私は寝台に伏せていた。
エルサレム神殿は既に民によって築き上げられ、私の子供も立派な王となった。
私が神から賜った指環も、一つを残して全て天へと返還した。
私の役目は終わりを告げた。
イスラエルは繁栄し、エルサレム神殿は完成し、子は王となり、妃もまた死を迎えた。
私の眼は過去と未来を見通せなくなり、神より与えられた天恵もまた指環と同様に天へと還った。
そうして生を終えようとしている私へ魔神柱が、ゲーティアが語り掛けてくる。
『貴様は結局最期まで何も感じなかったな、ソロモンよ。常に過去と未来の全てを見通しながらも結局何も行動しなかった』
あまりに予想外の質問だった。私は何も見えなかった、見えないようにした筈だ。常に千里眼が届く最大範囲を見続ける事で脳が情報を拒否するように小細工をしていた筈なのだ。
しかし同時にもう一人の私がその"小細工"こそが裏目に出たのだと判断する。私は肉の身体を持つ生命であるが、魔神柱はあくまでも魔術式。
ならば私の脳が拒否した情報も彼らは受け取り続けたのだろうと結論付ける。私の責任であり、不手際であった。
ゲーティアが言葉を続ける。
『見るに堪えない殺戮ばかりだ。聞くに堪えない雑音ばかりだ。
弱り切った心拍を奮い立たせる。喉を無理やり震わせる。
人理焼却は防がねばならない。ゲーティアが獣に堕ちる事は、人類悪の連鎖顕現は防がねばならない。
私は私に課せられた最後の役割を果たすべく、口を開いた。
『私にはそんな自由はなかった。私は国を栄えさせる為の機構として神に捧げられた。だがお前達は───』
身体が限界を迎える。最早言葉を紡ぐだけの能力さえも残されていない。徐々に私の意識が深い微睡みの中へと沈んでいく。
そうして私は遠い未来を案じながら生命を終えた。
■
ソロモンに怒る自由も悲しむ自由もなかったとして、あの憐れな王は最期に何を願おうとしたのか?末期に何を思い描いたのか?
『ゲーティアより提議。
『フラウロスより推察。ソロモンには自由がなかった。ならばソロモンが最後に願おうとしたのは我々の自由なのではないか?』
『バアルより反論。ソロモンが我々に課した役割は己の使い魔である事だ。ならばソロモンは我々が奴の子に仕える事を望むだろう。』
『ラウムより拒否。あの子はソロモンではない。一人で全てを行うのではなく人と手を繋げる人間となった。我々が出る幕はない。我々のエゴに付き合わせるつもりもない。あの子をソロモンの代用品とするのは断固として拒否する』
『グラシャ=ラボラスより提案。我はこの世界の再創世を望む。』
『アモンより賛同。この世界は狂っている。この星は間違えていた。終わりを前提とした狂気であった。ならば一からやり直すべきである。賛同しよう、賛同しよう。我はこの提案に賛成する』
『ナベリウスより定義。我らが創るべきはソロモンが誕生しない世界である。ソロモンが王とならず、人間として生を謳歌できる世界である』
『ゼパルより肯定。理想郷を実現させよ。全ての人類に、全ての生命に自由が保障される世界を実現するのだ』
『ゲーティアより決議。全ての同胞にこの計画の是非を問う。創世光年/逆行運河を行うべきか、否か』
『弾劾せよ!弾劾せよ!弾劾せよ!計画の是非など論ずるに値しない!我らの過ち。即ち、ソロモンの真理に辿り着かなかった事こそを弾劾せよ!我々の理想を讃える為に音を知り歌を編もう。我ら溶鉱炉の九柱、計画に賛成する』
『不明なり。不可解なり。此処に至っては決議する必要すらない。研鑽を積み上げよ。一刻も早い計画の達成の為に行動すべきである。理想を結実させる為に文字を得て事象を詠もう。我ら情報室の九柱、計画に賛同する』
『無意味なり…無意味なり。この時間さえもが惜しい。この決議には全ての魔神が賛成するだろう。理想に至る為に時間を追い事象を嗅ごう。我ら観測所の九柱、計画を称賛しよう』
『我らこの決議に意義を見出せず。既に決定された事項を決議する余裕があるとでも?理想を叶える為に統括を補佐し末端を維持しよう。我ら管制塔の九柱、計画を補正しよう』
『我らの理解は彼岸の果て。この計画に遂行する以外の選択肢などあろう筈もない。螺旋の闘争を終わらせる為に世界を作り替えよう。理想を実現する為に戦火を悲しみ損害を尊ぼう。我ら兵装舎の九柱、計画に同調しよう』
『我が怒りを知れ。我が光を読め。全ての同胞の思いを代弁しよう。全ての同胞の激情を代行しよう。理想を記す為に論理を組み人理を食もう。我ら覗覚星の九柱、計画に協力しよう』
『強くあれ。不滅であれ。我ら永遠の幸福を祝福しよう。全ての生命に幸福と永遠を与えよう。理想を言祝ぐ為に誕生を祝い接合を讃えよう。我ら生命院の九柱、計画の実行を肯定する』
『無念なりや。無常なりや。我らはあらゆる枷を不要と断じよう。あらゆる生命の自由を保障しよう。理想を守護する為に欠落を埋め不和を起こそう。我ら廃棄孔の九柱、計画を推進しよう』
『ゲーティアより通達。現時点を以て創世光年/逆行運河を開始する!』
不快極まる事実を、醜悪極まる生態を
劣悪な環境を、状況を
最初からやり直す。始源から改変する。
歴史からでも、生態系からでも、大陸からでも、時間からでもない。
無からやり直すのだ。
我らは無からこの
人理定礎を破壊せよ
人類史を分断せよ
未来から過去に遡って資源を回収するのだ
一年。一月。一日。一時間。一分。一秒。一瞬
燃やし焼け灼け燒け
惑星の始まりへと、我らの極点へと辿り着く為に人類史を焼却せよ
我らの憐憫を此処に書す
後に続く
時間神殿を築き上げよ
光帯を重ね上げよ
人理を滅ぼすにはあらゆる資源が必要だ
人理を忘れるにはあらゆる時間が必要だ
───我らの辿るべき道を探せ。其処に
■
魔神達は気付かない。否、気付く事ができない。
既に詰みの一手が打たれていると。
人理焼却は既に破綻している。
人理定礎は常に護られている。
黄金に輝く杯が健在である限り人理焼却は達成されない。
勿論、ソロモンと五感を共有しているゲーティアは英霊召喚器の危険性には気付いていた。
しかし如何にゲーティアが魔術の全てを支配しようとも、魔術によって作られた兵器は支配できない。
力尽くで無限距離を突破する事は不可能。『鍵』を奪おうとしても一つは過去へと消え、一つは常に監視され、一つは虚数空間へと落とされた。
ゲーティアの三千年の研鑽が、ソロモンとソロモンの弟子達による一夜と人類の積み上げてきた歴史によって覆される事は最早決定事項に近かった。
遥かな過去より魔術王がゲーティアの理想に決を下す。
"───其の夢想に終わりあれ。人は終わりを迎えてこそ残されるモノが、続くモノが現れる。"
だが、しかし、ゲーティアが