初恋の相手を探してポケモントレーナーになった男のはなし 作:姉醤油
アサギシティへ向かう船で、俺は人と待ち合わせをしていた。
人混みを掻き分けてようやくその相手を見つけた。向こうも俺を見つけたようだ。
「あっ、いた! おーい、ウツギ博士ー!」
「ユウイチくーん! 久しぶりー!」
そうやって俺にブンブンと手を振りながら柔和な笑みを向けるのは、ウツギ博士という人。いや
シワシワのシャツの上にこれまたヨレヨレの白衣という独特の服装をしているが、それは彼の多忙さ
「いや〜久しぶり! 大きくなったねぇ!」
「お久しぶりです! 博士もお変わりないようで」
「そうだねぇ、相変わらず大忙しだ。君のお母さん共々参ってるよ」
実はこの博士、ジョウト中の研究者の中でもトップクラスと言ってもいいほどの功績をお持ちである。
例えば、ポケモンのタマゴを初めて確認したり、ピカチュウは実はピチューというポケモンの進化系であると証明したのも彼。
今ではすっかり世界中で常識として定着しているそれらの情報からも分かる通り、めちゃくちゃすげえ人なのだ。
どうしてそんなすごい人が、忙しい時間の合間を縫ってわざわざ俺と会ってくれているのかと言うと。
「それじゃ改めて。ユウイチくん、十歳のお誕生日、おめでとう! 君は今から、ポケモントレーナーとしての一歩を踏み出すことになる!」
博士が手にしたケースを開くと、現れたのは三つのモンスターボール。
ウツギ博士の研究に協力している母のツテで、俺は旅の始まりにポケモンをもらうことになっていたのだ。
「うおぉ……この中にポケモンが……!」
モンスターボールは、その小さな球の中にどんな大きなポケモンだって収納できる。
他人が使っているのを見たことは数知れないが、この中にいるのはこれから俺と一緒に旅をするかもしれないポケモンたち。
興奮を隠し切ることはできなかった。
「よし、それじゃみんな、出ておいで!」
博士が三つのボール全てを空中に放ると、中から色とりどりの三匹のポケモン達が姿を見せた。
「それじゃ、左から順に紹介しようか。まずこっちの緑色の子がくさタイプのチコリータ。とても大人しい子だよ」
かわいいっ。なんだこの愛らしい生き物は。頭についている大きめの葉っぱをフリフリしてやがる。かわいい。
「お次はみずタイプのワニノコ。この子はちょっとわんぱくかな。ぐおっ」
嬉々として博士の頭に噛みついている。懐いているのかもしれないが、コイツはちょっとデンジャラスかもしれない。
「最後はこの子、ほのおタイプのヒノアラシ。好奇心の強い子だね」
顔を見ると向こうもこっちをガン見してきた。おっ、足元に寄ってきた。クンクンと香りを嗅いでやがる……かなりマイペースらしい。
「どうだい、みんな愛嬌があっていいでしょ?」
「はい、みんなかわいいですねぇ……迷っちゃうなぁ」
そうして首を捻ること十分。
「ダメだ、決まらない……」
「みんな最初のパートナー選びは迷うものさ。きっと長い付き合いになるから、よーく考えて決めるといいよ」
このまま港に着くまで決まらないのでは–––––そんな不安が頭をよぎった時。
「あっ、いたいた! ウツギ博士ー!」
「うん?」
博士に親しげに話しかけたのは十代後半ぐらいに見える女性だった。緑と黄色の蛍光色のパーカーをはじめとして、ストリート系のファッションに身を包んでいる。
「おひさ!!」
「あぁ〜、イチカちゃん! ほんと久しぶりだねぇ〜!」
「えっと……」
「あぁ、ユウイチくんはもちろん初めましてだよね。この子はイチカちゃん。きみと同じジョウト出身のポケモントレーナーだよ」
「おっ、なんか初々しい感じの少年だねえ。アタシはイチカ! ご紹介の通りトレーナーだよ!」
「あっ、どうも。ユウイチと言います。自分もトレーナーです。……
今日からですけど」
「ウソ、ガチの駆け出しじゃん!? やだアタシも懐かしくなってきたー!」
テンション高いな。俺もこういうノリは嫌いではないけど。
「ははは、あんな小さかったイチカちゃんも今じゃ先輩トレーナーってわけだ」
「何年前の話してんですかもー!」
「はっはっは、それで? どうしてジョウトへ?」
「はい、先日アローラでの旅を終えたので、今は里帰りです」
「おお、アローラか! あそこは良いよねぇ、前にククイ博士に会ったんだけど–––––」
アローラ地方と言ったら、ジョウトからはかなり離れた土地だ。そんな所まで旅しに行ってるのか。
ウツギ博士とも長年の知り合いって感じだし、なんかすごい人なのかな。
「あの……イチカさんって、トレーナーとして旅をしたりとか……してるんですか?」
「おん? ……あー、そうね。昔はあちこち回ったけど、今は休憩中って感じかな。……でもアタシ、こう見えてケッコー強いよ。ジムバッジも八つ集めたことあるし」
「八つ……!?」
「ほれ、例えばコレがジョウトのやつ」
そう言って彼女はケースに入った色とりどりのバッジを俺に見せた。
トレーナーとしての強さをバトルで証明し、全国各地にあるポケモンジムで認定を受けた人間だけがもらえるのが、ジムバッジだ。
それを八つ揃えたということは……!
「じゃあ、ポケモンリーグにも挑戦したんですか!?」
「当然。……まぁ負けちったけどね」
そう言って彼女は残念そうに舌を出すが、にしたってジムバッジ八つとは。間違いなく強いトレーナーである証拠だろう。
どうやら俺は、やはりすごい人に出会えたらしい。
「あっ、じゃあアドバイスもらえませんか!?」
「アドバイス?」
「俺、今ウツギ博士からポケモンもらうところなんですけど、すごく迷っちゃってて」
「おお、最初のパートナー選びの真っ最中ってわけね。こりゃ大事な瞬間に立ち会ってるなアタシ」
「どうだろうイチカちゃん。先輩トレーナーのきみから見て、最初のポケモンを選ぶときの考え方とか、何かあるかい?」
「うーん……まぁあるっちゃあるけど……」
「あるんですか!?」
「うん。色々考えることはあると思うけど……やっぱ最後は
「勘?」
「そ、勘。なんだかんだ言っても長い付き合いになるわけだしさ。結局のとこ、『こいつとはうまくやってけそうだな』っていうフィーリングは大事なわけよ」
長い付き合い……か。ウツギ博士もおんなじこと言ってたな。考えてみれば、確かに。きっとこれからの旅は長くなるはずだ。ポケモンリーグを目指すにしろ、他の道を選ぶにしろ、出会ったポケモンとすぐに別れるなんてことはたぶんないだろう。
「まぁとことん迷っといた方がいいと思うよ、時間かけてでもさ」
「そうですね。もうちょっと考えてみます」
だが、俺に悩む暇が与えられることはなかった。
「うおぉっ!?」
その瞬間、船全体が揺れたのだ。船旅によくある軽い揺れではない。
大きな爆発音を伴った、強烈な揺れだった。周囲の乗客も何事かとざわついている。
「ちょっ……なんなのこれ! なんかイベントの予定とかあったっけ!?」
「そんなの無いはずだけど……」
「機械のトラブル……とかですかね?」
「かもしれないねぇ……」
何にせよたまったもんじゃない。そう思ってふと、博士が連れてきたポケモン達の方を見ると–––––一匹だけ、異変に驚いたのか一目散にどこかへと走っていく影があった。
「おい、待てよ! –––––ヒノアラシ!」
機敏な動きで奴はあっという間に、さっきの爆発音の原因があるらしい下の階へと飛び降りた。
「くそっ……俺、探してきます!」
「ちょっ、ユウイチくん!」
「アタシ追いかけます! ヒノアラシが戻ってくるかもしれないから博士はここで待ってて!」
「あぁ、頼んだよ!」
–––––それからわずか数分。
俺はヒノアラシを探しに飛び出したつもりが、いつの間にか自分自身が船のどこにいるのか、完全に分からなくなっていた。
焦って飛び出したのがマズかったことに今さら気づいたのはいいが、今度は道やヒノアラシの情報を聞ける船員が中々見つからない。
どうすれば……!
–––––ヒノアラシを追いかけて下の階へと降りた少年–––––ユウイチ君を追いかけて、アタシも下の階へとやって来た。が。
…………おかしい。乗客はおろか、船員の一人も見当たらない。爆発騒ぎで乗客が逃げたのだろうということは分かる。
しかし、その騒ぎに対処するべき船員すら見当たらないというのは、少しきな臭い。
「ユウイチくーん?」
少年の名を呼ぶが、返事はない。というか、人の足音すらも聞こえない。あるのは波の音だけ。
「出ておいで」
空中に投げたモンスターボールから、相棒が勢いよく飛び出す。
「ライラーイ?」
「ライチュウ、今男の子とポケモンを探してるんだ。探すのを手伝ってほしい」
「ライライ!」
「任せておけ」と言わんばかりに胸を張る相棒。さすがうちのライチュウは頼もしい。
元気に船の中を探索し始めた相棒を横目に、アタシもふたりを探すとしよう。
「誰かが悪さしてんなー、こりゃ」
やれやれ、面倒ごとは勘弁してほしいのだが……。
船でのパートナー選びはちゃちゃっと1話で済ませる予定だったんですが、思ったより内容が膨らみました。
その影響で、本来もうちょっと先で初登場の予定だったイチカちゃんもここで登場。
次回で船上の旅は終了の予定です。
ここまで読んでくださってありがとうございました。