俺達は十文字会頭の運転する車に乗って郊外の廃工場へと向かっていた。
先程の出来事が思い返される。不可視の暗殺者に醜悪なドラゴンゾンビ。現実離れしすぎていて今でも完全に受け入れる事が出来ないでいる。
アレは一体何だったのだろうか?そんな疑問を抱えたまま、俺達は廃工場に突入して……
絶句した。
赤、赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
視界を埋め尽くす程の赤色。血の匂いが漂っている。
(馬鹿な。何故察知できなかった。)
これ程の血の匂いに、外に居たとはいえ気付かない筈がない。
現場を観察する。死んでいるのは誰も彼もブランシュの構成員の様だ。
そんな俺達の前に一人の男が現れた。ヒョロッとした体つきにふち無しの伊達メガネ。学者か法律家といった趣の外見をしている。
間違いなく司一だろう。
だが、眼が赤い。不自然過ぎる状況を訝しんでいると、彼は仰々しく口を開いた。
『ようこそ我が祭壇へ。歓迎してやろう』
心が訴えてくる。コレは化け物だと。知的生命体だという事は理解できる。恐らく強いであろう事も。
だがこの怪物は強い弱いという問題ではない。形容するのならば『危険』という二文字が相応しい。
存在するだけで不安を振り撒くオーラを放っている。
無意識に震えていた身体を抑えながら問い掛ける。
「お前は何者だ?」
目の前の怪物は心底愉快そうに笑いながら俺の質問に答える。
『我が何者だと?決まっておろう。汝ら人間が悪魔と呼称する精神生命体こそが我である』
透明人間にグールにドラゴンに、更には悪魔。頭が痛くなってきた。非科学的のバーゲンセールか?
しかし、あの暗殺者はブランシュの構成員を殺害していた。少しでも情報を集める為に再度悪魔に質問をする。
「あの透明な暗殺者はお前の敵だったのか?」
その質問に悪魔が狼狽えたのがはっきりと認識できた。司一の顔が困惑に歪んでおり、悪魔自身も間抜けな声を漏らした。
『何それ……。ま、まぁ良い。余興だ、少し試してやろう』
そう言うや否や、悪魔はその指を振る。それに合わせて風が唸りを上げて襲い掛かってくる。
戦いの火蓋が切られた。
■
(透明化?ハサンの気配遮断を誤認したのか?演算速度を下げる為に神殿との結合を一時的に解除したのが裏目に出たか)
思考をしながらも攻撃の手は止めない。司一、否。今はセーレ魔人体と呼称されるべき存在が身体を動かす度に風が襲い掛かってゆく。
古式魔法、その中でも精霊魔法と呼ばれる魔法である。魔神とは存在自体が超高位の魔術式である。故に霊基を人間の範囲に収めているとはいえ、その能力は桁外れだ。
息を吸うように精霊を支配下に置く。最適化された手順によって幾重にも重ねられた風が司波達也に向けて吹き荒れる。
しかしその全てを十文字克人、西城レオンハルトが防御する。
セーレにしてみれば苛立ちが募るだけである。元より司波達也の強化だけがこの計画の目的だ。
時間もリソースも浪費できるだけあるとして、それが浪費する理由にはならない。
『面倒だ。その魔法とやらが使えなくなれば絶望するか?』
アトラス院から盗み出した礼装を起動させる。
それは1km圏内のサイオンを全て暴走させる礼装。
サイオンに入力された命令とは全く異なる挙動を取らせる礼装であるが、魔神柱にとっては何の意味もない。
暴走にはパターンがあり、それは既に解析済みだ。横に動けと命令して縦に動くのであれば、横に動くように命令を変更すれば良い話だ。
しかし人間はそうはいかない。魔神柱と比べて人間の演算能力は即座にパターンを解析する事が出来ない。
結果としてセーレのみが魔法を行使できる領域が形成された。
『だが多少はやるようだな、羽虫共。良かろう、我が真体の拝謁を許す』
しかしセーレにとって重要なのはこの後だ。魔法が使えない状態での理不尽な戦闘こそが経験させるべきモノ。
膨大な魔力が吹き荒れる。魔人体へと変化するだけで廃工場が吹き飛ぶ。
その禍々しい姿が土埃の中から現れる。身体中に張り付いた菱形の眼。幾重にも刻まれた回路。目も口も鼻も存在しない無貌。
『目障りだ。灰と化せ』
フォノンメーザーが放たれる。あらゆる魔法の使用が禁じられている状況下において、達也達には回避するしか手段がない。
避ける。避ける。避ける。迎撃も防御も考えない。全員が回避のみに専念しているが、セーレにとって重要なのは達也の成長だけであった。
両手に開かれた菱形の眼球よりフォノンメーザーが放たれる。その手が動くだけで破壊が齎される。
(想像以上に成長が早いな。一応今朝の時点ならば二、三回は被弾しても可笑しくはなかったが、順調にサーヴァントとの戦闘を糧にしている様で何よりだ)
■
襲いくる魔法を必死に躱す。魔法は発動不可。容赦のない攻撃を只管に耐え凌ぐ。
幸いにして、悪魔が狙っているのは俺個人。他の面々にも攻撃は行われているが、巻き添え程度だ。
魔法が使えない現状では物理攻撃しか行えないが、その為の武器もない上に通じるかも怪しい。
だが俺は勝利の確信を籠めた言葉を放った。
「
目の前の悪魔が動きを止める。その不審な行動に他の生徒は警戒を保ったまま静止する。
『小癪な。いつから気付いていた?』
俺は推測が的中した事を確信した。元々コイツの憑代となった司一はフォノンメーザーを放ち続けられる程の能力を持ってはいなかった。
限界を超えた魔法行使。ソレを可能にした悪魔の能力は恐るべき物だがタダで済む筈もない。
悪魔が人間の姿に戻っていく。司一の姿には亀裂が刻まれており、ボロボロと崩れ始めていた。
『だが認めてやろう、貴様らの
消えてゆく。光の粒子となって消えてゆく。
後には破壊の跡しか残されていなかった。
「さすがはお兄様です。私では思い至れなかった…」
「よしてくれ、深雪。結局耐え凌ぐだけしかできなかった。」
思案する。自分が魔法を使えず、敵は魔法を使える状況下での戦闘。徒手格闘で倒せるに越した事はないが、それが困難な相手に対しても有効な手段を備えておかなくてはならないだろう。
例え魔法が使えれば圧倒できる相手であっても環境次第では逆に殺されかねない。
魔術、というモノについても出来る限り学習すべきだろう。
俺達は廃工場を捜索するべく気化した血霧の中を進み始めた。
■
ブランシュ事件(仮)報告書
この事件はブランシュと国立魔法大学附属第一高校との間に発生した事件だが、他の組織の関与も疑われている為、仮称としてブランシュ事件とされる。
本事件は2095年4月23日(土)の昼過ぎに行われた。
襲撃犯はブランシュ構成員と、正体不明の暗殺者。そして正体不明の暗殺者より持ち込まれた生物兵器(仮)である。
ブランシュ構成員は速やかに鎮圧されたが、暗殺者はブランシュ構成員を殺害した現場である特別閲覧室にて風紀委員である司波達也と交戦。
乱入したスコープ・ライノールと司波達也によって殺害されるも、新種の生物兵器(仮)が出現。
その場に居た壬生沙耶香、スコープ・ライノールに火傷を負わせるも司波達也とスコープ・ライノールによって撃破された。
その後、一部の生徒がブランシュが拠点としていた廃工場に突撃。その場にて司一と思われる人物と交戦し殺害。
廃工場に設置されていたアンティ・ナイトと新種類の
正体不明の暗殺者については、生徒の証言や司一の供述によって英国の非合法古式魔法師団体である「時計塔」のエージェントだと推察される。
今回の事件では第一高校を襲撃したブランシュ、そしてブランシュに敵対する「時計塔」の二つの組織が関与していると見られており、以後は警備体制の一新を図る。
また今回の事件を通して医療部門のトップであるロマニ・アーキマンによって毎月のメンタルチェックが提言され、受理された。
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『セーレより帰還。情報の開示を……貴様の仕業かァ!』
『バラムより弁解。結果的には問題はなかった。寧ろ想定以上の成長を観測できた』
『フラウロスより反論。我の端末が一時的行動不能となった。司波達也を成長させたのは評価するが竜種はやり過ぎだ』
『アイムより提案。九校戦辞退を勧める。情報秘匿の点においては高い効果を発揮するだろう』
『ザガンより追記。サーヴァントの襲撃は時計塔の仕業と印象付けたい。九校戦へのサーヴァントによる襲撃は不自然だ』
『ブネより提言。サーヴァントの選定は共同で行うべきである』
『ゲーティアより通達する。過半数を超える賛成を確認、サーヴァントの共同選定を承認する』
『サブナックより苦情。司一の霊基損傷著しく、活動限界が間近となっている』
『グレモリーより報告。司波達也を思慕して──』
『ウヴァルより拒否。破局は断じて認めん』
『ゼパルより罵倒。黙れ、貴様の妄想を垂れ流すな』
『ベレトより提案。召喚するサーヴァントは平景清などどうだろうか?』
『ベリアルより疑問。何故そのサーヴァントを薦める?』
『ベレトより回答。正面戦闘においてはアサシンを上回り、更にアヴェンジャーならば我々の理想に賛同するであろうと考えたからだ』
『ゲーティアより通達。我々が次に行動するのは大亜細亜連合による侵攻時となる。それまでに各自準備を整えておけ』
諸行無常・盛者必衰:対象を存在ごと削り取る。
魔神セーレ
伝承においては
「序列70位。
26の軍団を支配する地獄の君主。
移動したりものを運んだりする事に対してずば抜けた能力と才能を持っており、瞬きする間に如何なる物でも世界中のどこにでも運んだり盗み出せる事が可能。 」
とされる魔神である。
その能力は空間跳躍。魔神柱達の計画的にはかなり重要なポジション。