言い訳させてもらうと、以前の投稿からしばらくして異動してごたごたしてました!やっと落ち着いてきたと思ったら四ヶ月近くも投降してませんでした。これから仕事が落ち着くようになればまた投稿できると思いますが、忙しくなる時期なのでまた感覚がかなり開くかもしれません。
どうかご容赦ください。
強烈な光から両手で顔を庇い目を閉じていたが、少しずつ騒がしくなっていく周りの様子を感じ、恐る恐ると目を開いていく。そして、周囲を見渡して唖然とした。
目の前には巨大な壁画が存在した。先ほどまで見飽きた教室にいたはずなのに、教室にこんな巨大な壁画など存在しなかったはずなのに、目の前には巨大な壁画があった。その中でも特に目を引くのは壁画に描かれている後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物。
背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。美術品の価値なんて前世でもよくわからなかったがそれでも理解できる。これは美しくとても素晴らしい壁画だ。だがすぐに視線を逸らした。
視線を逸らして分かったが、周囲には唖然としているクラスメイトたちの姿が見える。どうやらあの時教室にいたクラスメイト全員がここにいるらしい。よくよく周囲を見渡してみれば、どこにいるのか少しだけ分かる。
美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物。大理石のようにも見えるがはっきりとは分からない。美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の巨大な広間におり、今いるのはその最奥の台座のような場所にいた。
そしてそんな俺たちを囲うかのように周囲にいる法衣を身に纏った怪しい集団に目を向けた。
少なくとも三十人近い人々が逃げられないように周囲を取り囲まれていた。いや、取り囲まれていると言うのはちょっとおかしい。法衣集団はまるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好だった。
一体何のつもりなのか全く分からない。いきなりの状況で考えがまとまらない中で、法衣集団の中でも特に煌びやかな衣装を身に纏い、他の集団よりも偉いと思わせる老人が進み出てきた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、見た目通りの好々爺然とした微笑みで俺たちに語り掛けた。
◇
あれから場所を移して十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。
上座に近い方に畑山愛子先生と光輝達四人組が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。ハジメと俺は最後方に座っている。
ここまでやってくるのに誰も大して騒がなかった。いや騒げなかったというのが正しいだろう。未だ現実に認識が追いついていないからとりあえずは、という考えだろう。まあ最も、あのイシュタルと名乗った偉い神官と天之河が落ち着かせたと言うのも理由の一つだろう。こういう時は天之河のカリスマが役に立つ。
その一方で、本来ならば引率して纏め上げなければならない立場である畑山先生は何もできていなくて涙目だったのは、完全なる余談だろう。
「勇者様、そしてご同胞の皆様。先ずは紅茶でも飲んで落ち着いてくだされ」
イシュタルが合図をすると絶妙なタイミングでカートを押しながらメイド達が入ってきた。その姿に男子生徒が目を輝かせながらメイドを凝視していた。こんな状況でも思春期の男子生徒たちの本能と欲望には、ある意味で関心してしまう。
だが男子たちよ気が付いているか?お前たちを見ている女子生徒たちの視線が氷河期すら軽く凌駕していることを。
そんな様子を見ながら俺は平然としていた。前世での記憶がある俺は他のクラスメイトとは精神年齢が一回り違うので、彼らのようになることはない。しかし同じ男で同じ年頃には同じようなことを経験しているので、女子のような視線を向けることはない。ただ若干呆れているが。
「どうぞ」
「ありが……ッ」
後から差し出された紅茶。ありがとうと感謝を伝えようとして振り返ると同時に固まった。紅茶を差し出してくれたメイド。そのメイドは白色の綺麗な肌と銀色の長く綺麗な髪を靡かせている。実のところ某ゲームの某メイド隊の某メイド長の影響で俺は銀髪が好きだったりする。
しかし現実において銀髪の人間など存在しない。銀髪に限りなく近い髪を持つ人間は存在しているが、それはプラチナブロンドと言われている金髪と白髪の中間のようなカラーだ。現実で銀髪など存在しない。
「どうかなさいましたか」
しかし目の前にいるメイドは紛れもなく銀髪だ。部屋の明かりを反射する綺麗な銀髪。そして男性どころか同性すらも魅了するのではないかと錯覚しそうになるほどの容姿に、意識が持っていかれてしまった。
「どうかなさいましたか」
「い、いや何もッ」
止まった意識と思考が戻ってくる。こちらを覗き込んでくるメイドから顔を背けるように渡された紅茶を飲む。こんな異常事態で油断せずに警戒しなければいけないと分かっていたのに紅茶を飲んでしまった。
幸いにも紅茶に毒などなかったらしく、一口飲んでも体には何の影響もない。その間にも用事が終わったから銀髪のメイドは部屋から出ていこうとしている。その後ろ姿を無意識に眺めつつ、何故か頭の中で滅茶苦茶怒っている美月ちゃんの姿が浮かんできた。
「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」
そう言ってイシュタルは語り始める。それは実にファンタジーであり、ありふれたものであり、どこまでも身勝手な話だった。
まず、この世界はトータスと呼ばれている。このトータスには大きく分けて人間族、魔人族、亜人族の三つの種族が存在している。このうち人間族が北の一帯を、南の一帯を魔人族が支配している。亜人族に関しては東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。
この内、人間族と魔人族は何百年も戦争を続けている。
魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していたそうだ。質で勝る魔人族と数で勝る人間族の戦力は互いに拮抗しており、大規模な戦争はここ数十年起きていないらしい。
しかし最近になって魔人族側に大きな問題が発生した。
魔人族による魔物の使役。
魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないが、れぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく凶悪で強力な害獣らしい。
しかし魔物を使役することが不可能というわけではない。過去には魔物を一匹や二匹程度であれば使役した事例も僅かながらに存在している。しかし魔人族が使役している魔物は一匹や二匹ではなく、桁が一つ追加されるほどらしい。
これにより魔人族は足りない数を補うことに成功し、質と数の両方を兼ね備えてしまった。つまり人間族は滅びの危機に瀕している。
「あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という救いを送ると。あなた方には是非その力を発揮し、エヒト様の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」
恍惚とした表情をしているイシュタルだがこちらとしては納得などできるはずもない。エヒトという神を信奉し、疑うことなくそれが当然として従う。イシュタルたちにとって当然でも突然召喚された俺たちにとって受け入れられるはずもない。
そう考えていたのは俺だけではないようで、突然立ち上がって猛然と抗議する人が現れた。
「ふざけないで下さい!結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい!きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
畑山先生が理不尽な話にウガーと立ち上がる。彼女の言葉はここにいる全員の意思でもあり、周りの生徒たちも先生と共に立ち上がった。しかし次にイシュタルが発した言葉はそんな彼女たちに驚愕と絶望を与えた。
「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」
場を静寂が支配する。誰も何も発しない。誰も彼もがイシュタルの言葉を正確に理解できていない、いや理解することを拒んでいた。
「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!?喚べたのなら帰せるでしょう!?」
最初に口を開いたのは畑山先生。困惑した表情の彼女は何かの嘘であってほしいという思いだっただろう。しかしそんな思いはイシュタルによって砕かれる。
「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」
「そ、そんな……」
帰れないという言葉にストンと腰を落とす畑山先生。イシュタルの言葉を受け入れた生徒たちは騒ぎ始めた。
「うそだろ?帰れないってなんだよ!
「いやよ!なんでもいいから帰してよ!」
「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」
「なんで、なんで、なんで……」
パニックに陥る生徒たち。そんな生徒を見つめているのはイシュタル。口を挟むでもなくただただこちらの様子を伺っているが、正直に言って気にすることは出来ない。今しなくてはならないのはこのパニック状態から抜け出すことだ。
しかしこの状況を一瞬で修めることなど普通ではできない。畑山先生は唖然として周りの様子に気が付いていないし、生徒たちも周りに気を配ることなどできはしない。
たった一人を除いて。
机がパンッ、と音を立てながら叩くその人物……天之河にクラスメイト全員の視線が向いた。全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始める。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない……イシュタルさん?どうですか?」
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」
「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」
「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」
いつもならムカつく天之河のカリスマ性。しかし今のこの状況において非常に効果があった。先ほどまで絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めた。生徒たち全員が天之河に希望を持った。
「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」
「龍太郎……」
「今のところ、それしかないわよね……気に食わないけど……私もやるわ」
「雫……」
「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」
「香織……」
天之河に続いて坂上、八重樫さん、白崎さんたちいつものメンバーが戦争に参加を表明する。後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。畑山先生だけはオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが、天之河の作った流れの前では無力だった。
そんな流れを見ながら内心では焦っていた。
確かにパニックが治まってほしいと思っていた。そのためには天之河が必要なことも。しかし願ったのはあくまでパニックが治まることであり、戦争に参加することではない。そして何より焦っているのはイシュタルの目の前で堂々と宣言してしまっていることだ。
言質という言葉がある。後々証拠になる言葉のこと。相手から後で証拠になる言葉を相手から引き出すことを言質を取るという。その逆で言質を与えるという言葉もある。これは相手に交渉や約束の際に証拠となるしょな有利な言葉を残してしまうことを言う。
俺たちは今イシュタルに言質を与えてしまった。戦争に参加すると。イシュタルの目の前で、はっきりと。
「(あのタヌキ爺)」
イシュタルは気が付いていた。このクラスメイトの中で一番のリーダー格が天之河であることに。あの台座からここに移動する際にクラスメイトを纏めたのは畑山先生ではなく天之河だった。あの時からイシュタルは見抜いていたのだ。この中で一番影響力が強い人間が誰かということに。
だからこそ事情説明をする間、それとなく天之河を観察し、どの言葉に、どんな話に反応するのか確かめていた。魔人族によりもたらされた人間族に対する悲劇、惨劇、悪逆非道の数々に目に見えて反応してしまった。その時の天之河の反応は素人目に見ても分かりやすすぎた。
教皇というトップに立つ老練なイシュタルには殊更わかりやすかっただろう。
結果として、畑山先生の訴えも空しく戦争に参加するということで話は決まってしまった。