友人であるレオにエリカ、美月と幹比古と共に達也に手を振る。
私は論文コンペ用の装置の成功に喜ぶ生徒達を無視して平河千秋に声を掛けた。オレとしてはこの役回りは他の誰かにやってもらいたかったが、ボクと私は寧ろ普通に声を掛ける事を選んだ。
彼女の挙動に不審がるように声を掛ける演技をする。
「すまない。大丈夫か、ね…」
二本の刀が振るわれる。その刃が私の肉体を斬り裂く。
痣丸。命ある霊長が触れて無事でいられはしない妖刀。
無論現在は人間の形態を取っている私にとっても例外ではない。デミ・サーヴァントと化した事によって強化された単純な攻撃によって胸部に裂傷を負う。
そしてすかさずボクが表情を苦悶に歪める。私が他の魔神柱の因子を取り込んでよかったと思えるのはこういう点だ。
表情を人間らしく変えるのを他に任せて目の前の事象に対応できるのは実に良い。
そして加速系魔法を使う。司波達也目掛けて振り下ろされた刃が減速する。司波達也が減速した刃を躱した直後に護衛としてついていた壬生沙耶香と桐原武明、そして同伴していた千葉エリカと西城レオンハルトが臨戦態勢へと速やかに移行する。
「死に候え」
霧が放たれる。痣丸を用いた霧の妖術であり、見事に役目を果たした。
突如として現れた霧に一瞬だけではあるが場の動きが止まった。
それを見逃す
宝具が開放される。怨念の結集たる痣丸が元の姿である巨大な一太刀へと回帰する。
それは平家の怨念を一刀に込めて放たれる呪詛の一撃。
回避しようとするも、デミ・サーヴァントとしての身体能力がこの一刀を叩き込む為だけに使われるが故に逃れられない。
「沙羅双樹の花の色、即ちこの世の摂理を知るがいい。諸行無常・盛者必衰!」
ソレは不変を否定する摂理を刃として、対象を存在ごと削り取る一撃。
その特殊効果は司波達也にとっては致命的なモノだろう。存在ごと削り取るというのは伊達ではない。
自己修復術式すらも無効化する致命の刃。司波達也の命に届き得る必殺の一撃。
別に司波達也を殺す事が目的ではないので私は移動系魔法で後ろにズラす。同時にボクが表情を適切な形へと変形させ、オレが咄嗟を装って声を出す。
「達也!」
計算上は少し切り傷を負うだけだ。デミ・サーヴァントの力があろうとも限界というモノが存在している。
更に我々が干渉する事によって被害を抑える。今回の目的は自身を殺傷可能な存在との耐久戦だ。事前に相手が自己修復術式を無効化できる切り札を所持していると認識させなければならない。
ないとは思いたいが、油断をして首を刎ね飛ばされれば普通に致命傷だ。最初に経験させておくべきだろう。
そんな魔神の思惑を復讐者は超える。執念によって情報室の予測を超えた加速をした刃が司波達也の腕を断ち斬る。
自己修復術式が発動するも、エイドスの一部が呪詛によって破壊された為に機能不全に陥る。
……オレもう人間の感情を計画に組み込むのやめたいんだけど。ボクとしてはある程度測ってから使う方が良いと思うんだけど。私はグシオンの能力で付与すれば不確定要素は無いから問題ないと思うのだが。
現実逃避やめようぜ。腕、どうするよ?
我々は憂鬱な気分になった。
■
重傷。そんな言葉は何度も耳にした事があるし何度も治してきた。とはいえ今回は少し様子が違った。
見た限りでは刃物による切断。それも唯の刀ではなく妖刀による切り傷と来たモノだ。
思わず溜息を吐いてしまう。解呪の経験もあるにはあるのだが流石にこれ程の呪いは解いた事がない。
肉が腐敗するだの身体が石になるだのと云った呪いは見た事があるのだが概念系の呪いともなれば大仕事だ。
物理的な傷はスコープ・ライノールの方が深い。胸部に一閃、肉が抉れて肋骨まで削れている。僕としては見慣れた光景だが生徒には刺激が強すぎるかもしれない。
一方で呪いとして見ると司波達也の方が深い。腕を概念系の攻撃で切断されている。接合すればギリギリ行けるか?
そして平河千秋。彼女は怨念が取り憑いてるから古式魔法師にでも任せればいいだろう。十何人かいれば抑える程度なら可能だ。
取り敢えず暴れる平河さんを抑えながら思考をする。
「安宿さん。ちょっとこの子をお願いね。」
「わかりましたロマン先生。此方の二人は?」
「僕が処置します。手術室を使うので少し抜けます。」
「頑張ってくださいね。」
同僚というか一応ではあるが部下という扱いになっている同僚に彼女を任せる。麻酔を彼女の身体に打ち込む。意識を一時的にシャットダウンさせる。拘束具は部屋の中にあるから安宿先生に拘束して貰えば問題はない。
……何で拘束具を買ったのかは記憶にない。酒呑んだら次の日にはあったしレシートもあったから買ったのは理解できるが何故其処に至ったのかを理解できないのだ。形は生前嫁との…
いやそんな事よりも治療だろう。手術室に二人を連れ込む。少しばかり大手術になりそうだ。
■
……普通に治療されたな。あの女医、何であんなに手際が良いんだ?
まあ良い。戦闘力は無いに等しい、いざとなれば即刻始末できる程度だ。オレは彼女を利用できないか思考する。異常な程の手腕はこの先も利用価値があるだろう。そんな考えを私が否定する。今さっき利用しようとした
思考をしながら歩く。別に平河千秋は捕獲されても問題ない。平景清は大亜細亜連合の兵士共に転写し続ければ連戦にできる。無論使い回しであるが故に一度に一騎しか戦えないが我々自らが転写する必要もない。
帰宅する。香ばしい匂いが漂ってくる。今日はカレーだったか、栄養は身体を作るうえで大事だからなしっかり気を配らなくては。
母である女性を見る。哀れな人だと、遥か遠い祖先の業に振り回された被害者だと言える女性だ。目的の為に思考誘導したし産んだ子が最初から私だったと考えれば同情せざるを得ないだろう。
だが勝手ながらも私は彼女に親しみを抱いている。ボクともオレとも異なり私は共に十数年間を過ごしてきたのだから当たり前とでも言うべきだろうか。魔術師としては間違いなく天才であったが、料理は少し奇天烈であった。彼女はあくまで我々の誘導を受けているだけであり我々の端末ではない。
「大丈夫なの?スコープ」
声が掛けられる。恐らくは学校で怪我をした件だろう。計算の内ではあるが心配をさせてしまっていたようだ。申し訳なさそうな顔をして謝罪をする。
「心配させてごめん。今は何ともないさ。」
食卓に目を向ける。赤い『何か』がある。形容するのならば『危険』という二文字が相応しいだろう存在。
ボクとオレが騒ぐ、まだこの料理に慣れていないのだろう。私はもう慣れているから問題ない。別に味覚がおかしくなったとかそういう訳ではなくて、ほぼ毎日食べてたら慣れるというだけだ。
私は目の前の煉獄に挑んだ。ボクとオレは地獄を味わった。