La vie en rose   作:T・Y・ムンチャクッパス

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赤薔薇の花言葉は『あなたを愛しています』





第2話

「ふざけんじゃないわよ!どういうことなのよ!」

「お、落ち着いて二乃……」

 

姉である二乃の今日何度目かの大声に、三玖はおっかなびっくりしながらも取り直そうとしていた。

 

「落ち着けるわけないでしょ!三玖!アンタ何とも思わないわけ?」

「それは……」

「あのバカ!絶対に四葉を泣かせない、悲しませないって約束させたのに!」

「でも何かの間違いってことも……。フータローに限ってそんな……」

「四葉泣いてたじゃない!最後は子供みたいにわんわん泣いちゃって……!アンタも聞いてたでしょ!」

「……それは」

「こっちから何度電話かけても繋がらないし!メッセージにも無反応!それってアイツにやましいことがあるからじゃない!違う?」

「……」

「ホントどうしようもないわあの男!最低!」

 

二乃はそう吐き捨てると憤懣遣るかたない、といった体で部屋の中をぐるぐる歩き始めた。

姉妹として頭に血が上った時の二乃の凄まじさを知っている三玖としては、嵐が過ぎるまで居心地悪そうに身体を小さくすることしか出来ない。ただ問題は今回に限りその嵐が何時収まるのか皆目見当がつかないことだ。

 

「フータロー……」

 

思わず呟いてしまう。

信じたくない、信じない、そう心のまま言えればどんなに楽だろうか。でもそれを言うことは出来ない。なぜなら彼の恋人であり、且つ妹である四葉の口から直接聞いてしまったのだから。

 

『風太郎君が別れようって……。私どうしたらいいんだろう?』

 

電話口から聞こえた四葉の声。生気のない声。三玖は四葉のそんな声を初めて聞いた気がした。

 

「フータロー……どうして……?」

 

だが彼女のその小さな呟きに答えを返してくれる人はいない。答えて欲しい人は遠く離れた地にいるのだから。二年前とは、側にいるのが当たり前だった頃とは違い、彼はもう自分の手の届かない場所にいる。その事実に三玖は急に胸が痛くなるような感覚に襲われた。

 

未だ怒りが収まらない様子の二乃を横目に伺いながら、痛みに堪えるように胸を押さえていると、不意に三玖のスマホが鳴った。ラインの通知。表示された文面を見て思わず息を吞む。

 

「ちょっと三玖。どこ行くのよ?」

 

そっと部屋を出ていこうとした三玖に二乃が怪訝そうに問いかける。

 

「えっ?あの……そう、バイト先からみたい。連絡くれって。何かあったのかな?」

「別に私に気兼ねすることないでしょ。ここで話せばいいじゃない」

「い、いいよ。長くなりそうだし。気にしないで。じゃあ」

「あ、ちょっと!」

 

三玖はそのまま逃げるように家を出た。スマホを胸に抱くようにしながら、誰の邪魔も入らないであろう近くの公園まで足早に歩く。

 

『話がしたい』

 

一言だけのそっけない言葉。だがそれが無性に彼らしく三玖の顔に僅かに笑みが浮かぶ。

 

ごめんね四葉。

三玖は心の中で妹に謝罪する。

 

大切なかけがえのない妹が悲しみ苦しんでいる。なのに……。

風太郎が真っ先に自分に連絡をくれたこと。真っ先に自分を選んでくれたこと。

 

そのことがとても嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

三玖が慌ただしく出て行き、一人になった二乃は大きく息を吐きだした。

 

ムカツク。

どうしようもないほどムカツク。

でも……。

 

「……なんなのよ一体!もぉ!」

 

だが怒りとは別に、言いようのない感情が自分を侵食していくのを感じ、二乃はそれを振り払うように殊更大きな声を上げた。

 

怒りは無論風太郎に対してだ。この世で誰よりも何よりも大切な姉妹。その姉妹を泣かせ悲しませたのだから、故にこの怒りは当然なのだ。二乃はそう思っていた。

 

だが一方でこのムカツキの原因。それは風太郎のみではないことは他でもない二乃自身が一番良く分かっていた。

四葉に対してもイライラしている。それがこの怒りに拍車をかけていた。

 

電話越しから聞こえてきた四葉の声。か細く覇気のない声で相談をする四葉を慰め励ましながらも、二乃は思わずにはいられなかった。どうしても思ってしまうのだ。

 

私なら、こんなことにはならないのに。

私なら、もっと上手くやれるのに。

私が、四葉の立場だったら……。

私が、選ばれていたなら……。

 

負け惜しみなのは分かっている。

選ばれたのは四葉。そのことは痛いほど分かっている。

自分は彼には選ばれなかった。彼の一番じゃなかった。そのことは充分すぎるほど分かっている!

 

でも、それでも……!

 

二乃は苛立たし気に髪をかき上げると、己を鎮めるように何度も深呼吸をする。そうして少し落ち着いてくると自嘲するような笑みを浮かべた。

 

情けないと思う。

あれから二年も経った。普通の子ならとっくに忘れるものだろう。淡い初恋の思い出として心に仕舞い、さっさと次の恋に移行しているものだろう。

 

それでも自分はあの日から動けないでいる。未だ彼に捕われ続けている。

 

「フー君……」

 

その愛称を呼ぶだけで、彼を思い浮かべるだけで、どうしてこんなにも胸が苦しくなるのだろう?

その可能性はないと理解しているのに、どうして彼を忘れられないのだろう?

どうしてこんなにも彼のことが好きなのだろう?

彼の中の大事な場所に居る子は自分じゃなかった。分かっているのに、どうして?

 

『なぁ。なんでお前らはそんなにも俺のこと……』

 

不意に以前風太郎との電話中に彼が言いかけた言葉が頭をよぎった。

 

二乃は天井を仰ぎ見る。

おそらく理屈じゃないんだ。こういうのは頭であれこれ理由を求めて考えても答えは出ない。人を好きでいる理由に絶対的な解なんてない。納得できる答えなんてない。

 

ただ一つ確かなのは。

……私は彼のことが好き。それだけ。

 

だから刻みたかった。選ばれないのならせめて自分を。『五つ子の一人』じゃない。『中野二乃』という存在を彼の中に。

 

嫌われるのを承知で、四葉とのことを何度も何度も口煩く言ってきたのもそのためだ。

四葉のことを思って、というのは本当だ。でもそれ以上に自分を彼の中に刻みたかったんだ。たとえそれで嫌われようとも忘れられるよりはずっといい。だって嫌っている内は彼の中で自分は存在しているということなのだから。嫌っている内は自分のことを考えてくれているということなのだから……。

 

……そう。私はそれほどまでに彼のことが好きで……。

いや、愛しているのだ……。

 

でもそれでも自分は四葉の姉なんだ。あの子は何より大切な家族なんだ。

だから四葉と風太郎の仲を元に戻すために最大限手を尽くす。

それが第一。それがあの子の姉妹としての責務。

二乃はそうして答えを出すと、上に向けていた視線を戻した。

 

 

『……いいの?』

 

その瞬間ダレカの声が聞こえた。

どこから?目の前にある鏡から。

 

『それでいいの?』

 

ダレカの声。

それは聞き慣れた声。頭に響く自分の声。

 

鏡に写る毎日見ている自分の顔。あの子にそっくりなくせに選ばれなかった負け犬の顔。そいつが鏡を通して頭の中で問いかけてくる。

 

『本当にそれでいいの?』

 

いいに決まっている。

顔を手で覆うと自分の中に響く声を振り払うように頭を振った。

 

『嘘つき』

 

嘘じゃない。

四葉の為に二人の仲をもう一度構築させる。それが一番したいことなんだ。

 

『じゃあもう一度鏡を見てみなさいよ』

 

その声に導かれるように目の前を覆っていた手をゆっくり開け、鏡を見た。

 

「……っ!」

 

思わず仰け反ってしまう。

鏡に写る自分の顔。その顔は醜く邪な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

ああ……そうだ。自分自身に嘘を付き、何を取り繕っていたのだろうか。

 

背けていた顔を鏡に戻す。そこに映る(わたし)は変わらず厭らしい不快な笑みを浮かべていた。怒りと共に感じていた得体の知れない感情の正体。それは許されざる歓喜の気持ちだったんだ。ただそれを認めたくなかっただけ。だから怒りでカモフラージュし、自分の醜いところから目を背けようとしていたんだ。

 

でもこれが私の真実の思い。たとえ血の繋がった姉妹は騙せたとしても、自分自身だけは騙せない。

 

そう。私は嬉しいんだ。こんな醜悪な笑みを浮かべる程に。

四葉と彼が別れる。二人の関係が終わる。そのことが本当は嬉しい。

 

嬉しい。

嬉しい。

嬉しい。

嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい!

 

嬉しくてたまらない。

 

一度素直に認めてしまえばその思いは止まらなかった。

 

胸の内から湧き上がるような悦びを抑えることが出来ない。涙を飲み諦めていた可能性が再び点滅したことに嬉しさを隠せない。もちろん四葉に悪いという思いは当然ながらある。だがその一方で思うことがある。私は四葉の為にずっと懸命にやってきたじゃないかと。もう充分じゃないかと。

 

なぜなら私だけが四葉の為に、嫌われるのも承知でずっと彼に苦言を呈してきたのだから。

 

彼に嫌われたくない一心でひたすら甘いことしか言わなかった三玖とは違う。

四葉とのことをただ彼と話す切っ掛けにしようとしていた五月とも違う。

 

私だ。私だけだ。

そこに私なりの理由が存在していたとしても、真に四葉の為に動いていたのはこの私、中野二乃だけなんだ。充分にやってきた。あわよくばなどという下心もなく、彼にウザがられようともずっとずっと四葉の為に憎まれ役をやってきたんじゃないか。

 

そんな私だからこそ……資格があるんじゃないだろうか。

いや、あるに決まっている。私以外の誰にそんな資格があるというのだ。

 

自信はある。

彼を私のモノにする自信は……ある!

 

そもそも彼が私たちの中で一番異性を、女を感じていたのは間違いなく私だったはずだ。

これは負け惜しみではない事実。女としては彼の中で私が一番勝っていたはずなんだ。

 

じゃあなぜ勝てなかったのか。

それは月日の長さと、参戦した時期なんだ。

 

月日に関してはどうしようもない。でも彼を巡る想いにしても私はある意味一番遅かった。我が物顔で姉妹の間に入って来た異物である彼をずっと嫌い、憎んでいた。ようやく彼を受け入れた時、ようやく己の気持ちに正直になった時にはもう遅かったんだ。

 

もしもあの時もっと早く素直になれていたら……。

姉妹の誰よりも長く彼に気持ちをぶつけ続けられていたのなら。

 

きっと今彼の隣にいるのは私だったはずなんだ。

 

「フー君……私の、フーくん……うふふ」

 

ああ、愛しい。なんて愛しいんだろう。

理屈じゃない。答えなんてない。身体が、細胞が、彼のことを求めているようだ。

 

『なんでお前らはそんなにも俺のこと……』

 

あの時が彼が言いかけた言葉。おそらくは四葉はその答えを示せなかったんだろう。

でも私は違う。私なら出来る。

 

鈍感な彼が理解出来るまで一日中でもまぐわって愛を教えてやる。

不安なら一晩中でも耳元で愛を囁いてやる。

 

「フー君。愛してるわ……」

 

言葉と共に決意を示す。私の全ての愛を捧げる。

 

今度は遅れない。

絶対に放さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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