私の音が聞こえない   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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13.かなしみ(切手)

 初回の練習は、一曲目と五曲目を合わせるだけで終わった。次の練習は二週間後で、その次は合宿。ただし、私が合宿に行けるかどうかはまだ確定していなかった。母は反対の意思を変えてはいなかった。

(このままやってても、多分合宿に行く許可は出ないな)

 実力の差は歴然だった。けれどそれを当然のこととして受け入れている人とそうでない人がいる。副指揮者の忍は受け入れていない人だ。多くの団員たちは受け入れている。その熱量の差が不協和音を生み出してもいた。そしてもう一人、受け入れていないのは――純恋だった。

 弾いていて、時折純恋の意思のようなものを感じることがあった。もしかしたら純粋な視線かもしれない。私に無理やり手綱をつけようとしているような、そんな抵抗を感じる。それを振り切って弾くというのは、今まで経験したことがないことだった。

 けれどそれが自分の演奏に役立つかどうかはわからない。だから説得するうまい言葉も見つからない。このまま続けたところで何も得られずに終わる可能性だって捨てきれない。でも今まで知らなかったものがそこにあるのは事実だった。

(できれば合宿行きたいんだけどな……)

 練習がしたいというよりは、ここではないどこかへ行きたい。名古屋の夏は相変わらず暑いし、自然に囲まれたところに行ったこともあまりないから、ただ純粋にそこに行ってみたい。でもコンクールの本選が近いのに、数日家を開けるなんて言語道断だという母の意見もわかる。

(本選も大丈夫だとは思うけど――)

 母を説得する方法を考えているうちに家の前まで来てしまった。溜息とともに郵便受けを開けると、一枚の絵葉書が入っていた。私宛だが、差出人の名前はない。表面には白いペンで詩が書いてある。

 

 私が書く詩のなかには

 いつも家がある

 

 だが私は

 ほんとは家なき子

 

 その詩には見覚えがあった。まさに今練習している組曲の一曲目の冒頭だ。「かなしみ」という題のその詩だけが書きつけられた葉書。そしてその字にも見覚えがあった。

「……姉さん」

 瑞希の丸文字は、書かれた詩に全く合っていない。しかし問題はそこではない。ずっと行方しれずだった姉がどうして急にこんなものを送ってきたのか。しかもよく見れば切手が貼られていない。つまりは直接ここに入れられたということだ。近くにいるのだろうか。近くにいるならどうしてこんなまどろっこしいことをするのか。私は葉書を鞄に押し込んで、家の鍵を開けた。

 

 

「寺山修司?」

「樹里が今その曲練習してるって教えてくれたから」

「いや、詩を書いて送るとか面倒なことするくらいなら会いに行けばいいのに」

 私はマリアを一瞥して、溜息を吐いた。会いたいのは事実だが、遥希は違うだろう。嫌われている自覚はある。

「どうせ遥希のことだから苦戦してるんだろうし。樹里も意地が悪いよね」

「私はミズキの方が意地が悪いと思うけど?」

「だってあの子見てるとイライラするんだもん」

 私のせいだということはわかっている。けれど遥希は昔から頑なだ。一人きりの音楽の世界に閉じこもってしまって、周りを全く見ていない。その状態で合唱の伴奏なんてやってしまったら、当然苦戦することになるだろう。合唱の方にも迷惑をかけてしまいかねない。樹里が何を考えているかはわからないが、人選ミスではないかと思うくらいだ。

「舞台に上がるのは一人でも、音楽をするのは一人ではないのに」

「そう思ってるならちゃんとそう言えばいいのに」

 マリアは遥希を知らないからそんなことが言えるのだ。遥希は聞く耳を持たない上に思い込みも激しい。苦しまなくてもいいことで勝手に苦しんでいることすらある。そしてそのときに周りが何を言っても聞いてはくれないのだ。

「まあ、そのうち会うことにはなるんじゃないかな。樹里は私の居場所知ってるわけだし」

 遥希には言わないという約束で、樹里とは連絡を取り合っている。名古屋には暫く滞在することになるだろうから、その間に樹里が動くかもしれない。自分から動くことはないが、樹里のやることには乗るつもりだ。

 

 

 私の書く詩のなかには

 いつも女がいる

 

 だが私は

 ほんとはひとりぼっち

 

 私の書く詩のなかには

 小鳥が数羽

 

 だが私は

 ほんとは思い出がきらいなのだ

 

 一篇の詩の

 内と外とにしめ出されて

 

 私は

 だまって海を見ている

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