月曜日。
それは学生と社会人から絶大な人気を誇っているほど大人気の曜日。嘘ではない。学生と社会人が選ぶ嫌いな曜日ランキングで堂々の一位を取るほどに『ある意味』大人気の曜日こそが月曜日なのだ。理由としては休日明けで平日の始まりの曜日であり、これから五日間も続く平日の最初だから。
月曜日は多くの、特に学生は憂鬱な気持ちを抱えながらため息を吐くだろう。
「はぁ……」
しかし俺は違う。俺はほぼ毎日憂鬱な気持ちを抱えながら生きている。それは月曜日だろうが何曜日だろうが、平日だろうが休日だろうが関係ない。朝になって携帯を見て、昼になって携帯を見て、夜になって携帯を見て、寝る前に携帯を見ては溜息を吐く。憂鬱なのはほぼ毎日なのだ。
「どうしたの夢月。元気ないけど……」
「ああハジメか。相変わらず眠そうだな」
「あはは。僕はいつものだよ」
そんな俺を心配そうに声をかけてきたのは南雲ハジメ。今世において俺の代親友でありオタク仲間で同じクラスメイトだ。そんなハジメは朝はいつも眠そうだ。両親の仕事を手伝っていつも徹夜だと聞いているが、ふらつきそうなほどに眠そうだと心配になる。
「それで夢月は……」
「ガチャ爆死」
「いつものだね」
「爆死をいつもとか言うなよ」
あははごめん、と言って笑っているハジメに俺も笑う。前世ではオタク仲間に巡り合えなかっただけに、今世で巡り合えたオタク仲間兼親友のハジメと出会えたのは一番の幸運だった。
前世とか今世とか言っていることから理解しているだろうが、俺は転生者だ。女神に出会い特典としてガチャを貰ってこの世界に転生した。この世界がどんな世界なのか全くわからないが、まあ争いも魔法もない平穏な世界だと言うことは間違いない。
「辛かったら言えよ。いくらでも手伝ってやるから」
「うん。ありがとう夢月君」
夢月とは俺の名前だ。今世での名前は神無月夢月。今世でもオタクでありガチャのためにガチャを回す男である。ガチャ狂いでも廃課金プレイヤーでもないので悪しからず。
「おっと。もう教室か」
「……はぁ」
ハジメと話しているともう教室についてしまった。しかしハジメは教室の前まで来ると溜息を吐き表情も暗くなる。その理由が分かっているが俺にはどうしようもできない。でもできることはしなくては。
「大丈夫だハジメ。もしもの時は俺を頼れ」
「夢月君……なんで夢月君がモテないのか本当に不思議だよ」
「うるさい」
「あいたっ!?」
人が気にしていることをズバッと言ってきたので俺もハジメの背中をバシッと叩いてやった。前世でも同じく今世も未だに年齢=恋人いない歴を更新中だよ。しかしそんなことは言えないので背中を叩くだけにしてやった。
そんなどうでもいいことはともかく、教室の扉を開けて中に入ると教室内部にいた生徒たちからの視線が向けられる。
しかしそれは別に問題ではない。教室に入ってくる、というか部屋の中に新しく入ってくる人間がいれば誰もが視線を向ける。それは人間の本能でありおかしなことはない。問題なのがその瞬間に舌打ちやら睨みを頂戴していることだ。
そのほとんどが男子生徒であり、その矛先が俺ではなく隣にいるハジメに向けられている。
ハジメはハジメで極力視線を意識しないように自席へと向かっていく。その様子に視線を向けている生徒たちは何も言わない。関わろうとしない、と言った方が適切か。しかし毎度のことながらちょっかいをかけてくるバカは必ずいる。
「よぉ、キモオタ!また、徹夜でゲームか?どうせエロゲでもしてたんだろ?」
「うわっ、キモ~エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」
何が面白いのかゲラゲラと笑う男子生徒。声を掛けてきたのは檜山大介といい、毎日飽きもせず日課のようにハジメに絡む生徒の筆頭だ。近くでバカ笑いをしているのは斎藤良樹、近藤礼一、中野信治の三人で、大体この四人が頻繁にハジメに絡む。
ハジメは気にしないようにしているが、親友をバカにされて黙っているほど俺は優しくはない。なので最初にバカにした檜山を睨んだ。
「……ッ」
睨まれた檜山はこちらを見てびくついて黙り込む。以前ハジメに必要以上に絡んできたのでちょっとした騒動があってから、彼らは俺に対して何も言わずに黙って過ごすようになった。今もハジメを笑っていたのに俺が睨むだけですぐに視線を背けた。
「それじゃあハジメ。俺は自分の席に向かうから」
「あ、うん……ありがとう」
「何のことだよ」
クラス内ではハジメの席と俺の席は非常に離れているので別れるが、その際に感謝されたので何のことだと言って笑っておく。ハジメが俺になんで彼女が出来ないんだろうとか言っていたが、逆になんでハジメに彼女が出来ないのか不思議でならない。
いや、その原因は思いっきり分かっているから不思議でもなんでもないな。
「南雲くん、おはよう!今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」
「あ、ああ、おはよう白崎さん」
あっ、その原因がハジメに挨拶してる。ハジメはハジメで頬を引き攣らせながら挨拶してるよ。それと同時に周りから浴びせられるのは男子生徒からの殺気を含んだ眼光の嵐。けどそれに白崎さんが気が付く様子はなく、むしろニコニコと微笑んでいる。それが余計に眼光を鋭くさせているんだな。
彼女の名前は白崎香織。この学校において二大女神と呼ばれるほどに人気を誇っている女子生徒であり、ハジメ本人は気が付いていない……というよりそれはないと否定しているが、彼女はハジメに好意を抱いている。ライクではなくラブの方で。
しかし彼女は先ほども述べたがとてつもない人気を持っており、ほとんどの男子生徒からしてみれば高嶺の花のような存在だ。そんな彼女がハジメと親しそう(一方的)にしていることが彼らには我慢できない。
ハジメは成績は良くも悪くもなく、勉強も運動もありふれた普通の成績。オタクであること以外を除けば普通の男子生徒なのだ。それがハジメと同じ普通の男子生徒たちには我慢できない。特に檜山なんてまたハジメを忌々し気に睨んでいるほどだ。
「南雲君。おはよう。毎日大変ね」
「香織、また彼の世話を焼いているのか?全く、本当に香織は優しいな」
「全くだぜ、そんなやる気ないヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」
ハジメを見ていたら新たに三人の男女がハジメの元に近寄っている。一人は背が高くて長い髪をポニーテールにしている女子生徒。名前を八重樫雫。両親が八重樫流剣術道場をやっている剣術道場の娘であり彼女自身も剣道の大会で全国優勝を何度も経験している全国クラスの猛者。そして二大女神の最後の片割れであり、女子生徒からお姉さまと親しまれている。
次に声をかけているのが俺が一番嫌いな男子生徒で天之河光輝。とある一件以滅茶苦茶嫌いで話しかけるな死ね、と思っているほど嫌っている。天之河は容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人。幼い頃から八重樫道場に通っている門下生でありその縁で八重樫さんとも幼馴染の関係であり、剣道において全国クラスの猛者。しかし一方的な強すぎる正義感が問題であり、自分の正しさを疑わない一方通行の正義を持つやつ。
そして最後に投げやりな態度なのが坂上龍太郎。天之河の親友であり体育系の脳筋タイプ。ハジメや俺のような不真面目な生徒は嫌いなタイプという生徒。しかし俺は坂上のことをそこまで嫌っていない。坂上は表裏なくストレートに物を言ってくる。そういうところが個人的にはいいと思っている。
三人に絡まれているハジメのところに行くのは簡単だ。しかし俺が行った瞬間面倒なことになるのは間違いない。そうなればハジメに迷惑が掛かると思い、ハジメの元に向かうことなく自分の席に座った。
「ふぅ……」
騒がしいハジメの周りと違って俺の周りは全く騒がしくない。不本意ながらオタクと言うことでハジメ以外の友人がいないので、ハジメと別れれば静かになってしまう。まあ別にそれがどうした、って感じなんだけど。
――ブーッブーッ
「ん?」
ポケットに入れていた携帯に着信があった。一体何だろうと思い携帯を開いてみるとメールが一件入っていた。差出人の名前にはこう記されていた。
『天之河美月』
このクラスにいる天之河と同じ苗字。しかしそれも当然で、天之河美月とはこのクラスにいる天之河の実の妹だ。そんな美月ちゃんからのメールを開いてみる。
『おはようございます夢月先輩。本当なら先輩の教室で挨拶しておきたかったのですが、先輩が遅すぎてお兄ちゃんに追い出されました。待ちぼうけを食らわせたことの責任を取って、放課後何か甘い物でも奢ってください』
メールの内容に苦笑いしつつ、返信で放課後に向かいに行くと送っておく。
なぜ俺が美月ちゃんとメールのやり取りをしているのかというと、天之河が倒した不良が天之河を憎み、その復讐として妹の美月ちゃんを狙ったことがあった。不良に追い詰められていた美月ちゃんを偶然発見してしまい、助けたのが美月ちゃんとの初めての出会いだ。
まあその時は美月ちゃんが天之河の妹だとは知らなかった。知ったのは病院で入院していた時で、美月ちゃんが家族と共にお見舞いに来てくれた時に初めて天之河の妹だと知った。それから今ではメールのやり取りをする仲になっている。
一応言っておくが恋愛感情はない。俺にとって美月ちゃんは天之河の妹だが、俺にとっても妹的な感じで恋愛感情なんてない。そもそも美月ちゃんも俺のことはただの兄の同級生兼恩人という扱いだろう。助けた時も不良に勝てずに逃げる時間を稼ぐだけで精一杯だったし、殴られすぎてボロボロでかっこ悪かった……俺に力があればかっこよく助けられたかもしれないのにな。
「はぁ……」
携帯を操作して『ガチャ』と表示されているアプリを開く。少しの間ロード画面が現れ、すぐにアプリが起動する。すると画面にガチャガチャの機械――正式名所はカプセルトイの機械が現れる。画面の上には武器ガチャと表示されており、右にスライドしてみればアイテムガチャ、さらにスライドすれば技能ガチャ、と表示される。ガチャの下には1回召喚、10連召喚と表示されており、試に武器ガチャの10連を押す。
「……やっぱり何度見ても同じか」
しかし表示されたのは、ただいまメンテナンス中でガチャが回せません。と表示されるだけだった。
「いつになったらガチャができるんだか」
そう。転生してから今日まで特典で望んだガチャを一度も使えなかった。生まれた当初に特典のガチャを使ってみようと思ったけどどうすればいいのか分からず、色々と試したが結局どうすればいいのかわからないで途方に暮れた。
次に転機があったのは中学生になったころ。両親がちょうどいいと言うことで携帯を買ってくれた。携帯の設定を終わって自分の物になった携帯を操作していたら、特典ガチャというインストールした覚えのないアプリが入っていた。
あれは驚いたと同時に内心で歓喜した。これでガチャが使えるんだと。
でも結果は今と同じ。アプリは起動できるのにガチャがメンテナンス中で全然ダメ。三年以上もメンテナンスとか、前世だったらまず間違いなくアウト通り越してヤバイ。けど逆に言えば、メンテナンスが終わればガチャが手に入る。
そして三年以上もメンテナンス中だったんだから、それ相応のアイテムが手に入るかもしれない。だからこそ俺は待ち続けている。朝昼晩深夜と毎日毎日アプリを確認しているのだ。
全てはガチャを回すために。そのためにポイントだって貯め続けている。今現在の俺の善行ポイントは――。
――キーンコーンカーンコーン
「おっといけね」
チャイムが鳴ったのと同時に教師が教室に入ってくる。その様子を見て携帯をしまいながら、チャイムがなったと同時に夢の世界に旅立っているハジメを見て笑った。
◇
「おーいハジメ。起き……ってるな」
「あはは……」
授業も終わり昼休憩の時間。教室では弁当を広げている者、購買部戦争に向かっていった者、先ほどの授業の畑山愛子先生(年齢詐称先生と俺は読んでいる)と談笑している者もいる。
そんな中で先ほどまで寝ていたハジメを起こそうと思って近づくと、すでにハジメは起きていた。
「そのスキル羨ましいな本当に」
「いやそこまで便利じゃないからね?」
これこそ居眠り常習犯のハジメが会得したスキル、起きるべきタイミングでは必ず意識が覚醒するスキルだ。これさえあれば寝坊する必要はないし、必ず起きられるというのは非常に魅力的だ。覚えたいとは思わないけど羨ましい。
「南雲くん。よかったら一緒にどうかな?」
その声が聞えた瞬間、ハジメの表情が固まった。再び不穏な空気が教室を満たしていく中、声をかけてきた女神(ハジメにとってはある意味悪魔)な白崎さんがやって来た。俺のことはさりげなく無視して。
「あ~誘ってくれてありがとう、白崎さん。でも、僕は夢月と一緒に食べるから天之河君達と食べたらどうかな?」
「なら神無月君も一緒に食べようよ」
ハジメの抵抗もむなしく俺も巻き込まれてしまった。俺たちを中心とする生徒たちの視線の嵐。これを巻き起こした元凶はニコニコ、ハジメは逆に笑顔が引き攣っている。幸せと不幸せが同時に見れる俺の立場は、はっきり言ってどうなんだろうか……。
「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」
天之河の爽やかイケメンオーラを纏った笑顔。ハジメも最初は救世主がやって来たと思ったのだが、そんなもの彼女には通じない。
「え?なんで光輝くんの許しがいるの?」
八重樫さんが噴き出している声が聞こえる。結局いつもの四人がハジメの周りに集まってしまったが、白崎さんも天之河も人のこと無視しすぎじゃないだろうか。
――ブー、ブー、
「ん?」
携帯が震える。一体何かと思い見てみると美月ちゃんから電話がかかって来た。一体何だろうと思いつつも、席を離れるためにハジメに視線を向ける。
「悪いハジメ。電話が……ハジメ?」
しかしハジメの表情がおかしい。何か驚いた表情というか、まるで信じられないようなものを見ているかのような表情。そして周囲もおかしい。先ほどまで昼休憩と言うことで騒いでいた生徒たちが、何故か静まり返っていることに気が付いた。
その様子に何が起こっているのかと思い周囲を見渡して、凍り付いた。
「一体何が――なっ!?」
視線の先。天之河の足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様、俗に言う魔法陣がそんざいしていた。その光景に意識が持っていかれて何も考えられず足も動かせない。その間にも魔法陣は教室全体にまで大きく広がっていた。
その光景に悲鳴を上げる生徒たち。しかし誰もが突然のことで動くことが出来ない。まだ教室にいた畑山先生が咄嗟に叫んだのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。
そして次の瞬間、俺は目を疑う光景を目にすることになる。