夜の渋谷を二人の狩人が疾走する。スターズより脱走した衛星級兵士のサイオン波を追おうとして、
気絶した。否、気絶させられた。
路地裏から異形が這い出る。パラサイトとは異なり肉体自体が変異している悍ましい姿。
菱形の眼球がギョロギョロと蠢く。顔からは何本も醜悪な肉柱が屹立していて窺えない。上半身は露出しているがラクダのような毛に覆われている。
二人を気絶させた原理は簡単だ。不意打ちで酸素濃度を弄り昏睡させただけ。しかし死角から一瞬で行使されたが故に抵抗すら許されずに二人のハンターは地に沈んだ。
二人が追跡していた脱走兵。正確には脱走兵に宿るパラサイトに向けて異形の魔人が語り掛ける。
『我々と手を組まないか?パラサイト』
端的な問い掛け。魔人の目的は自由に動かせる手駒であり、その為にパラサイトに目を付けたのだ。
不気味に発光する赤い双眸がパラサイトに向けられる。パラサイトは突如現れた存在に対して警戒を維持したまま問い返す。
「我々にとってのメリットは?」
至極当然の質問であろう。無条件で働かせられる事を許容できるような精神をパラサイトはしていない。
故に問い掛けられたパラサイト側のメリットの提示を行う為に魔人は面倒臭そうに口を開いた。
『プシオンを供給してやろう。貴様らも枯渇していた頃だろう?』
傲岸不遜に魔人は答えを返す。それらプシオンを吸収しなければ存在できないパラサイトを嘲っているようでもあった。
実際そうなのだろう。魔人はあくまでも駒を必要としているだけであり、パラサイトの意志に全く興味がない。
だからこそパラサイトはその提案を拒否するのだ。
「断る。」
直感ではあるが、パラサイトは眼前の存在との共闘が最終的には不利益になると認識して拒否する。
『…余程死にたいらしいな』
即座に魔人が臨戦態勢へと移行し、パラサイトもそれに追随するように臨戦態勢へと移行した。
菱形の眼球に魔力が籠められて発光し始める。同時にパサライトが魔法式を組み立てる。
現時点で周囲にはパラサイトが二匹、更に言えば魔人には現在ウヴァルだけが能力を憑依させている。
フラウロスはスコープ・ライノールとして活動する関係上魔人としての活動は控えており、グシオンは計画の要である為に能力を晒せない。
魔人が使えるのは膨大な魔力と感情付与の能力だけであり、膨大な魔力も肉体が耐え切れる程度の出力に限られる。
その状態で二匹のパラサイトと交戦するならば魔人の勝率精々が四割程度だろう。故に勝利したいのならば狙うべきは各個撃破である。
パラサイトと魔人ウヴァルが睨み合う。先に仕掛けたのは魔人の方であり、
限界間近の出力を誇る埒外の魔力が魔人の足元の地面に向けて放たれた。
爆散する地面。轟く地響き。眩い閃光が路地裏を照らし出す。轟音によってパラサイトが憑依する人間の鼓膜を破壊するが、狙いは其処ではない。
音と閃光で周囲を撹乱した魔人はほくそ笑む。多くの魔法師が此方に向けて移動を開始したのを観測所を通して知覚した魔人はすぐさま逃走を開始する。
強化魔術で肉体性能を底上げする。元より魔人であるが故に時速100km近くの速さで疾走できる肉体が膨大な魔力と最高効率の強化魔術によって亜音速にまで達する。
亜音速で移動しながら魔力による砲撃で以て監視カメラを見つけ次第消し飛ばす。
サイオンの特性を捉えられた所で問題はない。ウヴァルとフラウロス(スコープ・ライノール)のサイオンは違うのだからバレても魔人=スコープ・ライノールだとは発覚しない。
だが魔人からスコープ・ライノールに戻る姿を観測されれば計画が台無しだ。故に監視カメラを片っ端から破壊し、人工衛星を片っ端から消滅させていたのだ。
人工衛星が撃墜可能だと露呈するのと、スコープ・ライノールが魔神柱の端末であると露呈するのを比べた結果、魔神柱は人工衛星の総撃墜を決定したのである。
魔人ウヴァルは人工衛星が破壊された事を確認して、スコープ・ライノールの姿へと戻った。
──その日、人類は震撼した。
■
僕は病院で西城レオンハルトの容態を診ていた。こういう時に医者の肩書きは便利なのだ。
それなりに名が通っている上に患者が通っている学校の保険医である事も手伝って僕は簡単に通る事ができた。
「命に別状はなし。だが衰弱している為に暫くは安静にすべきだろう。」
彼のお姉さんとお見舞いに来た彼の同級生に容態を尋ねられた為にそう返す。
「衰弱の原因は分かりますか?」
司波達也がそう問い掛けてくる。顔には焦りが浮かんでおり、いつもの鉄面皮が崩れている。
無理もない。同級生が何者かに襲われたとなれば冷静では居られないのだろう。
「僕が診た限りでは判明していない。つまり魔法的なアプローチによって衰弱しているという事だね。」
少しばかりお見舞いに来ていた生徒達の表情が崩れる。何せ目の前の女医は魔法的アプローチだと断言した。自分の見逃しの可能性など一切考慮せずに断言する自信に思わず苦笑してしまう。
「じゃあ後は若い人同士で〜」
「いえ、この後少し時間を頂けますか?」
お見合いの常套句を吐いて退散しようとした僕を達也君が引き留める。でも言い方か良くない。深雪ちゃんが僕を殺しそうな勢いで睨んで来てるからね!
怖すぎる。もっと穏やかにいけないものだろうか。
■
俺は時計塔と繋がりのある目の前の女医を詰問していた。深雪と、一応時計塔についての知識を持つスコープを伴ってだ。
「Dr.ロマン。貴女はパラサイトについて知っていたか?」
「いやもう全然。」
彼女の顔を見る。平時の軟派な雰囲気は鳴りを潜めており、その視線は鋭く表情も真面目だ。
「此方としては件の怪物の件について話したいのだがね」
怪物、話の流れからするとパラサイトではない方の怪物。今朝人工衛星を破壊し尽くしたとニュースで話題になっていた怪物だろう。
アフリカの周辺で破壊活動を行なっていた肉柱が宇宙に突如出現した為に傍観を決め込んでいた世界各国が一斉に防衛を固め始めたのを思い出す。
話し終わったDr.ロマンは一瞬苦々しげな表情をスコープを向けた。時計塔の知識を持つスコープがいると不味い事を話すのだろうか?
更に問い詰めようかと思うが彼女は一拍置いてから改めて口を開いた。
「院長には早く日本に来て欲しかったのだけれど、攻撃が激しくなったせいで迂闊に移動できないらしくてね。」
エジプトで破壊を続けていた怪物への攻撃の話だろう。世界各国が出来る限りの兵器で攻撃し続けているが再生が止まっていない。
ニュースから流れてきた映像の激しさを思い返しつつ、その中で尚生存しているという時計塔の院長に少しばかりだが感嘆の念が湧く。
「どうやってその、時計塔の院長?、と連絡を取ったんですか?」
スコープが質問する。確かに俺も疑問には思っていたが放置していた質問だ。迂闊に動けないなら何時、どうやって目の前の女医と連絡を取ったというのか?
「使い魔を通して聞いたんだよ。使い魔を介した連絡だね。」
途端に女医の隣に揺らぎが生じた。波紋は短時間で人一人分の面積まで広がり、其処から一人の男が出てくる。
「オレの事だな。今はアーキマンの護衛をしている。」
青い髪に赤い眼。よく鍛えられた身体にタイツのような衣装を纏い、朱い槍を持っている。
ブランシュ事件、横浜事変の際に襲撃した来た存在と同じ空気を感じる。
臨戦態勢へと移る。目の前の男を倒す事は可能かもしれないが深雪を守るとなると難度は段違いだ。
隣に目配せをすればスコープと深雪も臨戦態勢に入っていた。CADを構えておりいつでも魔法が撃てるように準備している。
「今はまだ闘うつもりはねぇぜ。」
「今はという事は後ろから刺してくるつもりか?」
弁解するように笑う男にスコープが問い掛ける。よく見れば冷や汗を流しており、瞳は想定外の事態にあったかのうように揺れ動いている。
いや、想定外の事態は正にその通りなのだが。
「ランサーが失礼した。あくまで僕の護衛だからね。君達が仕掛けてこない限り戦う気は微塵もないよ。」
Dr.ロマンが口を開く。辻褄は合うが信用は難しいだろう。彼女の顔は勝ち誇ったかのような感情に満たされており、所謂ドヤ顔である。
かなり苛つく。
「一応ランサーには常に僕の近くに居てもらうつもりだから、よろしく頼むよ。」
そう答えたロマニ・アーキマンの表情は何処か安堵の気持ちが窺えた。
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