「うーん、確かに歌詞がない分難しいのかな」
向日葵畑から合宿所に戻った私達は、その日の合唱の練習が終わるとすぐに、私の練習室にこもった。純恋と同じ気持ちだったことがわかって、少し何かが見え始めてきたような気はしたけれど、答えはまだ見つけられていなかった。
「とりあえず弾いてみるから」
ベートーヴェンのピアノソナタ第32番第一楽章。ベートーヴェンの最後のピアノソナタと言われている。フーガ的要素を含む、荒々しい楽想を持つ曲だ。ベートーヴェンのハ短調の曲といえば交響曲第5番やピアノソナタ第8番などが有名だが、それらも同様の熱情を持っている。多用される減七の和音も第一楽章の特徴であると言われている。
それ以上の、言葉によるヒントはない。今の私の演奏では何かが足りないとわかっているのに、解決策はまだ見えていない。十分近くかかる第一楽章を弾き終えて純恋を見ると、純恋は目を輝かせて私を見ていた。
「かっこいい曲……」
素直な感想だ。私も最初、そう思ってこの曲を選んだのだ。けれど人に聴かせるために弾くとなるとそれだけでは不十分だ。
「ソナタって普通は三楽章とか四楽章あるんだけど、この曲は二楽章で終わってる。それについて『輪廻と解脱』とか『此岸と彼岸』とか『抵抗と服従』とか色々な意見があるんだけど……正直どれもまだピンときてない」
「二楽章だから対になってるって考えられてるってことか。合唱の曲集でも二曲構成のものはわりとそういう解釈が多いね」
「コンクールだとその中の一楽章しか弾かなかったりするから、余計解釈には悩むところなのよ」
「二つともやっちゃえばいいのに」
「第二楽章だけで十五分くらいあるんだけど」
その時間、集中力を切らさないでいることだけでも大変だ。瑞希は一度曲の中に入ってしまうとなかなか抜け出せなくなるほどの集中力の持ち主だった。けれど私は違う。どうしても余計なことばかり考えてしまう。
「さっきすごく偉そうなこと言っておいて悪いんだけど、確かにこれはとっかかりがないかも」
「歌詞でもあればまだわかるんだけど」
「でもここまでなんにもないなら、ある程度勝手にやっちゃえばいいとかないかな?」
純恋は笑顔でとんでもないことを言う。でも楽譜を外れない程度になら、好き勝手に解釈しても、それが正解か間違いかを判断することは誰にも出来ないというのは確かだ。
「それか……誰のために弾くかを考えるとか」
「どういうこと?」
「これは歌うときの話なんだけど、会場に自分の声を広げるというよりは、目の前の誰かに届けるつもりで歌った方が上手く行くって昔教えてもらって……効果があるかはわからないけど、私はずっとそうやって歌ってるから」
純恋は何気なく言っているのかもしれない。けれど私には衝撃的な言葉だった。今まで私は、誰かに見つけてほしくて、海にボトルメールを投げ入れるような気持ちで弾いていた。沢山いる観客の誰か一人にでもいいから聴いてほしいと思っていた。けれど純恋は全く逆のことをしている。沢山の観客ではなく、自分が届けたい誰か一人だけを選ぶ。ボトルメールが誰かに届く確率より、宛先を書いた手紙の方が届きやすいだろう。
「私は今――純恋のために弾きたいと思ってるよ」
誰でもいいから認めて欲しい、ではない。誰でもない、純恋に聴いて欲しい。
私はもう一度鍵盤に向かう。純恋に向かってこの曲を弾くとき、私はどんなことを伝えたいと思うのか。この曲は本来は二楽章まで弾いて初めて成立する。ハ短調で始まった曲は最後にはハ長調の開放的な響きに向かっていく。その手前にある苦悩の暗闇。それが一楽章だとするなら、私は――。
これは私の心の奥深くにあるものだ。人に見せるのははばかられるほど烈しく、とても美しいとは呼べないもの。苦悩や嫉妬、悲しみ。でも純恋にはそんなものも知っていて欲しい。好きという気持ちは柔らかくて綺麗なものだけではないのだ。あなたの心に触れて昇華される前の、剥き出しの私の気持ち。黙っていても勝手に動くように訓練した指に、自分の思いを乗せていく。ほんのわずか、鍵盤を押す力が変わっただけで音は変化する。それを純恋がどう聞くかはわからない。違いなどほとんどわからないかもしれない。
でも、それでいい。この絶叫にも似た思いを表現するために弾くのが、楽しいと思った。それはこれまでの私にはなかった感情だ。合唱で味わった、自分の感情が増幅されていくような高揚感と似たものを私は感じていた。