18話:送別
目障り。私にとって灼熱のハロウィン以降のDr.ロマンを形容するのに最も相応しい言葉はそれであった。
彼女は魔神柱を認識している。故に即座に排除したいのだが英霊召喚に引っ掛からずに行動できるのが現状私しかいない。魔神柱を投入しても英霊に殺されるだろうし、私が殺そうとしても常に警戒している。
一人でいる時には常に警戒を続け、人の目がある所で効率的に休息するなどといった姑息な手段で私の手から逃れている。
ボクとオレにとっても合理的だとは思うが苛立ちが募る。いや、今もアフリカ大陸で延々と狩られ続けている同胞の苦痛に比べれば遥かにマシではあるが。
只管に再誕しては英霊と一緒にブリシサン一行に交代制で狩られるのは遠慮したい。最早作業みたいに伐採されてるからな。
夜はクー・フーリンに戦闘させて昼は歩きながらブリシサンとウッドワスが戦闘。神杯も飽きたのか同じ英霊達を延々と使う始末。
肉体的には問題ないだろうが精神的には疲弊しているだろう。疲弊してるといいなぁ。一応移動速度を少しは遅らせられている以上効果はある筈である。
世界各国に我々の存在が認識されているが虚数魔術を使える存在が極僅かである故に時間神殿にはどうやっても辿り着けない故に問題ない。
寧ろブリシサンを危険視して戦略級魔法でも撃ち込んで貰いたいものだ。流石の奴でも戦略級魔法は防げないのだから虚数空間に避難するだろうし、其処で打倒できれば万々歳だ。
尤も確実にそんな事はないと断言できるが。何せ裏切りの魔女が召喚されている。我々が戦略級魔法を使おうとする度に奴の宝具で初期化されている。腹立たしい事この上ない。
そんな事を私、スコープ・ライノールは北山雫の送別会で考えていた。交換留学の許可が下りた件については灼熱のハロウィン以外にも我々のアフリカ方面での活動が一因となっているのであろう。
ブリシサン一行と我々の衝突で少なくない被害が出ている。単純に焼け野原になっているのではない。寧ろ我々は魔力照射以外の攻撃は忌々しい魔女の宝具によって行えない。
問題はブリシサンの真エーテル生成だ。真エーテルに触れるだけで破裂して死亡する事例が多すぎて禁足地認定されている。この分だと奴らが日本に辿り着いても入れて貰えないだろう。いい気味だ。
「留学先はアメリカの何処?」
意識を戻す。北山雫の留学先についての質問か。正直何処でも良い。彼女が死んだ所で少しばかり心が痛むだけだ、計画に支障はない。
「バークレー」
賢明な判断だ。素晴らしい、彼女に命の危機が迫らなくて良かった。行き先を調べる分のリソースも温存できたしファインプレーだ。
ケーキを味わう。クリームはまるで宝石のように煌めいており雪を連想させる白さだ。スポンジもまた素晴らしい。フワフワの食感がクリームと調和して神経を刺激する。
そして何よりも苺!赤い王冠、ケーキの主役!噛むだけで果汁が口内を迸り多幸感を齎してくれる。
でももうちょっと甘い方が好みだな。練乳を直接摂取する。ボクとオレとしてはお前の味覚はイカれちまったと言う他ない。甘さの暴力だ、今すぐにでも吐き出したい。
「その、食べている最中申し訳ないんだがスコープ。時計塔の院長について知っている事はあるか?」
…会話の流れについていけない。ウヴァル、グシオン。どういう会話の流れでこの質問が発せられた?
黙れ。お前の度を越した甘味好きのせいで意識が逸れていた。ボクもオレもわからないから適当に答えておけ。
「昔からずっと生きているよ、何でも千歳を優に超えるらしい。」
当たり障りのない返答をする。真エーテルとか使う魔術について答えたら何故知っているのかという事になってしまうからな。
「そ、そうか。ところで何本練乳を飲んでいるんだ…?」
少し引き攣った顔で達也が質問してくる。見回してみれば皆同じように顔を引き攣らせている。何かやってしまっただろうか?
練乳を口にぶち込んでれば当たり前だろうが、何さも周りがおかしいみたいな態度取ってんだ自覚しろこの甘味狂い。
やめようグシオン。こいつの頭は十数年の人間生活でイカれちまった。何も言っても無駄に違いないよ。きっと日々の激辛料理で味覚が壊れたんだ。
だとしても魔神ともあろうものが情けない。オレなら……いやでもあの料理を毎日食ってたら仕方ないかもしれないな。優しくしてあげよう。
「大丈夫。二十本は持って来たよ。」
((そういう事じゃないんだよなぁ))
……ボクが代わりに喋らせて貰うよフラウロス。頼むぞウヴァル、オレはちょっとフラウロス抑えてるから。貴様ら私の何が気に入らなかったのだ!
スコープ・ライノールが練乳をテーブルに置く。先程までの少し目が虚な姿から一瞬で平時の理知的な姿に戻った落差に一同が更に顔を引き攣らせた。
「で、時計塔の院長の話に戻るんだけど。」
「お前割とメンタル強いな。」
困惑の言葉が思わず口から出る。さっきまで己の異常性を隠しすらせずにさも当たり前と言わんばかりに見せつけ、ドン引かれていたというのに何事もなかったかのように話題を修正したのだから仕方ない。
「さっきのはジョークだよ、ジョーク。まさか本当に練乳をがぶ飲みする訳ないだろう?」
勿論嘘である。さっきまで本当に練乳をがぶ飲みしていた。全くもって面の皮が厚い限りである。
「そうか…そうか……」
見ろ、あの司波達也まで困惑している。私を抑えながら解説するなグシオン。黙れと言っただろうが!
「とにかく万能だね。大体の基礎魔術を極めて高い水準で修めているらしい。」
嘘ではない。事実殆どの基礎的な魔術を修めているけど結構な頻度で特異な魔術を使うだけだ。
というかDr.ロマン普通に眠ってるじゃねぇか。おぉ、今すぐにでも殺しに行きたいのにそれができねぇとは。
セーレがいれば話は違ったんだろうがね、それはそれとして女性の寝室の覗くのは些かどうかと思うが。
「スコープ。お前は、時計塔院長と接触するべきだと思うか?」
して欲しくない。切実に接触するのはやめて欲しい。頭の中で返答を組み立てる。接触しない方向に誘導しなければならない。
「やめた方が良いだろう。危険すぎる。」
適当に会話を交わす。時々飛んでくる質問に返事をしながら思考を巡らせる。議題はいつ司波達也を利用するかだ。
今すぐに魔法式を組み上げても制圧されるだけだ。故に魔法や魔術ではなく科学技術を用いた兵器で攻撃したい。現在時間神殿で威力の調整を行なっているが、実験がまだ終わっていない。
絶好のチャンスを逃すのは口惜しいが仕方あるまい。
本当に口惜しいが仕方ない!
■
僕はアラームの音に目を醒ました。時刻を見れば12月25月の午前一時ピッタリ。久しぶりによく眠れた気がする。
肉体面での健康はなんとか自分で調整できるが精神面での疲労はそうもいかない。正直常に警戒し続けるのはつらい。
魔神柱達に僕がソロモンだとバレないように情報を司波達也に提供したが多分アイツ僕の事とかあんまり護ってくれなさそうなんだよね。
魔神柱もブリシサンもやり過ぎなんだよなァ。戦略級魔法とかに比べれば抑えめだか二次被害が大きすぎる。そのせいで一切の信頼が得られない羽目になってしまったし。
電話が掛かってくる。名前は…司波達也。北山雫の留学送別会をしていた筈だが──スコープ・ライノールの予定は極力把握するようにしている──何の用だろうか?
「やあ達也君。夜更かしし過ぎると肌が荒れるから早めに済ませて欲しいね。」
嘘である。スコープ・ライノールが自由である限り僕は警戒を続けないといけない。何せ今の僕では簡単に殺されてしまう、次の瞬間に目の前に転移してこない保障もない。
「貴女は確か時計塔の院長と面識があった筈だ。」
ある。メチャメチャある。なんたって
「そうだね。随分とお世話になったよ。」
「ならアフリカでの行動の目的を教えてくれないか?」
アトラス院の兵器を入手する為。ではあるが、此処で答えていいのだろうか?無論魔神柱達は既に知っているだろうがどの程度まで彼に話せば良いのか。
「強力な兵器を入手する為だよ。じゃあさようなら」
「待t」
切る。会話に頭を使いたくない。一々演技をするのも飽きてきた。そもそも僕が居ても特に出来る事とかないんだよね。
ソロモンの姿に戻れば魔神柱を殲滅する事はできるかもしれないがゲーティアは無理だ。ネガ・サモンをゲーティアが持ってたら
それに僕には消える覚悟なんてない。抱ける筈もない。生きていたい、人生を謳歌したい。性根がどうしようもない凡人なのだ。
だから僕はブラックバレルに縋る。私が消えずにゲーティアを倒せるかもしれない
また、長い夜が始まった。
迷走している気がする。