La vie en rose   作:T・Y・ムンチャクッパス

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第6話

「どうして……繋がらないの……?」

 

四葉はスマホを耳から離し俯くと目の前のテーブルに腕を投げ出した。

テーブルに置かれた苗に入った小さな観葉植物。心を和らげる作用があるという触れ込みで買ったもの。確かに少し前までは効果を実感できていたような気がする。でも今は全然効き目なんて感じやしない。

 

「一体……誰と……話しているの……?」

 

そんなことはない。あり得ない。彼に限ってそんな。

分かっていても、理解していても、最悪の想像の断片だけが浮かんでは消えて、どうにかなってしまいそうになる。

 

『別れよう』

 

あの日彼から発せられた言葉。四葉にとっては呪いとも言えるものが胸で疼き暴れる。

 

「うっ……ううっ……」

 

あれだけ泣いたというのに、どうして涙というのは止まってくれないんだろう。

一人で泣いて、独りで泣いて、姉妹たちとの電話でも泣いた。幼児みたいにみっともなく泣いて、喚いた。そうしてたくさん話を聞いてもらった。たくさん慰めて貰った。たくさん温かい言葉を貰った。

 

何より大事な家族からの優しさ。何より大切な姉妹からの愛。なのに……

 

この悲しみは消えない。姉妹からの大きな愛をもってしてもこの苦しみは消えてくれない。

 

「風太郎君……風太郎君……」

 

えずくようにして出るのは愛しい彼の名前。

 

「どうして……?どうして、どうして、どうしてぇ!」

 

バァン!

振り降ろした拳によりテーブルがひび割れてもおかしくない程の大きな音を立てた。

 

「ひどいよ……」

 

四葉はそのまま腕を枕にしてテーブルに伏すと、堪えきれない想いが涙声と共に溢れ出て来た。

 

「わたし何も悪いことなんてしてないよ……?風太郎君の為にがんばってきたんだよ……?」

 

風太郎の為に奇麗になりたかった。

風太郎の為に料理にだって挑戦した。

風太郎の為に優しくしようと気を配った。

風太郎の為に親しくいられるよう心掛けた。

 

一花のように、二乃のように、三玖のように、五月のようにはいかなくても。

それでもひたすら風太郎を想い精一杯やってきたんだ。

 

「それなのに、どうして……!」

 

バン!

衝動のままもう一度拳をテーブルに叩きつける。その衝撃に手に痛みが走った。でも今の心の痛みに比べればそんなものどうってことはない。

 

「もう……こんな時間」

 

テーブルの隅に置かれた時計が目に入る。時刻は午前二時を回ろうとしていた。そうだ。もう寝てしまおう。こんな時間にまで起きているから嫌な想像ばかりしてしまうんだ。四葉は座り込んだままの身体をのろのろとベッドの方へ向けた。

 

見慣れた自分のベッド。何度このベッドで風太郎と身体を重ねたことだろう。

もう数えるのが億劫なくらい繰り返してきた行為なのに、今の四葉にはそれがあたかも遠い思い出のようにも感じられてしまう。

風太郎は自分のアパートで恋人の営みをするのをあまり好まなかった。『俺のとこ壁が薄いから周りに聞こえんだよ』彼はいつもそう言っていた。かと言ってホテルに行くのは『金がもったいない』と。したがってするのはいつもここ。この部屋、このベッドだった。

 

でも、そういえば……四葉は回想する。

風太郎はそういった行為を、恋人なら当たり前に行うセックスに対してもあまり積極的ではなかった。性欲がないなんてことはないのだが、彼の方からは求めてくることはあまりなかった、特にここ最近はずっと自分の方から彼に強く求めていた気がする。

別にとりわけ性欲が強いわけでも、快楽に狂っていたわけでもない。ただ嬉しかったからだ。幸せだったからだ。普段は不愛想でどこか斜めに構えている彼がベッドの中では違ったから。普段はあまり表に出さないその優しさを前面に見せてくれるから。

 

温かい笑みを浮かべながら話を聞いてくれるから。

あやすように髪を撫でてくれるから。

そして、優しくキスをしてくれるから。

 

「ううっ……ううっ……ううぅ……!」

 

自分のベッドを見つめながら風太郎と肌を重ねた時間を思い出す。だがそれは今の四葉にとっては胸に突き刺すような強烈な痛みを与えた。

 

今この瞬間、風太郎は一体誰と話しているのだろうか。友人か。それとも何かの知り合いか。どっちにしろこんな時間に話をするなんて余程の親しい人じゃなきゃしないだろう。

 

それともまさか。

まさかとは思うが、まさか、まさか。女の……。

 

「違う! 違う違う! 考えるな私!」

 

四葉は頭を振り最悪の想像を振り払おうとする。でも止まってくれない。消えてくれない。

今彼はどこぞの知らぬ女と楽しくお喋りをしているのではないか。そしてそのお喋りが終わった後には二人で会って、そして……。

 

「やめてぇ、やめて!……やめろぉ! それは私の、私の……!」

 

止められない自分自身に叫ぶ。自身の想像に憎しみが走る。

ふざけるな。四葉は掌に血がにじむほどの強さで爪を立て、歯を食いしばった。風太郎のあの微笑みを、優しさを、キスを、自分以外の誰かが享受する。そんなこと絶対に許されるものか。絶対に認めてやるものか。

 

顔も知らぬ自身の想像上の女に嫉妬している。憎しみを抱いている。

四葉は思う。いつから自分はこんなに嫉妬深くなってしまったのか。昔はこうじゃなかったはずだ。なのにどうしてこんなにも激しい独占欲を持つようになってしまったのだろうか。

 

でも答えなんて分かっている。だって自分は知ってしまったのだから。彼から享受するあの温もりを。蕩けるような幸せを。それはまさに禁断の果実。一度知ってしまえばもう戻れない。

そう。だから絶対に、絶対に認められない。

 

あれは私のだ。全部私だけのものだ。

どこぞの女なぞに渡してたまるものか。奪われてたまるものか。いや誰であろうと許さない、たとえそれが血の繋がった家族だろうと私は……。

 

「……えっ?」

 

そこで四葉は気付いてしまう。胸に宿った僅かな疑念。だが四葉にとっては考えられる最悪のものだった。

何よりも大切な、誰よりも愛する姉妹たち。だが今不意に芽生えたのはその姉妹の誰かが関係しているのではないかという疑惑。

 

そんなことはない! あり得ない!

自らの疑惑に恐怖し四葉はさらに激しく頭を振る。思い出せ姉妹からの愛を。かつてのどうしようもない自分が招いた罪を。自分だけは違うと他の姉妹を見下し、その傲慢さの結果姉妹全員に償い消えれない程の迷惑をかけた。それでも姉妹たちは誰一人としてこんな自分を責めることなく一緒にいてくれた。寄り添ってくれたじゃないか。

 

そうだ。今の私はどうかしているんだ。たとえ僅かでもよりによって家族を疑うなんて。

四葉は落ち着きを取り戻そうと何度も深呼吸をした。そうして先日の電話での姉妹たちとの会話を思い出す。彼女たちから贈られた言葉。それは真摯な優しさや励ましだったはずだ。だからあり得ない。あり得るはずがない。

 

『そうよ。あんな男なんて忘れちゃいなさい。四葉にはもっといい男がいるわ』

 

……でも、そんなことを姉の一人に言われた気がする。

 

『そうだよ。忘れよう? 四葉には絶対フータローよりも素敵な人が見つかるはず』

 

……そんなことを別の姉に言われた気がする。

 

『そうですよ。彼とは合わなかったというだけです。だから彼の事なんて忘れて前を向いて……』

 

……そんなことを、妹にも言われた気がする!

 

「ちがう。私は何を考えて……!」

 

そうだ。何を考えているんだ。何を邪推しているんだ。

それらはただの励ましの言葉じゃないか。自分を元気づけるために言ってくれた言葉なんだ。あの子たちだって本心で言ってたわけじゃないんだ。深い意味なんてないんだ。そうに決まってる。

 

……でも『忘れろ』と。姉妹全員がその時にだけ妙に声に色が乗っていたようで。

 

馬鹿な想像だ。疑心暗鬼も甚だしい。今の私はどうかしている。

そう分かっていても、姉妹たちを信じていても、最悪は止まってくれない。独りぼっちという今の現実がそれらを加速させる。

 

「馬鹿だな」って髪を撫でて欲しい

「大丈夫だ」って抱きしめてもらいたい。

「心配するな」って優しくキスして欲しい。

 

でもそうして欲しい唯一のあなたは側にいない。私から離れていこうとしている。

 

「やだよぉ……苦しいよ……助けて風太郎君……お願い。私を……風太郎……」

 

胸に刺さった疑惑という名の棘。

薔薇の棘のような鋭い痛みに四葉は胸を押さえ悲しみに沈むしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






とりあえずようやく姉妹全員を出すことが出来ました。
当初はここから嘘と嫉妬と修羅場に塗れた最悪の女の戦いを描くつもりでしたが、勝手ながらあまりに期間を空けすぎたため、正直続きはどうなるか分かりません。
もしも物好きな人がいましたならどうか期待せずにお待ち頂けたら幸いであります。

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