「だからさ、僕は三曲目と四曲目の間に何があったのか気になるって話をしたいんだよ」
食事が終わって自由時間になり、私と純恋は一緒に温泉に入った。それから部屋に戻ろうとしたところで、練習室に煌々と明かりがついているのが見えた。どうやら副指揮者の忍と他の数人の部員たちが楽譜を広げて何かを話しているらしい。純恋が話に入りたそうにしていたので、私達は静かにその輪に近付いた。
「あ、ちょうどいいところに。今、曲集の三曲目と四曲目の間の話をしてて」
「でも忍、タイトルは『組曲』じゃなくて『6つのうた』だろ? 曲と曲のつながりはそんなにないんじゃないのか?」
「その意見も確かにわかるんだけどさ、後半三つ全部に恋人が出てくるのに、一曲目なんて孤独だし、二曲目も三曲目も少し寂しい話をしてる気がするんだ。急に恋人出てきたけどどうしたんだ? って思わないか? 少なくとも詩を選んだ作曲家の意図があるなら知りたい」
忍の意見も理解できる。ピアノ曲でもその曲が作られた時代背景や、作曲家の意図を汲むために楽曲分析をする。つまり彼らは夜な夜なそれをやろうとしているということだ。
「毎年こんな感じなの。結論はだいたい出ないけどね」
純恋が小声で教えてくれた。それなら全員でやってもいいのではないかと思ったが、全員集まってしまうと収拾がつかなくなるのだろう。
「ここで指揮者が何かひらめいても、次の日の練習で違う意見が出てきたりもするし」
「一人でやってると違う意見が出てくるってことはないからな……なるほどね」
普段弾いているピアノ曲と違って、今回伴奏する曲はまだ作曲家が存命中の作品だ。時代背景を考えるとしても、今の自分たちとだいたい地続きだ。首都で民衆が蜂起したといったような状況ではない。
「もうそれは作曲家に聞いた方が早いって」
「それはそうなんだけど、だったら国語の問題だって、作家が生きてるなら作家に答え聞いた方が早いってことになるだろ」
死んでしまっている作曲家には何も聞けないが、存命中であってもおいそれと聞きに行くことは出来ない。楽譜を手がかりに謎解きでもしていくかのように分析していかなければならないのだ。忍と他の団員たちのやり取りを聞きながら、私はそれぞれの曲を思い出していた。
「永野さんはどう思う?」
「え、私?」
急に話を振られて、素っ頓狂な声が出てしまった。咳払いをしながら、団員の一人が差し出してくれた楽譜を手に取る。
「……詩はあくまでも独立のものだと思う。でも作曲家は六曲通して演奏することももちろん想定しているはずだから、曲の展開の流れに鍵があるかもしれない」
忍が言っていたように、最初は孤独を歌う曲から始まる。けれど最後の曲――「
「そういう意味では、最初の山場は多分三曲目」
「この曲の詩も完全にはわからないんだよな……『世界のいちばん遠い土地へ』ってどこだよって話だし」
「宇宙より遠いだったら南極なのにな」
純恋は私が持っている楽譜を覗き込みながら何かを考えているようだった。それからも様々な意見が出たり、話が全然違うところに逸れたりして、気が付けばいつの間にか日付が変わっていた。時計を見た忍が言う。
「やば、こんな時間までみんなを付き合わせたとか、団長にバレたら怒られる。『初日なんだからもっとセーブしろ』って」
「忍は修学旅行とかも最初の一日で体力使い果たすタイプだもんな」
「指揮のときは気をつけるよ……」
未だに六曲を連続で演奏したことはない。指揮者が一曲目で体力を使い果たしてしまったらどうにもならないので、それは確かに気をつけて欲しい。お開きの雰囲気になってきたと思って一歩引いて見守っていたが、他の人が新しい意見を呟いたために、再び議論が始まってしまった。
「だめだ、こりゃ終わんないわ」
純恋が笑う。純恋も呆れたような顔をしながらも楽しんでいるようだった。音楽について多くの人と意見を交わすのは初めての経験だった。これまでは資料と先生とのやり取りがある程度だったから。実のあるものになっているかどうか、効率がいいかどうかと聞かれると疑問が生じるが、悪くない空間だとは思った。けれど夏の夜以上に、こんな話をしていたら、夜なんてあっという間に明けてしまうだろう。