La vie en rose 作:T・Y・ムンチャクッパス
白薔薇の花言葉は『相思相愛』
「もしもしフータロー?」
『三玖か』
「うん」
『一人か?』
「周りに誰もいないよ。外出たから」
『気を使わせて悪いな』
「ううん。いいよ」
公園に着いてすぐ私はフータローに電話をかけた。暫しのコール音の後にフータローが出る。いつもと変わらない声の調子に少しホッとした。
「フータロー。その、大丈夫?」
『ありがたいけどお前が心配すべきは俺の事なんかじゃないだろ?』
「あっ……」
『二乃からの着信数で察したよ。もう四葉から聞いたんだな?』
「う、うん」
『そうか』
「フータロー……あの……えっと……」
何を話せばいいのか。何を言えばいいのか。
分からずに言葉が上手く出てこない。そんな自分が嫌になる。
『ごめんな』
そんな私を見かねてなのかフータローが呟くように謝罪の言葉を言った。私は慌てて何とか言葉を紡ごうとする。
「その、別にフータローが謝ること……」
『三玖は俺を責めないのか?メッセージはまだ見てないけど、二乃はかなり怒っているんだろ?』
私はそれには答えず聞きたかったことを尋ねる。
「フータロー。四葉の言ってたことは本当なの?」
『四葉は何て?』
「その、フータローが、わ、別れようって……」
『そうか』
「あの、何か誤解があるんだよね?そう、ちょっとした勘違いとか……」
『事実だ』
「……っ!」
間髪入れずに返してきたフータローの返事に思わず絶句してしまう。
『四葉に別れを切り出した。それに勘違いでも一時の気の迷いでもない』
「どうして……。だってフータローは四葉を選んだんでしょ?あの時私たちの中から四葉を選んで。二人はとってもお似合いで幸せそうで。だ、だから私……私は……」
だから私は我慢して身を引いたんだよ。
その言葉を寸前で呑み込む。
「フータロー。何かあったんだよね?フータローが四葉にそんなこと言うなんて何か……言えないような特別な理由があったんでしょ?私は分かってる。フータローのことは私が誰よりも分かって……と、とにかく私は信じてるから。だから……」
熱が入って思わず言ってはいけないようなことまで口走ってしまいそうになる。
私は自分を落ち着かせるように一つ息を吐くとフータローの返事を待った。
『……三玖。お前らから見て俺はそんなにも……』
「な、なに?」
『いやいい。何でもない』
フータローはそう言葉を切ると暫し沈黙が訪れた。フータローは今何を思っているのか。どんな顔をしているのか。電話じゃそれが何も分からない。それがもどかしく……悲しい。
『なぁ三玖』
小さなため息が聞こえた後、フータローが呼びかけて来た。
『そんなに変なことか?』
「えっ?」
『男と女の仲が終わるのにそんな御大層な理由やらが必要なのか?』
「えっ?えっ?あ、あの……」
『別に珍しくもないだろ。こういうのは』
「フータロー?どうしたの?」
『……悪い』
フータローはそう言うと、何やら聞き取れない小さな声で独り言を言い始めた。
その態度に不安になる。フータローはどうしちゃったんだろう?
「あ、あの……」
フータローの為に何か話さないと、話を聞いてあげないと、そう思った。
「フータロー」
『……あ。悪い。何だ?』
「どうして私に連絡を?」
『どうしてとは?』
「その、二乃や五月じゃなくて。あ、もしかして一花にはもう?」
『一花に?まさか。俺から話すわけないだろ』
「そ、そうだよね。じゃあ何で……」
『三玖が一番だからだよ』
「ええっ!?」
その言葉に場違いな大きな声が出てしまった。
『なんだよ。いきなり大きな声出すな』
「だ、だってフータローが!その、急に変なこと……言うから」
『そんなに変か?二乃や五月に話しても互いに喧嘩になりそうだし。一花は忙しそうだし。冷静に話し合い出来そうなのがお前だけだと思ったんだが』
「えっ……あ、そう、だよね。ごめん」
一瞬何かを期待してしまった自分が恥ずかしい。
勘違いした恥ずかしさに黙り込んでいると、フータローが小さく笑った。
『ダメだな。どうにも相手が見えない電話だと……俺が口下手なせいもあるけど』
「フータロー?」
『話したいことが他にあったんだけどまたの機会にするよ。すまなかったな三玖』
「えっ?ま、待って」
『ただ一つだけ。一番言いたかったこと……四葉のこと頼むな。アイツはああ見えて脆いとこがあるから。お前ら姉妹が支えてやってくれ。……俺にこんなこと言う資格なんてないんだけどな』
「フータロー。待って」
『頼んだぞ三玖。じゃあな』
「待って!」
本当に自分の声かと思うくらい大きな声が出た。
フータローも私の声に驚いたのか、電話を切らず黙っている。
そんなはずない。あり得ない
そう思っていても不安で怖くてたまらなかった。
これでフータローと私たちの……私との絆が消えてしまうんじゃないかって。
『三玖?』
暫く沈黙が続いた後フータローが伺うように呼びかけて来た。声には困惑の色がありありと出ている。
『まぁ……なんだ。悪かったな。お前も本当は四葉の事で俺に言いたいこと沢山あるだろうに。駄目だな、どうも俺は昔からお前に甘えてしまうところがあるな』
「……甘える?私に……?」
『お前は誰よりも優しいからな。だからつい甘えちまう』
優しい?私が?
……違う。違うんだよフータロー。私は……。
本当の私は……
本当の私の気持ちは……!
『とにかく今日は悪かった。切るぞ』
「待って」
『なんだ?』
「フータローは四葉と別れたんだよね?」
『えっ?』
「そうなんだよね?」
『いや……まだ四葉からは返事は……』
「でもフータローの気持ちはもう固まっているんだよね?」
『それは……』
「答えて」
『三玖。今日はもう』
「答えて。お願い」
沈黙が訪れる。
フータローの小さな息遣いだけが微かに聞こえた。
『……ああ』
どこかぶっきらぼうに、それでもはっきりとフータローは言った。
私はそれを聞いて右拳にありったけの力を入れて握りしめた。爪が掌に食い込み跡が付くのもかまわずに自分に発破をかける。
“私と付き合おうよ”
かつては届かなかった言葉。それを今ここでもう一度言う為に。
「フータロー」
『なんだよ?』
「私……わたしと」
喉元まできている言葉。それを何とか出そうとする。
私は優しくなんてない。
そんなのは私自身が一番よく分かっている。
卑怯で、卑屈で、醜い。
それが真実。それが中野三玖という私の正体。
でもそれが何だ。
フータローが私を見てくれるのなら。フータローが側にいてくれるのなら。フータローが私を選んでくれるのなら。
私は喜んで悪人になる。なってみせる。
たとえ大切な妹から男を奪う悪女と言われようとも。
一度目は選ばれなかった。
私はフータローの一番じゃなかった。
時の積み重ねが違うあの子に勝てるわけがなかったんだと自分を慰めて。それでも未練がましく『もしも』を捨てきれずにいたのは、それは変わる事のない想いのため。
私はフータローのことが好き。大好き。
この想いの強さだけは誰にも、あの子にも絶対に負けてない!
何の取り柄もない私。何の自信もない私。何も言えなかった私。
でもあなたのおかげで私は少しだけ変わることが出来たんだ。
だから言おう。
あの時届かなった言葉を。今度こそは届くように。
「フータロー。聞いて」
『なぁさっきから何なんだよ?』
「わ、私……私」
『三玖……?』
「私と……!」
いつの間にか空は暗くなり僅かに雨も降ってきていた。
なのに私はすでに相手のいなくなったスマホを耳に当ててまま、木偶の坊のように立っている。
“私と付き合おうよ”
結局この言葉を言うことは出来なかった。
そうして何も言わず黙り込む私を訝しみながらフータローは電話を切った。
怖かったんだ。
もし言ってしまえば、今のこの関係さえ失ってしまうんじゃないかと。
私は卑怯だ。
この一年もの間二乃が、五月が、四葉の為にフータローに強い言葉で咎めていた時にも、私だけはフータローを庇っていた。姉妹の前ではフータローに怒りを見せるように装いながらも、二人で話す時にはとにかくフータローを庇い、励ましていた。ただフータローに嫌われたくない。フータローに好かれたい。そんな邪な思いのために。
だから当然なんだ。フータローが私を信頼してくれたのは。
優しくなんてないんだ。全部自分のため。そのために私は大切な姉妹さえ利用していたんだ。
でもそんな私の醜い心で築いた信頼であろうと崩れてしまうのが怖かった。
四葉のことで間もない内にこんなことを言って、それで軽蔑でもされたらと思うと言えなった。
二乃なら言えただろう。
一花でもそうしただろう。
五月でも……。
でも私は言えなった。
結局私はあの時から何も変わらない。自信なしの情けない愚かな少女のまま。
「フータロー。私と付き合おうよ……」
相手のいないスマホに向け私は独り呟く。
「私と付き合おうよ。フータロー。私と付き合ってよ。ねぇフータロー。私と、私を……」
冷たい雨が少しずつ強くなっていく。
馬鹿な私を嘲笑うかのように全身を濡らしていく。
暗くなった空へ手を伸ばす。
でもその手を繋いで欲しい唯一の人はここには、私の側にはいない。
寂しい。
寂しいよ。
「フータロー……」
私はここだよ。
お願い。私を掴まえて。私に触れて。私を抱きしめて。
わたしを見つけて。