副指揮者の忍が手を上げたそのとき、先日の練習とは明らかに違う空気の動きを感じた。彼の切れ長の目の奥に熱がある。彼は悔しさを抱えながらここに立っている。私と同じだ。合図を待つそのとき、私は彼の目が訴えかけるものに気が付いた。最初の強弱記号は
私の書く詩のなかには
いつも家がある
だが私は
ほんとは家なき子
詩の内と外の乖離状態。ピアノも歌も鋭い音を奏でる。そこに込められたのはどこかやるせない気持ち。そして孤独。女声のヴォカリーズに続いて男声のパートが始まる。この前の練習から二週間しか過ぎていないのに、演奏は確実に上達していた。
騙されたと思って――純恋の言葉に従って耳を傾ける。この短期間の成長には何か秘密があるのだろうか。音の厚みが違う。まるで私を挑発しているようにも感じた。
お前はこの音に対してどんな音を返すのか?
そんなことを聞かれているみたいだ。私は挑発に素直に従って鍵盤を叩く。時折出現するアクセントや
美しい夢のような詩を書きながら、本当はそれとは反対の状態にある。「だまって海を見ている」――その静かな状態の中に渦巻く烈しさが自分の中にも再生されていく。そしてそれがどんどん膨れ上がっていくのがわかる。何が起きているのだろうか。私の錆びついた心が剥がれ落ちていくみたいだ。
私の音はそこにはなかった。合唱と一体になって、完全には私の音とは呼べない。けれど音に込めた感情は他の人のものと混ざり合っているはずなのに、何故か先鋭化して、一人でピアノを弾いているときよりも強く心を揺さぶった。
何故だろう。泣いてしまいそうだった。
何かに断ち切られるように終わる一曲目。最後の一小節は全ての音が消える全休符にフェルマータが付されている。その一小節が終わり、忍が手を下ろした。入り詰めた数分間の終わりを示す溜息が漏れる。手応えはかなりあった。互いに勢いで誤魔化してしまったところはあったものの、伴奏と歌で完全に分離しているような状況ではなくなった。
「うん、悪くない」
忍の言葉に、「良くはないんだ」と誰かが返している。実際今のままステージで披露するにはミスが多すぎた。けれど方向性としては間違っていない。どこか自信有りげな彼の微笑みからもそれが読み取れる。そして、私に意味有りげな視線を送ってくる純恋からも。
純恋の言っている意味が、私が感じたことと完全に一致しているかどうかはわからない。けれど、自分の音が自分の手から離れるほど、他人のものと混ざるほどに、感情が内側に向いて強められていったのは事実だ。問題は、観客にこれが本当に届いているかどうかだ。音楽というのは誰かに届かなければ意味がない。少なくともステージで演奏するのが最終的な目標である以上は、観客に届くかどうかはどうしても意識しなければならないだろう。
けれど、今日のところはこれでいい。錆びついていた私の心臓が熱い血を送り出し始めている。これだけでも十分な収穫なのだから。