土屋 四方様、怪猫蜜佳様、誤差報告ありがとうございます
7話:序章
春、木々が萌え動物達が盛んに動き出す季節。
今年も国立魔法大学付属第一高等学校の新入生達が期待に胸を膨らませながら学校に向かっている。
そんな中、一人の男が舞い散る桜にすら憐憫を向けながら歩いていた。
男の名はスコープ・ライノール。ドイツの名家であり、西暦以前より続くとされる魔術師の家系であるライノール家の出だが、母が激化する後継者争いから我が子を守る為に妊娠したまま日本に亡命。
本来ならば許される筈もない亡命であったが、当時外務次官であった間桐鷲男がその境遇に痛く同情した結果、監視付きではあるが日本への移住が認められた。
そうした事情もあって2079年1月9日にスコープは東京で生まれた。
古くから続く名家の血を引くが故にその能力も卓越しており、現代魔法に対して著しい適正を持ちながらも魔術と呼ばれる古式魔法の体系の才能も持ち合わせる秀才であり、
───魔神柱の端末でもある。
その目的は司波達也の利用。
ブリシサンは『鍵』を用いた後に虚数空間に戻さずに手元に置いた。現実世界に顕現できない魔神柱達にしてみれば歯痒い事この上ない。故に魔神柱達は人間を利用してブリシサンから『鍵』を奪取しようとしたのだ。
多くの魔術に適性を持ち、積み上げた経験と技術を駆使するブリシサンを倒す事は容易ではない。と、言うよりも正規の手段ではまず不可能である。
現在では古式魔法師と呼ばれている魔術師ではブリシサンの使い魔を突破する事すら不可能だ。
千年を超える神秘を持ちながらも世界の表側に留まり、ブリシサンに仕える使い魔となった『蛇』『獅子』『狼』『鴉』は一体一体が天災をも超越する怪物でありその神秘もあって魔術師程度に太刀打ちできる存在ではない。
さらに言ってしまえば魔神柱達が唆そうとしても無意味な我が強い存在ばかりである為にこの案は破棄された。
ならば、と現代魔法師に目を向けても魔神柱達が要求する基準を満たす者は皆無。
しかし、2079年4月24日に事情が変わった。司波達也、「分解」と「再成」の魔法を持つ男の誕生は魔神柱に光明を与えた。
ブリシサンの相手をさせるには少し不安が残るが、それでも魔神柱達が要求する基準を満たしている。さらに魔神柱達が知識と理論を提供すればブリシサンを殺害する事も不可能ではないだろう。
そのように思案しながらスコープはベンチに座って
■
「納得いきません」
そんな一言から始まった可愛い妹との会話を終え、読書でもしようと中庭を散策していれば読書に丁度良いベンチを見つけた。
尤も、既に先客がいたのだが。
先にベンチに腰掛けて読書をしている男の顔立ちは彫りが深く、少なくとも純日本人ではなさそうだと窺わせる。
その上で着ている制服には八枚の花弁のエンブレムが刻まれていて一科生だと教えてくれる。
何事も起きないように祈りつつその隣に座ると彼は丁度俺に気付いたようで読書を中断して挨拶をしてきた。
「こんにちは。君も読書をしに来たのかい?」
予想に反して穏やかな挨拶に少しだけ拍子抜けする。挨拶をされたならば挨拶を返さないのは失礼だろうと思い、挨拶を返す。
「こんにちは。俺も此処で読書しても良いか?」
男は変わらない穏やかな微笑みを浮かべたまま質問に答えた。
「構わないとも。むしろ喜んで歓迎するさ。私の名前はスコープ、スコープ・ライノールだ。気軽にスコープと呼んで欲しい。」
「ライノールは母方の苗字でね。父が日本人でドイツで母と結婚したんだ。父はその後まもなく亡くなってしまったが、母が父が亡くなった後に日本に亡命して来たんだ。」
スコープはそこまで言い終わると、言葉を止めて俺を見てきた。
ここまで教えてもらって無視するのは些か礼儀に欠けるだろう。
俺もまた口を開いて自己紹介をした。
「そうか。わかった、スコープ。俺の名前は司波達也。妹も入学しているから達也と呼んでくれて構わない。魔法は不得意だが、一応魔法工学と魔法理論は得意と呼べる筈だ」
俺の自己紹介を受けてスコープは不意に文字と数字の羅列を見せてくる。
「こうして会ったのも何かの縁だ。連絡先でも交換しないかい?」
「構わない。しかし良いのか?二科生と仲良くするなんて」
「問題ないとも。私は運命の出会いとか宿命のライバルとか、そういう数奇を重要視しているんだ。」
そうして連絡先を交換した後、スコープはとある資料を見せてきた。
見た限りではどうやら魔法理論の資料のようだ。スコープが言葉を続ける。
「実は恥ずかしながら些か行き詰まっていてね。それでよければ少し改善点を教えて欲しいんだ。一応私もそれなりには魔法理論が得意だが、一人ではどうしても限界があって…」
「いや、良く練り上げられている。真空創造の魔法か?」
「そう。この資料自体が母が研究していた切断に関する魔法理論でね、今は母から受け継いで私が研究しているんだ。」
「所感でいいか?俺としては真空による切断を目的とするなら収束系じゃなくて移動系に切り替えた方がいいと思うぞ。速度的にこの魔法じゃ時間が掛かり過ぎる。」
「私も切断するだけなら移動系の方がいいとは思うけど、収束系の方が効果を発揮するまで長い代わりに長続きするから罠として使えるんだ。」
「時間経過で切断を行う魔法という事か。ならば線ではなく面の方が良いんじゃないか?相手に気付かれにくい利点を活かして罠として使うのなら面の方が効果的だろう。」
「確かに大人数を相手にするならば面の方が効果的だね。面にするなら障壁としても使えるのかもしれない。」
俺は目の前の男と会話をしながら内心で安堵した。性格にも特筆すべき問題は見られず俺より先にベンチに座っていた為に、自らに俺に近付いて来た訳でも無い筈だ。
身体を鍛えている上にあまり表情が出にくいせいか友達付き合いという物が少なかったが、この調子で仲良くなれるのならば他の生徒とも問題はないだろう。
「私も母に尋ねた事があるよ。そうしたらアトラス院の兵器を再現しようとして作った魔法だって返されてね。」
そんな思案をしていると聞き慣れない単語が聞こえた。
「アトラス院?」
思わず言葉が漏れてしまう。俺が今まで一度も聞いた事のなかった単語を知っている目の前の男へ疑問が湧き上がる。
「私も母からの又聞きしただけなんだけどね。なんでも
「……創れるのなら
「私もそう思うがね。まぁ、母も祖父から聞いただけだと言っていたし存在するかどうかもさえも眉唾だろう。」
そんな風に雑談に興じていると、一人の女性が俺たちに声を掛けてきた。
「新入生ですね?開場の時間ですよ。」
声を掛けられた方向へ顔を向ける。
そこに立っていたのはCADを携えた女子生徒であった。
(学校内でCADを携行している。と、なれば風紀委員か生徒会役員か?)
声を掛けてきた女子生徒の素性を一瞬で推察する。
警戒を解いて返事をしようとする前にスコープが口を開いた。
「気を遣わせてしまって申し訳ない。話に熱中していて時間を忘れてしまっていた。達也も私の長話に付き合わせてしまってすまなかった。」
スコープばかりに責任を負わせるのも申し訳ないと判断して、俺も口を開く。
「いや、実に有意義な時間だった。謝罪なんて以ての外だ。むしろこちらから感謝をしたいくらいだよ、スコープ。」
そんな俺達の会話を聞いて女子生徒もまた口を開いた。
「貴方があの司波君ね。ペーパーテストでは7教科平均96点、中でも魔法理論と魔法工学は小論文含めて満点という前代未聞の高得点を叩き出した天才だと先生達の間でも噂になっていたわよ。」
そんな当たり前のように暴露された俺の成績を聞いたスコープは、しかし何の動揺を顔に出さず笑顔のまま口を開いて俺に賛辞の言葉を贈ってくる。
「素晴らしい成績じゃないか!そんなに凄いなら謙遜なんかしなくてもよかったんじゃないか?」
見た限りでは一切の嫌味がなく、本心から言っているように見える。
……素直に褒められると少し気恥ずかしくなってきて、思わず顔を背けてしまう。
そんな俺達のやり取りを気に留めずにまた女子生徒が口を開く。
「ライノール君も先生達の間で話題になっていたわよ。ペーパーテストは7教科平均94点、魔法実技でも好成績を叩き出した新入生次席。」
「いやぁ恐縮です。偶々運が良かっただけですよ。」
「俺には謙遜するなと言っておいて自分は謙遜か?スコープ。」
そんな中何処かで見たような気がする白衣を着た若い女性が慌てて駆け寄ってきて女子生徒に声を掛けた。
「七草さーん。そろそろ入学式が始まっちゃうので早く誘導を済ませてくださーい。」
「ロマニちゃん。いつもはサボってばっかりなのに今日は真面目なのね。感心しちゃったわ。」
「Dr.ロマンって呼んで欲しいっていつも言ってるじゃないですか!新入生ですよね。生徒会長がご迷惑をおかけして申し訳ありません。そろそろ入学式が始まりそうなので会場に入場をお願いします。場所はわかりますか?」
どうやら女子生徒を呼びに来た側の人間らしい。
そしてあの女子生徒はこの学校の生徒会長である、と。この学校の生徒会長と言えば十氏族の七草家長女である七草真由美か。
女子生徒の正体に見当がつく。
ベンチから立って軽く会釈をしてから俺達は会場へと向かった。
■
同時刻、魔神柱の霊基が満ちる獣の宙域にて
『フラウロスより報告。ファーストコンタクトは上々。警戒されすぎないようにするという第一目標は達成したと見て良いだろう』
『バルバトスより確認。「分解」と「再成」については知らないという体での交流が望ましい。情報の管理には細心の注意を払ってくれ』
『セーレより報告。アトラス院から盗み出した廃棄品のブランシュへの引き渡しに成功』
『マルファスより追記。アトラス院の廃棄品を通じて司波達也に魔法が使えない環境での戦闘を経験させる。ブリシサンの工房内に存在する反魔力圏を攻略する上で必要な経験を積ませる』
『アンドロマリウスより提議。安定の為にアトラス院を滅ぼす手段を求める』
『アモンより解答。現在アトラス院は外界と完全に遮断されている。配下の魔術師達を使おうとも中の錬金術師共を殺害するのは不可能であると結論付けられた』
『バラムより要請。現在ブリシサンが従えている幻想種とサーヴァントとの戦闘経験も積ませるべきだろう。サーヴァントの召喚を提案する』
『ゲーティアより通達。ブランシュとは別件でサーヴァントに第一高校を襲撃させる。サーヴァントの選定はバラムに委ねる』