私は目の前の発表に耳を澄ませていた。
ボクとしてはあまり興味はないがオレとしては大変素晴らしいと思わざるを得ない研究であった。
未来こそが至上なのだ。その点からの発表には好感が持てる。魔法師の軍事利用からの転換という未来の為の研究ならば賞賛しなくてどうするというのだ。
拍手喝采をする。例え我々の理想とは直接な関係がなかろうとも未来を目指したその理想は讃えて然るべきだ。
同時に私が思考をする。コレの利用はできないだろう。我々の理想を叶える為にはエネルギーが、熱量が必要だ。膨大な熱量がなくては計画の達成はない。目の前の装置は確かに多くのエネルギーを生産可能だが計画に組み込むには足りない。利用する程の旨味がない。
無意味な空想を描く。無価値な夢想を想う。
もしも、我々が人理補正式として動いていたのならば。魔法師の軍事利用等起きなかったのではないかのか。三千年、そう三千年もの時間を我々は計画の達成の為に浪費してきた。人理焼却の為に準備を行ってきた。
我々はかつて人間と未来に価値は無いと断じた。
数多の悲劇、数多の裏切り、数多の簒奪、数多の憎悪を見てきた。
だが我々が人類を補正していれば結果は変わったのではないのだろうか。人智を超越する高次元の知性体である我々ならば合理的に人類を支配できたのではないのか。
所詮は空想であり夢想であり妄想であり仮想でしかない。無意味で無価値で無意義なモノでしかない。
思考を打ち切る。会場に爆音と振動が届く。今回の私の役割はフォロー役。幾らあの女医の腕が良くても司波達也は一度腕を切断されている。最悪の事態を想定しなければならないしイレギュラーはなるべく排除する必要がある。
欲を言えば平景清は安全性の為に再改造したかったが更なる暴走が発生する可能性から断念せざるを得なかった。
そう考えている内にゲリラ兵が会場に侵入する。構えているのは対魔法師用の小銃、此処ら辺が頃合いだろう。
魔法陣が虚空に浮かび上がる。そして魔法陣の出現から数瞬もしない内に異様な風体の男が虚空から現れる。
手には刀を二本持ち、身体には鬼のような装飾が施された鎧を身に纏っている。そして纏う空気は重々しく禍々しい。此れなるは平景清、伝説においては実に三十七回も源頼朝を襲撃した怪人。
平家の怨念の化身とも言える存在であり、源氏に怨みを持つ者は誰であれ須く平景清となる。
司波達也にとっては一度戦ったと言える相手だ。
平河千秋の件を通してそのスペックは既に解明されている。魔法師でも対応が極めて困難な身体能力、触れるだけで呪いを流し込む二本の刀、そして数秒程の詠唱によって行使される摂理の刃。
最も危険視されているのは最後の摂理の刃である。身体能力と刀の呪いだけでも殆どの人間は瞬殺できるが司波達也に対してはその二つよりも摂理の刃の方が有効である。
しかし自己修復術式を貫通する摂理の刃は司波達也の不死性を突破できる手段であるが、真名解放まで数秒の時間が存在する。
実際司波達也は摂理の刃によって深手を負わされており、それ故に男が現れた時点で偽装を放棄して出せる限りの全力で雲散霧消を放つ。
本来ならば霊的存在であるサーヴァントには物質に作用する形で効果を発揮する雲散霧消が効かないが平景清がデミ・サーヴァントとして人間の肉体に憑依していた為にその効果が発揮された。
崩れてゆく肉体。時間神殿より送られた特攻兵は傷一つ付けられずに塵と化すが、彼が内包していた怨念が活動を開始する。源氏鏖殺に向けて邁進する怨の一文字背負いし復讐者が解き放たれる。
尤も現状、それを知るのは魔神のみであったが。
■
同時刻。国立魔法大学付属立川病院の病室の一室にて一人の男が倒れ伏していた。傍には病室のベッドに眠らされている平河千秋と銃口を男に向けている女医の姿がある。
事の発端はセーレが平河千秋を口封じとして殺害しようとした所から始まる。
麻酔によって昏睡状態へと強制的に移行させられた平河千秋から怨念、平景清を剥離させる為の古式魔法師の集団が来訪する日程が正式に決定された事もあり魔神柱は横浜での騒乱に乗じて平河千秋を殺害する計画が建てられた。
既に呂剛虎によって襲撃されていようと関係ない。一度襲撃された事によって更に強化された警備に臆する事もない。
観測所からの情報によって警備の情報なぞ全て既知のモノでしかない。デミ・サーヴァントとしての頑健な身体もおよそ魔神柱にとっては障害にすらならない。
実行犯はセーレ。霊基を維持する為に司一の姿での行動であったが並の魔法師なら一蹴できるだけの能力は備えられていた。
ましてや平河千秋の傍に居るのはロマニ・アーキマンのみ。銃器を所持していたようだが一時間前から仮眠に突入していた為にセーレは気付かれない内に殺害しようと平景清を転送するのと同時に転移して……。
頭部が破砕された。凶器が拳銃である事は理解できる。黒色で艶のある重厚なボディの拳銃。魔神柱達は知る由もないだろうがその拳銃は対幻想種用に純粋な科学技術で作られたロマニ自作の武器でありロマンが詰め込まれた逸品である。威力も桁違いで一撃で人間の頭部を消滅させる程である。
だがセーレが驚愕したのは其処ではない。さっきまでこの女は寝ていた筈なのだ。なのに魔法陣が浮かび上がった瞬間に発砲し、セーレが転移した時には弾丸が目前に迫っていた。
頭部が消滅する。血飛沫を上げる暇さえない。特製の銃弾はその衝撃によって
その余波によって頭部だけが欠損している人型の肉塊が後方へと吹き飛ぼうとして……
二発目が放たれる。間違いなく普通の人間に対しては過剰と呼べる攻撃。だが目の前の魔人は普通ではない。頭部を喪失して尚稼働する魔人に取り憑かれた者の末路は微かに指を動かそうとしていた。魔法師でもない人間程度ならそれだけの挙動で殺せる。
だがその挙動も心臓を消滅させられた余波によって狂う。出鱈目な挙動を描いた指に合わせて風がDr.ロマンに対して襲い掛かる。が、風はその右腕を切断するに留まった。頭部を吹き飛ばしても油断せずに即座に二発目を放つ判断を下したDr.ロマンを讃えるべきか、或いは頭部を消滅させられたにも関わらず命中すれば確実に相手を仕留められる程の魔法式を組み上げた魔人を讃えるべきか。
意見は分かれるかもしれないが、しかしこの刹那の邂逅でセーレ魔人体が討滅されDr.ロマンが右腕を切断された事は事実であった。
目の前の死体を見下ろしながら僕は考える。人を殺し右腕を断たれた直後にも関わらず、椅子に座りながら思考をしているのだから全く知らない人から見れば狂人だろう。そんな考えが少し浮かぶが構わずに思考をする。
(これで魔神柱の動きは大分停滞するだろう。現実世界で制限なく使える手駒を喪失したのだから現在出来るのは英霊によって討滅されるのも厭わずに魔神柱を顕現させる事のみ。)
そんな思考を巡らせながらも女医は手を止めずに己自身を治療する。腕を繋げ終わる。輸血の為の血液パックを手に入れるべくナースコールを押す。
急いでやって来たナースに簡単に事情を説明して輸血パックを求める。本来ならばセーレの死体については隠蔽したい所だが魔神柱の注目が集まっている都合上そうもいかない。
僕は帰りにレバーでも買おうと決心した。
■
脅威を排除した俺は襲撃してきた兵士に目を向けていた。先程殺した存在に比べれば楽勝だろう。尤も隠したかった雲散霧消を使ってしまったが使わなければ危なかったのだから仕方ない。凶弾を防ぎ、ナイフで襲い掛かってきた敵の腕を切り落とす。単純作業でしかない。そのまま鳩尾を拳で穿つ。そうして男は崩れ落ち──
──斬られる。目の前には先程と同じ様な鎧と二本の刀を持つ武者。一瞬混乱する。既に脅威を排除したという自分でも気付けない程の僅かな油断がこの結果に繋がっていた。
胴体を両断された事によって自己修復術式が発動する。一秒にも満たない刹那で肉体が修復されたが、再度切断される。
先程は魔法陣による予兆に対応して全力を出せた故に殺せたが、近距離まで近付かれた上に自己修復術式を発動させられてしまっている。
攻撃ができない隙をついて更に司波達也を殺そうとした平景清に対し、咄嗟に一条将輝によって放たれた爆裂が直撃する。
下半身を吹き飛ばされる男。だが死体を怨念が動かしているという特性上、下半身を吹き飛ばされただけで止まる筈もない。
テケテケという妖怪がいる。下半身が吹き飛ばされた男の姿はそれに類似するモノであった。違いを挙げるとするならば殺意の濃度であろうか?
怨念によって動かされる死体が源氏を鏖殺すべく駆動し続ける。腕だけで推進力を生み出し刀を突き立てる。血肉を咀嚼する。
無論そんな状態での攻撃が痛打になる訳でもない。その執念に恐ろしい物を感じつつも避ける。
そして俺を傷付けた事に怒った深雪が魔法を男に撃ち込む。瞬時に鎧と刀が塵と化す。
(何がトリガーだ?どういう仕組みか理解できない。死ぬ事がトリガーならば平河千秋が死んでいないのはおかしい、)
死した味方の変貌に硬直し、その隙に殺された侵入兵の死体が微かに動いた。
景清は不死身だ。屍と経験を積み上げて動き続ける怨霊だ。死んでは対策し死んでは蘇る。
その日司波達也は三十七度も平景清に襲撃され、その全てを退けた。
自己修復術式使用回数四十九回、宝具を受ける事三回、然れども死ぬ事はなかった。