La vie en rose 作:T・Y・ムンチャクッパス
それを承知で読んでやろうという物好きな方ならご覧ください。また原作五等分でこんな作品を投稿しやがりやがった作者への怒り、文句、人格否定など何かありましたなら、遠慮なくお気軽にどうぞ。
「ど、どうして……どうして、どうして……?」
おそらく彼女にとっては青天の霹靂であろう俺からの別れの言葉。四葉はただ呆けたように同じ言葉を繰り返すと、引きつったような笑みを浮かべた。
「わ、私……何か風太郎君の気に障ることしちゃったのかな?あ、あはは……ごめんね。私お馬鹿さんだから、わ、分からなくて。……ごめんさい。謝ります、ちゃんと謝ります。ですから……」
久しぶりに聞いた彼女の丁寧な口調。
上杉さんから風太郎君へ。そう呼称が代わってからは久しく聞いてなかった四葉の口調。高校時代の彼女のどこか取り繕ったような口調。それは今の四葉の狼狽を表していた。
覚悟はしていた。それでもやはり四葉のこんな姿を見るのは胸が疼く。
「風太郎君……」
「四葉。言葉の通りだ。俺の勝手ですまない。お前は何も悪くない。でも……終わりにしよう」
俺はそう言って頭を下げた。
「ひっ!」と四葉の断末魔のような息を吞む声が耳に入る。だが俺は自分の靴を見つめたまま、頭を上げようとはしなかった。
奇しくも四葉と恋人として結ばれたあの日から……5人の中から彼女を選んだあの日から、ちょうど二年が経過した日。俺はそんな日に彼女に別れを切り出していた。
別に敢えてこの日を狙ったわけじゃなかった。ただ決意を固め四葉を呼び出した際に、嬉しそうに今日という日が持つ意味を話し始めたからだ。
二人が結ばれた日だと。
自分を選んでくれた大切な日なのだと。
腕を絡ませてきながらとても嬉しそうに言ったのだった。
……ああ。俺はそんなことすら忘れていたのに。
唐変木。デリカシー皆無の男。
いつだろうか。彼女の姉の一人から言われた言葉が蘇る。本当に俺はどうしようもない。
もう何度も繰り返した四葉とのデート。
かつては軽蔑すらしてた行為。人前で見せつけるように手を繋いで歩くのにも抵抗はなくなった。隣に四葉がいるのが当たり前になった日常。そして鈍感な自分にさえ分かる、変わることのない彼女からの親愛の情。
そんな大切なものを、築き上げてきた時間を、彼女の信頼を、愛を。
俺は全て投げ捨てようとしているのだ。しかも彼女にとっては大切な日というこの日に。
彼女のことが嫌いなったというわけではない。愛想が尽きたというわけじゃない。
そんな容易く心変わりが出来る程彼女と、いや彼女『たち』と過ごした日々は軽くない。
でも一方で俺はとても恐ろしいことを考えるようになった。いや違う。それはあの日から……五人の中から四葉を選んだあの時からずっと……心の奥底に燻っていた思いがあったのだ。そんなはずはないと自分自身に言い聞かせながらも、誰にも言えない僅かな葛藤があったのだ。
俺は本当に四葉のことが好きなのだろうか?
そう。そんな残酷な思いが……。
上杉風太郎は高校を卒業後、地元を離れ東京の大学に進学していた。
学業の成績を取ることに躍起になっていたものの、特に将来の希望もなく、大学で懸命に学びたいことがあるわけでもなく、また経済面での困難さ故から、許されるなら地元の国公立にでも入ろうかと漠然と思っていたが、彼女たちとの時間を過ごす過程で、こんな自分をほんの少しでも高めたいと思うようになっていったからだ。何より彼女と並んで歩くにふさわしい男になりたいと思うようになったから。
結果は見事最難関の大学に合格。そして訪れた彼女たちとの別れの日。
既に一足先に巣立って行った長女を除き、彼女たちは皆泣いて二人を応援してくれた。この場でただ一人、風太郎と同じく東京への進学を決め、共に上京する彼に選ばれた姉妹。胸に宿る様々な想いを堪えながらも、それでも涙ながらにエールを送ってくれた。
そうして風太郎と四葉は手を取り新たな生活に向けて足を踏み出したのだった。
結果的にいえば、それは風太郎にとっては成功だったと言えよう。高校時は勉強をしているだけで、ガリ勉、根暗、変人など陰口を叩かれたことも珍しくなかった。そのことに一々何か思うことなどなかったが、どうして人の努力の姿を遠巻きに嘲笑う者がこれほど多いのか不思議だった。でもここでは誰もそんな者はいない。日本トップクラスの大学、周りは誰もが強いられるわけでもなく自発的に勉強をしている者ばかりなのだ。そういった環境は風太郎にとっては新鮮でやりがいのあるものだった。
大学に、バイトに、新たな人間関係。目まぐるしくも充実した毎日。
高校時は毎日のように顔を合わせていた四葉とも、忙しさから会えない日が多くなっていった。四葉からの誘いの電話にも断ることが多くなっていった。それでも風太郎はそのことについてさほど気にしていなかった。姉妹の中でも社交性のある四葉なら自分より多くの友人にも恵まれるだろうし、寂しさなんてそう感じることもないだろうと。そもそも知り合って間もない、というのならともかく、あの激動の長い日々を共に過ごした仲なのだ。今更少し会えないくらい互いにどうってこともないだろう、元来恋愛事や色事に無頓着である風太郎自身はそう高をくくっていた。
このも先変わらず手を取り合い、互いを尊重し合い、慈しみ合い、共に歩いて行けると思われていた二人。
その歯車は少しずつだが確実に何かが軋んでいった。
何だよこれは。風太郎がそう思うようになったのはいつの頃だったろうか。
春が過ぎ、夏が過ぎ、秋も終わりに近づいた頃だろうか。
五つ子たちから、特に二乃からの電話の回数が目に見えて多くなっていた。内容は決まって風太郎への文句と咎めの言葉。
「もっと四葉を大事にしろ」
「もっと四葉の気持ちを考えろ」
「もっと四葉を優先しろ」
「もっと四葉を~」
初めの内は他姉妹との会話に楽しささえ感じながら対応していた風太郎だったが、こう回数が続けば次第にうっとおしくもなってくる。そもそも五つ子とはいえ何で他の姉妹が人の恋愛事にまであれこれ口を出してくるのか。何で自分だけが悪者にされ文句を言われなければならないのかと。
四葉のことだってちゃんと自分なりに考えている。
でもこっちは日本でも有数の学力のある大学に通う身なんだ。入学してそれで終わりというわけじゃない。日々の講義、ゼミ、論文、試験。お気楽に愉快なキャンパスライフを送れるようなものじゃないんだ。それに自分は正真正銘の苦学生なんだ。大学から紹介されたボロアパートの家賃の三倍以上の部屋に住み、バイトで稼ぐ何倍もの仕送りをして貰っている四葉とは違って、生きていくだけで精一杯なんだ。他姉妹からの文句を聞くたび、風太郎は声を大にそう反論したかった。
何より四葉はそれほど不満があるというのなら、どうして自分に直接言わないんだろうか?
五つ子たちの絆の強さについてはよく分かっている。それでも今は昔とは違う。今の四葉と自分は恋人同士なのだ。ならどうして自分に言わず姉妹に……。風太郎の中で恋人への不満も姉妹からの文句に比例するように少しずつ大きくなっていった。
四葉がかつて姉妹への罪悪感から己の感情に蓋をしたように、未だ自分に対しても遠慮のような部分があるのは風太郎も分かっているつもりだった。
それでも不満があるのなら文句でも何でも自分に直接言って欲しかった。姉妹に愚痴を言って、彼女たちに自分を咎めるようなことを望むのは違うんじゃないかと思っていた。
それでも、そんな小さな不満が蓄積されていきながらも、上手くやっていたつもりだった。
四葉のことは大切に想っていたし、別れるんなんて考えもしなかった。ずっと二人で歩んで行くものだと風太郎自身思っていた。
……それでも運命の神様とやらは、余程人間を試すのがお好きらしい。
言うなればそれも奇跡と言っていいだろう。同じ学生の身とはいえ、一千万以上の人間が慌ただしく生活しているこの世界有数の大都市の中で、誰もが忙しなく足早にすれ違っているこの東京で、風太郎は偶然昔馴染みに出会ったのだから。
「びっくり。これは驚いた」
「竹林……?」
「学園祭以来か。久しぶりだね。風太郎」
初恋の相手と運命的な再会を果たし様々な困難を乗り越えて結ばれた二人。
お伽話のような、幼い少女が寝物語に母に頼むような、幸せな話。
素敵な素敵な愛のおはなし。
でも変わらない愛なんて本当にあるのだろうか?
二人で歩んで行けると決めた光り輝く道は、実は不安定で危ういものなのかもしれないと、どうして考えもしないのだろう?
永遠だと思った愛なんて小さな綻びですぐに崩れてしまう。
簡単に、壊れる。