま……ん、……の」

 

 力の抜けた手が、水溜まりに落ちた。

 もう、何度呼びかけても、師匠は答えてくれなかった。

 

 

 

 

「……」

 

 亡骸を抱いてぼうっとしているあいだに、迅雷がすぐそばの木を貫いた。真ん中から真っ二つに裂けた大木が、オレたちに向かって倒れてくる。

 

「…………」

 

 特別なことは、なにも要らなかった。ほんの少し、行きたい場所を思い描くだけ。

 それだけで、オレと師匠は巣に帰っていた。

 

 

「はは……」

 乾いた笑いが漏れる。

 

 

 なんだよ。

 こんなもんなのかよ。

 もっと早くモノにしてりゃ、オレは師匠を連れて帰れたんだ。そしたら治療も間に合って、あのひとを死なさずに済んだかもしれない。

 

 そもそもだ。オレがもっと強かったら、戦いに連れてって貰えたはずだ。

 あんな雑魚ども一瞬で蹴散らして、きのみでも頬張って昼寝できた。

 

 なんだ。

 オレが強ければ。

 たったそれだけで、丸くおさまる話だったんじゃねえか。

 

 

「はははは」

 

 

 でも、そうはならなかった。

 オレがダメなやつだから。

 オレが弱くて、使えないから。

 

 だから、師匠は死んだんだ! 

 

 

「はははははははは!」

 笑いが次から次へとこみ上げてくる。

 

 

 結局、オレを捨てたニンゲンは、なにも間違っちゃいなかったんだ。

 

 

 

「……にぃ……」

「……ぁ?」

 

 か細い鳴き声に、オレはやっと、師匠が小さなニューラを抱えていることに気づいた。

 ボロボロで、いまにも死にそうだった。

 たぶん、あのクソどもが師匠を誘き寄せるためにわざと痛めつけたんだろう。

 

「……お前は、死ぬなよ」

 

 オレは癒しの波動が使えない。こればっかりは何度練習しても出来なかった。

 だからそれ以外のあらゆる手段でニューラを生かした。

 

 きのみを口移しで食べさせ、体を拭き、抱いて温めた。

 

 

 

 数週間後。

 チャーレムに進化したオレは、名実ともに山の主になり、やってくるニンゲンを片っ端から倒して回った。

 本当は殺してやりたかったが、そうすると土に汚ぇ血が染みこんじまう。

 この山は師匠が眠る神聖な山だ。薄汚ぇ野郎どもで穢されるのはごめんだった。

 

 それ以上にオレが憎んだのは、ニンゲンなんかに従うポケモンたちだった。

 ボールなんかに入れられて、命令されて戦わされる。そんな生き方に疑問も屈辱も覚えないバカども。首輪をつけられて喜んでいる救いようのないアホが、師匠を殺したんだ。

 

 その事実が、どうしても、どうしても許せなかった。

 オレはそいつらを心の底から嫌悪し、二度と立てなくなるまで痛めつけた。

 

 

 師匠を主と慕っていたポケモンたちは、殺伐とした空気に耐えられず、次々に去っていった。

 反対に、ニンゲンを憎んだり、ニンゲンに恨みがあるヤツらが集まってきた。

 

 力のあるやつは競うように敵を倒した。オレもそのひとりだった。

 

 ニンゲンや首輪つきが情けなく命乞いし、降参している姿を見ている時だけは心が軽くなった。

 

 反対に、何もしない時間は苦痛でしかなかった。余計な事ばかり考えちまう。ハーブ入りの煙草を吸うと、頭がぼうっとして石ころみたいに寝転がれた。

 

 

 オレは強い。

 ムカつく奴らを全員倒せば、オレがいちばん強いんだ。

 何度も自分に言い聞かせ、昼夜を問わず戦い続けた。

 

 これでいい。

 これがポケモンのあるべき姿だ。

 

 

 もう、あんな思いは……二度と……

 

 

 ◇◇◇

 

 

「レム……? 起きたの?」

 

 マニューラが心配そうに覗きこんでいる。

 トリップから長いこと帰ってこないと、こいつはいつも泣きそうな顔をするんだ。

 

 オレは煙草を指先で弾くと、軽く頭を撫でてやった。

 

「メシでも獲りに行くか」

「……! うん、行こう!」

 

 マニューラが嬉しそうに目を輝かす。

 

 

 吹雪は、みぞれに変わっていた。

 

 

 

 

 

 十二

 

 あのバトルから五日。まだ先輩は目覚めない。

 

 毎日、朝起きたら先輩のそばに行って、いろんなことをお話する。

 ラナンが言うには、頷いたり相槌をうったりできないだけで、こっちの声はちゃんと聞こえているんだって。

 

「ですから、なるべく楽しい気持ちになるようなお話をしてくださいまし」

 

 ぼくは張り切って面白い話をたくさん喋った。

 ほとんどがリオルたちと鬼ごっこしたときの話とか、かくれんぼしたときの話ばっかりだけど、きっと面白いと思う。

 

 

 それが終わったら、ご飯の時間まで訓練をする。ミミロップのミミィ先輩と、杖術対素手の十本勝負だ。

 間合いが遠すぎてぼくの攻撃は当たらないし、ミミィさんの懐にも入れなくて、とにかく負けまくった。

 

「なぜ負けるのか、なぜ攻撃できないのか、ちゃんと考えなさいまし! 漫然と技を繰り出しても決して当たりませんわよ!」

 

 ラナンから厳しい言葉が飛ぶ。ぼくはずっと考えたけど、どうすればいいのか分からなくて、頭が爆発しそうだった。

 

「どうしたらいいと思う?」

 

 ミミィさんに聞いたら、うーんと唸って、

 

「ぐるんっ! てきたら、シャッ! てして、ズバーン! っていくのはどうかなあ〜」

 

 と答えてくれた。

 意味がわからなかった。

 自分で考えなきゃダメだ。

 

 

 午後はひたすら走りこんだ。走りまくって体力をつければ持久戦に持ちこめるし、ダメだった時でも逃げ足が速くなるから良いことずくめなんだって。

 

「勝負ってのは、結局最後に立ってるほうが勝ちなんですわよ」

「相手を倒した方じゃないの?」

「んっふっふ。まだまだ青いですわね、リオン」

 

 ラナンは意味深に笑った。

 これもよくわからなかった。

 修行すればするほど分からないことが増えていく。不思議だなあ、強くなるってこういうことなのかな。

 

 

 夜はまたミミィさんと模擬戦。今度はミミィさんも素手で戦うんだけど、こっちのほうが強かった。

 ミミィさんは体がすごく柔らかくて、ありえない体勢で避けたり、変な方向から蹴りが飛んできたりする。こっちでも負けまくった。

 

 僕はボロボロの体で寝転びながら思った。

 見てから反応するから遅いんだ。相手の動きが()()()()()()()()()ラクなのに……

 

「でも、そんなこと出来るわけないよね」

 

 それができたら苦労しないもんなあ。

 そう言うと、博士はいきなりビシィッ! とポーズを決めた。

 

「よくぞそこに気づきましたわね!」

「えっ?」

「相手の動きを動く前から感じ取る……リオン、あなたは、というよりあなたの種族は、そんな奇跡を可能とする唯一の種族なんでしてよ!」

「ええええぇえっ!」

 

 ぼくは驚いてのけぞった。仰け反りすぎて転がっちゃった。

 オムナイトの時みたいにウソをつかれたのかと思ったけど、ラナンは大真面目だった。

 

「ウソじゃありませんわよ。あなたのお顔の横に、黒いもふもふがついているでしょう? そこが、相手の波導を感じる器官……波導房なのですわ」

「ここ……で?」

 

 房を触ってみる。ラナンはもふもふというけれど、案外硬かった。

 

「でも、その、はどー? ってやつ、感じれたことないよ? はどうだんって技なら使えるけど……」

「それはあなたが波導のなんたるかを知らなかったからですわ。いまからみっっっっちり教えて差し上げますとも! 

 明日から訓練内容が一気に増えますわよ〜! 特訓はここからが本番ですわ! 

 さあ元気よく! えい、えい!」

「お、おーっ!」

 

 ラナンとふたり、元気よく声を張り上げた。

 

 

 

 

 ──二週間後。

 ぼくは先輩のお見舞いに行った。

 今日は、いつものお喋りはしない。もっと大事な話があるから。

 

 椅子に座って、先輩の顔を見つめた。

 人工呼吸器はとれたけど、まだ眠っている。

 夢の邪魔をしないように、小さい声で話しかけた。

 

「先輩。ぼくね、これからあいつのところに行ってくるよ。それでね、勝ってくる。

 勝ったら、まっさきに先輩におしえてあげるね」

 

 おまけで、おでこをなでなでしてあげた。起きてたら絶対怒られるけど、いまならその心配ないもんね。

 

 扉を開いて、これは大きな声で言った。

 

「いってきます!」

 

 

 

 

 

 十三

 

 山のふもとに着いたとき、あたりはしんと静まり返って、ぼくたちの他に動くものはなかった。

 

「すごい静か〜。だれもいないみたぁい」

 

 ミミィさんがつまらなそうにため息をつく。このひとは賑やかなのが好きらしい。

 

 初めて来た時は春の初めだったけど、修行のあいだに夏に変わりつつあった。

 

「緑が濃くなっていますわね……」

 

 ラナンが呟く。

 

 たしかに土の匂いが強かった。

 それでも、頂上には雪が厚く積もっている。ここの雪は一年を通してとけることがないんだって。不思議な山だ。

 

「わたくしもミミィもいますけれど、まずはリオン、あなたひとりで力を試してごらんなさい」

「押忍っ」

 

 しっかりと大地を踏みしめ、一歩ずつ登っていく。二合ほど歩いたあたりで、グライオンが飛び出してきた。

 

「ぐららら! こりゃまた随分ちびっちゃいのが来たでやんすねぇ! チャーレム様のお山だと知っての登山でやんすか? 

 ここはニンゲン立ち入り禁止、無理にはいるなら痛い目にあうでやんすよ〜」

「しってるよ。ぼくはそいつと戦いに来たんだ!」

 

 ぼくの発言に、グライオンはぽかんと目を丸くした。

 

「はぇ? あんたが、あの方と……? 

 い、いやいやいや! やめときなさいって! あんたまだ子供でしょォ!? あたら若い命を無駄遣いしなさんな!!」

「無駄じゃないし、ぼくが負けるって決めつけるのやめてよ。今度は勝つんだから!」

「こ、今度はって……あ、ちょ、ちょっとお!」

 

 横を通り抜け、先を急ぐ。チャーレムが居るのは六合目のあたり、まだあと二時間はかかる距離だ。

 

 グライオンはわぁわぁ言いながらついてきた。いわく、あのひとは本当に強いんだぞとか、マンムーやゴローニャを片手でひっくり返す剛力だとか、バンギラスと押し相撲をして勝ったとか、いろいろ武勇伝を並べ立てて、とにかく帰れの一点張りだった。

 

 ぼくがつんと無視する代わりに、ミミィさんが話を聞いてあげている。

 とうとう説得の材料がなくなったらしいグライオンはラナンに泣きついた。

 

「ねぇあんたトレーナーでしょお!? あんたからも言ってやってくださいよ! 

 こんなん無謀でやんす、自殺行為でやんす〜! 可哀想なリオルの死体がいっちょ上がり! ってなもんでやんすよぉ! 

 ……って、ニンゲンにあっしの言葉がわかるわけないか……」

 

 がっくりと肩を落とす。ラナンが明るい笑顔で慰めた。

 

「あら。無謀かどうかはやってみなくちゃ分かりませんわよ?」

「いやいやそれが分かってるから……

 ────ん? あんたいま、返事しなすったね? あっしの言葉わかるでやんすか?!」

「ふっ」

 

 ラナンは白衣を翻し、バァアン! と胸を反らせて高笑った。

 

「このわたくし、ラナンキュラスがポケモン語も解せないと思われるとは笑止千万! いっっっくらだってお喋りしてみせますわ! 余裕のよっちゃんお茶の子さいさいでしてよ〜っ! おーっほっほっほっほ!」

 

 山肌にぶつかった笑い声が、わんわんと響き渡る。すると、行く手を遮るようにボスゴドラが現れた。

 

「うるせえなあ……なんでニンゲンが入りこんでやがる……。おいグライオン! 見張りはどうしたぁ!」

「ひぃええ……あ、あっしはちゃんと見張ってたでやんす、このひとたちが無理やりぃ……」

「馬鹿野郎!」

 

 ボスゴドラの一喝で空気がビリビリ振動した。大きな声だなあ。

 

「入ってこねぇように妨害すんのもお前の仕事だろうが! 神聖な山がニンゲン臭くなっちまわぁ……おいそこの! 一歩でも前に出てみろ、俺様が容赦なくぶっ潰してやる!」

 

 最後のは僕に向けられた台詞だった。

 ラナンが一言だけ言う。

 

「──リオン」

「うん」

 

 頷き、ぼくは堂々と一歩進んだ。グライオンがひぃっと悲鳴をあげる。

 ボスゴドラがにぃいと口の端を吊り上げた。

 

「いい度胸だ……死になぁ!」

 

 ボスゴドラが天に向かって吠えると、そばの崖が崩れ、大きな岩が次々に降ってきた。岩石封じ、いや、岩雪崩かな。

 ぼくは静かに目を閉じ、息を整えた。

 

 胸の中はすごく穏やかだ。焦りも不安もない。

 肩をすとんと落として、意識を集中させた。

 

 頬を撫でる微妙な空気。

 ラナンたちの呼吸。

 ボスゴドラの怒り。

 グライオンの慌てた羽音。

 そして、落下してくる岩たち。

 

 ラナンから教わったことを思い出す。

 万物に宿る力の流れ。またの名を、波導。

 波導を読めば、動きがわかる。

 動きが分かれば、合わせるだけだ。

 逆らうな。疑うな。

 波導はつねに、揺るぎない真実を教えてくれる。

 

「……!」

 

 右に一歩、前に半歩。たったそれだけの移動で、ぼくは全ての岩を避けきった。

 

「な、にぃ!?」

 

 ボスゴドラが目を見開いた。感情は集中を乱し、波導を素直に伝えてしまう。

 彼はあと二秒動けない。

 両膝をぐっと曲げ、高く跳躍した。

 敵を正面から見据える。

 おもいきり引いた右掌を、無防備な眉間に叩きつけた! 

 

「発勁ッ!」

 

 頭のてっぺんから足の先まで、ぼくのパワーが駆け抜ける! 

 ボスゴドラが稲妻に打たれたように硬直し、ぐるんと白目を剥いた。そのまま仰向けに倒れていく。大きな土煙が舞い上がった。

 

 グライオンがそぉっと飛んできて、しっぽの先でつついても、ボスゴドラは気絶したままだった。

 

「麻痺も入ったから、意識が戻ってもすぐには動けないよ」

 

 グライオンはボスゴドラを見、ぼくを見て、またボスゴドラを見やった。

 そのあと、顔中を輝かせてぼくに抱きついてきた。

 

「わあっ、なんだよびっくりするなあ!」

「すごい、すごいっ、凄すぎるでやんす〜! このお方、山のナンバースリーでやんすよぉ! そんなつよつよポケモンを一撃で倒すなんて、さてはあんたのトレーナー、チャンピオン(王様)でやんすねえ!?」

「ちがうよ、ラナンはただの変なひと!」

「博士でしてよ〜っ!」

 

 後ろからなんかツッコみが入ったけど、大したことじゃないから放っておく。

 

「どっちでもいいでやんす! ささ、足元に気をつけてくださいよぉ。チャーレム様の元へはまだまだかかるでやんすからねえ」

「え? ついてくんの? 見張りの仕事は?」

「そんなもん! ほかのやつにやらせりゃいいんでやんすよ! 

 あっし自身は喧嘩なんてからっきしですが、見るのは三度の飯より好きなんでやんす! 一世一代の大勝負が見れそうで、もうワクワクが止まらないんでやんすよぉ!」

 

 

 興奮しきったグライオンにずいずいと押されて、ぼくたちはそのまま進んでいった。

 

 

 

 中腹に差し掛かると、草むらが茂る広場に出た。ここだ。ぼくがチャーレムにボコボコにされた場所。

 あのときよりぐっと減ってるけど、雪はまだところどころに残ってた。

 

 見えるところには、だれもいない。

 けど、岩陰や木の後ろに隠れてこっちを窺っているポケモンたちがいるのは、波導を探らなくてもわかった。

 

 広場の中央まで歩いてから、すぅーっと息を吸いこんだ。

 

 

「チャーレムぅうう! 来たぞぉおお!!!! ぼくと勝負しろぉおおお!!」

 

 

 全力の大声で呼びかけた。ボスゴドラのおじさんと同じくらいでっかく叫べたかな。

 

 風が吹き抜けていく。梢の揺れがおさまった時、待ちに待った影が現れた。

 

「……わざわざ死にに来たかよ。雑魚野郎」

「そうじゃないってことを、いまから見せてやる」

 

 チャーレムは煙草をふかしながら、嘲るような目でぼくを見た。

 

 

 

 

 

 十四

 

 ぼくたちは向かい合った。

 どちらも何も言わないまま、時間だけが過ぎていく。

 

 ──不意に、チャーレムが足を浮かせた。

 たった一歩、右にずれる。

 ぼくも、合わせるように右に動いた。

 

 また一歩。

 こっちも一歩。

 

 合わせ鏡のように同じ動きを繰り返し、半円分移動したあたりで立ち止まった。ちょうど最初の立ち位置が逆転した形だ。

 

 チャーレムの片膝が少しだけ曲がり──……

 次の瞬間。

 音速の飛び膝蹴りが、目の前に迫っていた! 

 

「──っ」

 

 上体を反らし、勢いに乗って後転する。振り上げた脚で真空波を飛ばした。大技直後なら当たるだろうと思ったのに、チャーレムの両目から放たれたサイケ光線に、技も目論見もやすやすと打ち消された。

 

 着地したチャーレムがニヤリと笑って掻き消えた。音もなく背後に現れて、メガトンパンチをお見舞してくる。

 ぼくは弾かれたように前に飛んで躱した。奴の拳は、背中の毛を掠っただけだ。当然ダメージなんかない。

 

 腕が伸びきったところを見計らい、地面を蹴って距離を詰める。

 

「発勁ぃっ!」

「チッ」

 

 直撃スレスレのところで手首を叩いて防がれた。なら! 

 

「波導弾っ!」

 ゼロ距離で光弾を炸裂させる。一発、二発、ダメ押しでもう一発入れてから、電光石火で後ろに飛び、構えなおした。

 

 鼓動が早い。

 息が上がる。

 それは、緊張のせいばかりでもなかった。

 

(通じてる……! ちゃんと波導が読めるぞ! 戦える……! 勝てる……!)

 

 わけも分からないまま一方的に殴られていた頃とは違う。確かな手応えを感じて身震いした。

 

 煙を切り払いながら、チャーレムが歩みでた。流石に無傷とはいかなかったようで、左腕から血が垂れている。

 

「雑魚のわりにやるじゃねえか」

「どーも! そっちこそ、雑魚相手に手こずりすぎじゃない?」

 

 まだまだこんなもんじゃない。

 こてんぱんに叩きのめして、クチート先輩にごめんなさいさせてやる! 

 

「くくっ……言うねえクソガキ」

 

 新しく火をつけた煙草を胸いっぱいに吸いこみ、濃い白煙を吐き出した。独特の匂いにラナンが顔をしかめる。

 

「波導が読めるようになったのがそんなに嬉しいか?」

 

 ぎくりとした。

 

「知ってんの。波導のこと」

「そこそこ有名だからな。まあ……」

 

 チャーレムの構えが変わる。背筋を伸ばし、頭上で両手を交差させ、印を結んだ。

 

「そんなモン、オレの前じゃなんの意味もねえけどな」

 

 ゆらり、と腕を揺らめかす。揺らめきは全身に伝わり、陽炎のような踊りに変化した。

 

 なんだあれ? なにしてんだろう? 

 波導で探ろうとした瞬間、突然ぼくの世界が()()()

 

「? っ、うあ……っ!?」

 

 世界が独楽になったのかと思うぐらい、高速で渦巻きはじめたんだ。

 上下左右の感覚が壊れて、必死で目の前の草にしがみつく。

 地面に転がっても酷い眩暈が襲ってきて、ぼくはパニックになった。

 遠くから、近くから、チャーレムの声が響いてくる。

 

「最悪の気分だろ? お前ンなかの波導をぐちゃぐちゃに掻き乱してやったからな」

「波導を……みだす……っ?」

 

 なんだそれ。そんなことができるのか……? 

 

 ちらりと視線を走らせると、チャーレムの姿が粉々に千切れ、欠片の分だけ分身が増えていくところだった。

 ぐにゃぐにゃと歪み、伸び縮みし、ちっとも一定の形に留まることがない。

 

「念波っつってな。目には見えねぇ思念の力さ。エスパーなら誰でも扱える初歩的なモンだが、オレは少々こいつの操作が得意でね。お前の感覚をちょいと乱してやったんだよ。

 お前らは目と波導の二つで世界を見透かすんだろ? そのどっちも壊された気分はどうだ。処理が追いつかなくて頭が割れそうだろ?」

 

「あぐぅううう……っ!」

 

 チャーレムの言う通りだった。

 頭の中がチカチカする。瞼を閉じても勝手にめちゃくちゃな情報が流れてきて、とても集中していられない! 

 

「リオンっ!」

 

 ラナンの焦った声と、ぼくの鳩尾に掌底が添えられるのはほぼ同時だった。

 

「──発勁」

 

 掌を起点に、鉄球が猛スピードでぶつかってきたような衝撃が駆け抜ける。

 

「がっ!」

 同じ技でもぼくとは桁違いの威力だ。

 手足がちぎれてバラバラになりそうだった。

 

 気を失いかけたところを、力いっぱい蹴りあげられる。

 空中でチャーレムの姿が点滅した。連続瞬間移動だと理解するより早く、全方位から滅多打ちにされ、雪の上に叩き落とされた。

 

「げ、ぅ……っ。ぁ……がはっ……!」

 

 目の前の雪に赤い花が咲く。

 ──ちがう。これは、ぼくが吐いた血だ。

 

 波導をいじくられて、おまけに瞬間移動とか。

 ずるいよ、そんなの。強すぎるじゃん。

 

 痛すぎて、痛いとしか考えられない。

 

 

 ……でも。じゃあ、()()()()……

 

 

「死ね」

 

 踵落としが降ってくる。寸でのところで意識が回復し、横に転んで回避した。

 

 血反吐を吐き捨て、かなう限り呼吸を落ち着かせた。

 自分の息がうるさい。手が鉛みたいに重かった。

 

 だけど、この戦いに"参った"はない。絶対に、決着をつけなきゃいけないんだ。

 

 あの最悪な眩暈は治まっていた。

 たぶん、攻撃と念波を同時には使えないんだろう。

 

 なら、もう一度だけ探ってみよう。

 さっき感じた、あの違和感の正体を。

 

 目を閉じ、意識を集中する。

 チャーレムから流れる波導をひとつひとつ手繰り寄せた。

 

 

 ……()()()()()

 

 

 波導房に伝わる、この場に有り得るはずのない感情。ごくかすかな量しかないし、すぐに消えてしまうけれど、確かにチャーレムから発せられている。

 

 最初は気のせいだと思った。次に思い違いだと考えた。ぼくが未熟だから、他の誰かの気持ちを拾ってしまってるんだろうって。

 

 けれど波導を教わった時、ラナンはこう言っていた。

 

 

『波導はつねに、真実を映す鏡でしてよ。波導で見えたことがこの世の真理。それを疑ってはなりませんわ』

 

 

 ……それがほんとうなら、このひとは……

 

 

 

 

 

 十五

 

 グライオンは心臓が張り裂けそうだった。

 名勝負が見れるかも、なんて呑気に浮かれていた自分を殴りたい。目の前で行われているのはバトルじゃない。圧倒的強者による嬲り殺しだった。

 

 チャーレムがヨガのポーズ──リオルにはヘンテコな踊りにしか見えなかったろうが──を取ってからというもの、動作のキレと破壊力が一段と増し、リオルはひたすら殴られ続けている。何発か奇跡的に回避できているが、最初の素早さは影も形もなく、どんどん痛手を負っていった。

 

 たまらず隣のニンゲンをつつく。

 

「ね、ねえ! もう降参しましょうよお! 見てられませんよ、あんなの!」

 

 グライオンの懇願を、ラナンはばっさりと切り捨てた。

 

「やめるかどうかはあの子が決めることですわ」

「いや、もうそんなこと言ってる場合じゃないでやんす! このままじゃ死んじまいますよ! あんた、あの子を見殺しにする気でやんすか!?」

 

 殺し文句を言ったと思った。リオルもミミロップも、このトレーナーにいたく信頼を寄せている。そんな出来たニンゲンならば、耳を傾けてくれるだろうと。

 

 だが、返事はどこまでも冷淡なものだった。

 

「──あの子が選んだ道なら、それも仕方ありませんわね」

「……は……?」

 

 しかたない? 

 あまりにも情のない言葉に、聞き間違えたかと思った。

 

「じょ、冗談でしょう?」

 念を押すものの、飄々とした横顔はこゆるぎもしない。グライオンは激怒した。

 

「あ、あんた! それでもトレーナーですかい! やっぱりニンゲンは屑だ、ポケモンの命なんてなんとも思っちゃねえんでしょう! ニンゲンにもいいヤツがいると思ったあっしが間違ってたんだ! 

 出てけ! この山から出てけぇ!」

 

 いきりたち、振り上げたハサミを、ミミロップのバトンが止めた。

 

「だめだよお、グライオンくん。みみぃの大事なひとに乱暴したら」

「ミミロップの姐御……どうして……! そんなやつ庇うこたねえでやんしょ!?」

 

 ミミィは微笑みながら首を振った。

 

 ラナンは一見、目の前の仕合とも私刑ともつかない戦いを平然と眺めているように見えるだろう。

 

 しかし、よく見れば己の腕を白衣にシワが寄るほど握りしめているし、唇は噛みしめすぎて真っ赤だ。

 

 リオンが死んでもいいなんて思っているわけが無い。

 いまだって、心配で心配でたまらないのだ。

 止められるものなら止めてやりたい。

 だけど、当の本人がまだ諦めていないのだ。

 ボロボロになりながらも、いまだ闘志を燃やしている。

 

 ならば待つ。リオンが勝つことを信じて。それがラナンの、トレーナーとしての覚悟だった。

 

「リオンくんはだいじょーぶ。だから待とう、ね?」

 

「姐さん……」

 

 グライオンも何かを感じとったのか、ハサミを引っ込め、口を噤んだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ──なんなんだ、コイツは。

 

 拳を振るい、膝を打ちつけ、蹴りつける。何度攻撃したか数えるのも馬鹿らしいほど攻撃して、とっくに限界を迎えているはずなのに、目の前のチビは立ち上がることを止めない。

 

「しつけえ……!」

 

 ローキックで足下を払う。避けもせず無様に倒れた。

 避けれないんだろう。それだけの気力体力もねぇんだろう。

 なのに何故。

 

「なんで立てるんだよ……!?」

 

 こいつは必ず、立ち上がるんだ。フラフラと頼りない足取りで、それでもちゃんと、真っ直ぐに。

 

 なんでだ。

 なんで立ち上がれるんだ。

 敵わないのがわかったろう。力量差も思い知った筈だ。

 お前が勝てる見込みは万に一つもない。

 じゃあ、どうして。

 何を求めて、オレに向かってくるんだよ! 

 

「弱ぇクセに、諦めも悪ぃのか!」

 

 がむしゃらに殴り掛かる。クソチビはしばらく打たれるがままだったが、不意に右手を持ち上げると、とん、とオレの右拳を受け止めた。

 

 同じ流れで左拳も受け止める。腫れ上がった瞼の奥から、落ち着き払った瞳でオレを見つめた。

 

 オレは息を飲んだ。

 

 その目は、──その目は、気味が悪いくらい師匠に似ていた。

 

「てめぇ、なんのつもり……」

 

 チビは言った。

 誰もが、予想だにしなかった一言を。

 

 

「あなたは、すごく苦しんできたんだね」────と。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 チャーレムの顔が引き攣った。それはウソがバレた時の貌にとてもよく似ていたから、ぼくは、ああ、と思った。

 

 このひとも自分の苦しみに気づいてたんだ。だけど見えないふりをして、自分を騙し続けてきた。

 何年も、何年も。もしかしたら、ぼくが生きてきた年よりも長い間、ずっと。

 

 彼の波導を探るたび、ぼくはいつも泣きたくなったんだ。

 波導を読むとは力の流れを知り、意識を合わせることだから、強い感情があると引っ張られちゃうことがある。

 

 絶対に負けられない戦いの最中だっていうのに、一度それに気づくと気になって仕方なかった。

 

 だからぼくは、いったん戦うことを手放して、彼の波導を読むことに全力を注いだんだ。

 

 そしたら、チャーレムの苦しみや辛さがどっと流れこんできた。

 

 彼はぼくを殴る以上に"誰か"を殴っていた。

 彼が吐く言葉は全部、その"誰か"に宛てたものだった。

 

 それって、誰なんだろう? 

 

 どうしても知りたくて、もっと深く潜ることにした。溢れる波導に逆らうことなく、奥へ奥へと。

 

 海のように深い波導の底で、小さく踞る影を見つけた。

 

 

 影は泣いていた。

 誰も聞く人はいないのに、自分の腕を噛んで声を押し殺していた。

 

 そばにいって、隣に座った。

 

「きみはだれ?」

 

 影は怯えたように肩を竦ませた。よく見ると、背中に酷い傷があった。大きなポケモンに切り裂かれたような痕だ。

 

「ぼくはきみを攻撃しないよ。話がしたいだけなんだ」

 

 しばらく黙ってから、影は名前を教えてくれた。

 

 

 

 彼は、アサナンといった。

 

 

 

 

 

 十六

 

「あなたの中のアサナンと話したんだ。波導を読むたび、悲しい気持ちがほんの少しだけど混じっているのが気になったから」

 

 チャーレムの喉がひゅうと鳴った。

 不気味なものを見る目でぼくを見ている。

 拳を引こうとするから、しっかり握りしめた。ここは絶対に離しちゃいけないんだ。

 

「昔のあなたになにがあったか聞いたよ。ニンゲンが嫌いになった理由もわかった」

 

「……やめろ」

 掠れた声で呟く。

 なんにも怖くない。ぼくは続けた。

 

「あなたがいちばん嫌いなのは、ニンゲンでも()()()()でもない。

 トレーナーに愛されなくて、大切なひとを守れなかった弱い自分なんだろ」

 

「……っ!」

 

 チャーレムの前蹴りがお腹に当たり、体がくの字に折れた。

 もちろん痛い。

 けど、アサナンを知ってしまったいま、蹴られた痛みなんかちっぽけなものだった。

 

 

 辛かったろうな。

 生まれてすぐに捨てられて、愛してくれた人を目の前で亡くして。

 死んじゃいたいほど悲しいのに、彼はいつも、慰めてくれるひとがいなかったんだ。

 だからアサナンは、慰め方を知らないまま、大人になって。

 胸の中に燻り続ける恐怖を、強くなることで振り切ろうとしたんだ。

 

 

 それはきっと、底なし沼に入るようなものだろう。いつまで経っても終わりはなく、もどかしい苦しみが続くだけ。

 ずっと強くあれる人なんかいないんだ。こんなに強いチャーレムだって、きっといつか負ける日がくる。

 負けたら、彼は価値がないのか。

 負けるような弱いポケモンは、死ななきゃいけないのか。

 

 

 そんなこと、あるわけないだろう! 

 

 

 チャーレムの足をひっかけて転ばし、胸ぐらを掴んだ。

 

「あんたが倒れない敵(ぼく)にイラつくのは、自分は本当は弱いんだって恐怖に取り憑かれているからだ! 

 敗けた自分に価値はないって思いこんでるからだ! 

 そんなことはないって証明してやるよ! 

 だから! 今日ここで! ぼくに負けてみろ!」

 

 抗おうとするチャーレムの腕をがっしりと握る。

 ボロボロのいまだから使える技。

 全身全霊をこめて解き放つ! 

 

 

「起死回生!」

 気合い一閃、持てる力を振り絞って背負い投げた! 

 

 

 ふたりとも雪の上に倒れこむ。

 息をするのも辛かった。もう瞬きだってしたくない。

 だけどまだ、ぼくには大きな仕事が残っていた。

 

 力が抜けそうになる膝を叱りつけ、ゆっくりゆっくりと立ち上がる。

 

 

「……」

 

 チャーレムはまだ動かなかった。

 ダメージは小さくはないだろう。

 だけど、立ち上がれないほどでもないのは、波導を読まなくたってわかった。

 

 それでも、チャーレムは起きなかった。

 仰向けに転がったまま、腕で目元を隠して小刻みに震えている。

 

「……レム!」

 

 どこからか現れたマニューラが、泣きながらチャーレムに抱きついた。

 

 

 

 

 ──勝敗は、ここに決した。

 

 

 

 

 

 

 十七

 

 隠れて成り行きを見ていた山の住民たちは、自分たちのリーダーが負けたことに驚き、かなり戸惑っていた。

 

 まさか負けるなんて。

 これからどうすればいいんだろう。

 次のリーダーは誰になるのか。

 そうした不安がぎこちない雰囲気を生んでいる。

 このままじゃ話もろくに出来ないので、顔を見せてもらうことにした。

 

「──グライオン。みんなに出てきてもらうよう言ってくれないかな」

「おやすい御用でやんす。……おおい、でてきてくんな皆の衆! 大丈夫、このひとたちゃ怖くないでやんすよぉ!」

 

 すると、びっくりするくらいたくさんのポケモンが現れた。

 ゴマゾウ、ハッサム、ツンベアー、ベロベルト、ゴンベ、ふつうのロコンにアローラのロコン。ドロバンコ、クサイハナ、ドードリオ……ここには書ききれないぐらいたくさんのポケモンがぼくたちを囲んだ。

 

 みんな、ぼくのそばにいるニンゲン──ラナンを遠巻きに眺めている。

 チャーレムがニンゲン嫌いばかりを集めたのか、それとも勝手に集まったのか分からないけど、視線はかなりトゲトゲしい。

 

 だけどラナンは全く気にすることなく、ぼくに手当てをしてくれた。

 そのまま当たり前のようにチャーレムに近づこうとするので、グライオンが泡を食って制止する。

 

「まーった待った待った! あんた、一体何をするおつもりで?」

「決まってますわ。激闘を終えた戦士の傷を癒すんですのよ」

「要らないわよ、ニンゲンの手なんか」

 

 マニューラが吐き捨てた。目をきつく吊り上げ、全身の毛を逆立てて威嚇している。

 

「レムは自己再生使えんのよ。ケガなんかあっという間に治すんだから!」

「ケガは、そうでしょうね。ですがあなた、チャーレムの躰を蝕んでいる毒は、自己再生じゃ回復しませんことよ」

「ど、毒……?」

 

 マニューラが後退(あとじさ)った。

 

「リオルが毒を打ちこんだっての!?」

「いいえ。毒を飲んだのは彼自身ですわ。……この煙草、中身をご存知?」

 

 ラナンが短くなった吸いさしを差し出す。

 マニューラははっと胸をおさえた。

 

「それ……レムの……」

「ええ。彼が投げたものを拾ったんですの。おそらくですが、何種類かの薬草を混ぜていますわね? 

 メンタルハーブにパワフルハーブ……他にもいろいろなものを」

「そ、それは……」

「なぜこんなものを吸っているか、理由は問いませんわ。けれど、これはあまりにも毒性が強すぎますの。毎日のように吸っていれば、遠くない未来、その方は死にましてよ」

 

 マニューラの顔が一気に青ざめた。

 

「死ぬって、そんな……嘘でしょ!?」

 

 ラナンは沈黙した。それがなにより雄弁な答えだった。

 

「──死なせたくありませんのね?」

「当たり前よ! 世界でいちばん大事なひとなのよ!」

「なら、わたくしの島へいらっしゃい。禁煙し、きちんと治療して体内の毒素を抜けば、長生きする見込みは充分にありましてよ」

「……そいつぁ聞き捨てならねえなあ」

 

 ずしん、と大地をふるわせて、一頭のドラピオンが前に出た。グライオンがひぃいと縮こまる。

 

「山のナンバーツーでやんす……! いっつもチャーレムさんを蹴落とそうとしてるお方でやんすよ」

 

「俺らはリーダーの"ニンゲン嫌い"に賛同してここに来たんだ。それがニンゲンの島に行くだぁ? あまつさえ治療を受けるだと? そんな奴ァもうリーダーでもなんでもねえ! とっとと山を降りてどこへなりと失せな! そうすりゃ今日から俺様の天下だぜ!」

「〜〜っ、黙って聞いてりゃ調子にのりやがって……っ!」

 

 食ってかかろうとしたマニューラを、チャーレムの細い腕が止めた。上体を起こし、気だるげな眼差しでドラピオンを見上げている。

 

「──天下、か」

 

 チャーレムは笑った。自嘲するような笑みだった。

 

「こんなちぃせえ山のてっぺん取って、いい気になってたんだよな。ククク……っ」

「……あぁ? 何が言いてえ」

「なにも。ただ、オレもお前も大バカだって言ってるだけさ」

「なんだとぉ!?」

 

 ぎらりと光る爪がチャーレムの喉元に迫る。ぼくとミミィさんが止めるより早く、がっきと遮る影があった。

 

「あ……」

 

 ぼくはあんぐりした。

 頭から生えた大きな(アギト)で、ドラピオンの毒爪に噛みつくその勇ましさ。

 背はぼくより小さいのに、ずっと大きく見える背中。

 凛とした声が、涙が出るほど懐かしい。

 

 

「全く。怪我人相手に不意討ちって、恥ずかしくないの?」

 

 

 クチート先輩が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 十八

 

「な、なんだテメェ! 離しやがれ!」

「はいはい。そんな喚かなくても大丈夫よ」

 

 先輩はちゃんと離してあげた。ただし、思いっきり振り回したあとで、だけど。

 ドラピオンはうわぁああああ……と叫びながら崖の下に落ちていった。

 

 ナンバーツーって言ってたけど、チャーレム(ナンバーワン)との間には物凄く大きな差があるんだろうな。

 

「先輩!」

「リオン」

 

 先輩がにこにこしながら歩いてくる。

 元気になったんですね、おめでとうございます! って言おうとしたら、頭に特大の拳骨を喰らった。

 

「いっでぇええええ!」

「当たり前よ、痛くしたんだから! まったくあんたはいっつも考えなしに突っ走って! ひとの迷惑なんか見向きもしない! 目が覚めたらお説教してやろうと思ってたのよ、まずは軽く三時間コースね!」

「うわぁああああん! ごめんなさぃいいい!」

「待ちなさいこらぁ!」

 

 逃げるぼくを先輩が追う。

 まわりのポケモンは呆気にとられていたけど、だんだん笑いが起きて、最後には「逃げ切れー!」とか「捕まえろー!」って声援まで飛んできた。

 

 だからぼくは、いちばん近くにいたグライオンにタッチした。

 

「はい、君も逃げないと先輩に叱られるよ!」

「げげ〜っ!? とんだとばっちりでやんす〜!」

 

 慌てて羽ばたく。ぼくは次々にタッチして、みんな叱られ仲間にしちゃった。きゃあきゃあ笑って逃げていく。

 

 すると、先輩もタッチしはじめた。

「一緒に説教してくれるひと募集中よ! あの生意気リオルをとっちめてやりましょ!」

 みんなノリノリで追いかけてきた。

 

 そんな感じで、最終的にすごく大勢での鬼ごっこが始まった。

 やっぱ鬼ごっこはこうでなくちゃね。見てるだけなんて、つまらないでしょ? 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「みんな楽しそぉ。みみぃも行くう」

 

 ミミロップが朗らかに走っていく。広場にはチャーレムとマニューラ、そしてラナンだけが残された。

 

 チャーレムが問う。

 

「オレを治して、その後どうする」

「どうもしませんわ」

 

 ラナンの答えは明快だった。

 

「治療が済むまでは一緒に居ていただきますけれど、その後はあなたの自由ですわよ」

 

 マニューラが首を傾げる。

 

「このひとが欲しいから連れてくんじゃないの?」

「──ふっ」

 

 ラナンは立ち上がり、バサァっ! と白衣を翻した。

 

「たしかにあなたはとっっっっても魅力的でしてよ! テレポートを使えるチャーレムなんて世界ひろしといえども貴方くらいのものでしょう。

 で・す・が! わたくし自慢ですけれど、ポケモンを無理やり仲間に引き入れたことは未だかつてありませんのよ! 

 留まるも自由! 出ていくも自由! 

 あるがままに生きる! それがわたくしラナンキュラスの座右の銘(生き様)ですわ〜! おーっほっほっほ!」

 

 マニューラたちは目を丸くした。色々な意味で、見たことのないニンゲンだった。

 

「……どうする? あたしは、レムが元気な体になれるなら、その方が嬉しい」

 

 チャーレムは口を噤んだ。目を瞑り、吹きすぎる風に身を任す。

 気持ちのいい風だった。

 煙草がなくとも、穏やかな心になれたのはいつぶりだろうか。

 いつも何となく死にたくなっていた気持ちが、すっかりどこかに失せている。

 

 ──もうすこし、生きてもいいかもしれない。

 

 

「……行くか」

 

 

 マニューラが再び抱きつく。

 空は、どこまでも晴れ渡っていた。

 




読了したみなさま、お疲れ様でした。
さぞ長かったかと思います。
少しでも楽しんでいただけていたら感無量です。

今回の話は活動報告にてもう少し詳しい後書きを書こうかとおもってます。
ご興味ありましたら、そちらも覗いてみてください。

感想、評価いつも本当にありがとうございます。
誇張抜きで生きる糧です。
今後も頑張ります。

読みやすい文字数は次のうちどれですか?

  • 2000〜5000字程度
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