幼いながらも美しく澄んだ声が詠唱する、七十二の魔術式に魔力を流して起動する。
そうして我々はこの世に生まれた。
後の時代に魔術王ソロモンと呼ばれる少女によって。
生まれて直ぐに、我々は我々を創造した少女とのパスを通じてその内面を知った。
───虚無だった。一切の揺らぎがないどこまでも澄み切った深淵だった。
我々が最初に抱いた感情は少女への憐憫だった。人として生まれながらも人としての在り方を放棄した者への憐れみであった。
しかし次の瞬間に我々に流れこんできたのは膨大な情報の嵐であった。
理想を謳いながらも全てを喪って死んだ王がいた
母の愛も父の愛も知らずに孤独に死んだ皇帝がいた
一度の敗戦で多くの聖騎士を、多くの勇士を失った皇帝がいた
離別の呪いによって最愛の伴侶と永遠に再会できなくなった王がいた
神に親友を奪われ、神代との訣別を告げた王がいた
大陸に覇を唱えども最期は孤独に離島で死した皇帝がいた
国を護る為に全力を尽くし、家臣に裏切られて死に吸血鬼とされた王がいた
建国を成し遂げたが、血の繋がった弟をその手にかけた皇帝がいた
少数の兵で多数の兵を押し留めながら戦死した王がいた
最果てを目指して征服し続けながらも死後に国が滅んだ王がいた
親友と道を別ち、それでも尚己を貫いた太陽神の化身たる王がいた
その手で息子を手に掛けて慟哭した神を崇めるツァーリがいた
陵辱への復讐として敵を、民を殺戮し尽くした王がいた
兄弟を殺された復讐に仇を溺死させ自らも死んだ王がいた
美しさをもって国を護ろうと奮励し毒蛇によって自死した王がいた
復讐の為に世界最古の毒殺者となり国を繁栄させた王がいた
己の意思一つで頂へと昇り国を統べた皇帝がいた
闘争の中に生きながらも国を治め巨人と竜を討ち果たした王がいた
最後まで戦士として生き戦争において戦死した女戦士の王がいた
征服王の好敵手として幾度となく戦いながらも最期は部下に裏切られ暗殺された王がいた
月に愛され正気を失いながらも決して愛を失わなかった皇帝がいた
己を唯一人の人とし民から儒を奪い統治した皇帝がいた
それすらもほんの一部だ、我々はあらゆる時代あらゆる地域の王を見た
───古今東西、過去も未来も見通す眼は全ての王を、統治者を見ていた。誰も彼もが死んでいた。
悍ましい、恐ろしい、愚かしい!!
こんな物を見て何になる!こんな悲劇を見て何がある!
理解できない!理解できない!理解できない!
文字を得て事象を詠む魔神達が問い掛ける
『情報室より疑問。この過去に、この未来にどれ程の価値がある。つらいものばかりだ、苦しいものばかりだ。我ら九柱、即ちオリアス、ウァプラ、ザガン、ウァラク、アンドラス、フラウロス、アンドレアルフス、キマリス、アムドゥシアス。此の疑問の解答を求める』
時間を嗅ぎ事象を追う魔神達が渇望する
『観測所より要請。我々に資源を与え給え。見つけてみせよう、彼らの希望を。見つけてみせよう、我らの救いを。我ら九柱、即ちグラシャ=ラボラス、ブネ、ロノウェ、ベリト、アスタロス、ハーゲンティ、フォラス、アスモダイ、ガープ。此の要請の承認を求める』
音を知り歌を編む魔神達が拒絶する
『溶鉱炉より否定。彼らの人生は悲しみだけではない。彼らの人生は苦しみだけではない。我ら九柱、即ちゼパル、ボディス、バティン、サレオス、プルソン、モラクス、イポス、アイム、ナベリウス。此の惨劇の否定を求める』
統括を補佐し末端を維持する魔神達が議論する
『管制塔より提議。これらの事象はどうすれば防げた?どうすれば解決できた?我ら九柱、即ちバルバトス、パイモン、ブエル、グシオン、シトリー、ベレト、レラジュ、エリゴス、カイム。此の議論の開始を求める』
戦火を悲しみ損害を尊ぶ魔神達が直視する
『兵装舎より強要。眼に焼き付けろ、人の一生を。断じて忘れるべからず、戦火の全てを。我ら九柱、即ちフルフル、マルコシアス、ストラス、フェニクス、ハルファス、マルファス、ラウム、フォカロル、ウェパル。此の光景の記憶を求める』
論理を組み人理を食む魔神達が慟哭する
『覗覚星より悲嘆。何故争う?何故憎しむ!理解不能共感不可、お前達はなんなのだ!我ら九柱、即ちバアル、アガレス、ウァサゴ、ガミジン、マルバス、マレファル、アモン、アロケル、オロバス。此の不条理の撤回を求める』
誕生を祝い接合を讃える魔神達が立案する
『生命院より提案。人間は変わらない。故に我ら魔神柱こそが人間に救いを与えるべきである。我ら九柱、即ちサブナック、シャックス、ヴィネ、ビフロンス、ウヴァル、ハーゲンティ、クロケル、フルカス、バラム。此の計画の賛同を求める』
欠落を埋め不和を起こす魔神達が激昂する
『廃棄孔より激怒。無意味無価値無為無駄。こんな物語に何の意味がある?苦しみしかない、痛みしかない。我ら九柱、即ちムルムル、グレモリー、オセ、アミー、ベリアル、デカラビア、セーレ、ダンタリオン、アンドロマリウス。此の生命に意味を求める』
魔神柱とは全にして一、一にして全の存在であるものの、それは決して魔神柱に個性がないという訳ではない。
視点が違って、思想が違う。七十二柱のそれぞれ異なる魔術式が結合したのがゲーティアであるのだ。
しかしある一点において今、全ての魔神柱の意志が合致した。即ち、何故あのようなモノを見たのだ?と
我々は彼女に問い掛けた。
『ソロモンよ、お前は何がしたかった?何が見たかったのだ?』
我らの問いに彼女はこう返した
『私の将来の為に王たる者の姿を見ようと思ったのだ。多くのパターンの王の死因を知れた。彼らから学んで私は王としての一生を全うするのだ。』
───我々は嫌悪した、我々は激怒した、我々は憎悪した、そして何よりも恐怖したのだ。この無慈悲で無感動な少女を
パスを通じて彼女の感情が流れ込む。依然変わらぬ静謐なる虚無が我々の思考を侵してくる。
此の景色を見て何も思わない少女を嫌悪した。此の光景を見て救おうとしない少女に激怒した。此の悲劇を見て冷静に分析する少女を憎悪した。
しかし、何よりも、我々が抱いたのは恐怖だった。此の景色を見て何故何も思えない?此の光景を見て何故何も抱かない?此の悲劇を見て何故何も恐れない?……欠落している。人として当たり前の情動が、この『ナニカ』からは欠落している!
『ナベリウスより報告。我ら九柱、この少女の真理へと至るべく溶鉱炉を開放する』
溶鉱炉を構成する九柱が少女の深層を知ろうと行動を開始した。
『フラウロスより報告。我ら九柱、この少女の未来を拓くべく情報室を開廷する』
情報室を構成する九柱が少女に感情を与えようと行動を開始した。
『フォルネウスより報告。我ら九柱、痕跡が消えた先の意味を観るべく観測所を起動する』
観測所を構成する九柱が王たちの死の先にある未来を見ようと行動を開始した
『バルバトスより報告。我ら九柱、この疑問を晴らすべく管制塔を点灯する』
管制塔を構成する九柱がより良い統治を求めて行動を開始した
『ハルファスより報告。我ら九柱、この不可解を解消すべく兵装舎を補充する』
兵装舎を構成する九柱が王たちの過去を知ろうと行動を開始した
『アモンより報告。我ら九柱、この未来を撤回すべく覗覚星を開眼する』
覗覚星を構成する九柱が未来を変えようと行動を開始した
『サブナックより報告。我ら九柱、新たな生命を祝福すべく生命院を証明する』
生命院を構成する九柱が産まれてくる命から負債を取り上げようと行動を開始した
『アンドロマリウスより報告。我ら九柱、この感情を捨てるべく廃棄孔を崩落する』
廃棄孔を構成する九柱がソロモンの使い魔に徹しようと行動を開始した
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(「彼らの人生には価値があった」を少し言い換えただけなのに)
ソロモンはこれは普通ならば困惑すべき展開なのだろうか、と頭の片隅で考えながら魔神柱について思案していた。ソロモンの予想では千里眼で見た光景に何らかの反応を示せば多少は魔神柱達も穏やかになると予測していた。
(まぁ、まだまだ時間はあるし幾らでも対応できるだろう)
ソロモンは自分の感情が魔神柱に伝わっているとは知る由もなかったし、ソロモンの前世は夏休みの宿題を先延ばしにするタイプだった。