空想的あめりか旅行記   作:sinsin

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旅の前:砂漠と悪魔と放火

 砂漠というのは本来人がいていい場所ではない。夏でなくても日中の気温は五十度をこえ、さらに夜は一転、氷点下近くまで下がる。大地の放熱はすさまじく、日が沈んで数時間のうちに地面は昼間の熱をすべて散らし、石は氷と同じになる。日暮れ前のぬるま湯のような外気に油断して眠り込めば、朝までにアイスキャンデーのお化けになれるだろう。とくに真冬の野宿は推奨されない。

 そんな砂漠にありながら、朝起きて、外に出ると、その日の我が家は炎上していた。クリスマスまで、もう一月。煙柱、巻き上がるほど天高く、家燃ゆる秋。かくして私は危機にある。

 

◆ ◆ ◆

 

十九世紀半ばの大移民団、ゴールドラッシュの波に乗ったフォーティナイナーズによって、私と父の住む町は開かれた。石と砂ばかりの西海岸の金坑町。隣町まで馬車で三日、住人はトカゲとハゲワシ、シロアリにサボテンが少々。そんな場所でも彼らは逞しく切り開き、金鉱が生きていた頃は百人ほどが生活していた。金鉱脈で財を築いた彼らは、毎晩のようにたき火を囲んで飲んで浮かれ、一時はこの枯れた大地に華が咲いたようだったと聞く。

 しかし鉱脈はすぐ枯れた。人々はさっさと財を持って東海岸へ移り、無人となった町はじわじわと砂に戻っていった。町が拓かれ二十年、町が捨てられ十年。木造家屋はシロアリの餌となり、唯一の石造りだった教会も砂に呑まれようとしていた、そんな頃に、まだ幼い私を連れて放浪していた父が住み着いたのだった。

 

「なんでわたしたちはこんなすなばにすんでるの」

と、幼い私は父に尋ねたことがある。

 

「ここの地面の下には金が眠っているからだよ。それを掘り出して僕たちは一攫千金、大金持ちさ。でもこれには大変な根気と労力がいるからね、焦ってはダメなんだ。誠実さと継続に幸運の女神は微笑むのだよ」

 

 当時の私は賢明だった。六歳にして円周率を下十二桁まで言えたうえ、二桁のかけ算まで修得していたため、隣町に出かけた際には「ローレンツさん家のミランダちゃんは歩く才女」とまで言われたほどだ。あそこの八百屋は才女が歩かないと思っていたらしい。

 ともあれたいへん聡明だった当時の私は、父の「一攫千金」と「誠実」という相反単語が両立する計画の破綻を予見していた。

 そこで父が外で働く間、私は内職に徹した。内職とは見せ物屋である。当時の私はまだころころといたいけな一美少女にすぎなかったため、ストリップなどという破廉恥な見せ物はいただけなかった。そういう需要はなかった。しかし私には一風変わったペットがあった。名をアイボという。いつの頃からか私につきまとい、餌も食べず糞もしない、変わった生物だった。くぐもった銀白色の液状で、コロコロ転がって移動するかわいいやつだった。生物図鑑で見たどんな生き物よりも、IVORYのような科学雑誌に載っている、表面張力で丸くなった水銀玉に似ていた。あるとき父はその生き物について焚き火のそばで語った。

「お前の”ヌルテカ”な」

「変な名前にしないでよ。アイボよ」

「うむ。あれは実はトカゲやハゲワシとは違うものだ。おとぎ話に言う妖精に近いのだよ」

「嘘。妖精は羽が生えて飛んでるものじゃない」

「そういう妖精もいるということだ」

 父は焚き火を前にして法螺を吹くことが多々あったので、私は図鑑をめくったが、確かにアイボのような生き物の話は出てこない。しかしアイボのような妖精の話もない。そこで私はアイボを見せ物にして稼ぎながら、情報を集めるという、未だかつて誰も思いついたことのないような画期的な作戦に打って出た。てきめん、結構いい収入になった。いつの時代も神秘的なものに金を落とす人々はいるもので、こんな辺境にも月に二回くらいはそういう人がきてくれるようになった。

 それで当時流行っていたニュースペーパーもとれるようになった。これは毎日届けると配達屋が過労死してしまうか、流行のストライキやらサボタージュやらに走ることが判明したので、月に一度、一息に届けることとなった。しかしアイボについての決定的な情報は今日まで見つかっていない。

 

 父は根気と粘りの男であった。さらさらと水気のないこの砂漠において彼ほどねっとりとねばり強い生き物は存在しなかった。しかし阿呆だった。年頃を迎えた私は何度か彼に進言した。

「こんな砂漠になんて住んでいられないわ。金鉱脈だって何十年も前の話じゃない。東海岸のもっとキュートでポップな町へ引っ越そうよ」

 しかし彼は折れなかった。

「いや、金鉱脈はたしかにあるはずなんだ。今日にでも、明日にでも堀当てられるかもしれないんだよ。誠実さと根気に幸運の女神は微笑むのだよ」

 そんなに女神に会いたいなら東海岸に最近ふらんすから贈られてきたらしいから行けばいい。幸運にはならずとも自由になれる、主に私が。父が私のようにさっぱり潔い人間だったなら、きっと私も父も幸せだったに違いない。

 その頃から私は砂漠を出て行くことにあこがれていたが、最寄りの町まで馬車で三日という立地のためそれは叶わぬことだった。それに父を一人置いていくのも気が引けた。阿呆な父ではあっても十余年連れ添えば情も湧くのだ。むしろ阿呆な父ほど子からすれば愛しいのかもしれない。

 

 そんな父であったから、焚き火のそばでいろいろな話をしたが、夢物語のような話が多かった。中でも妖精、魔法使い、悪魔の話が大好きだった。

「妖精にもいろいろあるが、悪魔にもいろいろいる。しかし恐ろしいことにアレは人を食う」

 父の悪魔の話はおどろおどろしかった。明らかに私を怖がらせようとしていた。何故父親というのは威厳のために魔物の類を利用するのか。

「この家にも悪魔はいるのだよ」

 

 次の日から私は悪魔の不存在を証明することにつとめた。これはまさに悪魔の証明となったため、すぐに頓挫した。代わりにアイボを見に来た客からは悪魔についての話も集め、ニンニクを食べたり銀の食器を常に持ち歩いたり十字路に灰を撒いたりした。水は貴重だったので聖水には頼らなかった。その甲斐あって私はその後六年にわたり、悪魔的存在には出会うことなく平和に過ごした。私は心身ともに成長し、多くの子供たち同様そういうオカルトをおそれる時期を通過した。父の話も妖精以外のものは嘘と思えるようになっていた。

 

しかし悪魔は実はいたのだ。それは私の最も大切とも言えるものを奪って失せてしまった。

 

◆ ◆ ◆

 

 十六の誕生日が過ぎ、もうすぐ冬になるかというころ、奴は現れた。その日、私が目を覚ますとなんだか視界が白っぽい。視界のもやが晴れないので何度も目をこすっているうちに、脳と嗅覚が覚醒してきた。そして導き出される解答。ああ、アレだ。火事だ。

 私はゴミ箱に手近にあった本をひっつかんでぶち込み、ドアを蹴破り、表へでた。避難訓練なんてしたことがなかった割には迅速で賢明な判断だったというべきだ。

 表では朝っぱらだというのに焚き火がされていた。焚き火の前には六歳くらいの子供がいて、なぜかもうもうと煙を教会の中に扇ぎ入れていた。私の町に知らない子供が一人でいるというのも不思議だった。

「なにしてんのよ!」

 私が叫ぶと子供はこちらをぎょろり向いた。その真っ赤な目と、およそこの世の者とは思えないほどグロテスクな顔を見て、これが父の言っていた悪魔かと確信した。

 子供悪魔はどこからかマッチを取り出した。どこにでもありそうな普通のマッチ。それを彼が手の甲で擦った瞬間、爆炎が教会の一部を消し飛ばした。爆風と砂埃でしりもちをついて、顔を上げるともうそこには子供はいなかった。あとには石の焦げる臭いと舞う塵芥。

「放火魔! 火事場泥棒!」

 私は立ち上がることもできずに、立ち上る煙の先に罵詈雑言を浴びせるだけだった。

 

◆ ◆ ◆

 

 この出来事は「放火悪魔事件」としてこの町の話題をさらった。この町には町人といえば私と父しかいないが、とにかくそれほどの影響を私の生活にもたらした。半焼した教会の復旧には三日ほどかかった。不幸中の幸いと言うべきか、被害を受けたのは私の部屋だけだった。そして幸い中の不幸と言うべきか、部屋は全焼だった。

 私の絶望はもう書き表せないほどなのであえて書かないが、そもそも復旧というのは、被害を知ったときに私が暴れたことによる損壊の回復が主だったとだけ述べる。それほど私の部屋は回復不能であり、他の区域は回復不要であった。その日から私はすきま風吹きすさぶ台所の石畳の上に、砂袋を敷いて寝ることを強いられた。父の部屋で寝る案もあったが、自分の部屋にこだわりのない父は、砂袋に類似の寝床しか持たなかったためメリットも無く、私は乙女のプライバシーを優先した。

 ところで寝床というものは空気のようなもので、そこにあるときはわからないが、なくなって初めてそのありがたみに気づく。私は本来慎み深い淑女であったが、それもひとえにあの羽毛布団の包容力のためだったと言えよう。例えば寝る前にどんなに怒り高ぶっていても羽毛布団にすっぽりくるまればそんな感情は薄れてしまい、朝になれば落ち着きを取り戻すことができる。アレにはストレスをリセットする効果があるのだ。

 しかし当時の私のストレスは蓄積される一方だった。砂袋のうえに転がされた私の精神は限界突破し、攻撃性は日に日に増していった。かのフランスの英雄ナポレオンは、日に三時間しか眠らなかったという。私の見立てでは、彼の戦争の才能はその短時間睡眠による攻撃性の増長の末、目覚めるべくして目覚めたものだ。私は部屋の壊滅を知ったときの大暴れで生まれて初めての脱臼を経験し、外部に攻撃性を向けることに懲りていた。そこで攻撃性は、うちに秘めた火の悪魔への憎悪へと変え、毎晩を堪え忍んでいた。かつて私と同じように、あえて薪の上で寝て、復讐をとげた王が中国にいたという。この無為で疲れのとれない日々は延々続くかに思われた。

 

 「放火悪魔事件」から一週間経ったころの夕食の席で、父が私の寝床の確保について言及した。

「しかし、いつまでも台所で寝るわけにもいかないだろう。もうすぐ完全に冬になる。そうしたら台所だって相当寒い」

 あと一月もすれば冬を迎えるが、そうなると台所も霊安室と化すだろう。寒いというか死んでしまう。思ったより事態は深刻だった。

「じゃあ急いで復旧しないと。どれくらい時間がかかるものなの?」

「うーん、この町には材料も人手もないから、今年中は無理だろう。どうしたって時間がない。タイミングが悪かったな」

 では私はこの冬中父の部屋で厄介になるしか無いのか。それはダメだ。そうなるくらいなら鍋底のような砂漠を渡ってバーベキューとなってしかるべきだ。

「じゃあ、冬の間ここを離れるのはどうだろう。実は昔馴染みに孤児院をやっている奴がいて、そいつが君を預かってくれるらしい」

 齢十六にして孤児となるのだろうか。

「馬鹿な。アルバイトだよ。そこで面倒見てもらう代わりに、何か手伝いをしたらいい。場所は結構離れているが、旅費くらいは出せる貯金はある。帰りは自分で稼いできなさい」

 それは渡りに船な提案だった。父が行ってもいいというなら行くしかない。我、大義を得たり。

「クレーターレイクというところにある。そこまで一人じゃ行けないだろうから、もう案内人も手配してあるよ」

 クレーターレイクというのはここより北に千五百キロほど行ったところだ。父はこれまで行きあたりばったりを地でいく男だったのでその要領の良さには驚いた。

「意外と顔が広いのだよ、僕は」

「それで私はいつ出発できるの?」

「案内人がきたらすぐにでも行けるのだけど、これがいつかわからない。一月以内にくるのは間違いないから、いつでも行けるように準備だけはしておきなさい」

 そう言って父は食べ終えると、台所を出て行ってしまった。わたしもパンをねじ込み、勢い込んで物置へ入った。

 まず皮水筒の補強をした。砂漠を渡るのに必要だ。次に靴にもう一枚皮をかぶせて補強した。途中で破けたら困る。あとは生き残りの服と干物を皮袋に入れると、ものの三十分で準備が終わった。

 しかしなんだか眠れる気がしない。私は補強したばかりの靴を履き、夜の砂漠へと繰り出した。

 冬も近いとあって、外気は新鮮な冷たさだった。三日月が出ていて外はそんなに暗くはない。月光に照らされて、かつて隆盛を誇った町の残骸が浮かび上がる。強者どもが夢の跡。少し出る分には、夜のこの町には幻想的な魅力があった。ここを拓いた移民たちも、イングランドを出るときは私のような心境だったに違いない。かすかにくすぶる不安と緊張、それを消し飛ばすほどの期待と高揚。今は足を動かさずにはいられなかった。行くのだ、新天地へ。砂漠を越えて、山野を越えて、千五百キロも彼方の未知なる土地に。走り回ると冷えた外気は火照った体に心地よかった。この町で育った私にも、きっとそういう冒険者の熱血が通っているのだ。今なら機会を作ってくれた火の悪魔を許せるかもしれない。なんなら拝火教に転身するかも。

 そうやっていつまでもずぼずぼ砂原を散歩していたが、二十分もするといい加減寒さが勝ってきたので教会に帰った。これだから砂漠は怖い。もういつも寝ている時刻をだいぶ過ぎていたので着替えて台所に転がった。その日は不思議とすぐに寝付けた。

 

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