わたしもお父さんと同じようにポピュラーな病気に罹ってしまったのは、小春と出会い、いっしょに釣りをたのしむようになってしばらく経ってからだった。
癌——ではない。必ずしも人の命を奪う病気ではないけれど、意外にも一〇〇人に数人が生涯で一度は患うといわれるその病気は、罹患者の行動範囲をおそろしく狭め、人間らしい生活ができなくなってしまう。わたしも、それに罹った。おかげで、学校に行けなくなるだけではなく、だいすきな釣りすらできなくなってしまった。釣りを病気に奪われてはじめてわかる。釣りはわたしの生きがいだった。釣りができなければなにを希望に生きればいいのか。生きがいを奪われたことを恨みつつ、同時に生きがいがなまじあるから余計に苦しむんだという逆説にも気づいた。
きっかけは過去から綿々と続いた結果だった。やはり、お父さんが亡くなってから、わたしのこころのなかに形容できない感情が少しずつ蓄積されていったのだと思う。そして、つづくお母さんの再婚——もちろん、祝福するべきことだ。お母さんにはこれからもしあわせでいてほしかったし、それが再婚という方法であるならばなにも反対する理由はなかった。でも、こころのどこかが騒ついた。……それから、再婚を機に出会った同い年の少女——小春。わたしのお姉ちゃんになった女の子。堤防ではじめて邂逅した彼女は、天真爛漫のようで、底の見えない『海』のようなオーラがあった。事実、彼女もかなしく暗い過去を抱えていた。だけど、けっしてそれを楯にとらず、家族であるわたしの前でも常に明るかった。それが、彼女の素の性格なのだろうと思う。しかし、彼女には『なにか』が隠れているようにわたしには見えた。わたしは、いつもキラキラしている小春をとてもすいていたが、その奥底にある深い情念のような『なにか』が掴めないから、俄然魅力的に映った。彼女という『海』にチラつく『魚影』の正体を知りたい。そして、ぜひ『釣ってみたい』。釣り人の思考回路もいいところだが、わたしはそんな考えを抱いていた。——『なにか』——それはきっとわたしにもあるもので、彼女と共通する要素を含んでいるのかもしれなかった。
はじめは順調に見えた小春との新生活だったが、そんなすてきな彼女が死んだお父さんの部屋に新しい荷物を搬入させているのを見たときは……わたしのなかにも存在する『なにか』が疼いた。もちろん、小春があの部屋を使うことはわかっていたことだけど、ひとつでは言い表せないたくさんの感情が、刹那に交錯してわたしを混乱させた。気分を落ち着かせるために海を見に行ったりしたけれど、最後は彼女の前でちゃんと受け入れたはずだ。……でも、少しずつこころのなかで育てられてきたわたしの『なにか』はここで跳ねた。
ふと、両手を見た。たくさん釣りをしてきたわたしの手は、一般的な女子高生より筋肉質で、指の皮は厚く、手先も荒れている。よく若い女性がきらびやかな色で彩る爪は、釣り針の接触で傷だらけで、いつも短い。お父さんの指もそうだった。釣り針の鋭さを確認するために親指の爪に針先を押し当てていたから、特にその爪はズタズタだった。お父さんの手。そして、わたしの手。二人の手は釣りを介して繋がっている。……でも、お父さんはもういない。じゃあ、わたしの手は、『お父さんの手』であっていいのか?——このまま釣りを続けて、我に返ってロッドを握る手を瞥見するたびにお父さんを思い出し、もう焼かれて灰になっている事実を再認識させられる。そんな負のループを繰り返してしまうのではないか。それに気づくと、わたしは純粋な気持ちで釣りをすることができなくなってしまった。小春とともに釣りに出かけても、手を見るのが嫌になった。だから、小春にキャストを教えたり、後ろからアドバイスしたりして、なるべく自分が釣りをしないようこころがけた。でも、大海の前でふと視線を下に落ろすと、擦り傷だらけの手先がありありと見える。外でロッドを握ってきたから、目に見えない菌や土埃もこべりついているだろう。『お父さんの手』だ。また『なにか』が飛び跳ねた。
だから、わたしはこの苦しみから逃れるために、『お父さんからの決別』という曲解された目的で、いつもより手をよく洗うようになった。とにもかくにも汚れを隈なく落とす。ハンドソープを両手全体に過剰に塗って、水できれいさっぱり洗い流す。ソープが小傷に染みて痛いけれど、汚れをすべて落とさないことには『わたしの手』になることはできない。手を見るたびに、お父さんのいないかなしみをもう思い出したくない。だから、もっともっと強く洗うようになった。頻度ももちろん増えた。モノに触れる都度洗面所に駆け込むようになってから、流石に家族も異変を感じはじめたようだった。小春もお母さんも「ひよりちゃん、大丈夫?」と心配してくれたが、わたしの口からその理由をかたくなに言わなかったから、理解不能な行動をとるわたしの対処に困っているようだった。そして……義理の父、一誠さんも心配の表情を浮かべて声をかけてくれた。わたしのあたらしいお父さん。……けれど、死んだお父さんの代わりには、絶対になれない。結局、その確信が刺激剤になってしまい、今度は義父を見るたびに父の死を連想するようになった。
こういった思考回路が一旦こころに組み込まれてしまうと、どんどん連想させられる対象の事物やイメージの範囲が広がっていく。わたしは少しでも刺激になるモノや人を見ると、反射的に手を洗うループに陥った。負の連鎖。止められない衝動。汚れをこれ以上被りたくなかったから、手を洗ったあとも化粧水や保湿クリームをつけなかった。結果的に手は余計に荒れ、ところどころ真っ赤に充血しているほどだった。でも、どうしても抗えない。自分の思考がだんだん狭小しておかしくなっていることにも気づいていたので、これ以上迷惑をかけないよう、そのためになにも見なくて済むように、逆説的にわたしはひきこもるようになってしまった。
跳躍した『なにか』は、わたしのこころの海を再び激しく泳ぎ回るようになった。
お父さんの——小春の部屋とわたしの部屋のあいだには仕切り戸があったけれど、わたしは養生テープでそれを固定して、カーテンもドアも閉じて日がな一日ベッドの上で刺激を受けないように寝るようになった。トイレ以外は、手を洗いたい衝動があらわれたときだけ部屋を出て洗面所に駆け込むような生活を続けた。食事も家族に扉の前に置いてもらって食べていたが、身体は日に日に痩せていった。家族はわたしがひきこもっているあいだも、各方面で色々と計らってくれたみたいだった。実質的に不登校になったわけだから、たくさんの人たちに迷惑をかけていることも十二分に理解していたけれど、結局わたしはなにもできずにベッドで極力思考しないように努めていた。そして、隣の部屋にいる小春も、ほんとうに心配そうな声色で、毎日間仕切りの向こう側から声をかけてくれた。恋ちゃんの声もよく聞こえてきた。だけど、わたしは小春や恋ちゃんにどう思われてしまっているかを知りたくなかったし、二人に対する感情までも悪い方向に加速してしまうことをとても恐れた。だから、わたしはこころのドアもぴたりと閉じ、布団を被って無言を貫き通した。
しかし、ひきこもってから一、二週間が経過したころ、部屋からほとんど反応を示さないわたしに対して、家族は病院に行くことを説得しはじめた。わたしは精神的にも肉体的にも満身創痍の状態で、やはり誰かに助けてもらいたかったのだろう、最終的に根気強い家族の説得に応じて、かろうじて病院に連れ出してもらった。
でも、自分が精神異常者だと思われたくなかったのと、家族——特に小春を傷つけたくなかったから、病院でも異常行動の原因は最後まで明けるつもりはなかった。小春がお父さんの部屋を使ったことがこの異常行動のトリガーだなんて、文字通り死んでも言いたくなかった。そのため、病院でも口をつぐんで会話を拒みつづけていたけれど、わたしの症状を家族から聴いていた医師は、わたしとその人以外のみんなに診察室から退室するよう指示し、わたしと一対一のシチュエーションになったあと、家族には守秘するから、なにがあったのかここで詳らかに話してほしいと促した。わたしはこころのうちでは話したくなかったけれど、いつまでもこの状態が続けば家族にさらに迷惑がかかることはわかっていたし、なにより苦しくて苦しくてしかたがなかったので、ぽつりぽつりと、話は下手だけど、いっさいがっさいを打ち明かした。
医師はわたしのこの症状に対して、『強迫性障害』である可能性が高いと告げた。これは、自分の意思に反してあたまのなかでつぎつぎと湧き起こる嫌なイメージを取り払うために特定の行動を執拗に繰り返してしまったり、不快なイメージ自体がずっと頭のなかで反芻されてしまったりして苦痛を感じる病気なのだと、医師は丁寧に教えてくれた。このときわたしは、自分のこれまでの異常行動が『ちゃんと説明されうる病気』の一つかもしれないことが判明したので、おかしな話かもしれないけど、ある種の安心感を得た。『確固たる』病であるならば、『治療』することができるかもしれない。だから、わたしはこの病気を治すためにはどうすればいいのか、やつれた顔をぐいっと上げ、希望を胸に尋ねた。
しばらくして病室を後にしたけれど、わたしの病名だけが家族に説明され、そのきっかけや要因、そしてわたしのイメージの内容は医師の約束どおり最後まで伝えられなかった。家族もわたしの異変が明白な病によるものだとわかったためか、一種の安心を持ってくれたようだった。医師からは、漢方薬と複数の精神薬を処方された。わたしはこれさえ飲めばいままでの常軌を逸した行動が完治し、学校にも復学でき、だいすきな釣りがもう一度はじめられて……そしてなによりも、小春とまたいっしょにいられると信じていた。
でも、現実はそううまくはいかない。
精神薬を飲みはじめた頃は、症状はかなり改善した。死んだお父さんを思い出す頻度も減って、手を洗う回数も正常の範囲内になった。そして、自室を出て小春たちと会話をしたり、テーブルを囲んで食事をしたりできるようになった。家族も安堵の表情を浮かべ、これからまた学校に通えるね、とこころの底から喜んでくれた。わたしも、自分でコントロールできなかった悪魔のような病気がもうすぐ完治するんだと思うと、すきだった釣りをまた小春とたのしめるようになる姿を想像して手放しに歓喜していた。しかし、症状が改善したのはほんのひとときだった。これからまた釣りができるようなるからと、わたしはずっと目の届かないところに隠していたタックルを取り出したが、これがまた引き金を引いてしまった。いままでくすりで抑圧されていた負のイメージが一気に解放され、わたしのあたまのなかを瞬時に駆け巡った。わたしは突然の膨大な情報量にパニックになり、大声を上げた。
すぐに下の階にいた家族が駆けつけ、咽び泣いているわたしの背中をさすって、どうしたのかとやさしく訊いてくれたが、わたしは死んだお父さんのイメージがどうしてここまでわたしを苦しめるのか自分でもうまく説明できなかったし、仮に説明できたところで家族には理解されずに蔑視されてしまうと考えていたので、ただただ首を横に振って泣き続けた。
この日から、またわたしはひきこもるようになった。
この事件を契機に、それ以降はくすりを飲んでも症状が緩和しないばかりか、精神薬の副作用なのだろう、とてつもない焦燥感がわたしを支配するようになった。自室にこもっているため外には出られないから、部屋中を何時間もせかせか歩き回ったり、そうでなければベッドの上で足をバタバタ動かしたりした。そうしないことにはこの焦りをごまかすことができなかった。ときたま大きな声で叫びたくなるときもあった。その衝動に屈服して金切り声を上げる瞬間ほど、自分が病人であると実感しないことはなかった。わたしは限界だった。
さらに二週間が経過し、疲労困憊でなにもできず、ただひたすらにベッドの上で天井を眺め、これからの人生の暗澹さを憂い泣きそうになっていたとき、ふと、仕切り戸からノック音が三回聞こえた。前にわたしは真横からノックされることに怯え、ドアと間仕切りからいちばん遠い位置にベッドを移動させていたから、そこから養生テープが一面に貼られた戸をちらりと見た。隣室からノックがある場合は、たいていは小春だ。わたしは二度も裏切ってしまった罪悪感と会話する恐怖から黙っていたが、しばらくして、戸越しに彼女の小さくこもった声が聞こえた。
「ひよりちゃん、ごめんね。急にノックして。……少し、話さないかな?」
「……………」
「あのね……わたし、ひよりちゃんがいまこうしているのって、わたしのせいなんじゃないかなって、思ってるんだ」
「っ!……そっ…そんな……こと……ないっ」
「………ひさしぶりに、声が聴けてうれしいよ。……いまはわたしや家族のみんなのせいなのかはわからないけど、でも、これだけは言えるよ………ひよりちゃんは、ぜったいに悪くない。もし自分を責めているなら、そんなことはしなくていいんだよ」
「……………」
「嫌だったら無視してほしいんだけど……ひよりちゃんの部屋に、行ってもいいかな?……その、お話はしなくてもいいんだけど、いっしょににやりたいことがあるの………釣りとは、関係ないこと。ただ、それを二人でやって、そのあとわたしは自分の部屋に戻るから………どう、かな?」
わたしは逡巡した。小春のやさしい声も、思慮ある提案も、とてもうれしかった。それに、『釣りとは関係ないこと』というのは、小春はわたしが苦しんでいる要因にある程度気づいているのかも知れない。いまはその要因について話せなくても、ただ小春とともにいて会話がしたいと思うようになった。わたしは数分間黙って考えつづけた。
そして——
「………う、ん。いい、よ」
「!!………ありがとう、ひよりちゃん」
「ド、ドアから入ってくれる、かな」
「うんっ!わかった、ちょっと待っててね」
そうして数分後、今度は部屋のドアからノック音が聞こえた。わたしはベッドから降りて、足を震わせながらその前まで歩き、おそるおそるドアノブを回して——開けた。
「………ひより、ちゃん」
小春は泣きそうになりながらも柔和な笑みを浮かべて、わたしの名前を呼んだ。わたしは彼女の顔を見た瞬間、さまざまな感情が交差して、どう感じるのが正しいのかまったくわからず、ただ立ちすくんでいた。でも、彼女の微笑みを両目で確かめたとき、ふつふつと安堵や希望を感じた。だから、しばらくして……わたしも曲がりなりの笑みを浮かべた。
ふと視線を落とすと、彼女は両腕にノートパソコンと、それよりひと回り小さなモノを抱えていた。単行本サイズのそれは、よく見るとDVDパッケージのようであった。ジャケットにはスクーターに二人乗りしている男女が描かれており、古い洋画のようであった。小春はわたしの視線に気づくと、はにかむようにして口を開いた。
「えへへ……その、ひよりちゃんといっしょに映画をみようと思ってね。どう、かな?」
……これが、わたしの『海』に潜む『なにか』を彼女と釣り上げる、最初のきっかけであった。