La vie en rose   作:T・Y・ムンチャクッパス

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橙薔薇の花言葉は『絆』





第4話

「お久しぶりですね上杉君」

「……ああ」

「そんなに嫌そうな顔しないで下さいよ」

「はぁ……」

「デリカシーのなさは相変わらずのようですね」

 

三玖との電話から二日後、風太郎は思わぬ相手と再会していた。本来ここで会うはずもない相手、何より今は会いたくない相手の一人。故に風太郎の顔にも戸惑いと若干の緊張が走っていた。五月は訝し気に自分を見る風太郎を少し悲しそうな顔で一瞥すると周りを見渡した。

 

「やっぱり東京の駅は広いですね。迷子になっちゃいそうです」

「五月」

「なんですか?」

「どういうつもりだ?」

「何がですか?」

「いきなりこっちに来るってこともそうだし。更には俺一人で迎えに来させたり」

「私が東京に来ちゃいけないなんて決まりはないでしょう?」

「勿論そんなのはない。でもだからってこんな時に……」

「誰のせいだと思ってるんですか?」

 

五月はそう言うと風太郎を非難するかのように目を細めた。

 

「ちっ」

「……あの、さすがにそんな態度取られると傷つきます」

 

思わず忌々しそうに舌打ちをしてしまった風太郎だったが、五月の曇った顔を見てやり過ぎたと思いバツが悪そうに額に手をやった。

 

「ついイライラして。すまなかった」

「思ったより……ですね。その様子じゃ二乃とでもだいぶやり合ったんですか?」

「いや、アイツとはまだ話してないから」

「ということは他の子とは話を……なるほど、どうせ三玖でしょう」

「……ああ」

「相変わらず三玖には素直に話すんですね」

「別に」

「それは三玖がお気に入りだからですか?」

「おい大概にしろよ五月。そんな嫌味を言いにこの時期にわざわざこんなトコまで来たのか?お互いそんな暇じゃないだろ。特にお前はこんなことしてる時間がどこに……」

 

風太郎の言葉に五月は俯く。

 

「……悪い」

「いいですよ。その通りですし」

「まぁなんだ。敢えてあんまり触れないようにしてだけど、実際どうなんだ?自信の方は」

「五分五分……いえすみません。正直に言うとかなり厳しいです」

「そうか……」

 

風太郎は一つため息をつく。

 

「なぁ五月。俺がもう偉そうに言えることじゃないけど……」

「だったら言わないで下さい」

 

有無を言わさぬ言葉に風太郎は押し黙ると、もう一回ため息を吐いた。

 

「それより上杉君」

「なんだよ」

「その……お腹減ってません?」

「は?」

「いやですから……もし上杉君がお腹減ってるなら、ご飯付き合ってあげてもいいかな、と」

 

見れば五月は先程の仏頂面からうってかわってお腹を押さえて恥ずかしそうに俯いている。

 

こんな時にでも食い気が出るのは相変わらずなのか。

風太郎はそんな食いしん坊を面白そうに見つめる。

 

「……何がおかしいんですか?」

「いや。別に」

 

風太郎の顔に小さく笑みが浮かぶ。

張りつめていた空気がどこか和らいだ気がした。

 

「そうだな。そういや少し腹減ったし。なんか食うか」

 

その言葉に五月はパッと顔を上げると顔を輝かせた。

 

 

 

 

 

「……お洒落な店ですね」

「だな」

「なんか店内カップルばかりですね……」

「そうか?」

「うう……」

 

風太郎に連れられた店に着き、案内された席に座ると五月は緊張したように店内を見渡した。

 

「何頼む?」

「え、えっと……う~」

「なんだその空腹の獣のような唸り声は」

「そんな唸り声なんて出してません!ただ……その、こういう場合何を頼めばいいのかと……」

「普通に好きなもの頼めばいいだろ」

「そうなんでしょうけど。あまりこういう、その、カップル御用達のようなお店は慣れてないもので……ううっお腹が減ってるのにぃ……」

 

その後お腹を押さえながらもメニューを見たまま一向に決まらない五月に、風太郎は苦笑すると店員を呼んだ。

 

「お決まりですか」

「あの黒板に書かれているのが今日のオススメですか?」

「はい」

「じゃあそれを二人分で。コースは……」

「えっ?ちょっ私はまだ決めてないですよ!」

「それと彼女には食後のデザートも。ええっと」

「上杉君!」

「もういいだろ。足りないと思うならその時に追加で注文すりゃいい」

「た、足りないって……人をそんな大食いみたいに」

「違うのか?」

「違います!」

「その割に暫く見ないうちに随分ふくよかになった気が……」

「気のせいです!絶対気のせいです!」

「ま、まさかとうとう60の大台に……」

「そ、そんなわけないじゃないですか!さすがにそこまでいってません!この前会った時からほんの二キロほど増えただけです!訂正して下さい!」

「やっぱしっかり増えてんじゃねーか」

「だってそれはお勉強の!……あっ」

 

五月はそこで店員が笑いをかみ殺しているのに気付き、顔を真っ赤にして俯いた。風太郎は小さく笑うと五月の分も含め注文をする。

 

「とりあえずこれで。デザートはまた後で」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

店員が去って行くと一瞬奇妙な沈黙が訪れた。風太郎が視線を目の前に座る五月に向ければ、恨みがましい目でこちらを見ている。

 

「なんだよ怒ったのか」

「そう見えますか?」

「冗談だよ、悪かったって。少しからかっただけだ。変わってないから安心しろ」

「そんなことじゃありません」

「じゃあ何だ?」

「随分慣れているんだって、そう思っただけです……」

 

五月はどこか寂しそうに言うと、何か言いたげな表情を向けて来た。風太郎は思わず視線を逸らす。

 

「上杉君」

 

しかし風太郎の心情をよそに五月は追及の手を緩める気はなさそうだった。

 

「この店は四葉と?」

「いや……ここは四葉とは来たことは無い」

「そうなんですか?じゃあどうして私をここに?」

「別に深い意味はない。丁度こないだオススメの店だってアイツに聞いたから。それで」

「誰ですか?」

「誰ってそれはお前も……あっ」

 

答えようとした風太郎はそこで何かに気付いたように口を紡いだ。そして言葉を探すように視線をあらぬ方へ向ける。

 

「……その、大学の友達だよ」

「そうですか。こちらでは随分とお洒落な友人方に恵まれているようですね」

「何か棘ある言い方だな」

「そうでしょうか?」

「言いたいことがあるならハッキリ言えよ」

「何の躊躇もなく女の子をこういうお店に連れて来て、自然に振舞って、余裕があるように見えましたから。高校生の頃のあなたからは想像も出来ませんよ。人って変わるんだなと思っただけです」

「何言ってんだお前?」

「それとも女の子の扱いは四葉で存分に鍛えられたというわけですか」

「五月」

「そして慣れたらもう用済みとして捨てるんですか」

 

ガタッ!

大きな音を立てて椅子を蹴り飛ばす勢いで風太郎は立ち上がった。

 

そのまま五月と睨み合う。だがそこで周りの何人かがこちらを見ながら何事か小声で話しているのに気付いた風太郎は、不承不承ながらまた腰を下ろした。

 

「怒りました?」

「あんな言い方されて怒らない奴がいたら顔が見てぇよ」

「そう、ですね……」

「なぁ五月」

 

風太郎はそこでやるせなさそうに頭を振る。

 

「お前は……いやお前らは少しもおかしいと思わないのか?」

「何がですか?」

「俺にもお前ら姉妹の仲の良さ、絆の強さってのは分かっているつもりだ。何より俺にも大事な妹であるらいはがいるしな。それでも……やっぱりおかしいだろ」

「だから何がですか」

「姉妹の為と言えば聞こえはいいけど、お前らいつまでこういうのを繰り返す気だ。この先もずっとお前らの誰かが恋愛事で傷付く度に、誰かが泣く度に、他の姉妹が束になってその相手を責めに行くのか?」

「……」

「もういつでもずっと一緒なんて、何もかも姉妹で分け合い共有していくなんて、そんな子供じみたことは通用しないのはお前にも分かるだろ。俺らはいつまでもガキじゃいられないんだ……!」

「……」

「俺自身三玖にお前ら姉妹で四葉のことを支えてくれと頼んだけど、でも……ああくそっ!」

 

風太郎は肩肘をついて頭を乱暴に搔きむしると己を落ち着かせるように目を瞑った。五月は何も言わず、そんな風太郎を無言で見つめている。

 

「悪い。どうかしてた。許してくれ」

 

取り乱した自分が情けなくいたたまれなくなって、風太郎は目を閉じたまま謝罪の言葉を述べた。

 

「上杉君」

 

だが思いの外落ち着いた口調の五月の言葉に顔を上げる。

 

「いくら世にも珍しい五つ子の私たちでも、いくら頭の悪い私でも分かっていますよ。いつまでも一緒になんていられないって」

「五月……」

「それに姉妹みんなでどこぞの相手を責めに行くなんて、そんなことしませんよ。するわけないじゃないですか」

「いや、でもな……」

「あなただって本当は理解してくれているんでしょう?」

 

五月はそこで口元をどこか不自然に歪ませた。

 

「あなただからですよ」

 

風太郎をしっかりと正面に捉えて言う。

 

「上杉君だから、そうしているんです」

「お前……」

「あなたは私たちにとって特別なんです」

 

そうして笑顔を見せた。満面の笑顔、親愛に溢れた笑顔を。

 

「いつ……」

「あ~。お腹減りました。どんなお料理でしょうか。楽しみですよ」

 

一転して無邪気に言う五月。風太郎はどこか引き攣った顔で目の前の五月を見る。

五月が心の奥で何を考えているのか分からない。そんな五月が不気味で……怖かった。

 

「お待たせしました」

 

そこに丁度よくかかる店員の声。

 

「お客様。当店では行き届いたサービスを心掛けていますが、どうか痴話喧嘩の方は周りを考慮してのセルフサービスでお願い致します」

 

その店員らしからぬ言葉に風太郎はパッと顔を上げる。

 

「なっ……」

「いらっしゃいませー」

「竹林!?何でお前が!」

「なんでって、私ここでバイトしてるから」

「えっ?な、何言ってんだ?だってお前がオススメの店だって教えてくれたんじゃないか」

「そうだよ。自分の働いている店をオススメするなんてバイトの鑑だと思わない?」

「お前……」

「それにしても早速来てくれるとは思わなかったけど。他の子に面白いお客さんがいる、って言われて見てみれば……まさか風太郎とはね」

「ぐっ……」

「しかもまだ時間も経ってない内にもう別の女の子連れて?ちょっと節操がないんじゃないかなー?」

「おい!」

「冗談だよ。冗談」

 

そのまま竹林は口をあんぐり開けて固まっている五月の方へ身体を向ける。

 

「えっと、お久しぶり……でいいのかな?五つ子さん」

 

そうしていたずらっぽく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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