私の音が聞こえない   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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25.恋人って何するんだっけ?(キラキラ)

「すごい……! さっきのと全然違うよ!」

 弾き終わったあと、純恋が更に目を輝かせて言った。手応えはたしかにあった。何よりも楽しいと思えた。自分の中の言葉にならない感情が、言葉ではなく音となって外へ出ていくような感覚だった。

「でもこれ、何回もやると多分すごく疲れるな……」

 一曲で審査するコンクール本選ならそれでもいいけれど、何曲も演奏するリサイタルで今のような弾き方をしてしまうと、序盤の数曲で体力を使い果たしてしまいかねない。

「ペース配分は考えないとね。まあ、私もあんまり得意とは言えないし、忍なんて新歓のコンサートのとき……」

 純恋が話し始めたところで、外から物音が聞こえた。純恋が首を傾げながらドアを開けると、そこには忍をはじめとする合唱団の面々がしっかり聞き耳を立てていた。

「ちょっと……めちゃめちゃ盗み聞きしてるじゃん……」

「いや、ちょっと二人でどんな練習してるのか気になって……あと他にも用事があって」

 忍が梨恵に促されて言い訳をする。笑いながらそのやり取りを見ていると、忍が私に気付いて背筋を伸ばした。

「さっきの、本当にすごかったです! もう息するのも忘れるくらい」

「十分近く息しないと大変なことになると思うけど……?」

「いや、もののたとえなので……。あ、ていうか新歓のときのことは言うなよな」

 忍の矛先が純恋に向く。けれど、純恋が「えー」などと笑いながら言っているうちに、梨恵がこっそり教えてくれた。新歓コンサートは七曲あったらしいが、一曲めに全力で挑みすぎた結果、指揮だけはどうにか振り切ったものの、舞台を降りてから、生まれたての子鹿のようになってしまって、暫く休まざるを得なくなったらしい。その生まれたての子鹿の部分が、はたから見ればとても滑稽だったようで、団員たちの間で半ば伝説のようになっているようだ。

「で、何でみんなこんなところに集まってるの?」

「いや、実は……御影先輩が、みんなで肝試ししないかって言い出して」

 御影玲子はこの団の正指揮者だ。第二ステージと第三ステージは彼女が指揮をすることになっている。ほとんど話したことはないが、どこか独特の雰囲気がある人だ。前下がりに切った短い髪と、和菓子を模したピアスを身に着けて、団員たちの様子を後ろで見守っている。

「どうする? 肝試し……別に強制ではないけど」

「行く」

「そういえば、ホラー映画好きだったね……」

 このあたりには特に幽霊が出るという話はなく、ただ暗くて怖いだけらしいので、そのあたりは安心して肝試しに行ける。しかしどうやら純恋は肝試しが苦手なようだった。

「昨年もやったから、何にもいないのはわかってるんだけど」

「大丈夫。私と一緒に行こう」

「ホラー映画好きな人と一緒に行くのもどうなんだろ……でも、遥希が行くなら行く」

 練習場を片付けて、大勢で外に出る。適当にグループを組んで、指定された道を回って、途中にある神社にお参りして帰ってくるルートになるらしい。

「やっぱり真っ暗じゃん……昨年も行ったけど、神社なんて特に真っ暗だからね」

「そこって使ってる神社なの?」

「この辺に住んでる人たちが持ち回りで掃除してるらしいよ」

「打ち捨てられた神社とかなら、そこの祠とか倒しちゃうやつが絶対いて、絶対なんか事件が起こるんだけどな……」

「それ映画の話でしょ!?」

 怖がっている純恋を見ていると、ついついからかいたくなってしまう。けれどあまり怖がらせすぎるのも良くないから、このあたりにしておこう。私達の前に出発したグループが和気藹々としながら帰ってきたのと入れ替わりで、私達は肝試しに出発した。

「うう……どんどん真っ暗に」

「大丈夫だって」

「でもホラー映画ってだいたいカップルが最初に襲われるじゃん!」

 確かにそれはある。あまりにも定番になりすぎたので、それを崩す流れもあるが、カップルは何かと使いやすいのか、よく被害に遭っている。でも私が気になったのはそこではなかった。

「そっか……カップルか私達」

「そこ?」

「イマイチ実感なくて……恋人がいたこともないから、何するかもわからないし……」

 もののはずみで互いの気持ちを知ってしまっただけで、付き合うだとかそういうことは何も考えていなかった。私の腕にしがみついている純恋を見ながら、私は考えた。

「恋人って何するの?」

「デートとか……? 私も恋人いたことないからわからないよ……」

「まあいいか。デートよりも音楽やってる方が濃密な気もするし」

「何それ」

「純恋のためにピアノ弾きたいなってこと」

 二人でどこかに出かけるよりも、ずっと価値があることのように思えた。私達はまだ、音楽を通じた私達のことしか知らない。恋人になったからといって、私達を結びつけた音楽を抜くことは出来なかった。

「何だか楽しそう、遥希。キラキラしてる」

「うん、すごく楽しい」

 もう私の頭の中は純恋でいっぱいになっていた。時々は揺らぐこともあるかもしれない。でも今日の気持ちを、キラキラと輝く沢山の感情を、その度に思い出したい。私の腕を掴む力を強める純恋を見ながら、私は小さく笑った。

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